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5話 雰囲気軽め、NAISEIマシマシ、チートチョモランマ、パロディオオメ

 “ちゃんこ”と呼ばれる料理がある。


 世間一般では力士の食べる鍋料理を指すものと思われているが、実際のところは力士の食べる料理を総称して“ちゃんこ”と呼ぶのが正式である。


 従って本来ならばカレーだろうが、ラーメンだろうが、力士が食べるのならばすべて“ちゃんこ”なのだが、今回は世間のイメージに従い、相撲部屋でよく食べられる鍋料理を“ちゃんこ”と呼称する。


 そして、“ちゃんこ”には二つの系統が存在する。


 一つは魚系の具材を用いた、ちり鍋風。もう一つが鶏肉を用いたソップ炊きである。






 我々が普段食べている“ちゃんこ”は、いわゆるソップ炊きと呼ばれる種類のものである。


 この街は海から遠く、ちり鍋に使われる白身の魚が手に入りにくい反面、養鶏業が盛んで鶏肉の入手が容易なためだ。


 しかし、この街では入手が容易であり、また安価でもある鶏肉だが、王都では『白川鶏』と呼ばれ、ごく一部の富豪層しか口にすることの出来ない高級食材である。


 『白い川』で捕れる小魚を用いた魚粉、そしてこの街の周辺で大規模に栽培されている燕麦と薬草ハーブを飼料に使い、品種改良を繰り返したこの街の地鶏は、他の町で飼育される鶏とは全くの別物と言っていいだろう。


 柔らかく、淡白な味わいの他地方産の鶏肉と違って、しっかりとした歯ごたえに、噛めば噛むほどに口の中に広がる肉の旨み。そのこりこりとした食感は『肉を食べている』という実感と満足感を与えてくれ、それがまた食後の満腹感と相まって、実に幸せな気分にさせてくれる。


 そして、そんな鶏肉を使った“ちゃんこ”が不味いわけがない。


 鶏ガラのスープで鶏のもも肉・肉団子を煮込み、さらにはその肉から出た旨みがたっぷりと染み込んだ、キャベツや白菜、春菊、長ネギ、大根、ブロッコリーなどの野菜は、普段サラダとして食べている時とはまるで違った顔を見せてくれる。


 いつもは野菜など嫌いだと言っている者も多いが、少なくとも私は“ちゃんこ”の野菜を嫌いだと言っている人間を見たことがない。


 そして忘れてはいけないのが、この街の主産業の一つにも数えられるきのこ工場で栽培されたきのこである。


 『農場』ではなく『工場』と呼ばれる所以の、同一品質、同一サイズで出荷されるこの街のシイタケ、マイタケ、エノキダケにブナシメジ、そしてエリンギなどなど。


 肉厚で、煮汁の旨みをじゅわりと吸ったこれらのきのこ類は、王都や諸外国の食通が絶賛するものであり、平時においてそれを求める旅商人たちの長蛇の列は、皆も知っての通りである。


 さらに特筆すべきは、残り汁を使った雑炊やうどんだ。


 濃厚な白川鶏の旨み、それに加えて野菜からの旨み。その二つが凝縮された出汁で煮込んだ締めの雑炊・うどんはまさに至高の一杯。


 その美味を語り、表現することなど、恥ずかしながら私の未熟な文章力では不可能である……


 そして、そんな鶏ちゃんこが街の復興に携わる労働者全員に、夕食として振る舞われることが決定した!


 至高の美味を味わいながら、明るく、楽しく、そしてやりがいのある仕事をしよう!我らベラヤリカーは諸君らの、若い力を求めている!!





 「うーん、もう少しインパクトが欲しいかな……」



 「明理紗よ、何を書いてるんだ?お前は」



 「ん?ああ、街の復興の為の求人票よ。どうやりくりしたって人手が足りないのよ」



 「ほうほう、ちょいと見せてみろ…………中途半端に長くねえか、これ」



 城の最上階、執務室で眉間に皺を寄せながら机に向かっていたアリサに、雷太は呆れ混じりに声を掛ける。



 「やっぱり、そう思う?……でも、飯テロ要素を入れたいのよね。人間ってば、なんだかんだ言っても美味しいものをお腹一杯食べて、あったかい布団で眠れれば元気になるものじゃない。復興作業に関われない人でも、これを読んでご飯食べようって気になれればいいなって考えたんだけど」



 「なるほどな……。なら、いっそ池○正太郎先生の文体で書いてみるとか、どうだ?」



 「それが駄目なのよ。この世界の文字じゃ上手く池波○太郎先生の文体を再現できないし、なによりわたしが納得できない。『池波○太郎先生は、こんな悪文を書かない』って」



 「……なんでか『飛○はそんな事言わない』を思い出したぞ」



 「そこで、例のBGM!デーレーデーレーデッデデデッ」



 「……漢字は同じでも読みが違うな。あの経験値泥棒の方は“ひ○い”じゃなくて“と○かげ”だ」



 そんな色々な意味で危険な会話をしながら、アリサは横のテーブルに置かれたコーヒーカップに手を伸ばし、中身をすすった。


 その中身は豆乳で割り、ハチミツをたっぷりと入れてカフェオレ風味にしたタンポポコーヒーである。


 アリサの口の中にタンポポコーヒー独特の苦みと、ハチミツの優しい甘味が広がる。さらに絶妙な加減で加えられた豆乳が口当たりを良くしてくれていて、これがまた、



 うまい



 のである。






 「あ、ねえねえローザ。これで求人を出しといてくれる?とりあえずは広場の掲示板と、冒険者ギルドだけでいいから」


 

 「わかりました。……では、関係部署の方には私から連絡しておきましょうか?」



 「そうね、お願い。応募してきた人間は、基本的に北西門の復旧に回しておくように伝えておいて。もし人数が余るようなら城壁の修理を優先、次に街の瓦礫の撤去をお願い」



 「冒険者ギルド……?」



 なんだかんだと言いながら求人票を書き上げ、ローザに手渡すアリサの言葉に、再び声を漏らす雷太。


 その中には『まさか、いくら明理紗でもそこまではやらないよな』という考えを裏切られた――、そんな思いが込められている。



 「ちょっと、らいちゃん?……人を、そんな中二病患者を見るような目で見ないでくれる?識字率が30%にもならないこの世界じゃあ、こうでもしないと雇用率が上がらないのよ」



 だが、アリサはそんな雷太の視線に口を尖らせて反論すると、そのまま歩き出す。


 実際、『冒険者ギルド』という御大層な名前であるが、その中身のほとんどは旅商人の護衛から、栽培の難しい特定の薬草ハーブやきのこ類の採取、野犬などの危険動物の駆除といった仕事が主であり、実態は日雇い仕事の斡旋所に近い。


 ごくごく一部の凄腕の中には魔物たちの領域に侵入して情報を集めたり、人間の領域内に勢力を作ろうとする魔物を探索・退治することもあるが、それらは全体の1パーセントにも満たない例外なので省略する。



 「雇用率か……まさか異世界に来てまで、そんな世知辛い言葉を聞くことになるとはな…………」



 「ラーノからの『依頼』の中身が、人々が幸せに暮らせる街を作る、だからね。となれば基本は衣・食・住の確保だけど、実現させるとなったらまずは街の人間が手に職を着けて働かないと。……市民、労働は義務です。あなたは働いていますか?」



 「はい、コンピュータ-。わたしは働いています。……家族警備員いうな、俺はガチで明理紗っていうVIPの警備をしてるぞ。……って、冒険者ギルドはわかった。でも、今回の復興作業は大規模公共事業みたいなもんだろ?予算やら、賄いに使う食材やらは大丈夫なのか?」



 アリサの後ろを歩きながら、窓の外、半ば廃墟となった城下町を見下ろして、雷太はそんな懸念を口にした。……小ネタについては気にしない。この二人は、呼吸をするように細かいネタを挟む。


 閑話休題。


 現在のベラヤリカー城下町は先日の市街戦の痕が色濃く残り、その半分近くが未だ瓦礫の山となっている。


 そして、昨日の報告を聞く限りでは食糧庫をはじめ、『財産』と呼べるものの大半が持ち去られているのだという。


 いくら復興せねばならないなどと言っても、財布の中身が空では出来ることなどありはしない……それどころか、賄いで出す“ちゃんこ”を用意出来るかさえ、雷太には疑問であった。



 「ふ、その辺りは抜かりなし。まあ見ててよ、わたしの転生チートが火を吹くぜ!」



 そんな会話をしながらも二人の足は止まることは無く、街の外に出て街道の側――野ばらの生垣に囲まれた、東京ドーム数十個分はあろうかという広場にたどり着く。


 この広場の存在は雷太も聞いている。たしかアリサが直接管理する、巨大養蜂場の一つであったはずだ。


 アリサの持つ現代地球の知識――近代式の養蜂箱を使うことにより、従来この世界で行われていた養蜂よりもはるかに効率的にハチミツを採取でき、ベラヤリカーの周辺一帯に広く甘味を提供している。


 だが、昨日まで一面のレンゲが咲き誇っていたはずのこの広場は、幾台もの重量鋤プラウによって耕され、種まきさえも終了した畑に変えられており、近くには何十人という人々が麦刈り用の大鎌をもって待機している。



 「なんだ、これ?大麦……だよな。今から植えたって間に合わんだろ」



 「にゅっふー、『普通なら』ね。……さあさあ御覧あれ、これが『白の賢者』『癒しの聖女』、アリサ・ベラヤリカーよ!」



 そう言うが早いか、アリサの体から膨大な魔力があふれ出る。


 それは“拳の加護持ち”となり、魔力を視認できるようになった雷太の眼には、まるで巨大な若草色の竜巻が立ち上るかのようにも見えた。


 膨大な魔力の奔流はうねりながら広がり、豪雨のように畑へと降り注ぐ。


 ……変化は劇的であった。


 まるで数か月分の映像を早送りにでもしているかのように、新芽が芽吹き、若葉が伸び、そして麦の穂が膨らんでいく。


 ほんの十数秒。わずかそれだけで二人の前の光景は黄金色の豊かな穂を実らせた、収穫を待つばかりの大麦畑に変わっていた。



 「……夢だけどッ!」



 「…………夢じゃなかった?」



 「いえーす!!」



 麦畑の前で、ザ・ドヤ顔ともいうべき表情で勝ち誇るアリサと、ただ呆然とするばかりの雷太。


 当然である。こんな食糧をほぼ無尽蔵に増やすことが出来るような反則技チートがあれば、平時における領地経営、あるいは有事における食糧確保など、様々な前提が一気に崩れる。


 特にここは食糧の生産量が、そのまま人口と国力に直結する中世風ファンタジー世界だ。


 その効果は、雷太が想像する以上のものがあるだろう。



 「まあ、これは馬鹿みたいに地力を使うから、そう簡単に出来る芸当じゃないけどね。普段は養蜂という名目でレンゲを育て、有事はそのレンゲを緑肥として使って作物を育てる。……完璧でしょ?」



 横目で大麦の収穫を始めた人々を見ながらそう語るアリサ。


 彼女の顔には、この世界に生まれ変わってからの20年で、これだけのことを成し遂げたのだという自負が見える。


 ……とは言っても、それは雷太の眼から見ると『どう?すごいでしょ!さあ、ほめてほめて!ほめ称えたっていいんだよ!』などという副音声が聞こえるものであったのだが。



 「さーて、次に行くよ!あと6か所で同じことをしなきゃいけないからね。陸稲とキャベツと大根、それと大豆に水菜、ほうれん草!城内の養鶏場も、地下のきのこ工場も無事だったし、野菜類は急げば夕食までには間に合うだろうから、夜は新鮮な野菜たっぷりちゃんこをご馳走してあげよう。……あ、締めはどうする?ほしいいを戻した雑炊か、それとも非常用に備蓄してた乾燥うどんか」



 「なんか、心配は無用だったみたいだな。相変わらず、こーゆー作業は明理紗の独壇場か。……って、稲やら大豆やらがあるのか?ここの植生は、ヨーロッパ風だと思ってたんだが」



 「ヨーロッパにもお米はあるよ、スペインとかイタリアとか。まあ、ここで育ててるのは、森妖精エルフとしての魔法で召喚した、日本で品種改良済みの作物だけどね。主に北海道向けの、寒冷地用の作物を呼び出して栽培したの。……あ、ユキ兄ちゃんの経営する農場から拝借したから、泥棒じゃないよ!カワイイ妹のおねだりを聞くのは、お兄ちゃんとしての義務でしょ!……市民、おねだりを聞きなさい」



 「いったい、今のユキ兄ちゃんは何人目になるんだ、それ。…………そう言えば、何時だったかユキ兄ちゃんがそんな事言ってたな。明理紗が夢枕に立って、育ててた作物の一部を持ってったって。たまたまその日に野菜泥棒にでも盗られたんじゃねーの、なんてアキ兄ちゃんが答えてたけど、本当にお前だったのか……。今度、お礼を言っとけよ」



「……うん、連絡が取れるならね。でもでも、こんな召喚魔法って、普通呼ばれた方の都合なんで考えないでしょ。ましてや、呼ぶのは知性がある生き物じゃなくて植物だもん。周囲の影響なんて小さい方だよ…………『魔界のオジギソウは気が荒い!』」



 少し焦りながらも、そんなことをキメ顔で口にするアリサの顔を見る。


 そして、雷太は思わず一言。



 「…………蔵○は、そんなキメ顔で言わない」





人物設定 ④



白川道行


元大関・白応竜の次男。元十両力士で、作中現在は飲食店、農園、水産会社など十数社のオーナーを務める実業家。兄は元小結の白霊亀、妹は白麒麟の妻、馬坂明理紗。


身長179cm 体重102kg(全盛時)

得意技 切り返し、内掛け、掛け投げ、小手投げ

最高位は東十両二枚目


元大関・白応竜の次男として生まれ、3歳上の兄、道明と共に幼いころから相撲に親しんで育つ。

大学2年時に国体成年の部で優勝、その後大学を中退して幕下15枚目付け出しで角界入りを果たす。

典型的なソップ型の力士であり、身軽さを生かした取り組みで番付を上げていったが、白応竜部屋の廃業した力士の再就職問題を知り、その受け皿となる会社を立ち上げることを決意する。

なお、白応竜部屋のその後については、兄や角界入りするであろう雷太に任せれば大丈夫だと、絶対の信頼を寄せていた。


父や兄の伝手を最大限に使い、廃業したちゃんこ番の元力士たちに声をかけ、22才で墨田区にちゃんこ屋『白竜』の1号店をオープン。

築地に店を構えていた、父と兄、二代のタニマチをしていた魚屋の社長から仕入れた魚を使った“ちり鍋”

鹿児島県出身の元力士で、養鶏場を営んでいた知人から仕入れた鶏肉を使った“ソップ炊き”の2つをメインに軌道に乗せ、2年後に北海道に子会社となる、有限会社白川農園を設立。以降、『白竜』の野菜類はそこで作られたこだわり野菜のみを使用することになる。

その後は同じように魚の養殖を主とする白川水産、特別メニュー用の地鶏の飼育を主とする白川養鶏などを設立。

その後、幸せとは望むものを手に入れることという言葉を信じ、食欲を満たした後は睡眠欲を満たせと、高級羽根布団や安眠枕の製造販売の白川寝具店をオープン。

それらの店の広告塔に大相撲の頂点に立った白麒麟を立てたこともあって急成長。十数社からなるグループ企業に成長した。

……なお、残る三大欲求の一つを満たすべく、『風俗王に、俺はなる!』と性風俗業に進出しようとしたが、兄と義弟から全力で止められ断念している。


独身だが、愛人が3人。子供は7人。全員を認知済み。道明からは、『いい加減に身を固めろ』と言われているが、だれか一人を選んだら、その時点で刺されかねない事を自覚しているため、ズルズルと独身を続けている。



「気持ちはわかるがな、そんなに自分を責めるな。やせ我慢だったとしても、明理紗は笑って逝ったんだ。お前っていう旦那がいなければ、笑って逝くなんて到底できなかっただろうよ。……だから、明理紗の兄として言わせてもらう。妹と一緒になってくれて、本当に感謝してる。…………ありがとう」


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