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2.宣告


ラティスハルク国ロスガルド公爵家では、久々に帰宅した公爵を交えた夕食時が、まるで通夜か葬式のようにしめやかに、粛々と過ぎて行った。

宮廷料理人にも引けを取らない公爵家の料理人の料理も、今宵ばかりは公爵の眉間のしわを取ることができない。意を決したかのように、何度か口を開こうとした夫人も、令嬢も、時たま食事の手を止めるのみで、ついぞ言葉を発することはできなかった。


「リディ…」


重苦しい夕食がようやく終わり、自室に下がろうとしたリディアンリーネを公爵は呼び止める。


「お父様?」

「書斎へ」


短く言い、先を歩く公爵の後に従えば、ソファへと促された。

そろそろ嗜んでも良いだろうと渡された華奢なグラスには、少し黄味がかった液体。くるりとグラスを回せば華やかな香りが立ち鼻腔を擽った。自身のグラスには琥珀の液体を注ぎ、向かいに座るも、公爵は言いよどむように口を閉ざしたまま酒をなめる。

リディアンリーネがグラスを半分ほど空けたころ、公爵は漸く重い口を開いた。


「そなたに肝を冷やされたあの協定から約10年…」


言いながら、どこか懐かしむように薄く笑みを刷いた口元をキリと結ぶ。


「イスファン国との間の協定を、この度終戦宣言とすることとなった」

「おめでとうございます」


この9年の父の苦労を見てきた少女は、祝いを述べながらも、あまり嬉しそうに見えないその顔に、小首を傾げる。


「宣言するに当たって、人質の交換も考えられていたのだが、この9年間に行われた流通や文化交流等の結果、世論を鑑み、もっと穏やかに、華やかに、祝福の雰囲気の中で宣言することとなった」


不審顔のまま聞く少女に、残りの酒を一気に煽った公爵はその婚約が決まったことを告げた。


「はい?」

「両王家には残念ながら未婚の王女がいない。王家筋から選定しようとした矢先に、イスファン国から我がロスガルド家の姫をと指名があった」

「ですが我が家には、ここ数代王家からの降嫁はなかったかと……」


ラティスハルクの王家に未婚の女性がいなかったため、停戦協定で面識のあるロスガルド家のリディアンリーネに白羽の矢が立った事。顔合わせはひと月後。停戦協定を交わした場所で婚約式を行い、そのままイスファンに用意された館に移動。一年の婚約期間を経てリディアンリーネは隣国で挙式をすることとなる。同時に上げられる終戦宣言は、二国を挙げてのお祭り騒ぎになるだろう。婚約期間中に隣国の習慣や作法、歴史を学び、社交界へも顔をつないでいくこととなる。立て板に水を流す如く、滔々と話し続ける父親の言葉は、ショックを受けたリディアンリーネの頭上を滑って流れていく。


どう父に暇を告げたのかも覚えていなかった。


自室に戻ったリディアンリーネは、着替えを済ませ、侍女を下げた。一人になりようやく、覚束ない足取りでベットの端に腰を掛けると、大粒の涙を零す。ベットサイドの小机の引き出しを開け、美しい細工の小箱を取り出すと、丁寧に折りたたまれた絹を広げた。中には少し古びた指輪。白く濁った石を付けた美しい意匠のそれを、胸に抱え込むようにして握りしめる。

少女は知った。かつてそれをくれた少年に、とうとう決別する時が来たことを。


大切に大切にしてきた初恋。長の年月を経て、褪せることのなかった想い。


「りゅう…」


名前しか知らない少年に、あれから会えたことはない。その名を呟く少女に、思い出の少年が語りかける。


『―――約束』




最後の日、別れ際にもう来られないと告げた少年に、涙のたまった大きな目を向ける少女。


「やぁ…」

「ごめんね、でもきっと迎えに来るから。そしたら僕と一緒にイスファンに来てくれる?」

「…一人で…?」


不安そうに見上げる少女に、少年は少し困ったように笑って言う。


「う~ん、リンにね、僕のお嫁さんになって欲しいなって話なんだけど…」

「なるっ!!」

「ありがとう」


ぎゅっと抱きしめる少年を少女は嬉しそうに見上げた。


「じゃあこれは約束の印にあげるよ」


抱擁を解いた少年は少女の左手を取るとその掌にそれを乗せる。ころんと載せられたそれは、きらきらと輝く青い石に蔦の絡まる意匠の美しい指輪。


「この指輪がピッタリになる頃迎えに行くよ」

「約束?」

「うん―――約束…」


指輪を握らせたその指の上に、少年は約束と共に口づけを落とす。まるで封をするように長く―――




小鳥の鳴く声に少女は目を覚ました。

泣き寝入りをした瞼は重く。頭がずきずきする。


―――もう…待てないみたい…


指輪を光にかざす。指輪はピッタリになっていたが、貰った時の色を失った真っ白なそれは、まるで約束が白紙に戻ったかのようだった。


―――待つ資格さえ、失っていたのだもの…


約束の証として差し出すにはあまりに面変わりしたそれを握りしめ、その拳に唇を落とす。かつて少年の触れた其処へ、幼い恋に封をするように、長く―――





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