13.内示
薄いブルーを基調とした優美な室内に、カリカリと不似合いな音が響いていた。
夜空に細く輝く三日月が心配そうにその光を室内に届けている。
中で無心に書類に向かっているのは、若い男二人。
自室であろう内装に、なぜか大きな執務机が二台でんと幅を利かせている。
言わずと知れたリュスタークとアークである。時折顳顬や目頭を揉む様子が、二人の疲労の度合いを示していた。
時刻はそろそろ真夜中を告げようとしている。
「そっちはそろそろ終わりそうか?」
首を回しながらリュスタークが声をかけた。
「今、終わりました」
アークは頷くと静かにペンを置き、書類を仕分けて整える。
「じゃ、持ってくのはこれと一緒に明日の朝にして、もう休んでいいぞ」
再び書類に目を落としたリュスタークにアークは渋い顔を向けた。
「いえ、そういうわけには」
「私ももうすぐ終わる」
「ではお茶でも」
「や、もう茶腹でたぽたぽ」
「では次の…」
手元の書類を決済済みの箱に入れながら強い視線をアークに向ける。
ぱさりと置いた書類が、夜の室内に遠慮がちな音を立てた。
「やめろ。キリがない。休めるときに休まないともたないぞ」
次の書類を引き寄せるリュスタークに、小さな吐息を向けながらアークは首を振る。
「主に言われたくないですねぇ。うっかり先に休むと、気がつけば完徹する主を持つ身としましては、主が休むのを確認するのも職務ですので」
「鍛え方が違うからな……休まないなら寝酒に付き合え。サイドボードのボトル、デキャンタージュ頼む」
ペンの背で瓶を差しながら書類に訂正を入れていく。
そんな主人を尻目にアークはサイドボードに向かった。
「たぽたぽでは?」
「酒は別腹だろ?…10年ものの赤」
「おお、いいの開けますねぇ」
瓶のラベルを確認し、ゆっくりとデキャンタージュを始める。
その音を聞きながら、リュスタークは最後の書類にサインを入れた。それを決済済みの書類に重ね振り返ると、時折瓶の口を燭台の火に翳すアークの姿があった。
瓶を置くのを待って声をかける。
「うまく分けられたか?」
「ほぼ」
「火に翳すとは考えたな」
「中々主のようにはいきませんが」
「私のは叔父上に仕込まれた芸みたいなものだからな。片手で瓶が持てない頃からやってれば、上手くもなるさ」
「いい香りですね」
渡されたグラスを嗅ぎながら言うアークに、ニヤリと人の悪い笑みを見せる。
「人の内示祝いに本人抜きで宴会始めるから4〜5本抜いてきた。要るなら何本か持ってっていいぞ」
「遠慮なく。結局どこに決まったんですか?」
「左」
リュスタークの内示先としてあげられていたのは騎士団の左右中の将軍職だった。もう一箇所シグルド第二王子の補佐でもある総務官があげられていたが、こちらは徹頭徹尾断固拒否の姿勢を崩さなかった為、いつの間にか立ち消えになっていた。
「実質副ってわけですね。仕事、減りそうにないですね」
「減らないだろうな。叔父上が顧問で従兄弟が将軍なんて……寧ろ増える気しかしない……いっそ近衛って道はなかったんだろうかな」
「無茶言わんでください。王族守る近衛のトップが直系王族って、どんだけ人材不足ですか。で、右中と、元左は?」
「元左は顧問の補佐官。丁度引退したがってたからすんなり決まったな。中はそのままで右がクレメッティ・エサ・キヴィコスキ」
「うっわぁ」
昼に聞いたばかりの名にすこぶるつきの嫌な顔をするアーク。主の多難に合掌するばかりである。
「中でのんびりしたかったから、中は気にしてたけど、うっかり右がノーマークだった」
「嫌がってましたもんねぇ。え、でも元右は?」
「蹴落とされたみたいだな」
「そりゃまた…」
「騒ぎになってないから冤罪より金で買ったかな」
「調べますか?」
「いや……軽くでいい」
否定しようとして頷いた。駒はいくらあってもいい。特にうっかり避けるはずの相手と同僚になってしまった時には……
「職場一緒だと避けにくいですねぇ」
「他人事みたいに言ってるけどな。お前補佐官」
「そうでした」
「「はぁ…」」
「休みましょうか」
「だな」
面倒臭いことが起こりそうな予感を一時傍に置いて、二人は気分を切り替える。
「書類いただいていきます」
「頼む。朝でいいからな」
「はい」
扉から出掛けにアークはふと振り返る。
「そうだ主、辞令はいつです?」
「とりあえず溜まった仕事が片付くであろう1ヶ月を目処に待ってもらってる状態だ。右に関しては近く辞令があるんじゃないか?」
「じゃ、移動は目処がたってからでいいですね」
「移動って言っても、公務他が放棄できるわけじゃないし、現状無位無官の身としては、引き移り元があるわけじゃないからなぁ」
「いっそ身一つで行って仕事だけ王宮に持ってくるのもいいかも知れませんね」
「あ、いいな。それでいこう。じゃ、新しく入れる二人は両名そっちで常駐してもらうか。苦情が出たら都度対応で」
二人は人の悪い笑みで幾分晴れやかに笑いあう。
「ではそのように。おやすみなさいませ」
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