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青き石に寄せて(仮) ~決められた婚約者企画~  作者: 三杉 怜


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28.躊躇いと戸惑いと




夜空を飾る満天の星々が瞬きを繰り返す。

欠けた月を眺めながらリュスタークは手元の杯を煽った。

未だ夜会は続いているのか、幽かに風に乗って東屋まで音楽が届く。

デビュタント前のリディアンリーネのエスコートの特典として、夜会を早々に抜けられるのは正直な所ありがたい。挨拶にダンス、情報収集。夜会ですることと言ったらそれくらいだ。酒精で滑りがよくなっているとはいえ、大した情報は集まらない。ならばとっとと引き上げ、休んだ方が、愛想笑いもしなくて済むし、疲れも取れて一石二鳥というものだ。


相変わらずの半跏に、気怠げに手すりに背中を預けたリュスタークの頭の中を占めていたのは、明日から赴くベルガ川の視察の件でも、夜会で変わらず粉をかけてきたロイマランタ公爵の件でもなく、つい先程まで共にいたリディアンリーネの事だった。


―――爵位を持たぬ者と将来を約束するのも驚きだったが、彼の者のために自ら料理を習うとは…


身分も、甘受してきた豊かさも、全て捨て去れるほどに想われたその見知らぬ男に、リュスタークは強い羨望を覚える。

彼自身、恋した少女のために、様々な根回しはしてきた。だが、彼女が王子妃として並び立つことを拒否した時、自分の持てる全てを捨て去り、彼女と共に歩むことが出来ただろうか。

脳裏にピンと背筋の伸びたリディアンリーネの姿が浮かぶ。少々変わり種ではあるが、公爵令嬢として不足のない教育を受けてきたこの少女ですら、到着してからの日々を勉強の名の下に過ごしている。

それを何も知らない少女に1から押し付けるのは、独りよがりで無責任な行為というものだろう。

自分が守ってやればなんとかなると思っていた。自分には捨てられないものを、相手には簡単に捨てさせようなどと。かつての自分のなんと傲慢なことか。


―――もしかしたら、それがわかっていたから、彼女は姿を現さなかったのだろうか…


王族と名乗った覚えはないが…と脳裏に呟きながら干したグラスに次の酒精を注ぐ。

9年前に会ったきりの6歳の少女を思い浮かべながら、リュスタークはグラスに口をつけた。

思い出すのは笑顔ばかりだ。輝くストロベリーブロンドを躍らせ、くるくると表情の変わる、よく笑う少女だった。


『りゅう見て、こんなに採れたよ…』

『ねぇ、りゅう。大好き…』


―――あれから9年…君はどんな女性になったんだろうね…


15歳といえば丁度リディと同じ年頃か…と、スラリとした肢体の少女を思い浮かべる。その背で、燃えるようなストロベリーブロンドの髪が踊っていた。


―――リン…


『ねぇ、りゅう。会いたかった…』



呼びかけに応え、妄想の向こうで振り返った少女は―――


何故かリディアンリーネの顔をしていた。


「っ!!」


喉を通るはずだった酒精が気管に入り激しく咽せる。


―――なんで…


「ケフっ…ゴホ…っ!」


やがて、激しく咳き込むその背を、優しく(さす)る手があった。


「大丈夫ですか?」


摩りながら心配そうに覗き込んだのはリディアンリーネ。

突然現れた彼女に驚き、リュスタークはその手を思いきり払った。

パシッ…と、乾いた音が、思いの外大きく響く。


「リ………ディ……」


掠れた声が紡ぎたかったのはリンなのかリディなのか。絞り出すように彼女の名を呼べば、少女は酷く傷ついた顔をして、払われた手を胸の前で握った。


「あ……いや…」

「ごめんなさい」


リュスタークが言い訳を思いつくよりも早く、リディアンリーネは踵を返して去ろうとする。

その手を―――


「待って」


慌てて捕まえて引き寄せれば、熟れた果物をもぐより簡単に少女はその腕の中に納まった。


「ごめん、ありがとう」


蹌踉るようにその腕の中に納まり、背後から抱き込まれたリディアンリーネは、その腕から逃れようとその身を(よじ)るが、囲われているだけに見えるその腕が解かれる事はなく、向きを変えることすら出来なかった。


「離して下さい」

「ごめん。逃げないで」

「逃げませんから、手を…」


離して、と言いかけたその肩に、ことんと頭が降りてくる。

ふわりと香る酒精がリディアンリーネの鼻腔をくすぐった。


「ごめん」


再度つぶやかれたそれを最後に、腕が解かれる。


「こちらこそ、急に触れたりして…すみません」


ようやく自由を取り戻したかに見えたリディアンリーネの手は、しかしリュスタークに掴まれたまま、優しく椅子へと導かれた。


「謝らないで。悪いのは私だ。いつもなら近付く気配に気づかないことなどないんだけど…痛かっただろう…」


言いながらその手を持ち上げれば、払われたところがほのかに赤くなっているのが月明かりにも見えた。


「赤くなって…」

「大丈夫です…」


リディアンリーネが慌てて引き抜くと、リュスタークは机の上に用意されていた水差しを取り上げ、手近に置いてあった布を濡らす。


「腫れはしないと思うけど、念の為冷やしておこう」


手を取られ、赤くなったところへ布を置かれる。


「大丈夫です。気にしないで下さい」


布の上から優しく摩り、リュスタークは顔を上げた。


「で?」

「え?」

「こんな時間にどうしたの?眠れなかった?」


時刻は既に真夜中を回っていた。余人の来ない空中庭園とはいえ、15歳の少女の出歩く時間ではない。


「あ、はい。一度ベットには入ったんですけど、目が冴えてしまって…」

「朝から酷い人混みの中を連れ回したし、疲れてない?」

「大丈夫です…というか、まだ楽しかった余韻が残っていて分からないです」


はにかんだように笑うリディアンリーネにくすりと笑いを零す。


「明日は視察のために移動だけど大丈夫?」

「はい。これも楽しみで……子供みたいですよね」

「いや?楽しみにしてくれると、誘った方としては嬉しいよ。じゃぁ、いつかの話」

「?」

「ワインで月見酒と洒落込もうか」


リュスタークの言葉に顔を輝かせるリディアンリーネに、待ってて、と、くしゃりと髪を乱し、足早に自室のある方へと消える。


やがて戻ってきたリュスタークの手には、見たことのあるワインのボトルよりは短くてスリムなボトル。


「飲んだことあるかな?」


言いながら持ってきた小ぶりなグラスに4分の1ほど注ぐと、一方をリディアンリーネに渡す。


「リディとの初めての月見酒に」


軽く目線にグラスを上げるとそれに口をつける。


「うわ…」


思わず漏れた感嘆の声に、リュスタークはしてやったりと笑み零す。


「ラティスハルクのワインだよ」

「すごく甘くて飲みやすいです」


まるでりんごのシロップでも煮詰めたかのような甘さのそれは、適度な酸味で飲みやすかった。


「ちょっと反則だけどね、グラスの底を手で温めてごらん。華やかな香りが立つから。あとは軽くグラスを回して香りを中で(くゆ)らせて…」


言われるままに温め、くるりと回して口をつければ、華やかでフルーティーな香りが鼻腔いっぱいに広がった。


「ふぁ…」


うっとりとした表情を浮かべるリディアンリーネを、目を細めてリュスタークは見る。


「これはお酒と言うより……まるでデザートを食べてるみたい…」

「それは…言い得てる。デザートワインって呼ばれてるしね。正確にはデザートを食べながら飲むワインなんだけど、こんだけ甘いとデザートいらないよね…」

「いえ、それは…」


言い淀むリディアンリーネに笑いを含んだ視線を向ける。


「女性には必要か…わかった。次回は用意しておくよ。…ワインは気に入った?」

「はい」

「量飲むワインじゃないけど、こんな夜にはぴったりだろう?」


空いたグラスに注いでやりながらリュスタークは月を見上げた。


「明日も晴れるそうだよ」


その言葉に、リディアンリーネは釣られるように夜空を見上げた。気候も景色も違う異国のこの地で、見上げた夜空だけは故郷と同じ星が瞬いている。

束の間落ちた沈黙は、穏やかな優しさに満ちていた。


「綺麗な星が掬えるといいね」

「…はい…」


言葉少なに返事をするリディアンリーネは幸せそうな笑みを浮かべながらも、襲い来る睡魔との戦いに瞼が半分落ちかかっている。

疲れた身体に、早速酒精が効いたようだ。


「リディ、眠れそうなら部屋へ…」

「…はい」


グラスを置いて立ち上がったその足がふらりと縺れる。慌てて支えれば、当の本人からは既に微かな寝息が漏れていた。


「もう寝てる…」


抱き上げれば常と違う感触に戸惑う。


―――そうか…寝衣…


ドレスと違って、頼りなくも薄い夜着一枚に隔てられただけのその身体は、温かくて、柔らかくて―――


リュスタークは慌てて雑念を振り払い、リディアンリーネの部屋へと向かった。

開け放されたテラスの窓で、ふわりとカーテンが風にそよいでいた。

蝋燭が一本灯されただけの中を、迷いのない足取りで寝室へと向かうと、腕の中の物を大切そうにそっと降ろす。


「…ん…」


ベットに寝かせる時に漏れた声に、リュスタークの視線はその口元に注がれた。

昼間触れた、その柔らかな感触が蘇る。

リュスタークが見つめるその前で、リディアンリーネの唇が微かに動いた


「―――……ぅ………ま…」

「……っ!」


微かな声が紡いだのは彼の名か。

リュスタークは熱が顔に集まるのを感じて片手で顔を覆う。

まるで吸い寄せられるかのように、その唇から視線が外せなかった。


ギシ


顔の横についた手がベットを軋ませる。

穏やかな呼気がその唇から漏れ、胸を小さく上下させていた。

安らかなその寝顔が胸を締め付ける。

たまらず、緩やかに下りていったその顔が、やがて唇に触れる数センチ手前でピタリと止まった。

ふわりと鼻をくすぐるのは先ほど飲んだ甘いワインの香り。


―――まて…まてまてまて…私は一体何をしている!


口づけの落とし先を額に変更し、リュスタークは慌てて寝室を後にした。


―――そんなに飲んだか?…せいぜい4〜5杯と言ったところだろう?


理性を飛ばすにはまだまだ酒精が足りないはずだった。

リュスタークは足早に自室へと向かう。

顔に集まった熱を冷ませぬままに…―――





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