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青き石に寄せて(仮) ~決められた婚約者企画~  作者: 三杉 怜


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32.躁急




リュスターク・ラ・クレメンテスの朝は大抵日の出と共に始まる。

侍従や女官を待つこともなく訓練場で一汗流すか、朝食前に一仕事終えるかは、その日の机の状況によるが、今朝はどうやら訓練場へ向かうようだ。

ラフな服に着替えると剣を掴んで部屋を出る。


「おはようございます」

「おはよう。ご苦労。訓練場に行くから一人よこしてくれ」

「はっ」


扉前に控える当直の騎士に頷き足早に階下へと降りていく。

早朝の訓練場で人に会うことはまずない。

リュスタークは大きく息を吸い、呼吸を整えると腰を落とした。


ヒュッ


鋭い刃音が朝の冷気を切り裂く。

暁闇(ぎょうあん)晴れ行くそこで、リュスタークは一頻(ひとしき)り剣を振るう。

剣に型はない。

が、縦横に振るわれるその切っ先は鋭く、まるで熟練の舞を見るかのようだった。

舞い上がる砂埃、切り払われる薄闇。(あかつき)一時(ひととき)、ただただ剣を振るう鋭い音のみが、その場を支配していた。

一裂き毎に夜が明けて行く。

漸く、最後の一振りを振り終わった頃には、すっかり辺りは明るくなっていた。

小一時間ほど振るっていただろうか


「…ふぅ…」


大きく息を吐きながらリュスタークは剣を鞘に納めた。


ぱん ぱん ぱん


少し間延びした拍手が聞こえたのはその時だった。リュスタークは軽く汗を拭うと居住まいを正し、音のした方へ軽く頭を下げる。


「おはようございます、兄上」

「今日は勝てたのかい?」

「いえ、残念ながら未だ勝てたためしがありません…」


リュスタークの訓練時の仮想敵は、往年のトゥオマス・ラ・アスピヴァーラその人である。


「叔父上は強かったからなぁ…」


苦笑と共に言う兄の元に近づく。


「今日は随分とお早いのですね」

「カタリーナの調子が明け方悪くてね。漸く寝たので私はちょっと散歩に出てきたのだよ」

「大丈夫なのですか?」

「うん、問題ないよ、ありがとう。それより最近面白いことをしているんだって?話が聞きたくて部屋を訪ねたら、こちらだと聞いたんでね」

「噂がもう届きましたか」

「ベルガ川の計画を止めただろう。目立っているよ」


とても、と浮かべた苦笑には呆れと共に嗜めるような響きがあった。


「ああ。会議の行方によっては単に護岸や、堤防で終わらせず、簡単な桟橋ではなくそこそこの船を泊められる港を作ろうかと」

「それは…」

「色々問題があるので、現在調査調整中です」

「へぇ?私が内容を聞けるのはいつかな?」

「よろしければ今からでも説明いたしますよ?」


兄を促し訓練場の出口へと向かう。


「それはもちろん、私も聞かせてもらえるのだろうな?」

「シグルド兄上」


出口の壁にもたれていたのはもう一人の兄だった。


「あー…兄上にはもう少し煮詰めてから話したかったんですが…」

「何を言う。小姑がいる方がきちんとしたものができるだろう」


自覚あるのか…と肩を落としつリュスタークは眉根を寄せた。


「初期で煮詰めすぎると煮詰まるんですよ」

「シグルドは私が抑えておくと約束しよう。取り敢えず話を聞かせてくれ。随分楽しそうにしてるじゃないか」

「頼みますよ?兄上?」

「兄上はリュークに甘すぎませんか?」




リュスタークの部屋に着くと、彼は二人の兄に書類を渡し、自身は浴室へと姿を消した。

食い入る様に読み進める二人の口からは、やがて感嘆ともとれる楽しげな声が漏れる。


「なかなか」

「…意外だな。それにこれはリュークの手跡()ではない…この優しげな筆跡は、女性ではないのか?」


独りごちるシグルドにエドヴァルドがくすりと笑みを漏らした。


「シグルド、君が偏見なんて珍しい。愚問だろう?これが立案できるのはイスファンの人間ではありえない。エルンハルト殿ならシグルドか私に話が来るだろうから、残るは一人」

「ですが、彼女は弱冠…」

「15歳、ですか?」


シグルドの言葉に続けたのは、浴室から出てきたリュスタークだった。

軍服をラフに着崩した彼はそのままサイドテーブルに歩み寄る。


「水か紅茶か酒なら用意できますが?」

「水」

「酒」


異口異音に答えた二人の選択肢に紅茶はなかった。

小さく肩を竦めて二人の前にグラスを置くと、自身には紅茶を淹れる。


「どうです?」

「お前が夢中になるのもわかるな」


と、シグルド。


「是非実現させたいね」


とは、エドヴァルド。

二人の言にリュスタークは顔を綻ばせて頷く。


「それには難問が山積みで、幾つかご協力頂きたいのですよ。早目に会議に掛けたくて奔走しているのですが―――」

「専売で行くなら保管所の建設と管理と予算の計画は私が立てよう」

「では根回しは私が」


計画をシグルドが引き受け、その根回しをエドヴァルドが引き受ける。


「テスト時の船の運用はどうする」

「その辺が色々頭の痛いところで…まだ擦り合わせすら出来ていませんが、こちらの船を提供して先ず最短日数を計測し、その後実際運んでロスを調べます。テスト時の保管場所は城の地下を予定しています。運搬は国境から先はお互いの責任者と数名なら、取り敢えず合意できるのではないかと想定してます」

「川底の様子や国境からの距離が知られるのは痛いな」

「アイニからは1日の距離だしな…」

「まぁ、とはいえ、今でも全く知られていないわけではないですし、これから交流が深まれば、いずれ知られることでもありますから。その辺りは国の方針と外交に掛かってますね。取り敢えず来年終戦宣言はされるわけですから、それに先駆けてのこの交流は幸先の良いものとなるはずです」

「品物が明らかに軍事利用と関係ない上に、消え物だからな」


シグルドが笑いながら言うのへエドヴァルドも頷き返す。


「その上我が国の食文化やその他が豊かになるのだから、国民が知れば大歓迎だろう」

「しかも令嬢の名を出して進めれば、両国…少なくとも我が国での対ラティスハルクの感情は好感度アップ間違いなし」

「実際彼女の計画ですから」

「では早速動こうか」


シグルドが腰を上げればエドヴァルドもそれに倣う。


「時間を過ごしてしまったな」


聞き慣れた音に顔を向ければ、窓の向こうで10時の鐘が鳴っていた。


「間に合えば社交シーズンの開始、リディのデビュタントでお披露目をしたいと考えています。ご協力をお願いします」


立ち上がり、きっちり頭を下げる弟に、二人はニヤリと笑みを浮かべる。

何度も城出を繰り返す弟を城に留めようと、回す仕事を増やすなど色々画策してきたが、気が付けば仕事を片付け、いつの間にか姿をくらませてしまう。いきおい回す仕事ばかりが増えていったが、ここで漸く頼ってくれることを得た。変わってきた弟は明らかに少女のお陰であろう。


「期待して良い。私は仕事はする男だ」

「彼女にはカタリーナ共々世話になったからね。礼にもならないが、手を尽くそう」


協力の約束を残して二人は部屋を出た。

それを見送り、部屋へ戻ろうとした視界の隅で、アークがリディアンリーネの部屋から出てきた。

二人の兄の来室を知り、先にリディアンリーネとの打ち合わせをしていたのであろうことはわかっている。だが―――

最近時々感じるようになった理不尽な衝動を、リュスタークは持て余し気味だった。

腹に湧いた怒りを逃がすように大きく息を吐くと侍従に声を掛ける。


「アーク」

「あ、主、おはようございます」

「もう早くはないだろう」

「良いんですよ、まだ昼はきてないんですから」


足早に近づき、リュスタークについて入ったアークは盛大に顔を顰めた。


「今、王太子殿下とシグルド殿下が来られてませんでしたか?」

「ああ」

「紅茶、入れたんですか?!」


部屋に香る渋い香りは紅茶のものであろう。慌ててテーブルに視線を走らせる。


「いや、兄上達は水と酒だ」

「…言われて本当に水を出すのが主クォリティですよね」

「兄上の指定だ」

「いえ、紅茶出すより良いと思いますよ。でもこれなら一度顔を出すべきでした…」

「リディの処にいたのか」

「はい。貯蔵庫の設計図を取り寄せたと伺いましたので、見せていただきに」

「へぇ…」


声に不機嫌が乗らぬよう注意しつつ短く返事を返す。


「紅茶、淹れますか?」

「頼む」


テーブルを片付けたアークはサイドテーブルへと向かう。


―――なんだ、このもどかしさは…苛々…?というか―――


額に置いた手の影から、目の前に置かれた紅茶を凝視しつつ、取り敢えず聞く姿勢は崩さない。

だが……設計図について説明するアークに集中できず、声はリュスタークの耳を素通りしていっていた。




あけましておめでとうございます!


昨年はお世話になりました。

久々に書き始めた拙い小説にお付き合いくださり

日々感謝をしています。


アクセスやブクマ、評価やお気に入り登録に励まされ

なんとかここまで書き進めてきました。


あるのはサブタイトルのみという手持ちで

頑張ってこれたのは読んでくださる皆様のおかげです。


正月の定期更新はキビシイかと思いますが、

書き上がり次第更新していきますので、

今年もよろしくお願いしますm(__)m

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