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7話 誰得な戦闘回、ガチムチのドツキ合いに需要はあるのか

 その光景を豚人オークたちはただ見つめていた。


 尊敬などという感情とは無縁の彼らではあるが、弱肉強食の掟の中で生きている以上、必然的に“強い”ということには、それなり以上の価値を認めている。


 だから、目の前の二人が繰り広げる闘いを呆然と見つめるしかなかったのだ。


 隻眼のアーグの拳は大きく、重く、破城槌を思わせるそれは文字通り岩をも砕くだろう。


 それに対する雷太の突っ張り――掌底は速く、鋭く、まるで押し寄せる荒波のように相手の体を打ち付ける。


 お互いに一歩も引かず、足を止めた状態で殴り合う形で数十秒。


 その時間を短いと取るか、長いと取るかは人それぞれだろうが、この場に居合わせた生物は皆、誰一人として短いなどとは思わなかった。



 「BAOHU!!」



 その短く、しかし長い殴り合いに競り勝ったのは雷太であった。


 相撲の基本とは“押し”である。


 離れていようが、組み合っていようが、ひたすらに押し、相手に重圧プレッシャーを与え続けるのが、相撲という格闘技の根幹ともいえる技術である。


 だから、それがたとえ足を止めた状態の殴り合いであっても、相手の打撃で後ろに下がるなど雷太にはあり得ない。


 否、そんな真っ向からの力勝負こそ、雷太の最も得意とするスタイルである!



 「おらあああああああぁ!!」



 押し負け、後ろによろめいたアーグに向け、再び頭からぶちかます雷太。


 これでアーグを吹き飛ばし、転ばせることでもできれば、それで詰みだ。


 転んだ相手にのしかかり動けなくした状態で、上から死ぬまで殴り続ければそれで終わる。


 ――だが、



 「なっ!?」



 そんな雷太のぶちかましを、腰を深く落として受け止めるアーグ。


 ザザザ、と足を滑らせながらも前に体重をかけ、転ばないように踏ん張り、前のめりになった雷太の体の上からのしかかるようにして受け止める。


 そしてそこから、雷太の後頭部に肘を振り下ろした。


 ガスッ、という鈍い音が響き、雷太の視界が黒く染まっていく。


 相撲で言う“素首落とし”に似た形の一撃は雷太の意識を刈り取り、そのまま――



 「うらぁ!!」



 そのまま気合の声をあげ、アーグの太い胴回りに組み付き、振り回した。


 重量級力士のぶちかましの衝撃はおよそ2トン。


 その衝撃に半ば意識を失いつつ己の形を作るのは、大相撲の上位……横綱、大関、関脇、小結、前頭。これらの力士には必須の技能である。


 たかだか意識を失った程度で戦闘不能になるなど、そんな柔な鍛え方はしていない。



 (掴めねえか!)



 普段ならば、ここから廻しを掴んで形を作り、土俵の外に押し出すか寄り切るか。


 だが、ここは土俵の上ではなく、アーグが身に着けているのは廻しではなく、革鎧レザーアーマーだ。


 ベルト部分にまで鋲を打たれたその鎧には掴めるところはなく、結局のところレスリングやMMAでいう“脇を差した”形で膠着状態になる。


 形勢が有利なのは懐に潜り込んだ雷太。この形ならば相手をコントロールしやすいため、この状態を維持しつつ戦えば負けることは無いだろう。


 ……しかし、それでは時間が掛かりすぎる。


 アーグとて無抵抗でやられてくれるはずはなく、この体勢から“相手を殺せる”形に持っていくには十分や二十分では不可能である。


 そしてラーノから与えられた知識によると、今この時にもベラヤリカーの街は落ちようとしているのだ。


 一秒でも早くアーグを倒し、ベラヤリカーの救援に向かわねばならない。


 だから、雷太は賭けに出た。



 「ふうッ!」



 相手の脇を差した体勢から腰を回し、同時に右手で掬うように持ち上げる“掬い投げ”。


 今まで数え切れないほどの力士を土俵に叩きつけた、雷太の得意技がアーグに仕掛けられる。


 だが、そんな力任せの投げが決まる相手ではない。


 投げとは相手の体勢を崩し、形を造って初めて決まるものである。腰を落とし、踏ん張る相手を投げ切るなど、よほどの体重差や筋力差が無ければ不可能だ。


 もし、この場に雷太に投げを教えた師匠がいれば、ため息をついて首を振っただろう。そんな無謀で不格好な投げである。


 案の定アーグは雷太の投げを堪えきり、彼の体を振り払い――直後、その顎を抑えられ、上体をのけぞらされた。



 “喉輪”



 はす・・に構えた手で相手の顎や喉を押さえ、相手の動きをコントロールする相撲独自の技術。


 格闘技の経験者ならばわかると思うが、人体の構造上、顎を押さえられ上を向かされている状態だと力が入らない。


 すなわち組技系の格闘技では、この体勢に持ち込まれるというのは“詰み”の一歩手前の段階である。


 最初から雷太の狙いはこれであった。“掬い投げ”を餌にして距離を取り、体勢を立て直そうとするアーグを改めて捕獲する。


 無論これはリスクの高い、いつもなら間違ってもしない賭けであったが、その賭けに雷太は勝利した。


 そして左手で喉輪を決めた雷太は、アーグの左横に向けて大きく右足を踏み出す。


 さらに左足をサッカーボールを蹴るように振りかぶり、そこから勢いをつけてアーグの足を払う――



 “二丁投げ”



 柔道の“大外刈り”とほぼ同型のこの技は、幕内の取り組みでは数年に一度見られるかどうかという大技である。


 まして今回は喉輪を決め、上体を殺した状態での“二丁投げ”だ。


 アーグの巨体が受け身も取れず、脳天から叩きつけられる。


 いくら“拳の加護持ち”といえども、地面は武器ではなく投げの衝撃がなくなることは無い。


 数多の命を奪い、幾万の人々を絶望の淵に追い込んだ豚人オークの大将軍『隻眼のアーグ』は頭を砕かれ、そして動きを止めた。



 「BUAAAAAAAAA!!」



 その姿を目の当たりにし、豚人オークの軍勢はパニックを起こして逃げ惑う。


 当然だ。“軍勢”などと言っても、その実体は野盗と同レベルの無法者の集団だ。


 そんな蛮族にも劣るケダモノの集まりを恐怖で統率していたアーグが討たれれば、こうなるのは自明の理と言えるだろう。



 「……ふう」



 それらを確認して、初めて雷太は気を緩める。


 異世界に転移した直後に戦いに巻き込まれ、幾多の命を奪い、さらに同格の相手との殺し合いを制したばかりなのだ。


 さすがの彼も、精神的な疲労は隠せるものではない。


 とはいっても、これで唯一の“拳の加護持ち”は倒れ、残りの“加護持ち”は“剣”や“槍”といった格下のみ。


 雷太ならば、たとえ同時に何体来ようが負ける相手ではない。


 大きく一度息を吐き、重くなった体にムチを入れ、ベラヤリカーの街に足を向け――



 後ろから、その足を掴まれた。



 「!?」



 驚き、振り向いた雷太の視線が捉えたのは、頭から滝のような血を流しつつ、憎悪のこもった目で睨み付けるアーグの姿。 


 その頭は大きく陥没しており、間違いなく致命傷であることが見て取れる。


 だがアーグは、そのような致命傷を負いながらも、息絶えるまでに残されたわずかな時間と、今にも消えそうな命の火を、雷太を殺すために使うことを選択したのだ。



 「BUARARARAAAAAAAAAA!!」



 文字通り、死力を振り絞ったアーグは背後から雷太の腰にしがみつき、押して行く。


 その先に見えるのは、流氷がたゆたう白い川ベラヤリカー


 ……冷水というのは、想像以上に体力を奪う。


 加えて言うなら、死を待つばかりのアーグは、二人が凍え死ぬか溺れ死ぬその時まで、しがみつく手を離さないだろう。



 「こ……のおっ!」



 腰にしがみついたアーグに肘打ちを振り下ろし、その巨体を引きはがそうと雷太は足掻く。



 『“残心”ってのは、お前らが思ってる以上に大事だぞ。相撲をスポーツとして割り切るなら話は別だが、相撲も“武道”だからな。決着がついた直後、一番油断しやすい時に隙を作るかどうかがスポーツマンと武道家の違いだ』



 おもわず、師匠の言葉が雷太の脳裏をよぎる。


 少女と見間違うような可憐な容姿とは裏腹に、現代日本の住人とは思えないほど“常在戦場”を地で行く柔道家であった彼の言葉の正しさを、今さらながらに思い知る。


 そして心の奥で彼に謝りながらも懸命の抵抗を続ける。師匠の言葉が正しく、自分が間違っていたからと言って、雷太に諦めるという選択肢は存在しない。


 だが、そんな雷太の抵抗を捻じ伏せ、己の生存を諦めたアーグは死の淵にいるとは思えぬ怪力を腕に込めて、一歩また一歩と白い川ベラヤリカーに歩みを進める。



 「お、お、ああああああああ!!」



 とうとう、白い川ベラヤリカーの中に足を踏み入れる。


 目の前に迫った“死”に、思わず冷静さを失いながら、雷太は懸命に暴れ――、



 『らいちゃん……やっぱり、わたし死にたくないよ』



 ふと聞こえた幻聴に、雷太の心が凍り付いた。


 そして次の瞬間、自らの腰に回されたアーグの腕を握り潰す・・・・


 雷太は知っている。日に日に迫り来る死神の足音に怯え、泣き崩れる明理紗の姿を。


 雷太は知っている。全身を襲う激痛の中、最期に無様な姿は見せられないと、懸命に笑う明理紗の顔を。



 「……悪いな、嫁が待ってるんだ。ここでお前に、殺されてやるわけにはいかねえんだよ!!」



 そう叫ぶと、その場で体を回転。アーグの体に正対した状態で、握り潰した彼の腕の下から背中に手を回す。


 心に思い浮かべるのは、幼き日に心の奥に焼き付いた、芸術ともいえる師匠の得意技。



 『ああ、真似るのは良いことだ。“学ぶって事はまず真似る”だからな。だけど、俺とお前じゃ身長も骨格も筋力も違うんだから、自分なりに微調整をして、自分に最も合った形を探せ』



 その言葉を聞いてからおよそ30年。それだけの年月を経て、なお遥か遠く及ばぬ師匠の技の真似をする。



 “掬い投げ”



 柔道においては“大腰”と呼ばれる技に酷似する、柔軟な上半身と怪力を必要とする大技。


 そして雷太にとっては、30年もの間、一日も休まずに研鑽を積み続けた得意技である。


 アーグの体が高々と持ち上げられ、背中から水面に叩きつけられた。


 巨大な噴水のように水しぶきが上がり、目から光の消えたアーグが川下へと流れていく。


 雷太は今度こそ心を残し、水底に沈むのを確認するとすぐさま踵を返す。


 無論その行先は、ベラヤリカーの街である。







 「……夢、か?」



 呟きながら、雷太は寝台から体を起こした。


 アーグとの死闘を制して二日。先日、先々日はその疲労が残っていたのか、夢も見ない泥のような眠りに落ちていたが、どうやら疲れも抜けてきたようである。



 「まあ、殺し合いなんてして、夢の一つも見ない方がおかしいか……」



 そんなことを呟きながら身を起こし、先日のように寝台の中に潜り込んでいたアリサを端に寄せる。


 寝台の中で丸まった彼女はその手に雷太の服を握りこみ、なかなか離そうとしない。



 「ったく……。そんな事しないでも、もう二度と離す気はねーよ。……お前のいない人生なんてのは地獄だったからな」



 そう言うと、アリサを起こさぬよう慎重に手を剥がし、寝台から降りると、そのまま手早く着替えを済ませて朝稽古へ向かう。



 『いいか、技術ってのは基本の積み重ねが大事なんだ。“奥義は基本の中にあり”ってのが俺の持論。そんで基本の訓練は毎日やらないとすぐに錆び付く。よっぽどの怪我をしてない限り、最低でも形の確認だけは怠るな』



 雷太の脳裏に浮かぶ師匠の言葉。


 文字通りの実戦柔道……古流柔術の一流派としての柔道の使い手であった彼の言葉の重みは、この世界に転移してさらに増している。


 30年以上も昔に雷太や明理紗がしていたように、ただ愚直に師匠の教えに従って稽古を積むとしよう。


 と、そんなことを考えながら、雷太は部屋を後にした。



 「むー、おはようのキスくらい、してくれたっていいでしょうよー」



 雷太が部屋から出て数秒後、狸寝入りをしていたアリサは目を開き、布団を胸に抱えて身を起こす。



 「こうなったら、ル○ズコピペみたいに、くんかくんかしてやるー!」



 さらに、そんな事を言い放ち、性別が逆であれば警察を呼ばれかねないような勢いで毛布に顔をうずめ、雷太の残り香を堪能するアリサ……事案である。


 と、この街の上層部には到底見せられない、一般人ならドン引きするような光景が数分の間続き、



 「ラーノ!貴様ッ!見ているな!!」



 などと明後日の方向を向いてキメポーズ。莫迦め、そちらではないわ。


 ……さらに加えて言うならラーノは光の勢力を強める為に、多忙を極めている。


 光と闇のバランスが取れていなければ、あっという間に崩壊の始まるこの世界で、アリサや雷太という異世界の住人の手を借りなければならぬほどに現状は切羽詰まっているのだ。


 なにしろ“あの御方”より、



 『俺の弟子たちが、どのように戦い、どのように成長し、そしてどのように生きたのか、俺の代わりに見届けて欲しい』



 などと言われているのに、その代役をわたしが勤めているほどである。ラーノに二人を観察しているだけの余裕はない。


 そして“わたし”は――、


 “闇の精霊王ノーラ”と我が造物主より名づけられた存在は、彼らの観察を再開した。

人物紹介 ⑤


『師匠』


第1種機密指定事項。AJ-180796ー9D1地球型世界及び、AJ-113508-9D1幻想型世界からは、その存在に関する情報は消去されています。

情報の閲覧を希望される方は三柱以上の中位神、もしくは一柱以上の上位神の認証コードを添付し、AW-000001-000地球型世界に所属の最上位神■■■■■に申請書を提出してください。




「AJ-180796ー9D1地球型世界の人型特異点、馬坂雷太と■■■■の監視。可能ならば平行世界に悪影響を及ばさぬように導き、それが不可能であれば殺害する……。勅命、確かに承りました」


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