幕間 アテナ=ロウアイアスの受難
神の視点バージョン投下!
色々やってみたいと思います。
薄暗い森の中を走る一人の少女がいた。
高低差の激しい岩場を軽々と飛び越え、足場の悪い沼地を難なく走り抜ける少女。
少女は丸五日走り続けているというのに息一つ切らさず顔色一つ変えずに走っている、まるで何かから逃げるかのように。
もし、王都冒険者ギルドに所属する者がその姿を見たらさぞ驚いたであろう、その姿はあまりにも有名な冒険者であった。
だからこそ有り得ない、誰しもこう言い見間違いだったと思ったはずだ……『いや、そんなはずは無い、第一皇女ミネルヴァの飼い猫がこんな場所で――何かから逃げるように走っているばずが無い』と。
走る少女は人間が生きる為に必要な最低限の睡眠・食事・排泄だけを行い、ひたすら人目に付かない森の中を走る、時折漏らす泣き言のような一人言だけが誰も居ない森へと吸い込まれていた。
「何でこんな事になったの! ふざけてるわ!」
まるで言葉を出さなければ、怒りと言う感情を表に出さなければ、動けなくなりそうなほど少女は怯え焦っていた。
「これだから嫌だったの、あのモヒカン――今度あったら絶対後頭部の髪だけ全部引っこ抜いてパイナップルにしてやるわ!」
少女は怒りの対象を決めアレを思い出さないようにして始めて足が動いた。
「ミネルヴァ様の冒険者時代の旧友か何か知らないけど……どうして私が! 鑑定系のスキルなら他にも居るじゃない! あの【千里眼】のサブマスを送り込めば良かったのよ――戻ったらあの六束のカイゼル髭を一束そり落とし左右非対称にしてやる!」
少女は忌々しげに左手の親指の爪を噛み、王都冒険者ギルドのサブマスターの顔を思い浮かべる。
「そろそろ街道に出て後一日も走れば王都に着く、ここまでこれば多分もう大丈夫――でも、何て報告すれば良いのか……」
少女は走る速度を落とし考え事を始めた。周りには誰も居ないし少女の感知スキルに反応は無い。
考える過程でアレの事を思い出し足が震え動けなくなる少女。
「アレは、本当に人間なの? かろうじて見えたのが基本情報とステータスくらい……スキルを写せなかった事なんて無かったのに……」
少女は左腕に装備した緑の宝石で作られたガントレットから、一枚の儀式用上級紙を取り出すともう一度確認のために眺める。
名前:彼方=田中=ラーズグリーズ(UNKNOWN)
種族:UNKNOWN(人間) 年齢:18 性別:女 属性:無・聖
職業:UNKNOWN 位:UNKNOWN
称号:【絶壁】【魔王の嫁】 ギルドランク:A
クラン:小さな楽園
団結:UNKNOWN
レベル:1001[UNKNOWN]☆☆☆☆
HP :1783/1783[UNKNOWN]
MP :UNKNOWN[UNKNOWN]
攻撃力:1[UNKNOWN]
魔撃力:1[UNKNOWN]
耐久力:298[UNKNOWN]×2
抵抗力:☆[UNKNOWN]×2
筋力 :1001[UNKNOWN]
魔力 :1001[UNKNOWN]
体力 :1001[UNKNOWN]
敏捷 :1001[UNKNOWN]
器用 :1001[UNKNOWN]
運 :LUCKY[UNKNOWN]×2
カルマ:33[UNKNOWN]
SES盗×
:UNKNOWN
UNS盗×
:UNKNOWN
EXS盗×
:UNKNOWN
スキル盗×
:UNKNOWN
Aスキル盗×
:UNKNOWN
所持金0イクス
一見すると不明なステータスが多いだけのように見えるが、長年自身のスキルを使用しその特徴を完全に把握していた少女の目には、それが違った答えとして映っていた。
「まず無難なのから考えるとして……何でオケラなのかしら? 紐なの?」
少女は止まった足を無理やり動かすとゆっくり歩き出す。
「スキルは見えなかったけど……盗×が分かっただけで十分な成果ね、それにステータスに☆が付いている」
少女は☆がどのようなモノか皇女ミネルバから聞いていた。神――それにつらなる上位の存在の加護の証、そして盗×はある種の特殊スキルから身を守る為の手段だと。
「見た感じそんなヤバイ物装備していないと思うんだけど……ステータスに×2が三個も付いているって事は最低でも伝説級のマジックアイテム……もしかしたら神話級の聖遺物を三個所持している?」
少女は言葉に出さなかったもう一つの可能性を頭の隅に追いやる、神話級を超える神代の宝物。かつて皇女ミネルヴァに連れられて王城の地下ダンジョン最下層で見た、国が把握し現存する最古の神器……何故それを見た自分が生きているのかが不思議だった。そもそもそんな場所へ二人で辿り着けたことすらおかしいと言うのに。
少女は考えが危ない方向へとそれている事に気が付き、額に玉のような汗を浮かび上がらせる。
少女はまたゆっくりと走り出すと思考を元に戻す。
「称号は【絶壁】【魔王の嫁】仰々しいのが二つ――これはどうでも良いわね、王都冒険者ギルドでも称号の獲得条件は判明していない、もしかすると魔王って名前の人が居てその人の嫁になると貰える可能性だってあるわ。それとこれは呪? 攻撃力と魔撃力が1……これは弱点ね、良い情報が手に入ったわ」
首筋に温い風を感じ一瞬身体を硬直させた少女は、感知系スキルを全開で使用し周囲を探る。
「気のせいね、種族がUNKNOWNなのは何故? 一応(人間)? 名前の横の(UNKNOWN)もおかしい、普通じゃない! 極め付けは属性が二つある。何かが憑いてる!? でも聖属性なんて……?」
この世界で二つ属性が付く事は稀にある、魔や死・腐など死んで汚染された状態の死体が魔物になった場合と、生まれながらに勇者の素質を持った者など一部の特殊な人間だ。
「でも勇者なら勇が付くはず? 聖って何?」
この時、少女は一つ見落としていた。あまりにもおかしな事が多過ぎたため、その項目がおかしいと認識さえしていなかった。
不意に自分の足が止まっている事に気が付き首を傾げる少女。
「あれ?」
「困るんだよね。私の大事なカナタに近寄る害虫が増えるのは……」
声が目の前から聞こえてくる、しかし今の今まで少女はその存在を認識していなかった。
真っ黒なローブで全身を被った女性、少女は咄嗟に自身のユニークスキルで相手の存在を写し取ろうとした。
しかし何も起きないどころか、いつの間にか手に持っていたカナタと言う冒険者の写しを奪われていた。
「一般人から見るとそこら辺が普通じゃないのか~ちょっと改竄しておこうかな?」
その言葉を聞いた少女は、もしかしたら助かるかもしれない――生きてあの怠惰で強欲で色魔な皇女ミネルヴァの元へ戻れるかもしてないと希望を持つ。
たとえそれが叶わなくてもこれは仕方の無い事だと、目の前に在る存在は自然の摂理を超えた者だと自身に言い聞かせて全身の力を抜く。
「さて、これを持って何食わぬ顔で自分の居場所へ戻ってね?」
手渡された自身のユニークスキルで写した紙に少女は目を通す。
名前:彼方=田中=ラーズグリーズ
種族:人間 年齢:18 性別:女 属性:無
職業:UNKNOWN 位:UNKNOWN
称号:【絶壁】【魔王の嫁】 ギルドランク:A
クラン:小さな楽園
団結:UNKNOWN
レベル:1001[UNKNOWN]☆☆☆☆
HP :1783/1783[UNKNOWN]
MP :UNKNOWN[UNKNOWN]
攻撃力:298[UNKNOWN]
魔撃力:298[UNKNOWN]
耐久力:298[UNKNOWN]
抵抗力:298[UNKNOWN]
筋力 :1001[UNKNOWN]
魔力 :1001[UNKNOWN]
体力 :1001[UNKNOWN]
敏捷 :1001[UNKNOWN]
器用 :1001[UNKNOWN]
運 :LUCKY[UNKNOWN]
カルマ:33[UNKNOWN]
SES
:UNKNOWN
UNS
:UNKNOWN
EXS
:UNKNOWN
スキル
:UNKNOWN
Aスキル
:UNKNOWN
所持金0イクス
陳腐な改竄だと少女は思った。でもそれを口に出す事はしない――出来ない。
「私の事は忘れてね? カナタの護衛をしている事がばれたらアウラに連れ戻されるからね……」
「助けて、くれるの? 殺さない、の?」
何の事は無い、少女が口にした疑問。何故自分を生かすのかがわからない、この情報だけ誰かに届けさせれば済む話だ。この世界で一人森の中を散策していた少女が行方不明になるなど、どこにでもある話で珍しくも無い。
黒いローブの女性は右手で優しく少女の頭を撫でる、急に眠気が襲ってきたのか立ったまま意識を飛ばす少女。
「そんな事すれば……カナタがもう二度と手の届かない所に行ってしまう気がするんだよね~」
黒いローブの女性はそれだけ言うとまた姿を消す、数秒後目を覚ました少女は何事も無く走り始める。
「やばいわね、走ってる途中で眠るなんて……誰にも見られてなくて良かったわ」
Aランクの冒険者が森の中で呆然と立ちすくんで眠っていたなど……確実に笑い者にされる。少女は王都冒険者ギルドの顔馴染み達の事を思い出し走る足に力を込める。
「それにしても見るからに人間離れした人物……同じAランクとしては一度会ってお話ししてみたいかもね」
先ほどまで少女が感じていた怯えは、黒いローブの女性が行なったアフターケアによって完全に消し去られていた。
「でも何でオケラなのかしら? もし……王都で会う事でもあればご飯くらい奢ってあげようかな?」
この時、黒いローブの女性が犯した過ち、そして誤算は、怯えを消すために一時的な偽りの優しさを上書きした事と、少女が異常と認識しなかったカナタのレベルを改竄し無かった事で、のちのちこの日の出来事が切欠となりカナタが厄介な事に巻き込まれるのは、神すらも予測しなかった事であろう。
「何か身体が軽いわね~あんな皇女でも私を守ってくれる一応の主だし嬉しいのかな? いや、無いわね!」
少女は自分で言った事を否定し、走る速度を上げると王都へ――主の下へと戻るのだった。




