17.罰と牽制
朝起きるとテラスで朝食。空中庭園を散歩して東屋でティータイム。部屋に戻って刺繍や読書。昼食後はマナーやダンス、イスファン国の歴史などの授業を日替わりで受ける。そしてティータイム後はやはり刺繍や読書。偶に王城を案内してもらえたりもする。
これがイスファンに来てからのリディアンリーネの日々の日程だった。
判で押したかのように決まりきった毎日。
唯一の外出だったバザールは、もう半月以上前の話だ。
自由に出られるのが空中庭園と王宮の南棟くらいでは、閉塞感を禁じえない。
まだ婚約者の身では特に公務もなく、近衛も編隊中の身であれば外出もままならない。
さすがにラティスハルクからの騎士を王宮に入れるわけにもいかず、結果引きこもって過ごす事になっていた。
侍女以外の人に会うことといえば、授業の他には王太子妃や、第二王子妃に誘われたお茶会くらいだった。毎日花が送られてくるが、婚約者であるリュスタークと会うことすらなかった。
「飽きた……」
ぽつりと呟くリディアンリーネの手には、出来上がったばかりの組紐があった。
退屈を現すかのようにその紐は長い。かつてバザールで買い求めた組紐のブレスレットが美しく、現物の他それを作るための絹糸と作り方を合わせて買い求めていた。
ここ半月あまり、凝りに凝って根をを詰めていたその出来栄えは、元々の器用さも手伝って玄人裸足。
何色もの色糸が綾なす美しい模様。
長さ2メートルほどのその大作の両端には、ご丁寧に 房飾りまでがあしらってある。
「お見事ですわ、姫様」
「う〜ん…でも使い道、ないわよ?」
ブレスレットは言うに及ばず、髪飾りにも長すぎるその紐を目の前にリディアンリーネは小首を傾げた。ぐるりと室内を見回すも、特に用途を思いつかない。退屈に任せて長く作りすぎたのだ。
「カーテンのタッセルにするにも長すぎるわよねぇ」
「長さもですが、太さや織り方が違いますので…」
「平織りじゃ、貧相よねぇ」
ラーナが濁した言葉尻を受けて苦笑を漏らす。
「少しお休み下さいませ」
出された紅茶に気を紛らわせようと、紐を手放して紅茶に手を伸ばす。
「ねぇ、ラーナ?護衛の編隊が終わるのいつか聞いてる?」
「もうすぐとは伺ってますが…」
「1ヶ月前と答え、変わらないものねぇ。お兄様はそろそろ落ち着いたご様子?大使館に伺っても大丈夫かな?」
「近いとは申しましても、あちらは王城の外の貴族街ですから、護衛無しでは無理かと存じますが。殿下にお伺いになって見られてはいかがですか?」
「お忙しくされてるから…」
リディアンリーネは口ごもる。外に出ることがなくとも聞こえてくるものはあった。
毎日遅くまで執務をこなす話だったり、将軍職を拝命した話だったり。
宮廷のおしゃべり雀達の囀りの中に、忙しく執務をこなしている話はあっても、どこぞの夜会で遊んでる話は一切ないのだから、相当忙しくしていることは想像に難くない。そこに自身の退屈の二文字を持ち込む勇気はなかった。
「もう少ししたら聞いてみるわ」
軽く首を振りながら、空になったカップを戻す。
「散歩してくる」
外出を諦め、空中庭園に向かおうと立ち上がったその時、軽いノックの音ともに応対に出た侍女たちがにわかに慌しく動き始めた。
「姫様。リュスターク殿下がお見えになったそうです。お通ししますか?」
ラーナが告げた珍しい来訪者に驚きながらも頷く。
「ええ、お通しして」
久々に会うリュスタークは少し痩せたようだった。否。正確には窶れた、か。
疲労の見て取れる顔に笑みを浮かべながら無沙汰を詫びるリュスタークに、リディアンリーネは首を振りながら日々贈られる花の礼を述べた。
「少し、お痩せになりましたね」
心配を滲ませるリディアンリーネに勧められ、リュスタークはソファに腰を下ろす。
一人掛けのソファを勧めたはずが、なぜか隣に腰を下ろしたリュスタークに、リディアンリーネは少しだけ後ろに下がった。
「心配を掛けたようですね。ようやくひと段落ついたので、婚約者殿の顔を見にきたのです。それと、ちょっと失敗しましてね。できれば助けてもらえないかと、図々しくもお願いに来たのです」
「お願い?」
「ええそう。昨日の騒ぎは耳に入ってますか?」
「?」
「実は原因を作ったのが私で、兄上から罰としてリディと訓練所を6周してくるように言われまして…付き合っていただけませんか?」
言いながらその手に目を落とし、両手を掬うように握る。
「訓練所?」
「ええ、王城の裏手にあるのですが、よければ道すがらご案内しますよ?」
「是非!」
案内の二文字につられるように諾と返すと、帽子を被ったほうがいいと勧められる。
準備にリディアンリーネとその侍女達が姿を消すのを見送って、後ろに控えるアークは小さく息をついた。
「主」
「別に嘘はついてないだろ」
「そうですが…」
「お前でもいいぞ?」
「…」
「…」
「牽制になりますしね」
「逃げたな」
「シルキア夫人は口が固かったようですね」
「目論見は外れたが、ありがたい話ではあるな」
「誰あれ…」
「王子様バージョンの殿下だろ」
「ひぃぃっ…」
「……別人」
その日の訓練所は、昨日のお祭り騒ぎが祟って閑散とはしていたが、少ないなりにもそれなりに訓練をする者はいた。
その、手が止まる。
騎士団にリュスタークを知らぬ者はいない。
その剣の腕前もさることながら、従士時代より十数年軍に身を置きながらも、どの騎士団、どの役職にも付かなかった変わり者の王子として。
どの令嬢にも靡かない、氷の王子として―――
「あんな顔もするんだなぁ」
「同年代に見えるよな…」
「あれって、アレだろ?」
「ラティスハルクの姫」
「ジジイ共念願のロスガルドの姫君」
「軍部もだろ」
「俺も俺も」
「アレだもんな」
「「「ロスガルドのご令嬢」」」
「だよなぁ」
ひとしきり笑いあう騎士達の視線の先で、リュスタークはリディアンリーネを降ろし靴の先を彼らの方へと向ける。
「あ、降ろした」
「もう6周?」
「こっち来るぞ」
「馬鹿、逃げるな。追加訓練来るぞ」
慌しく整列し、敬礼する彼らの前でリュスタークはピタリと足を止めた。
「暇そうだな、お前ら」
「殿下、まだ5周では?」
「バカ言え、念のため7周した……何で規定の周を知ってる」
「はっ。先程シグルド様が見届けるようにと」
「…兄上……」
眉間にしわを寄せ、コメカミを抑えるリュスタークに騎士達は集中砲火を浴びせ始める。
「殿下、あの方がラティスハルクの姫君ですよね」
「訓練、ご覧になって行かれるんですか」
「第7近衛騎士団まだ決まってないですよね?」
「立候補受け付けてますか?」
「あ、俺も立候補します!」
「俺もお願いします!」
「…お前ら……訓練しろっ!!!」
「「「はっ!!!」」」
蜘蛛の子を散らすように駆け出す騎士達の後ろ姿を、リュスタークの大きなため息が追いかけた。




