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青き石に寄せて(仮) ~決められた婚約者企画~  作者: 三杉 怜


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39.日取り





窓からひらりと舞い込んだ木の葉が、そろそろ秋の訪いを告げようとしていた。


リュスタークの忙しさは、捕り物の翌日1日に留まらなかった。珍しく王宮の執務室に、ここ一月ばかりすっかり缶詰で、自室に戻る暇などとてもない。仮眠用の寝台を変えておいて良かったと、一体何度思ったことか。

シグルドのみならず、官吏との連携が必要となった為、王族しか入れない南棟では不都合が過ぎたのだ。仕方なく執務室に詰め、寝る間も惜しんで机に向かっている


小物を軒並み捕らえ、足切りによる動きの鈍化を狙ったあの日の捕り物は、うっかり捕らえられたヨアキム・イミ・ヤルヴァの証言によって、すっかりその様相を変えた。ずるりと大物を引き出すことになったその証言は、当初予想されていた人身売買、収賄から更に内部情報の流出に及び、外患罪の疑いに至っては、イスファン国首脳部はまるで蜂の巣を突いた様な騒ぎで一時騒然とした。

慌ただしく証拠集めと捕縛の手まわしに奔走し、情報が流された西の隣国に対しては間諜が増員される。事が事だけにメッツァラ伯爵領には、警戒を強めるよう伝えるため、里帰りと称してアークが早馬に駆り出されていた。


「はぁ…」


小さくため息をつきながら上げたリュスタークの顔には、疲労の色が濃い。

アークの代わりに置かれた侍従では、仕事に没頭するリュスタークを止める事は叶わなかった様だ。そうでなくても補佐の減ったリュスタークの仕事量は確実に倍増していた。


軽く首を回し、すっかり冷めた紅茶を飲むと、リュスタークは机の端に置かれた軽食に手を伸ばした。

よく考えれば、これが本日一度目の食事ではなかったか。


陽はとうの昔に中天を超え、既に夕刻に近い。眉間を解しながら振り返り、視線を窓の外へと向ければ、中庭に面したその窓からは、黄金色(こがねいろ)に染まりつつある木々の頭が見えた。

リュスタークの視線は更にその向こう、南棟の6階へと向けられていた。


本日、関係者全員の捕縛がようやく終わり、一同取り敢えず一息つく事にはなったが、後処理に尋問にと、やるべき事はまだまだ枚挙に暇がない。


ふと気が付けば、いつの間にか夏が終わろうとしていた。


いつになったらあそこへ帰れるのかと、再び溢れそうになったため息を、サンドイッチと共に飲み込む。

一月前、ようやく自覚に至ったリュスタークの恋は、相手に会うことすら叶わぬままに時を止めていた。


―――アークがいれば、自室で寝るくらいはできそうなものを…


そうすれば顔を見に行く事くらいできるだろうかと、未だ戻らぬアークを思い出しながら、リュスタークは肩を落とした。

再び書類に向かうその耳に、軽いノックの音が届いたのは、それからしばらくたっての事。

顔も上げずに()れるよう侍従に手で合図を送れば


「ただいま戻りました、主」


入室の音と共に聞こえてきたのは、つい今しがた思い出していたアークの声だった。


「戻ったか、アーク」


喜色の滲んだ声で顔を上げれば、旅装を解かぬままのアークが跪いている。


「お見苦しい姿で失礼いたします」


小脇の書類に苦笑を漏らし、疲労の濃いアークを応接のソファへと促しつつ、自身もそちらへと向かう。


「先ずは長旅ご苦労だった」

「いえ」

「報告を訊こうか」




「兄上に報告してこよう」


報告を聞き終えると、とんと書類を整え、リュスタークは立ち上がった。


「お供致します」

「いや、アークは取り敢えず旅の埃を落とし、今日はもう休むといい。また発ってもらうかもしれないが、この内容なら今日明日という事もないだろう」


次いで立ち上がったアークを制すると下がるよう指示し、自身は足早にエドヴァルドの執務室へと向かった。


「兄上」


ノックの返事ももどかしく扉を開ければ、渋面のシグルドに迎えられる。


「あれ?」

「だからそれではノックの意味がないであろう」


苦味を含んんだ声で苦情を漏らすのはシュルヴェステルだ。その前ででくすりと笑うエドヴァルド。


「そこはほら、リュークだから」

「シュルヴェステル殿、シグルド兄上、ちょうど良かった。こちらでお待ちすると使いをやったところです」

「どうした」

「アークが戻りました。西のムジークの報告書です」


エドヴァルドに書類を渡す。


「現状大きな動きはまだないようですが、いくつか怪しい動きがあるようです」

「…ほう…」


身を乗り出したのはシュルヴェステルだ。


「塩の質の低下がここ半年程。穀物の価格が上昇を始めています」

「ムジークでは塩は国の専売品だったな?」

「はい。下町の賑わいはまだそのままで、税の上昇もまだ見えないようです」

「今は収穫前だ。収穫後に価格が戻り、そのまま落ち着けば良いが…」


眉根を寄せるシグルドにリュスタークは視線を向ける。


「兄上達はなぜここに?」

「それは私が」


リュスタークの質問にはシュルヴェステルが軽く手を上げて応える。


「武器庫の武器がいくらかごまかされているのが発覚した」

「一月前に確認させたはずですが…」

「急がせたせいもあって箱だけ数えたのだろう。今回徹底的に調査させたところ、箱の中身が疎らに抜き取られていた。不明は総計300程。まだ始めたばかりだろう」

「なぜそんな…」


間怠っこしいことをと呟くリュスタークに、シュルヴェステルは苦笑を向けた。


「まだ時間があると思っていたのだろうな。手前の箱がそのままで、奥の方の箱から少しずつ抜かれていた。発覚するかどうか様子見をしていたのではないか?」

「下手人は?」

「調査中だ……命じた人間は分かっているがな…」


シュルヴェステルが答えたところでエドヴァルドが書類から顔を上げた。


「さて…どうするかな。現状、ムジーク自体でのクーデターなのか仕掛けてくるのか不明瞭ではあるが…」

「情報が流出しているのです。警戒は必要でしょう」


書類を受け取りながらシグルドが答える。それへ頷きながら顎に手を当てたエドヴァルドは小首を傾げる。


「ムジークの王は去年変わっていたね」

「若い王が立ったはずですが」

「その王の即位前に、身辺で不自然な死が相次いでいます」

「ほぼ簒奪か?王太子ではなかったはずだな?」


シュルヴェステルの答えにリュスタークが言葉を継げば、シグルドが書類から顔を上げてその眉間に皺を寄せた。


「野心家のようだな。北の安寧を早く確実にした方が良くはないですか、兄上?」

「それはイスファンとしては助かるが、ラティスハルクに正直に言う訳にはいかないよ?リューク?」

「!ぇえ?!…あ…あの……」


二人の兄に視線を向けられ、答える言葉を探してリュスタークはあたふたと視線を逸らした。その様子に、3人は瞠目する。


「へぇ…?」

「ほぅ」

「ふむ…」


最後まで婚約から逃げ回っていたにしても、最終的には受け入れ、仲良くやっているとの報告は受けていた。だから結婚を早める事を突きつけられても、国の為と、前向きに検討するだろうとは思っていたが、よもや慌てふためくとは予想もしなかった。しかもその顔に、朱を登らせてさえいないか。

常に大人びた様子のリュスタークが、年相応かともすれば幼くさえ見える。

とうとう言葉もなく、片手で顔を覆ってしまったリュスタークに、3人は生温い視線を向けた。


「言い訳、いらないんじゃないですかね」

「そのようだな」

「助かるなぁ」


口々に言う3人に、リュスタークはきっと鋭い視線を返す。


「勝手な事を。ダメですからね」

「真っ赤な顔で言っても怖くないぞ」


揶揄うように笑うのはシュルヴェステルだ。その前で人の悪い笑みを浮かべてシグルドが頷く。


「エルンハルト殿には私から根回ししてやろう」

「本人には自分で言うんだよ?」

「兄上!シュルヴェステル殿!」


リュスタークの抗議は3人には届かない。既に日取りの話を始めた兄達に、唖然としたまま口を開け閉めしていたが、やがて諦めたように乱暴にその背をソファに預けた。


「気は逸るだろうが、早くて冬だな」

「年内にできるといいね」

「なんで私の希望みたいになってるんですか」

「そのように通達するからだろ」


兄達の言葉に不貞腐れたように抗議すれば、シュルヴェステルにポンと肩を叩かれる。


「…はぁ…」


盛大に溜息を吐いて見せるが、3人はにやにやと笑うばかりで、嫌味にさえ取ってもらえない。

とうとうリュスタークは諦めたように、ぼんやりと、兄達の声にただ耳を傾けるのだった。




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