14.バザール
遅刻しましたm(__)m
その日、カティ湖湖岸に栄えるイスファンの城下町では、年に一度のバザールが、カティ湖湖上で開催されていた。
元々はカティ湖の主を慰める祭事であったとか、戦乱時避難の為に出した舟の上での物々交換が始まりだとか諸説あるが、現在では近隣の村や町からも舟が集まり、お祭り騒ぎとなっている。バザールは日の出と共に始まり、日没まで続く。
この日ばかりは王宮に勤める者も、交代で長い休憩を取ることを許されており、城の地下にある船着き場からの外出が許されていた。
リュスタークとリディアンリーネはその中に紛れてこっそりと舟を出した。
豊かな銀髪を栗色の鬘に押し込み、初めての外出にはしゃぐその姿は町の娘そのものだった。
船では様々なものが商われている。花や果物を売る者は舟いっぱいにそれらを載せ、軽食を扱う者は舟の端に板を迫り出させ、そこに完成品を所狭せしと乗せている。驚いたことに、舟の上で火を扱う者も決して少なくはない。服や雑貨、布や糸を商う者もある。
リュスタークは器用に櫂を操りながら、ゆっくりと舟の間を抜けていく。
「よぉ、色男」
手元の櫂で舟の端を軽く叩いてきたのは花売り。
「恋人に花の一つも贈らないような甲斐性無しは、早晩捨てられるって、相場が決まってらぁ。どうだい、かわいい恋人に買って行きなよ」
振り返れば、懐っこい笑顔で弁を振るうのは、10を少し過ぎたほどの少年だった。
「そりゃキツイね。じゃぁそこのオレンジの薔薇をもらおうか」
「そうこなくっちゃ。何本で?」
「全部もらうよ」
「豪勢だねぇ」
少年は器用に花束にするとひょいと舟に投げ入れる。
「いくら?」
「小銀貨1枚」
「ほら」
「まいど」
弾かれた硬貨を空中でキャッチし、少年は早くも次の客に声をかけていた。
「どうぞ、リディ?」
「あ、ありがとうございます」
「さぁて次に行こうか」
リュスタークは再び漕ぎ出す。
「朝食を抜くように言っておいて悪いんだけど、リディは屋台のもの、食べられる?一応商店持って、飲食業してる所から買うつもりではいるけど」
不安そうに言うリュスタークにリディアンリーネは頷く。
見れば確かに怪しげなものを売っている者もいるようだ。
「大丈夫です。見たことないのも多くて、楽しみです」
「…逞しいね」
臆することの無い応えにリュスタークは目を丸くしながらも笑う。
「もしかして微行は初めてじゃ無い?」
「微行というか…領地にいる頃は視察と称して出られましたし、王都では偶にお兄様が連れて行ってくれたので…」
「そっか。じゃぁ、イスファンで息抜きしたくなったら私に言って?なるべく連れて行ってあげるよ」
「え?」
思わぬことを言われて驚くリディアンリーネを尻目に、リュスタークは少し離れた舟の女性に手を上げた。
「アルマ!」
「あら坊ちゃん、お久しぶりだねぇ」
商品が所狭しと並べられた船上で、貫禄のある女性がひょいと危なげなく立ち上がった。
美味しそうな匂いが辺りに漂っている。
「ちょっと買い付けに出てたからね。帰って来たからまた店に寄るよ」
「買い付けに行って、何してきたんだか。恋人かい?」
「そう。可愛いだろ?二人とも朝がまだなんだ。今日のお勧めは?」
「拐ってきたんじゃ無いだろね。ファラフェルと厚焼きのオムレツだね。も少し軽めのが良かったら、向こうでパヌ爺さんがピアディーナとガレットをやってたよ」
「ちゃんと合意だよ。いいね、じゃ一個づつもらって、向こうも寄ってみるよ。パテはある?」
差し出された皿にアルマは手早くファラフェルとオムレツを乗せた。
「放蕩息子もついに年貢の納め時かい?パテは持ってきて無いね。また店に寄った時に買っとくれ」
「親父が大喜びでね。銅貨3枚だった?」
「だろうさ。あいよ」
「ありがとう。じゃ、再来週あたり寄れたら寄るよ」
「恋人ができたんなら、フラフラしてんじゃ無いよ」
アルマの見送りに手を上げて答え、リュスタークは次へと舳先を向ける。
二人のやり取りに目を白黒させていたリディアンリーネにリュスタークはクスリと人の悪い笑みを向けた。
「…えーと?」
「とある商家の三男坊で無駄飯食い、ってことになってるんだ。」
「随分馴染んで?」
「微行歴長いからね。リディはその恋人、ってことだから、行く時には適当に話を合わせてくれる?」
「あ、はい。バレないんですか?」
「今のところはね。商家以外はそのまんまだから、現実味があって疑われないんじゃないかな?」
「……」
「ファラフェルはね、薄焼きのパンの間にひよこ豆をつぶして作った揚げ物と野菜が挟んであるんだ。ソースはヨーグルト風味のホワイトソースで揚げ物がきつくなかったら美味しいよ。オムレツはジャガイモと玉ねぎの入ってる。アルマの店のは少し胡椒が多め。良ければどうぞ?まだまだ買うから加減しながら食べてるといいよ」
フルーツも買う?と聞きながらも、既に舟は果物売りの横についていた。
その調子でリュスタークはいろいろな舟に寄りながら、あれやこれやと買い物を増やしていく。
最初遠慮がちだったリディアンリーネも、やがて身を乗り出すようになり、舟がバザールをぐるりと回り、日が中天にさしかかろうかとする頃には、二人の乗った舟にはお皿にてんこ盛りの軽食に、足元にゴロゴロ転がる果物や刺繍糸、民芸品や雑貨などが所狭しと置いてあった。リディアンリーネの頭にはつばの広い帽子まで乗っている。
「さぁて、そろそろ帰ろうか」
バザールを抜け、大回りで城へ向かう舟は滑らかに水面を走る。
少し離れただけで、バザールの喧騒が嘘のように静かだった。
リディアンリーネはじっと自分の着ている服を見下ろしていた。
「リューク様…」
「ん?」
「この服危険です…」
「どうしたの?」
訝しげな視線を向けるリュスタークをリディアンリーネは涙目で見上げる。
「…食べ過ぎました。ドレスが入る気がしません……」
「っ……!」
吹き出すのを寸でで堪え、顔を背けて肩を震わせた。
―――それ、私に言うんだ?
半日で随分と距離の近付いた二人だったが、色々飛び越え既に兄扱いであった。
「大丈夫、全然変わってないよ」
明らかにしょげているリディアンリーネの頭をぽんと優しく叩く。
「入らなかったらダンスに付き合うし、それでもダメなら遠乗りに連れて行ってあげるよ」
「本当?」
舟を城に入れて待っていた騎士にロープを渡す。舟の荷物を運ぶ指示を出しながら舟から降りるとリディアンリーネに手を差し出した。
「本当。だから午後はゆっくりしておいで?」
「はい」
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