【1】BEGINNING WITH BLOOD
ずっと探してる、あの日の太陽を。ずっと追いかけてる、あの日の影を。
俺は諦めない。あの日抱きしめられなかった、君を抱きしめるために。
「……っていう詩を考えたんだけどさぁ、どうだ?」
「詩? 頭の悪いポエムじゃないかしら?」
そう吐き捨てると、俺の目の前に座る少女は呆れたように溜息をついた。
この光景は俺が高校に入学して早3ヶ月、ほぼ毎日放課後の教室で繰り広げられる恒例行事のようになっている。
「ったく、また却下かよ。この翠川隆景様の渾身の詩を……。」
「私からしてみればまた駄作かよって感じね。この長月叶様に聞かせるならもっと美しい詩にしてくれるかしら?」
項垂れる俺を眺めながら、長月は小馬鹿にするような笑みを向ける。
長月叶……俺のクラスメイト。長月家っていう名家のお嬢様らしく、金髪のロングヘアが特徴的な学校のマドンナ的な存在だ。
こいつはいつもこういった姿勢を崩さない。どこまでも気品高く、高飛車。はっきり言ってムカつくが、俺に付き合ってくれているだけ感謝するべきなのだろう。
「でも、あなたが彼女を探し続けていることは尊敬できるわ。……少しだけね。」
「……そうか。」
俺は、手に持っていた詩の書かれた紙をクシャクシャに丸めると、ゴミ箱に向かって放り投げた。
「ねぇ、ずっと気になっていたのだけれど……。彼女を探すのにどうして詩を書くのかしら?」
「あいつは詩が好きだったんだよ。こうやって詩を書いていると、いつかあいつが帰ってきてくれる気がしてるだけだよ。簡単に言えば神頼みみたいなもんだ。」
「ふぅん……そう。」
ちょっと物悲し気な表情を浮かべると、長月は座っていた椅子から立ち上がる。そして鞄を手に持つと教室のドアへと向かって行く。
「私は先に帰るわ。あなたは……いつもの場所に行くんでしょう?」
「あぁ。また明日な、長月。」
長月は小さく手を振ると教室を後にした。
時間は午後4時。俺は大きく伸びをし、教室の施錠をして下校した。
夕日に照らされる帰り道、俺はある場所に足を運んだ。
そこは高台の公園だ。公園もまた、夕日でオレンジ色に染まっている。
小さな二人掛けのベンチと水道、それぐらいしかないしょぼい公園だが、景色だけは素晴らしい。
ベンチに座り、空を見上げるとオレンジ色の雲がゆっくりと風に流されていた。
「どこに行っちまったんだ……響子。」
俺はポケットから透明の栞を取り出した。栞の中には小さな黄色い花が描かれている。
この栞は、3か月前に、俺と一緒にこの公園に来たのを最後に行方不明になってしまった、幼馴染の響子のものだ。
物静かで口下手だが、誰にでも優しかった栞は、俺にも、両親にも一言も告げずにどこかへ消えてしまった。だけど俺は確信している。あいつは何かに巻き込まれてしまったのだと、あいつは自ら望んで行方をくらましたりするうような奴ではないことを、俺は誰よりもよく知っている。
「……待っててくれ。」
俺は栞を夕日に向けると、栞は夕日に照らされてより一層綺麗に見えた。
だけど、その美しさは同時に、響子の姿を思い出させるような儚さも感じてしまう。
「よし、今日のところは帰って詩を書くとするか! 今度こそ長月のヤローをギャフンと言わせてやる!」
俺は勢いよく立ち上がると、栞をポケットにしまおうとする。しかし、栞は俺の手をするりとすり抜けると、草むらのほうへ風で流されてしまった。
「オォイ!! 洒落になんねーぞ!」
俺にって栞は命の次に大事なものだ。慌てた俺はカバンをその場に投げ捨てると、草むらに突っ込んで栞を探した。
しかし、夕日が出ているとはいえもうすぐ日没。あたりは薄暗く、なおかつ透明なのも災いしてなかなか栞は見つからない。
「おいおい冗談だろ……、どこだよ栞……。」
おもわず自分でも驚くような情けない声を上げると、ガサっという木の葉を踏む音が聞こえてきた。
「ん~? これが君の探している栞かなァ?」
「え?」
顔を上げると、そこには黒いスーツを着た男が立っていた。
白い肌のその男は、怪しさを感じるほどの笑みを浮かべてこちらを見つめている。
人は笑顔を向けられると安心するものだと俺は思うのだが、この男の笑みは違う。人間に恐怖や不安感を抱かせる笑顔……そう直感で理解した。
だが、男が手に持っている物は、俺が落としてしまった響子の栞で間違いない。
「探してるのって、これだろ? ほら、返すよ。」
「あ……あぁ。はい。ありがとうございます。」
男は俺に栞に差し出すと、数歩歩いてこちらに近づいた。
少しびくっとしてしまったが、俺も少し近づいて栞を受け取るために手を伸ばした。
「受け取ってはいけない!」
突如背後から消えてきた少女の叫び声。俺の動きはその瞬間止まった。
慌てて振り返ると、そこに立っていたのは
【血まみれの少女】だった。
「チッ……あれだけぶった切ってやったのによォ……まだ動けんのかよ。さっすが魔物だ……な!!!」
さきほどまで笑みを浮かべていた男の顔から笑みは消えていた。
いや、正確には【嗤い】に変わっていた。
そして、俺の体にも異変が起こっていた。
さっきまで伸ばしていた右腕の姿がどこにもなかった。