第74話 何か違う気がする?
穴の底には何故か大量の矢が落ちていたり、ヌル蔦がやけに自生していたりする広間があって、壁際に人が一人通れるかどうかの小さな穴が開いていた。
この穴はルナ達が攻略する時に通った通路らしく、現在は中腹にある休憩所までの道のりまでで封鎖してあるとの事だった。
ボク達がダンジョン散策している間、先ほどの穴途中の休憩所と中腹の休憩所を繋ぐようプテレアに指示を出し散策を開始する。なおメタル化した硬皮の盾は全部回収済みである。
石畳の城内を思わせる固いタイルに擬態したプテレア通路を歩く、通路に漂うカナタ芋の蜜の香りはここがダンジョンだと言う事を忘れさせてくれる……通路自体が発光しているので明かりの魔法は必要無かった。
通路の高さは軽く10Mはあると思われる、横幅も大人が両手を広げて五人ならんでもまだ余裕があるくらい広い。元々罠があった場所は擬態化されておらずスイッチらしき突起や壁が剥き出しになっていた。
プテレア化が終わっている通路は、ルナ達が見つけた謎の罠部屋入り口までと、もう一方の本命だと思われるコカトリスの巣へと繋がっている通路の途中までだ。何故途中までなのかと言うと途中にある広間にどうやらBOSSが居るらしく、蔓を伸ばしても食べられてしまうらしい。
通路を歩くボク達はネズミ一匹……G虫一匹すら通らない安全地帯をひたすら歩く、どう考えてもボクの考えていたダンジョン散策とは違う。呆れるほどすぐに分岐点に着く。
今回罠部屋はスルーして行くと事前に決定を出していたので本命通路へと入る。
隊列は最前列にボクが歩き3Mほど距離を開けて前衛のルナ・アンナ・レッティが並び、中衛のアヤカ・レオーネがその後ろに付き、後衛のキャロル・メリルが何時でも魔法を放てるように待機している。
残りのフェルティ・アズリー・アルフ・ユノ・ユピテルは背後の警戒と遊撃の役割をおこなって貰う。
ちなみにドロップアイテムや宝箱が落ちていた場合の中身などはアルフ・ユノが回収する事に決まった。
「ん? 何で通路の真ん中に木の宝箱が……」
通路を歩くボク達の前に謎の宝箱が現れる。もっと…こう…何て言うか……壁に隠されていたり、広間の真ん中にデカデカと置かれている物だと思っていた……
「取り合えず開けよう! イタッ!?」
「待っ……だよね~」
アヤカの声が聞こえた時には遅かった。宝箱を開けたと思ったら――宝箱が牙を剥いて右手に噛み付いてきた!?
もちろん牙がボクを傷つけれる分けも無く、ガチャンガチャンと音を鳴らしながら牙の生えた口を開け閉めしている……痛く無いけど思わず声が出る事ってあると思います。
「別に痛く無いよ? もちろんミミックとか知ってたし! で、これどうすれば良いの?」
『木の宝箱(ミミックLv88)』
後ろから呆れるような溜息が多数聞こえちょっと焦る、それにしてもミミックと宝箱の違いがわからない……
「知ってるなら対処したら~? アヤカは知ってるけどわざわざ知ってる人に言わなくても良いわよね?」
アヤカのもったいぶった声が真横から聞こえ、顔をそらすとそちらにはキャロラインが待機していた。
「倒せば良いんですの」
キャロラインは良い子だ! 小声で教えて貰うと同時にミミックの口を両手で持ち上下にこじ開ける、木を捻り折ったような不気味な音と共にミミックは上下分離状態となり動かなくなった。
「コレって何か取れる物とかあるの? 魔晶の欠片すら何処にあるか分からないんだけど……」
「宝箱をひっくり返して中身を全部出せば、本来宝箱に入っていたアイテムが出てくると思われますわ」
キャロライン先生と呼ぼう、耳元で助言をくれる。すぐさまひっくり返して底を叩くと銀色の石っころが一個落ちてきた。
『銀鉱石』
「銀鉱石?」
『銀鉱石』
銀が含まれる鉱石の塊。
(自然鉱物)
ふむ、知りたいと思ったらある程度説明してくれるようになったみたいだ。この左目…元は愛姉の目なので色々制限がかかっているのかもしれない。
「銀だけ取り出せば良いよね? 要らない部分はそのまま捨てていこうか~【分解】」
「はぁ?」
銀鉱石を分解して銀だけ取り出すと残りは道に捨てる、となりで大口を開けて固まっているキャロラインの目の前に半分以下のサイズになった銀をチラつかせるとアルフに渡す。
「何て便利なスキルですの……一PTに一人欲しいですわ!」
となりで呟く声を聞こえない振りしつつ通路を進んでいく。ちなみにルナは銀にはまったく興味を示さず、他の皆も周囲を警戒するのに忙しそうだ。
価値がどれくらいか分からないのでボクもさほど嬉しくない……銀と言ったらあちらの世界では、お手軽に作れる手作りアクセサリーの代名詞のような金属で、誰でも買う方法さえ知っていれば簡単に手に入る金属だ。
五分も歩かないうちに2Mくらいの幅の枝道が一つ現れる。
「コカトリスの匂いがするで!」
「ほうほう……ボクが止めるからキャロラインとメリルは精霊魔法見せて! 他の人は手出し無用で背後に注意してね~」
ルナがコカトリスを見つけたようだ。枝道に入ると一応背後に結界を張り慎重に奥へと進む、枝道はすぐに行き止まりとなっており一番奥にコカトリスの尻が見えた。
「「「「「「……」」」」」」
無言で事を見守る皆、時折こちらをチラ見するコカトリス……体長2Mくらいの鶏? サイズ的には子供だろうか? 何故か通路の一番奥に顔を突っ込んで隠れている――つもりの様だ。鶏を巨大化させクリーム色に塗って尻尾に蛇を付けたような、その外見からは想像出来ないほど臆病なのかもしれない。
「捕縛系か束縛系でよろしく!」
ボクが合図を出すとキャロラインは詠唱に入り、メリルは杖を二本掲げて集中している。
「「大地の精霊よ! 我が手に集いて、かの者を戒める鎖となれ!」ダブル!」
「おっ?」
キャロラインの手から土色の鎖が伸びコカトリスの蛇っぽい尻尾に絡まる、メリルの両杖から同時に土色の鎖が伸びコカトリスの両足を左右から引っ張り固定する。
どう見ても一方的に魔物を虐める冒険者の図である……
「何か…哀愁漂う光景だね?」
「早く倒してや!」
「まずは一匹ですよ!」
「おいしそうなモモ肉」
ガチで食う気全開の皆にコカトリスも諦めたのか、力なく地面に倒れ込む。両足を広げられているので尻がこっちを向いている……
取り合えず精霊魔法の練習してから倒そうかな?
「詠唱をそのまま言ったら良いんだよね?」
「です、人によってはイメージとか仕草とか追加するらしいですけど……」
メリルの言葉を信じ先ほどの詠唱を思い出す、『大地の精霊よ! 我が手に集いて、かの者を戒める鎖となれ!』だったかな? 一発で成功して良い所を見せよう、ちょっと魔力を強めに貯めて詠唱する事にした。
「大地の精霊よ! 我が手に集いて、かの者を戒める鎖となれ!」
「グギョ」
「「「「「「……」」」」」」
ボクの手から伸びた鉄色のちょっと太い鎖は、目の前にあったコカトリスの尻から入り――口から出て行くと、そのまま壁にめり込みゴリゴリと音を立てて埋まっていく。
「ちょっと鎖太過ぎない? まぁ良いけど……さぁ、食べれる所回収して進むよ? この鎖ってどうやって消すの?」
一息で知りたい事の全てを言い、何とか食べれるところが無いか確認する……
「これ? 鎖って言うんですか? え?」
「内側から弾け飛んで食べる所なんて全然残ってないんですが……」
キャロラインが混乱している。アンナの鋭い突っ込みに恐る恐る皆の顔色を窺う……
「その…ちょっと力込め過ぎたみたい、てへっ?」
「カナタ――尻を出すんやで……」
ルナの目が怖い……食べ物を粗末にするとルナは本気で怒る、口を半開きにして牙を除かせたルナがボクに近寄ってきた。
「だって! 二人と同じ様に束縛する鎖が出ると思うじゃん! 何で1M級の太さの鉄色のぶっといやつが出てくるんだってばよ!」
取り合えず言い訳してみた。でもソレがいけなかったみたいで、飛び掛ってくるルナ――抵抗も僅かで服をずらされる。
「止めて! ルナが叩いても多分手を怪我するだけだから! ごめん、謝るから待って!」
「うちは学んだで?」
ルナはそう言うとお尻ペンペン――ではなく、手でお尻を撫で回し始める!?
「ひゃっ!? ちょっ、待った! あ、ちょっと、くすぐったいよ!? んんっ、や、あん……」
「羞恥心を抉る方が効果的やってアヤカが言ってたで?」
アヤカ!! ボクはすぐにアヤカを探す――居ない!?
「ときにソフトに、ときに荒々しく! 泣いても止めちゃダメよ!」
何か後ろに回ったアヤカが興奮した面持ちでルナに指示をだしていた!
そしてルナの撫で回しは、ボクが本気で泣き始めるまで止まらなかった……
――∵――∴――∵――∴――∵――
休憩を挟み、擬態化の終わっていない通路の前まで来た。一寸先は闇とは良く言ったものた。擬態化されて無い通路は驚くほど真っ暗で数M先も見えない有様だ。
取り合えず精霊魔法については何とかなった……キャロライン先生が、『精霊魔法を使う時はなるべく力を込めずに、自然体で使うと良い結果に結びつく』と助言をしてくれたので泣きながら練習して手加減を覚えた。
それにしても宝箱以外にコカトリスしかいない、あれから数回にわたって顔隠して尻隠さずなコカトリスを倒した。奈落の穴最下層だと思われるフロアに居るのに、出てくる敵はコカトリスの子供だけってどう言う事なのかな?
「ここって奈落の穴最下層だよね、コカトリスしか出ないフロア? 単一の魔物のフロアとかあるの?」
ボクの疑問は皆の疑問だったらしい、他の皆も首を傾げていた。
右隣を歩くキャロラインがウンウン唸っていたと思ったら『稀にありますわ』と答えた。
「有名所の魔物で言うと、『熱砂の砂漠』に住む狂気の蟻とか、『パナパナの森』に住むパナパナとか……」
謎の魔物名が出た! パナパナって響きから姿が想像出来ない、どんな魔物かな?
「灯火シュート! キャロライン先生、パナパナって何ですか?」
灯火を出し結界で覆った足で遠くに蹴り飛ばす方法で進む道をどんどん照らしていく、キャロラインはボクの質問に呻き声で答え、『全身毛むくじゃらの怪しい生物で、性別関係無く襲ってくるから絶対に近づかない方が良いの……』と恐ろしい事を言う。
「パナパナマジやばい……そんな森絶対近寄らないようにしようね!」
「お喋りはそろそろお終いやで? 匂いがきつくなってきたで……オェッ!」
めいいっぱい吸い込んだのかルナがえずきキャロラインに背中を擦られていた。
暗い通路の先には黄緑色の明かりが漏れる部屋が見えてきた。
警戒しながらそっと部屋の中を覗き込む、かなり広い部屋になっており中央には巨大なコカトリスが二匹座ってこちらを見ている……目が合った!?
ハンドサインで『待って』と後ろに合図を送ると入り口に結界を張り少し後ろに下がる。
「見つかったかも、体長10Mくらいあるデッカイコカトリスがめっちゃこっち見てた……」
「隠蔽系のスキルで気配を消さないとダメですよ?」
「ダンジョンに入った時からばれてると思うで? カナタは良い匂いがするから……」
「あぁ、そう言えば『世界に存在する力』が溢れてるんだっけか。そんなに匂うの?」
アンナの忠告は根本的な部分で手遅れだったようだ。ルナがボクの背中に抱きつくと『オアシスやで!』と言いながらスンスンし始める。
思えば何故かルナとメアリーにはすぐ居場所がバレル、匂いから辿られていたのだと分かった。
「この匂いって何とかならない? 普段は良いとしてダンジョンだと敵に居場所がモロバレしてるんじゃ……」
「あ! そう言う事でしたの~」
キャロラインは突然大声で納得すると手招きしてくる……笑顔が怖い、何か企んでる雰囲気がする。
「コカトリスが顔を隠してお尻を向けていた理由が分かりましたわ、カナタの匂いを嗅いで恐慌状態になっていたんですの」
匂いが凶器になっていた!? ますます匂いを押さえないとまずい事になりそうだ。
「身体に薄い結界をまとえば匂いは閉じ込められると思うけど……根本的に何とかならないかな~」
「薄く身体を魔力で被う方が簡単で楽でしょうね、基本的な魔法士の防御方法です」
「ん? メリルやってみて?」
「はい、すぅ――ウェッ!」
メリルは答えると同時に呼吸をしえずいた。この通路臭過ぎる……
涙目になったメリルは薄っすらと光るベールのようなモノをまといボクの手を握ってくる。
「こんな感じで、慣れると眠っていてもこの状態を維持できます。基本的なMP増強手段なんですが……」
メリルが自身を覆っている魔力の膜をボクの手伝いで移してきた。身体の表面にスーッと広がる涼しげな感触、メンソール系のひんやり感がする? 日焼け止めクリームを塗ったような感触がした。
「常時そんな馬鹿な事やってるのはメリルくらいだと思いますわ……MPがいくら有っても足りませんの」
キャロラインは呆れていた。どうやらMPを1使うようで、試しに魔力をまといルナに移してみる事にする……ルナの尻尾がぶるぶると震えている。
「何かスーッとするで!? それに匂いが無くなったで?」
ルナが仕切りに匂いを嗅いでくる、時々尻尾がお尻に触れて変な気分になりそうだ。
「一発成功! 【ARM力場】と名付けよう! おっ? スキル覚えたかも」
「はぁ!? ちょっと見せて? どんだけ……」
アヤカがボクを見て『どんだけー』と呟き自分でも試しているようだ。
「何気に色々付与出来るみたいだから良いスキルかもしてない!」
「無理……Aスキルなのに? 多分固有スキル? それともイメージが足りてないだけ?」
アヤカが試行錯誤してるけどここ戦場なのよね……入り口に張った結界にへばりつくようにしてこちらを見るコカトリスの子供達と目が合った。
「ちなみにARMって何の略?」
「アンリアライズムーブメント! ドヤッ」
「ああ、うん、分かったわ……アヤカはカナタの発音がどうとか言わないから安心して」
可哀相な子扱いされた気がする! 取り合えず結界越しに見ているコカトリスの子供にガン飛ばして散ってもらう。
「コカ子が倒れたで!? 誰か何かしたんか?」
ルナが急に倒れたコカトリスの子供を見て焦り始める、そしてガン飛ばしたボクはもっと焦る!
「ヤバイ、ガン飛ばしたらコカトリスの子が倒せてしまった! 邪眼とか目覚めてない!?」
「バカ、純粋な魔力の固まりを目から飛ばしてぶつけただけみたいよ? アヤカ的にアウトだと思うわ。そこのメリルが同じ事試そうとしてるから止めなさい!」
「出来ません……」
泣きそうな顔でこちらを見てくるメリルの頭を撫でる、『今度二人の時にこっそり教えてあげる』と約束して部屋へと意識を戻す。
「さぁ、いっちょコカトリス退治と行きますか!」
「今日は食べるで!」
ルナがフライング気味だけど、皆肯き部屋の入り口へと向って歩く。
部屋を覗き込んだボク達が見たのは想像を絶する光景だった……




