34.蠢動
将軍職を退いて2年。身体が鈍らぬ様時折訓練所に顔を出す他は、大抵執務室で書類に向かっているか、顰め面しくムサイ面々に囲まれて会議をしているか、が、彼の日常となっていた。
今また、執務机の前の応接に陣取っているのは、ムサイ面々の一人、彼自身の息子である、シュルヴェステル・ラ・アスピヴァーラであった。尤も、
「父上…リュークが鬼なんですが…」
浮かべている表情は顰めっ面ではなく、どちらかと言えば困惑に近いものではあったが。
父親に話しかける声もどことなく力の入らない風情だ。
「聞いたぞ。130名で総当たり戦をするとか?何も夏の真っ盛りにやらなくてもいいものを。見ているだけで暑苦しい……」
「……見届け人を頼まれました」
シュルヴェステルは大きなため息と共に告げた。
「…それはご苦労………取り敢えず、総当たり戦は止めて、トーナメント戦にする様言っておいたから、1日あれば片付くだろう」
「なんでまた近衛に手を出してるんです?」
「本人に聞け」
情け無さ気なシュルヴェステルに返すトゥオマスの言葉はあっさりしていた。
騎士と名前がついてはいるが、将軍職の麾下は騎士団で、近衛の指揮権は騎士団には無い。
本来ならば例え見習いといえど解体することは出来ないのだが、リュスタークは王族である。近衛の指揮権は国王か王太子が持つが、残念ながらどちらも文官肌で指揮することはなく、肩書きは無いものの唯一の武官であるリュスタークに委託している現状だ。
とはいえ、主には各王族の守衛が仕事の近衛は、その団長が己の才覚で仕事を回しており、リュスタークが関わるのは訓練場での訓練時か、指針を示す時。また、相談を受けた時だけであった。
少なくとも今までは。
「少し気になることがありましてね」
シュルヴェステルの疑問に答えたのは、当の本人の声だった。遅れてノックが響く。
「ノックの意味が無いだろう」
「失礼、私の話だったようなので、つい」
「で?気になることとは?」
シュルヴェステルが顔を顰め、トゥオマスが先を促す。
「ここ最近の侍女、女官の失踪事件を?」
「そう言えば聞いたな」
「その事件は右軍の担当だろう」
シュルヴェステルの指摘に頷きながら
「きちんと調べが進んでいるなら放って置くんですが、調書を取るだけ取って放置しているようなので」
リュスタークは眉を寄せながら話す。反応したのはトゥオマスだった。
「何?」
「失踪した者は8名ですが内6名が後ろ盾の無い天涯孤独の身。残り二人は準男爵の娘と、騎士爵の娘で、実家が困窮しておりました」
「2人は覚悟の失踪か?」
「かもしれないと思い、下町を調べました。が、2人が娼館に身売りをした事実はありませんでした。そして―――」
言葉を切るリュスタークの方へ2人は心持ち身を乗り出す。
「数件の娼館を簡単に調査したところ、ここ2〜3カ月で失踪している者がいることが発覚しました。現在判明しているもので5名。最初足抜けが疑われたようですが、内1人がもう少しで借財が完済でき、恋人と一緒になる約束があったことが分かり、誘拐の疑いが持たれたようです」
「なんと…」
「市街地でも年頃の娘が失踪していますが、こちらの事件との関連性を、現在捜索しているところです」
「ありそうなのか?」
「人数を考えますとなんとも。王都は10万都市ですから失踪届は毎年数百人は出てますし、帰ってくるものが半数を超えるとはいえ、百人程度は失踪したまま。それを日数が経ってから追うのはなかなか骨でして。取り敢えず年頃の女性、ここ2〜3カ月で絞ってはいますが………王宮の件と合わせて事件性があった場合、天涯孤独の者を狙っていたのなら、そもそも届け自体が出ているかどうか……実際娼館の方は届けは出てませんからね…」
「む……」
「で、それと今度のトーナメント戦がどう関わりがあるのだ」
シュルヴェステルの問いにリュスタークは軽く肩をすくめる。
「失踪した娼婦の最後の客に近衛がいたそうで。聞くところによるとどうも見習いだったとか」
「それで解体は行き過ぎな上、短絡的では無いのか?」
「解体はもともと考えていたことです。この機会についでに着手したまで。解体後小隊長にそれぞれを監視させます。五人中3人関わりがあれば、警戒もしたくなるでしょう」
「目星はすでについているのか?」
「聞き取った人相風体から、何人かは……目的が何かはわかりませんが、王宮侍女も1人行方不明ですからね。義姉上が懐妊中の今、近衛は王宮内を比較的自由に動けますし、疑いのある者から取り敢えず近衛の身分を剥奪したいのです」
苦々し気に言うリュスタークにシュルヴェステルは頷いた。
そうでなくても王太子にしては遅い結婚だったエドヴァルドに、漸く子供ができたのだ。従兄弟としても友人としても、その懐妊を祝い、守りたかった。
「キヴィコスキ将軍に報告は?」
「今の所はまだ。お二人にも、できればこの件は彼に伏せておいて欲しいのですが…近衛の解体につきましても、聞かれたら我儘王子の気まぐれ位にしておいてもらえれば…」
「そううまく誤魔化されるものかな?」
「先日サボリの見習いを辺境に飛ばしましたので、騙されてくれるのでは無いかと思うのですが……ダメな時にはまた考えます」
「そう言えばきいたぞ。厳しすぎるのでは無いかと声が上がってる」
トゥオマスがやれやれといった風情で言えば、シュルヴェステルも同意を示す。
「私の所にも苦情が来てたな」
「誰から?」
「飛ばされた者の親戚だろう」
考えながらシュルヴェステルが答え、リュスタークは頷いた。
「でしょうね。キヴィコスキ将軍から話がありましたら教えて下さい」
「どうなっている」
「まだ何とも。ただ、辺境に飛ばした騎士見習いは、キヴィコスキ将軍職の口利きで入っているようなので」
「黒なのか?」
「捜査開始からまだ一月ですよ?そんなに簡単に調べはつきませんよ。失踪した女性達が気になるところではありますが……分かり次第報告しますので、もうしばらくお待ちください」
「辺境に飛ばした騎士見習い達は、監視しなくてもいいのか?」
「一緒にに飛ばした者の中に手の者がいますのでご安心を」
打てば響く答えに漸くシュルヴェステルの質問は尽きたようだった。否。取り敢えず任せて静観する気になったというのか。
エドヴァルドと同年であるシュルヴェステルにとってリュスタークは、父親がよく面倒を見ていたこともあって、年の離れた可愛い弟のようなものだ。利発な少年時代を見てはいたし、現在大量の書類をこなしていることも知ってはいたが、ついいつまでも世話を焼く相手のような気がしてしまう。
だが、そろそろ認識を新たにする時が来たようだ。
口の端に笑みを浮かべつつ、報告を待つ旨を告げると、リュスタークは頷いて腰を上げる。
「では…」
失礼しますと足早に出て行くリュスタークを見送って、ふとシュルヴェステルは首を傾げた。
「あいつ……そう言えば、何しに来たんだ…?」
「そう言えば…??」
呆れたようにしまった扉を見つめれば、扉はノックもなしに再び開いた。
「肝心の用を忘れてました」
「随分と急いで出て行ったものだな」
シュルヴェステルが揶揄するのへ、リュスタークは少し照れた笑みを向ける。
「これから遠乗りに出かけるので…これが頼まれていた書類です。あと、この企画を近く会議にかける予定です。目を通して頂きたいのと……叔父上、以前に領地にいい獣医がいると仰っていませんでしたか?」
「ああ、王宮で匙を投げられた愛馬を診てもらったな。お陰で数年長らえてくれたぞ?」
書類を受け取りながら頷くのへ
「紹介していただけませんか?婚約式以降ルシーの調子が思わしくなくて…」
声に心配をにじませてリュスタークは頼んだ。
「あいつが最初の馬だろう…?」
「はい。でも国境では普通に元気だったので…。旅の疲れかもと思っていたのですが、一度診てもらいたいのです」
トゥオマスが暗に寿命を仄めかせばリュスタークはかぶりを振る。
「尽くせる手は尽くしたいので…」
「分かった。彼に近く来てくれるよう手紙を書いておく」
「ありがとうございます。お願いします」
了承するトゥオマスに深く頭を下げ、リュスタークは今度こそ部屋を後にした。




