24.差し出された手
女性に対する差別的とも捉えられる表現を含みます。
ファンタジーだということを念頭に置いてお読みください。
世界観だと流せない方は
今回内容はリディがリュークに気持ちが傾いた回とおもい、
次回更新をお待ちくださいませ。
「リディ?」
リュスタークの声に我に返り二、三度目瞬きをすると彼を見上げる。
訝しげな視線に困ったように笑むと、導かれるままにソファに腰をおろした。
先程の仕立屋の言葉で、エヴェリーナとの会話を思い出していたリディアンリーネの顔は晴れない。
パシン、と。響いたあの時の音に躊躇いはなかった。誰かを、何かを従えるために当たり前に物理的な力を使う人物。
躊躇うことなく自身に暴力を振るうのが、身近な、それも夫となるべき男性であるのは如何ばかりか。
じっと自身の婚約者を見上げる。
力は、男性の性であるのだろうか。
今まで彼に暴力を振るわれたことはない。どころか、際限なく甘やかされている気すらする。いつか、豹変する日が来るのだろうか…
―――いやいやいや、ないないないないない
つらつらと考えている最中、思い浮かんだ悲壮な考えをリディアンリーネはあっさり追いやった。
―――いくらなんでも失礼だって
付き合いが短くても2ヶ月も見ていれば、見えてくるものだ。少なくとも、相手が理不尽な暴力に訴える人物かどうかくらいは。
ぎこちなかった初対面の時ですら、優しい気遣いを見せてくれていたリュスターク。
決して無理をさせず、等身大の自身でいて良いのだと、折に触れて示してもらえた事。故郷を遠く離れた異国の地で、それにどれ程励まされただろう。
忙しい執務の合間を縫ってこまめに気遣ってくれるリュスタークに、戸惑いながらもその訪いを、言葉を、徐々に心待ちにしていく自分がいる事を、リディアンリーネは自覚していた。
もし、嫁いできた地で待っていたのが心ない暴力であったなら………
決してないとは言えない可能性が、リディアンリーネの背筋にぞくりと冷たいものを走らせる。
―――エヴェリーナ様の婚約者がリューク様だった可能性だってあったわけで
考えが浮かぶと、何故か泣きたいような気分になってその眉根を寄せた。
王太子ならともかく、第三王子であるなら身分的には大した障害はない。
そして、考えたくもない事だが、リュスタークの気性がエヴェリーナの婚約者の様であった可能性も、皆無ではなかったはずだ。
それを思えば自らの幸運に感謝するばかりだ。…が、同時に些か後ろめたくもある。
―――暴力を知っても破棄できない事情ってなんだろう…
借金、恩、柵…思いつくどれを取っても、リディアンリーネの口出しのできる事ではなかった。
「不穏ですね…」
静かなリュスタークの声に我に返る。
「良い予感がしません」
思いの外間近にその顔があった事に驚き、リディアンリーネは思わず仰け反った。
「私の誓いの言葉を?」
頷く彼女にリュスタークは満面の笑みを向ける。
「貴女の憂いを払いましょう。私の心の平安のためにも、不穏の種は早めに摘んだ方がいい。ドレスの新調が決まった直後にそんな顔をする女性を放っておくのは危険だと、私の本能が告げています」
芝居掛かった調子で言うリュスタークに思わず笑みを零した。
「話してごらん?」
「どうする事もできない事なんです。ただ…」
「エヴェリーナ嬢の事?」
俯き、口ごもったリディアンリーネが再び話しだすのを、リュスタークはじっと待つ。
「以前…彼女が婚約者に、暴力を振るわれているところに行きあった事があって…」
ポツリ、ポツリと話しだすのに相槌を打つ。
「ご両親には話してないようなんですが、話したところで破棄は出来ないと…」
ただ2回。顔を合わせただけの間柄だ。相談された訳でもない事に、嘴を突っ込むのはお門違いだ。貴族のプライドも体面も大きく傷付けるだろう。
どうにかできると思う方が間違いだとわかっている。
ただ、胸が痛いだけだ。
手を差し出すことすらできない自分がもどかしい…
「う〜ん……難しい問題だね。リディの言う通り、現状では何も出来ない。訴えもないのに、王族といえども貴族間の整った婚約に口を出すことはできない。幸いというか、エヴェリーナ嬢には今の所大きな怪我もない様だし、申告もないのに立証はできない」
「でも…っ!」
言い募ろうとして口ごもる。暴力は力だけではないのだ。いや、確かにそれは力に他ならないのだが……
だが、それはリディアンリーネが勝手に告げていいことではない。
その様子をじっと見ていたリュスタークは、困った様に小さく息をついた。
「リディに言うのは酷かもしれないけど…」
一旦言葉を切り、続ける。
「婚前交渉は褒められたことではないけど、罪ではない」
がばと顔を上げたリディアンリーネを、優しげな瞳が捉える。
「…え?………どう…して?」
「ストールがなくなったのが夜会であることと、居たのがバルコニーだということ。下が中庭であることを鑑みれば、まぁ…自ずと、…ね」
この言い方で通じるのかな?呟きながらリュスタークは言葉を重ねた。
「無理矢理は駄目だと言ったところで親告罪だ。現行犯でも無ければ罪には問えない。まして、それは結婚してしまうと………知っての通り貴族の、特に跡を継ぐ者の結婚は次代へと家を繋ぐための義務だ。確かエヴェリーナ嬢は一人娘。婚姻後は拒めはしないだろう……」
そっと伸ばされた手に思わず身を硬くするリディアンリーネに、困った様な笑みを浮かべてリュスタークはその手を引いた。
「恐い?」
唇を噛み、俯いたまま答えない彼女を見ながらもう一歩体を引く。
ようやく顔を上げた彼女の前に、両手を上向きに差し出した。
「手を…」
おずおずと乗せられた左手をやさしく握り、リュスタークは真摯な双眸でリディアンリーネを捕えた。
「心配しなくていい。恐いことも、嫌がることもしない。」
その時、リディアンリーネに湧き上がってきていた感情を、なんと呼べばよかっただろう。
「この間話したこと、覚えてる?」
まっすぐに自分を射抜く瞳に揺らぎはなく、包まれた手から伝わる心地よい体温は安心感を。優しく握っているかに見えて、決して抜け出せないその手の力強さには、何故か胸の高鳴りを。
囚われた視線を外さぬままに小さく頷く。
「何も心配しなくていい。私たちの義務は共にあることだ。それはすでに果たされている。あとは道を探しながら歩くだけだ。空いてる穴を無理に飛び越えて進まなくてもいい。引き返してもいいし迂回してもいい。荷物を持ってもいいし減らしても、持たなくてもいい。必要なのは互いに相談すること。言葉を惜しまないこと。互いを見失わないこと」
言葉を切ると、包み込んでいたリディアンリーネの手を、そっと握らせる。
「…ゆっくり行こう。急がせないと、約束する。君がこの約束を覚えている限り、ずっと……」
約束―――
握らせた掌に封じ込める様に、リュスタークはそっと約束を落とした―――




