18.罰と牽制(2)
「お待たせしました」
騎士達を蹴散らして戻ったリュスタークは、先程よりも疲れた顔をしていた。
「いいえ、もうよろしいのですか?」
「はい、大丈夫です。それよりも帰りはどちらをご案内しましょうか?」
尋ねるリュスタークに、リディアンリーネは思案げに首をかしげる。
ここ1ヶ月で見て回ったのは主には部屋のある南棟が主だった。 南棟は王族のみが居住する棟で、1階には応接室や食堂、サンルーム、図書室、コンサートルームなどがある。3階は王。4階は王太子夫妻。5階が第二王子。6階が第三王子の居室となっていた。居室のある階以外は自由に動けるため、南棟は全て網羅していた。お気に入りは避難用と教えられ
上りと下りが分かれてお互いがすれ違うことがない。1、2階には登り口しかなく、下りの最終地点は地下の船着き場となっており、そのまま場外に逃げられるとか。
リディアンリーネはそれを告げると、そんな変わったものがあったら見たいと頼んでみた。
「そうですね…ここから近くでは………では囚人室などいかがですか?」
「囚…人……室?」
「所謂牢ですが、貴人専用となっているものです。主には、罪を犯したというより、円満に退位しなかった王とか、政権争いに敗れ、粛清されなかった王族が入れられていたようですね。騎士団の塔の最上階にあるので、ちょっと登るのが大変ですけど、一見の価値があると思いますよ?」
「はい、是非」
「ではこちらへどうぞ」
リディアンリーネをエスコートしつつ一角へと向かう。
訓練場はぐるりを建物に囲まれ1階はほぼ回廊。四隅が塔となっておりそれぞれの騎士団の本部が置かれていた。
「随分広いのですね」
「そうですか?これでも団員全員が一度には入れないのですよ。まぁ、一度に居ることもないですけどね。駐屯地は貴族街の向こうにあります。ここにいるのは王城内の警備を割り当てられてる者と、事務方です」
「そうなのですか?」
「さすがに近衛は全員いますけど、騎士団は人数が人数なので。厩舎も要りますし、湖上の王城内にはさすがにね。仕事自体も王城内ばかりではありませんからね。辺境警備に当てられた者は、王都に戻ってくるのも数年単位ですから」
「何年も帰ってこれないのはお寂しいですね」
身につまされたような表情で呟くリディアンリーネに胸が痛む。
慰めを口にしようとしたその時、
「これはリュスターク閣下。この度はご着任、おめでとうございます」
後ろから声をかける者があった。
急いでどこかへ行く途中だったのか、少々息が荒い。それへ、不快を胸の内へ納め、リュスタークはにこやかに振り返った。リディアンリーネを引き寄せることも忘れない。
「キヴィコスキ侯爵。挨拶は痛み入るが、着任はまだだ」
「左様でございましたか。御着任はいつになられますか?我が娘も是非殿下にお祝いを申し上げたいと申しております」
「それは嬉しいことを」
リュスタークは喜色を露わにしたキヴィコスキ侯爵に畳み掛けるように言葉を継いだ。
「次の夜会の時にでも、我が婚約者殿と挨拶を受けると伝えてくれ」
夜会は毎夜のようにどこかしらで行われていたが、王族が参加する夜会は意外に少ない。まして、社交嫌いで通っている第三王子の参加する夜会など、言うに及ばずである。
下手をすると1ヶ月、2ヶ月先になりかねない。
「いえ殿下、娘は時々王城にも参っておりますし、殿下さえよろしければご都合の…」
「よろしくないな」
キヴィコスキ侯爵の言葉を遮りばっさりと切り捨てる。
「貴殿も知っての通りわが身は忙しい。特にこのひと月ばかりは、同じ階に住まう婚約者殿と会う時間を作る間もないほどだった。昨日からなど一睡もしておらぬ。執務に関係のない者と会う時間など、取れようはずもない。貴殿が昨夜いかほど寝たのかは、聞かぬがな……その慌ただしさを縫って、ようやく作った貴重な逢瀬の時間を邪魔するなど、野暮の極みであろう」
同じ男なら少しは遠慮するがよかろう、と踵を返し、そのまま何事もなかったかのように歩を進める。
「あの…」
塔に入ったところでリディアンリーネはリュスタークの袖を引いた。見れば心配そうな顔がリュスタークを見上げている。
「どうされました?」
「昨夜一睡もされてないって…」
「ああ、大丈夫ですよ。よくある事なので」
「ええ?!ダメですよ!」
全然大丈夫じゃないです!と見上げるリディアンリーネの双眸は驚きに見開かれていた。
「それで私を抱えて訓練場を7周もしたんですか?無茶です!」
「大丈夫ですよ。さ、あちらの階段です」
「いえいえいえ、またにします。今度案内してください。今日は休みましょうよ」
「鍛えてますから」
「私の案内は仕事じゃないですよ?」
「ええ勿論です」
「自惚れていいなら、リューク様の好意ですよね?」
「そうですね?」
「…疑問系?」
「いえ、話がどこに行くのかと…疑問系ではないですよ?」
「じゃあ私の安心のために休んでください。無理、無茶、ダメ、絶対!」
必死の形相のリディアンリーネにくすりと笑みを漏らす。
「口調、バザールの時に戻ったね」
その言葉に慌てて口元を抑えるもリュスタークは笑うばかり。
「その方がいいな。楽に話して?これから長く一緒にいる事になるんだし」
リュスタークはコクコクと頷くばかりのリディアンリーネに、もう一度笑みを漏らして振り返ると、セヴェリを呼んだ。
「セヴェリ」
「はっ」
「キヴィコスキ侯爵の令嬢の登城記録と面会記録の手配を」
「はい」
「念のため騎士団への出入りも」
「かしこまりました」
セヴェリは振り返ると控えている近衛に頷く。
「部屋に戻るからセヴェリは交代して。ご苦労様。急がせて悪かったね」
「はい、では殿下が戻られるのを確認してから、交代させて頂きます」
敬礼をするセヴェリに軽く肩をすくめてみせ、リディアンリーネに視線を戻す。
「戻ろうか」
「はい」
「リディの今日の予定は?」
「今日は特には」
「じゃあしばらくリディの部屋で話してても大丈夫かな?」
「え、でも寝たほうが…」
「部屋に戻ったらアークが書類を持って帰ってるだろうから、どちらにしても寝られはしないよ。」
リディの部屋までは追ってこないから休憩させて?と言われればリディアンリーネに否やはない。嬉しそうに見上げてくるその顔を見ながら、リュスタークはそっとその腰を抱き寄せた。




