Nightmare ――マリオネット――
――裏切られた。
大好きな先輩に。
私の初恋の人で、可愛くて、綺麗で、優しくて、皆の人気者で、男女問わず皆から慕われている、私の生きる理由全てと言っても過言ではないくらいに世界に一人しかいないかけがえのない大切な人で、そんな先輩の為なら私は死んでもいいくらいに愛していたんです。
実際、先輩に興味を持ってもらおうと、当時ボーイッシュに振舞っていた自分を殺して、おしゃれにも手を出すようになりました。
初めて先輩にコーデを褒められた時はもう嬉しくて嬉しくて!危うく、手首を真っ赤にしちゃうところでした。でも、それで先輩に嫌われちゃったら元も子もないので踏みとどりましたけど。
……ああ、でも私がもしそうしようとしたら先輩は止めてくれたのかな?驚き焦る先輩の体を私の血で染み渡らせていく。それはそれで素敵な事かもしれません。
とにかく、そんな先輩があと少しで高校を卒業してしまう。
だから私は先輩が卒業する前に一つ約束をしました。
『先輩!もし私が次の中間試験で一位になったら、先輩を一日だけ独り占め出来る権利を下さい!』
先輩は二つ返事で約束してくれました。
皆の人気者で、いつも誰かと話してる先輩を一日だけ私のモノに出来る。
その貴重な一日の為に、私は努力しました。
先輩と会う時間も削って、家でも学校でも勉強。先輩と会えないのは寂しくて涙が出そうなくらいに苦しかったですが、時折先輩の写真を見つめて落ち着かせました。
私は頑張りました。頑張ったんです。
そして――1位になれたんです。
初めて一位になれた事への喜びも勿論ありました。でも、先輩と一日二人っきりになれる事の方がこれ以上ないまでに嬉しかったんです。
でも、私が勉強してる間に先輩は――。
―――――――――――――――
「……ん〜……ふわぁ……はふぅ……」
………。………?
さっきまで見ていたのは夢?
……そうですよね!先輩が私を裏切って男なんかと付き合う訳ありませんよね!
酷い悪夢でした。
でも、空腹が最高の調味料というように、この絶望が今日の希望のひと時をより楽しく感じさせてくれるなら、それもいいですよね。
私は約束を果たしてもらいに先輩がいる隣の部屋へと向かった。
「せーんぱい!今日は私が先輩を独占するって約束でしたよね?」
部屋に入って、私はそう尋ねた。
先輩が約束忘れるはずがないですけど、何となくそう言いたくなっただけです。
出迎えてくれた先輩は瞳孔を大きく開けて驚いています。
――当然だ。私の知ってる先輩はもういないのだから。
あれ……?
「覚えて、ないんですか?」
「―――。」
――先輩の顔に手を添えて首を縦に振らせる。
何、で……どうしてですか?先輩、私と約束したじゃないですか?
「―――。」
――今度は首を横に振らせる。
冗談……?
私との約束を忘れる筈がない、ですか?
「あはは、なーんだ。もし先輩に忘れられでもしちゃっていたら、私どうにかなっちゃうところでしたよ!」
ふふっ、先輩ったら意地悪な人です。そこもまた可愛いんですけどね。
先輩に忘れられる。そんな事、考えられない。
もし、そんな事が起きたらきっと私は――先輩を殺していたに違いないです。
「―――。」
嬉しそう、ですか?
「今日は一日、皆の人気者の先輩を他の誰でもない私が独り占め出来るんです!嬉しくないはずがないですよ!」
――唇の端に親指を添えて微笑ませる。
先輩は言い過ぎだよ、と困ったように笑いかけてくれますが、言い過ぎじゃないです。ホントに大変だったんですから。
先輩は私を食卓に案内してくれました。
――私は重箱のような弁当箱から何も無い皿が置かれた食卓へと盛りつける。
朝ご飯を用意して待ってくれていたみたいです。
ご飯に、味噌汁、卵焼き、ミートボールなどなど私の為に色々とおかずを用意してくれていたみたいです。
先輩と二人で、先輩の手料理を食べる。もう想像しただけでお腹いっぱいになっちゃいそうです!
「いただきます!」
「―――。」
――手を合わせるようにさせてから箸を持たせる。
いただきますの合図をして、先輩と朝ご飯を食べ始める。
「先輩、はいあーん!」
私は先輩の口元に卵焼きを持っていきました。
――右手に持った箸で卵焼きを摘んだまま、左手で強引に口を開かせる。
先輩は照れくさそうに、少し躊躇いながらも小さく口を開けてくれました。雛鳥みたいで可愛いです。
――指を突っ込んで閉じた歯を強引にこじ開けて、卵焼きをねじ込む。
「先輩、私にもください!あーん」
「―――。」
――箸を握らせた腕を動かして、ミートボールを摘むのは難しいと判断し、突き刺して私の口元へ運ばせる。
先輩はしょうがないなぁと呆れながらも私にミートボールを食べさせてくれました。
ふふっ、先輩の料理美味しいです。
――ちっとも美味しくない。いつもと変わらない味だ。
「あっ、先輩ったら口元がミートボールのソースで汚れてますよ」
私は先輩の口元を舐めとる……のはちょっと恥ずかしかったので、ナプキンで拭き取りました。
「―――。」
――側頭部を押して首を傾げさせる。
これから何をするの、ですか。
ふっふっふっ、こんな事もあろうかと今日の予定はもう決めてあるんです!
「先輩、恋愛ドラマを見ませんか!」
「―――。」
「え、先輩はあんまりこういうの、見ないんですか……?」
先輩の為に、先輩に合いそうなのを選んだのに……。
「―――。」
「せっかくだから見たい、ですか?それは良かったです!」
やった、憧れの先輩と恋愛ドラマを見れる!
映画館で今やってるラブロマンスな映画を見るのも考えましたが、やっぱり二人きりで話しながら見たいですもんね!
という訳で、映画を見始めました。
『僕、実は女の子なんだ』
『えっ……?』
『僕が女の子でも、君は好きでいてくれるのかい?』
『――勿論ですよ!』
『えぇっ!?』
『大事なのは相手の心なんです!誰かを愛する事は間違いではないと思います!例え、それが同性だろうと異種間交流であろうとも愛の前では国境も種族や性別の境界線も関係ありません!そう、愛は自由なんです!』
『あ、あの……』
『先輩のボーイッシュな所とたまにチラリと覗く女の子らしい仕草や反応もギャップがあって、好きです!肌は真っ白でモチモチして可愛いですし、髪はサラサラとしていて綺麗ですし、仮に先輩が本当に女の子でも構いません!むしろ同性だからこそ話題が共有しやすくて遠慮なく絡めるのでノープログレムです!友達や親友のラインを越えて先輩と付き合いたいんです!』
『……そっか。うん、付き合おっか!』
『はい!』
『実はね?僕が男装していた理由は――』
――女の子でも好きでいてくれる人を探していたからなんだ。
あぁ、そんな人に私も会ってみたいです!
でも、私の一番は先輩です!浮気はしません!
――先輩にそんな趣味はなかったけれど。
さてと、そろそろ次の映画を選ぶ用意をしないと……でも、お昼の時間ですね。
「先輩、私これからお昼の用意しちゃうので次の映画に切り替えておきますね」
「―――。」
――目を閉じさせ、目尻を人差し指で下げて、口の端を親指で上げさせる。
うん、楽しみにしてるよ。と先輩は笑顔で言ってくれました。
これは先輩の期待に答える為に頑張らないといけませんね!少し燃えてきました!頑張りますよ私!
「ふんふーん♪ふふーん♪」
鼻歌を歌いながら、私は重箱のような弁当から中身を取り出します。
それを皿に移してレンジで程よく温め――三分クッキングの完成です!
せっかく先輩と二人きりなのに料理なんてしていたらお話する時間が勿体ないですからね!予め用意してきちゃいました!
「先輩、出来ましたよ!はい、あーん!」
「―――。」
箸は一膳しかありませんから仕方ないですよね?
私が一口食べたら先輩に一口、先輩に一口食べさせたら私にも一口。
――違う。私が一口食べたら先輩に一口含ませる。顎を動かさせて何度か噛ませたら口を開かせて、それを私が雛鳥の如く舌で舐めとる。その繰り返しだ。
これで先輩とさりげなく間接キスをしながら映画を見て、美味しく昼食を食べられます!
その後も、私は先輩と昼食、夕食を済ませながら映画を見続けていました。
お風呂も私が先輩の体を洗って、あがりました。
――風呂場に運んで脱がせてから私が真珠を磨くように洗うだけ。簡単な事だった。
「先輩、もう遅いですし一緒に寝ませんか?」
「―――。」
――ポカンと口を開かせて、手を添えさせる。
先輩も眠いみたいですね。口元を押さえて、あくびをしていました。
――先輩を抱えてベッドに運ぶ。
先輩とベッドに向かい、先輩を壁側にして二人で横になります。私は枕で先輩は私の腕枕です。
私は枕にさせている手を伸ばして壁につきますよ。
「先輩、こうすると壁ドンですよ!」
「―――。」
むぅ、効果がないです。苦笑されちゃいました。
「先輩?」
「―――。」
なぁに?と先輩は私に返事をしました。
「私は先輩が好きなんです」
「―――。」
「カッコいい先輩が時折見せてくれる女の子らしい仕草が素敵で、そんな尊敬していた先輩に褒めてもらえる事が嬉しくて……皆の憧れである先輩をいつか独り占め出来たらなぁと思っていました」
「―――。」
「今日この日、たった一日だけだとしても先輩を独り占めする為だけに私は頑張りました。先輩の為なら何でも出来ます」
「―――。」
「先輩が良ければ明日からも私に先輩を独り占めさせてくれませんか?」
「―――。」
「ダメ、ですか……?」
「―――。」
そして、先輩は――。
――返事は聞こえない。
『――――――!』
――あの時拒まれたのだって、聞こえなかった事にしたのだから。
―――――――――――――――
………。
私は左腕で先輩に腕枕をしつつ、右腕で先輩を抱きしめながら寝ました。
今日一日は本当に幸せでした。
――歪すぎて吐きそうだった。
外では夜だというのにサイレンが鳴り響いています。
――私を迎えに来た?
最近、私の学校の生徒が通り魔事件の被害にあったそうです。物騒ですよね。
――そんなはずはない。無断でどっかに行ったと思われているだけのはず。
でも、もし先輩がその通り魔にあっても私が護りますからね?
――誰が来ようと、私は死ぬまで先輩を離すつもりはない。
私は先輩が大好きですから。
眠りにつきながら私は考える。
今日以上の幸福はもう来ないだろう。
これ以上ない幸福を味わった。だから私は普段感じていた平凡な日常すら悪夢のように感じてしまう。
だから、明日から見る夢はきっと悪夢だろう。覚めない悪夢を私は見る事になる。
――夢より恐ろしいのは現実だ。
そう、夢なんです。
――だから私は覚めない夢を見る。
私は眠りについた。
――睡眠薬を致死量に至るまで過剰に口に含ませる。
―― 先に眠って、冷たくなってしまった先輩の体を強く抱きしめながら。