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青き石に寄せて(仮) ~決められた婚約者企画~  作者: 三杉 怜


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43/45

42.距離





少し明るくなった室内で、シーツに(くる)まるリディアンリーネを視界に捉えながら、リュスタークは静かに浴室から出てきた。

自然、足はその傍らへと進み、リディアンリーネの顔を見下ろしながら、ベットの脇で立ち尽くす。

自室に戻ることも出来なかった彼が、ゆっくりと彼女の顔を見ることが出来たのは、実に一月ぶりだ。

目を閉じ、深い眠りの淵へと沈むその寝顔は、無防備な(いとけな)さを湛え、リュスタークの目を惹きつけて離さない。

トニからの報告では特に変わりなしとのことではあったが、こうして見れば少し顔色が悪いようにも感じる。


―――今日は出かけないほうがいいだろうか


心配げな眼差しを向けながら、リュスタークが枕に広がるその髪を一房掬えば、滑らかな手触りのそれは、捉える間もなくするりとその指から逃げた。


「ん…」


身動(みじろ)ぎ、ぼんやりと薄く目を開けたリディアンリーネは、焦点の合わぬ瞳で辺りを見回す。見知らぬ天井、見知らぬ調度。そして…


「リューク様?!」


勢いよく起きればぐらりと目が回る。


―――あれ?


「急に起き上がってはダメだよ」


倒れかけたリディアンリーネを支え、ゆっくりとベットへ横たえる。


「大丈夫?」

「はい…」

「昨夜、来てくれてたんだね」

「倒れられたと聞いて驚いて…」

「ごめん、それは兄上のいたずらで…」

「はい、エドヴァルド殿下もシグルド様もそう仰られたんですけど、リューク様は目を覚まされないし、顔色が良いようには見えなくて…」


リディアンリーネはゆっくりと体を起こし、合わせた視線を申し訳なさそうに伏せる。


「かえってお手間をかけてしまい、申し訳ありません」

「いや、来てくれて嬉しいよ。私こそ心配をかけてすまない…」

「いえ。あの…ここは?」


くるりと室内を見回すのへ、リュスタークはベットの端へ腰をかけながら答えた。


「私の仮眠室だよ。よく眠れた?」

「はい。お恥ずかしながら…リューク様はどこで…?」

「ん?ああ、昨日の夕方からしっかり寝てしまったからね。やりかけの書類を片付けていたんだ。…で、とりあえずひと段落ついたから、久しぶりに一緒に城下に降りないかいな、と思うんだけど、どうかな?」


リュスタークの誘いにリディアンリーネは目を丸くする。

返事にはどこで寝たとも言ってない。おまけに話題を変えるかのような誘い。となれば、寝てないのは火を見るよりも明らかだ。


「え?でも、昨夜寝てないですよね?」

「まぁ、夜中はね。でも夕方からありえない位寝たから大丈夫だよ。リディの今日の予定は?」

「多分特に何も…マルヴィナに確認しないとはっきりとはお答えできませんけど、来客もお茶会も入ってないかと…」


一月の間部屋に戻る暇も無い程働いて、ようやく取れた時間なら休んだほうが良いのでは無いだろうか。はいと答えるのも躊躇われ、言いながら声が先細る。


俯向くリディアンリーネにリュスタークは胸の内で小さく溜息を零した。

仕事の切れ間の読めないリュスタークがリディアンリーネを誘えるのは大抵突然だ。それでもいつも嬉しそうに笑ってくれる彼女の顔に、今日は笑顔が浮かばない。


―――原因さえわかれば…


押して良いのか引けば良いのかも分からず、膝の上で握られたその手をそっと取る。

ぴくりと驚いたように動いたその手は、引っ込められることなくリュスタークの手に包まれた。


「ねぇ、リディ」


引いてはダメだろう、と俯向くリディアンリーネを見ながらリュスタークは考える。現にこの1ヶ月の間に、贈り物への礼状やメッセージへの返信はあっても、リディアンリーネ自身がリュスタークの執務室を訪ねてくることはなかった。

預けられた手は、緊張して力が入っているようではあるが、彼の手から逃げようとはしていない。呼びかけに上げられた顔も、困惑は浮かんでいたが忌避や嫌悪は浮かんでいなかった。


「はい」

「リディさえ良ければ、今日は一緒に過ごしたいんだ」

「でも…」

「イヤ?」


狡い聞き方だと思いながらも、リュスタークは強引に言葉を重ねる。

仮にも婚約者だ。特に変更出来ない予定もなく嫌だとは言いづらいだろう。案の定リディアンリーネは首を横に振った。


「じゃあ…」

「でもっ!」


一緒に、と言いかけたリュスタークの声に、リディアンリーネは被せるように言い募る。


「でも…休んでほしいです。昨日…寝てるだけだと言われたリューク様の顔色は悪くて…」


言いながら思い出したのか、リディアンリーネの身体がふるりと震えた。


「リディ…?」

「近くで大きな音がしても起きなくて…」


ぎゅっと眉が寄せられ、堪えきれなくなった涙がほたりほたりと溢れ落ちる。


「このまま……このまま起きなかったらどうしようかと……怖くて…」

「リディ…」

「こわ…」

「ごめん、リディ」


リュスタークは握った手をぐいと引き寄せると、その腕の中にリディアンリーネを抱き込んだ。

小さく漏れる嗚咽や、微かに震えるその肩に、抱きしめる腕に思わず力が入る。


「忙しくて寝不足だっただけなんだよ」


その耳元に囁くように言うのへ、リディアンリーネはイヤイヤをするように小さく首を振った。


「倒れちゃ…嫌です…」

「うん、気をつける」

「…ヤぁ……ふっ……っく」

「うん」


何度も小さく頷きながら、リュスタークは腕の中のリディアンリーネに優しげな視線を落とす。腕の中にぴったりと寄せられた華奢な身体。しがみつくようにその胸元に顔を(うず)める彼女に、堪えようのない愛しさがこみ上げてくる。


「リディ…す」


思わず零れそうになった想いの発露を邪魔したのは、遠慮がちに響くノックの音。

我に返り、慌てて離れようとするリディアンリーネをもう一度強く抱きしめ、リュスタークは小さなため息と共にそっと腕を離した。

(いら)えの無い室内に小さく問いかけてきたのはアークの声だった。


「…主?」

「起きてる。連れてきたか?」

「はい」

「入れてくれ」


立ち上がり、リディアンリーネを振り返ると侍女の到着を告げる。


「ゆっくり準備をしておいで?一緒に朝食を摂ろう」

「はい」

「後でね」


そっと旋毛に口付けを落とし、リュスタークは扉へと向かった。

侍女が入るのと入れ違いに部屋から出ると、閉まった扉に背中を預ける。


「主?」


小さく溜息を零すリュスタークに、アークが揶揄うように声を掛けた。


「うるさい」

「お邪魔しました?」

「……いや、ちょうど良かった…流れでうっかりは良く無い…」

「え?!」

「…雰囲気も大事だよな」

「は?主?!」


ぶつぶつと言いながらリュスタークは扉から離れるとソファへ座る。


「どうするかな…」

「主、リディアンリーネ様はまだ15歳ですからね??」

「うん?」


慌てた様子のアークにリュスタークは首を傾げる。


「焦らずちゃんと優し…ぶっ」

「ばっ!!」


力の限り投げられたクッションは見事にアークの顔に命中した。


「何を言ってる!」

「…あれ?」


声を荒げるリュスタークに、今度はアークが首を傾げる。


「何の話でしたっけ?」

「一体何の話だ」

「…………ああ…」

「……悪かったな…」

「…ゴホ……いえ、失礼いたしました」

「まったく…」

「長期戦はどうなったんです?」


返せと合図するリュスタークにクッションを渡し、アークは紅茶の準備に戻った。


「話してたら好かれてる気がして、ついうっかり…」

「でしょうね」

「でしょうね?」


訝しげな視線にアークは肩をすくめる。


「昨日駆けつけたリディアンリーネ様は、真っ青もいいところでしたから」

「そうか…」


短く応えて、かちゃりと目の前に置かれた紅茶にリュスタークは手を伸ばした。


「主…」

「…ん?」

「リディアンリーネ様の準備ができるまでにはその口元、引き締めてくださいね」


再び飛んできたクッションを受け止めながら、何だかうまくいきそうだとアークの口元も緩んでいた。




お読みいただきありがとうございますm(_ _)m

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