23.ストール
「あ…あのっ…」
お茶会が恙無く終わり、自室へ向かおうとしたリディアンリーネの後ろから声を掛けるものがあった。
「エヴェリーナ様?」
顔を赤くして決死の表情でリディアンリーネを呼び止めたのは、お茶会で何度も視線を感じたエヴェリーナだった。
「…あの…」
言ったきり、口をはくはくとさせるものの言葉が出ないようだった。
「これから図書室に行くところですの。よろしかったら一緒にいらっしゃる?」
とりあえず人の居なさそうなところへ誘ってみる。
こくこくと頷くのを確認してから図書室へと導いた。
高い窓から柔らかな西日が差し込み、きらきらと埃が舞っている。壁一面の書棚にはぎっしりと本が詰まっており、どこかノスタルジックで、何ということもなく落ち着く場所だった。
その一角の、座り心地の良いソファをエヴェリーナに勧める。
自身も向かいに座るとじっとエヴェリーナが喋り出すのを待った。
「…あの……あの時はありがとうございました!」
ガタン!と立ち上がると、机に頭がつくほどに腰を折る。
「?ごめんなさい。どこかでお会いしたかしら?」
「はい!…いえ……お目にかかるのは今日が初めてです」
「??」
「忘れようとは思ったんですけど、きちんとお礼を申し上げたくて……」
エヴェリーナは言いながら侍女に合図をし、包みを受け取る。
「こちら、ありがとうございました」
中からは繊細な模様を編みこまれたストールが一枚出てきた
「あら…貴女…?」
「今回建国式のドレスを頼んだ仕立屋が、これはリュスターク殿下が婚約者様の為に注文したものだと教えてくれました。それであの時お助けくださったのがリディアンリーネ様だったと…」
「そうだったの…」
「ようやくお礼が言えました」
ホッとしたように笑うエヴェリーナに、リディアンリーネはくすりと笑った。
「あまりにも視線が合うものだから、何か変な事してしまったのかと思ってたわ」
「そんな」
「でも何でまたあんな所について行ってしまったの?」
リディアンリーネの質問にエヴェリーナは困ったように顔を曇らせる。
「………婚約者なので…」
「……そう…随分と強引な方なのね…あの…暴力の事、ご両親はご存知なの?」
「いえ、でも知れたとしても破棄はできないので…」
「そう…何か力になれると良いのだけど…」
「そんな!私こそ何かお力になれる事があったら仰って下さいませ」
身を乗り出すように勢い込むエヴェリーナにくすりと笑う。
「じゃぁ、私にイスファンの事を色々教えてもらえないかしら。噂話程度のことでいいの。お国柄とか外から見ただけでは中々分からないでしょう?先程のユスティーナ様、いきなり攻撃的でしたでしょう?私何か失言してしまったかと心配で…」
「それは…キヴィコスキ侯爵家では何度か殿下に婚約の打診をして断られていたようですから、今回の婚約が少し面白くなかったのかもしれないです…」
「殿下は素敵な方ですものね。侯爵家なら家格も釣り合いますのになぜ整わなかったのかしら」
首を傾げるリディアンリーネにエヴェリーナは困ったように眉を下げた。
イスファンの貴族の間で、リュスタークの想い人の話は有名である。いずれ耳に入るだろうが、ここで告げてしまっていいものか。耳に入る噂はリュスタークとその婚約者との睦まじいものばかり。その実は知るよしもないが、危ういところを助けてくれたこの少女には、幸せになって欲しかった。
「兄君様達の結婚前の話ですし、決めるには早いと思われたのかもしれないですね」
あながち嘘でもない事で答えを濁し、暇を告げる。
「まぁ、すっかりお引き留めしてしまったわね。お気を付けてお帰りになって?」
「ありがとうございます。こちらこそすっかり長居をしてしまって申し訳ございません」
退居するエヴェリーナを見送り、リディアンリーネは再びソファに腰をかけた。
―――早い、かぁ。ユスティーナ様のあのタイミングからしてそんな理由ではなかったと思うんだけど…物語の内容が想い人との恋の成就で政略結婚に突っかかってきたみたいって事は、ユスティーナ様が恋人だった…?
推測を立ててみるがイマイチすっきりハマらない。
しかも段々胸がもやもやしてくる。
―――多分、違う……あぁ、キヴィコスキ侯爵には訓練場で会ってる。リューク様のあの態度は、恋人の父親に対するものじゃない……あれはどっちかというと…
「姫様?お風邪を召しますよ?」
思考の海に沈みかけたところで、ふわりとストールが肩にかけられる。
「ラーナ」
「あと、お忘れかもしれませんがね?そろそろ採寸の時間ですよ?」
「あーーっ!!もう来てるかしら」
「まだ大丈夫かと思いますけど、殿下も立ち会われるのでしょう?早く行った方が良いのでは?」
「ん」
慌てて立ち上がると自室へ向かう。
「お茶会の後に採寸なんてひどいと思わない?」
「食べ過ぎですか?」
「過ぎてはないと思うけど…」
「階段で消費できてると思いますよ」
「だと良いけど」
足早に広い階段を上っていく。いつもならのんびり意匠を眺めながら上がるのがお気に入りのリディアンリーネだが、さすがに今はその余裕がないようだった。
「もう決まってしまったかな?」
遅れてリュスタークが入ってきた時、リディアンリーネの部屋には所狭しと色とりどりの布地が広げられていた。
「やぁ、これはすごいな」
「デザインもまだ候補が絞りきれていなくて」
「どれ?」
広げられた布を避けながら近づくと、後ろからひょいと覗き込む。
リディアンリーネの手元には数枚のデザイン画があった。
「これかこれかこれ……これも捨てがたいか?」
「…………全然絞れてませんけど」
「だね」
ジト目に苦笑しながら仕立屋を見る。
「お勧めは?」
「どれも自信作ですので、お色を先にお決めになられては如何かと、お勧めさせて頂いていたところです」
「なるほど、それでこれか…リディは何色が好き?」
婚約式もお披露目も青だったよねと言いながら手近の赤いサテンの生地を手に取る。
「あの…赤以外が…」
「そう?じゃぁ、この深い緑かこっちのミルキーオレンジなんかはどう?」
「あ、緑で」
「ふぅん…?」
「そちらのお色でしたら、こちらのデザインは如何でしょう?」
仕立屋が示したのは胸元に花をあしらい、片側のウエスト部分に大きなリボンのあるドレスだった。リボン側の上布が上に寄せてあり、下から斜めに切り返しののぞくデザインとなっている。
「この辺りをタッキングしてボリュームと動きを出して、真珠をあしらって華やかさを足して…下のフリルは生成りかアイボリーで軽さを出して、差し色に茶色を入れて全体を締めて…こんな感じで如何でしょう?」
喋りながらベースのデザイン画にどんどん書き足していった。
「ステキ」
「へぇ、シックになりすぎるかと思ったけど、華やかで可愛い感じになるんだね。胸元の花は生花?」
「でもよろしいですし、共布で作ることもできます。あと花ではなくてこのように寄せても…」
「あ、そちらのが良いです」
「はい、ではこちらで」
色が決まるとデザインがどんどんと決まっていく。食い入るようにそのペン先を見ていたリディアンリーネは、完成したドレスの絵に感嘆のため息をついた。
「私の婚約者殿は随分と気に入ったようだ。それで頼むよ。あと、あわせてストールも頼む。チュールレースが良いかな?若しくはオーガンジーか…リディ?」
リュスタークの問いかけにふと窓際の文机に置かれたストールに目が行った。つられるように仕立屋とリュスタークもそれを追う。
「ああ、よろしゅうございました。お手元に戻ったのですね」
幾分ホッとしたような響きの声にリディアンリーネは驚いた。
「え?」
「ヴァイノラ伯爵令嬢が持ち主にお返ししたいと、随分と気にかけていらっしゃったので」
「あ、はい。つい先程お持ちくださったのです」
「良かったね、リディ。それが戻ったなら、今回はオーガンジーのストールにしようか」
「はい…」
「じゃぁ、それで頼むよ」
「承りました。仮縫いが決まりましたら、またご連絡差し上げます。では、私共はこれで」
丁寧に一礼し、ほくほくと出て行く仕立屋を見送りながら、衣装の注文を済ませたばかりの少女にあるまじきシワをみけんによせていた。
「リディ?」




