SS ルナの六日間! 中篇
「キャイーン!?」
カナタが眠ってから二日目の朝はスコールの悲鳴と共に始まった。まだ鐘も鳴ってない早朝、皆を起こしリトルエデン本拠地入り口へ向う。
ガルワンとスコールの愛の巣からスコールの上半身がはみ出ている……
「おはようさん、スコール変な所で寝たらあかんよ? ちゃんと家の中で眠るんやで?」
「アホぬかせ! 朝起きたらガルワンが進化してて朝から興奮して……アレや、大変やってんで?」
うちらの声が聞こえたからかガルワンが愛の巣から出てくる。サーベラスも進化したからガルワンもそろそろやと思ってたけど……
「ナニかめっちゃ強そうやね!」
「まじヤバイは、体力が倍以上になってるで!? うちが干乾びるっちゅうねん……」
「ワンワンッー!!」
サーベラスと同じで頭が二つになっている――ただ元のサイズが大きいからめっちゃ強そうやね!
ガルワンは嬉しそうにスコールを二つになった顔で嘗め回している、舐められてるスコールも満更では無い様子や。
「もうすぐ鐘が鳴るな~このままシェルトマトでも採って食堂向うで~」
「ボス……まだ三〇分以上時間がありますよ……眠らせて~」
アンナとジャンヌが秘密基地に戻って行こうとする、でも二度寝は体に悪いからダメやで?
「皆起きてるんや、早起きはお得なんやで?」
「むむむ~ラビニとラビサンの朝食風景も見てみたいし、たまには早起きしますか~」
ジャンヌがそんな事言ってるけど……特に面白いモノでも無いと思うよ?
「はじめて見る人は覚悟してね……」
レッティがそんな事言ってた。覚悟ってナニを覚悟するんかな?
皆を連れてゾロゾロと畑を目指す、現在秘密基地の出入り口は三ヵ所開いていて畑の真上が一番出入り口、事務所の隠し扉が二番出入り口、露天風呂がある建物真下に三番出入り口が開いている。
普段皆が使うのが二番出入り口か三番出入り口で、一番出入り口は余程の事が無い限り使わない様に決めてある。
畑に近づくにつれ不思議な音が聞こえてくる……? どんどん音は大きくなっているし『ボリバリゴリ、メキメキ、シャクシャク』とどう聞いても、ご飯を食べてる音じゃない。
「何か凄い音が聞こえてくる気がする……」
「気のせいじゃないし、かなり凄い音ですね……」
畑に到着した皆が見たモノは、砲丸芋を丸かじりするラビッツ達であった。
「カナタ芋の方が美味しいし栄養も有るから、砲丸芋は基本ラビイチ・ラビニ・ラビサンの餌と言う事になったんですよ」
「「「「「「……!?」」」」」」
レッティの発言を聞いた皆はラビッツ達が何を食べていたのか知る、砲丸芋……盾にも使われるほど硬い皮を持つ芋。
「えっと……砲丸芋? 今そう言いました?」
「……元砲丸芋って言った方が良いのかな?」
レイチェルの問いかけにレッティがそう答え、ロニーとミリーが魔法で水撒きするのを手伝っている……
「砲丸芋改め爆弾芋です! 主殿が目覚めたらこの色艶……ここまで大きくしても味を損なう事なく繊細な風味を維持したまま巨大化に成功した私の努力の結晶を見てもらいます!」
プテレアが畑の奥から現れる、人間形態は同じやけど……昨日より胸が膨らんで肌の潤いが増している。
「プテレアも進化したん?」
「良くぞ聞いてくれました! 私も進化して――カナタ芋EVOLUTIONユグドラシルになりました! 見てくださいこの蔦や蔓の色艶! 穴の底の戦争も大分こちらの有利に事を運べるようになりましたよ!」
プテレアはそう言い切ると畑の奥から1mくらいの大きな鳥を蔓で引きずってくる。
「戦利品です! ドヤッ!」
「コカトリスだ……」
レイチェルのその一言にメアリーが目を真ん丸に開いて鳥に近づいていく。もう鳥は絞めてあるみたいで首筋から血が流れた跡がある。
「穴の底に居るのはコカトリスだったんだね……ルナ凄いよこれ! 次の商品はコカトリスの干物――燻製で決まりだよ!」
「これはまだ子供なので、もっと食べがいがある成長したやつも奥に居ると思われますよ~」
プテレアのその一言がメアリーに火を点けた。レイチェルと相談してもっと大きな燻製室を隣に立てる相談を始めてしまう。
「鳥やったら卵とかも欲しいな~」
「それだよ!」
うちの一言がまたメアリーの商売魂に火を点けたみたいでプテレアと卵捕獲の相談を始めてしまう、レイチェルも苦笑いしつつメアリーと一緒に作戦を練っている。
放置されたうちらは元シェルトマト……何か畑の外周を覆う様に生えているハート型の果実を収穫して食堂へ向う事にした。
「ああなったら暫く放置が基本やね……」
「ねむいれす……痛っ!?」
まだ眠そうにしているジャンヌのお尻をひっぱたいて歩いていく。
「もう鐘が鳴るで~」
「ボスのお尻ペンペンは痛い様な痛くないような絶妙な叩き加減ですね……」
ジャンヌのその一言をいつの間にか合流していたロッティが聞いて、肯きながら『癖になりますよ?』と言っていた。
――∵――∴――∵――∴――∵――
食堂でご飯を食べているとメアリーとレイチェルが扉を開け戻ってきた。そして食堂の扉の前で何故か座って待っていたというキャロルも一緒に入って来る。
「「「「「「だれ?」」」」」」
「えっと…あの…その……」
「うちの友達やで! 今日から馬車作るの手伝ってくれるんや。でも何で食堂の前に座ってたん?」
リトルエデン本拠地とは言ったけど、どこで待ち合わせか決めてなかった。危うく探して回るところやったで……
「入り口の門の前で待ってたら、凄く大きくて顔が二つの犬が案内してくれたの。熱心にニオイを嗅いでいたからルナの匂いが残っていたのかもしれないわ」
心の中でガルワンに感謝して自分の席をキャロルに譲る。うちがカナタの席に座りなおすと食事は再開される。座ってキョロキョロと辺りを見回すキャロルのお腹から『グゥ~~~』と皆の視線が集まるくらい大きな音がした。
「キャロルはご飯食べてないん? メアリーうちのお代わり分あげても良い?」
「ルナが良いなら別に良いけど?」
「あー、朝ご飯は一応食べたの。冒険者ギルドでスープと特製パンを……」
あの硬いパンは余り美味しくない、スープもマリアンの作ったやつよりかなり薄いし量が少ない。
「キャロルは王様の娘なのに貧乏なん?」
うちがそう聞いた瞬間、下を向き顔を真っ赤にするキャロル……あれ? うち何か変な事聞いたのかな?
「ルナは馬鹿だから気にしなくて良いよ? 私達はちゃんと分かってるから、半裸で救出されて装備品はカナタの報酬として全部回収されたから、お金が無くて冒険者ギルドに居候している身なんだよね? んん? 王様の娘?」
メアリーのうちを馬鹿にしつつキャロルを慰める言葉を聞いた本人は、さっきより顔を真っ赤にしてもう泣きそうや。
「キャロルはキャロライン=ヘルヴォルって言うねんで! 偉いみたいやで?」
メアリーとレイチェルが首を傾げている、他の皆は興味が無いのかご飯を食べる事を優先していた。
「私の記憶には王様の子供にキャロラインって名前の娘は居ません……末の娘がクリスティナさんですから。見た感じクリスティナさんより年下だし……?」
「クリスお姉ちゃんを知ってるの!? 私とガウェインはクリスお姉ちゃんを追って王都からこの町に向う途中で蜂に……」
クリスティナの名前を聞くと顔を上げ元気に話出すキャロル、蜂の話しになった瞬間震えてうちの手を握ってくる。
「分かった! キャロルはクリスティナの妹やね!」
「正確には違うの、お母さんが同じってだけでお父さんは普通の村長だったから……たまたま補給に立ち寄った村でお母さんが見初められたの。お父さんは種が無かったらしくて……「待って! それ以上は言わなくて良いからね?」えっ?」
また顔を真っ赤にしたキャロルが身の上話を始めると、途中でメアリーが止めに入る。
「それ以上は辛い話になるんでしょ……ほら、アリシアも睨んでるしそろそろ止めた方が良いよ……」
言われてアリシアを見ると、アリスを後ろから抱いて耳を塞ぎこちらを睨んでいた。アリスは興味が無いのかガン無視でご飯を食べている……
「えぇっ!? 違うよ? その翌日からより仲良くなったらしいよ? お父さんもこの話をしてくれた時は燃えるって言ってたし? それに村もお母さんのおかげで支援を受けられて、その後すぐに町になって今じゃそこそこ大きな都になってるよ? 湖の都ベネッツオって聞いた事無いかな?」
「NTR属性持ちの領主……手篭めになった嫁の種違いの娘! 姉を追って旅に出た途中で訪れる悲劇! 蜂の凶針に倒れる従者……そして颯爽と助けるカナタ! 妄想がうなるわね……ジュルリ」
アヤカが何故かヨダレを垂らしそうな感じでこちらを見てくる。怯えて椅子を寄せてくるキャロルに新しい皿を出しお代わり分をよそって食事を再開する。
「何の話やったっけ?」
「ルナはいっつもそうだよ……キャロライン様? は――」
「キャロラインで良いよ?」
「キャロラインはクリスティナさんの異父姉妹で王様の隠し子なんだよね? 何で追ってきたの?」
メアリーの質問にまたうつむいたキャロル、うちが尻尾で背中を撫でると決心したのか話し始める。
「クリスお姉ちゃん以外に私を見てくれる人がほとんど居ないの。目の前に立っていても視線すら合わせてくれないの……クリスお姉ちゃんが緊急依頼でこの町に行く事が決まったから、王様が付けてくれた従者のガウェインと一緒に追いかけてきたの――ガウェインは王様とクリスお姉ちゃん以外で唯一私とお話ししてくれるの!」
「なかなか大変なんだね……とりあえずご飯食べて馬車作りお願いね? 私はメアリー、他の皆も名前で呼んでね?」
これ以上話していたらご飯が冷めて美味しくなくなってしまう、うちの視線を感じ取ったメアリーは話しを中断してご飯を食べるように言った。
無言で再開される食事。キャロルは朝ご飯を食べながら色々なリアクションをして、見ている者を楽しませてくれる。
「王都でもこんな美味しい朝ご飯は食べた事無いわ! お昼が楽しみ~」
うちはメアリーの『クリスティナさんもそうだけどこの子も取り込んだ方が良さそうだね……』と言う独り言を聞き逃さなかった。
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事務所前でおこなわれている馬車作りは何の問題も無く進んでいた。
うちはロッズのおかげで木の加工に慣れたアルフと……ユノとユピテルを引き連れて、昨日刈って来た木を乾燥させ裁断していく。
キャロルが居ないのは大きな馬車を作ると言ったメアリーが、設計の為に王族専用の馬車に乗った事のあるキャロルを連れて行ってしまったからや。
「なぁ、ルナはオレ達の頑張りをどう思う? さっきのレッティ酷くないか?」
「頑張ってると思うよ?」
「そうだよなぁ……」
先程馬車作りのメンバー分けで、アルフがレッティに『いつも男三人セットじゃなくてたまには違う面子で作業したい』と言ったところ……道端に転がっている石を見るような目でレッティに『何か問題でも?』と言われて『ごめんなさい』と謝っていた。
ユノとユピテルはアルフの肩を叩き首を振っていたけど、アルフは泣きそうになっていた。
メアリーが『ルナを付けるから頑張ってね~』とフォローしてたけど、うちは木をただ並べるだけの作業はもう飽きてきた。
「アルフの心意気に免じてうちがレッティに一言物申すで! 黒バック置いていくから続き頼むな~」
「おう! やっぱりルナだけがオレ達の味方だぜ!」
あの三人組みはほっといても仕事はキチンとする、うちが付いてなくても問題無いのでキャロルの所にでも行ってこよ。
キャロルは秘密基地で設計中のはずや、機密保持の為に事務所じゃ作業出来ないってメアリーが言ってた。どんな侵入者でもプテレアの警戒網を潜り抜けるのは無理やとうちは思ったけど、キャロルもノリノリやったし何も言わずにスルーした。
二番出入り口から秘密基地に向おうと事務所に入る。丁度レッティが上がってきたので一言物申す事にする。
「レッティはもうちょっとアルフ達三人に優しくしてあげても良いんとちゃうん?」
「汗臭いし無理。あと浮気はダメだからね?」
うちが出会い頭にそう言うとレッティは一言で切り捨ててうちの心配までしてくる。
確かにあの三人は時々汗臭い、カナタは汗をかいても凄く良い匂いがするのに何でかな?
「うちはカナタ一筋やで? まぁ汗臭いのなら仕方ないかもしれんね」
「う~ん――今度から臭い時はまず浄化してからお話しすれば良いか~」
レッティはそう言って買出しに出かけてしまった。
うちは一言物申しただけや……何も悪くない。気を取り直して滑り台になっている出入り口を滑り降りる。
下りてすぐの広間でメアリーとキャロルが言い争っている? 仲良くなったみたいで安心やね。
喧嘩するほど仲が良いって誰かが言ってた。
「だから! 普通の大きさじゃないのなら、居住区をもっと大きく取って快適に過ごせるようにした方が良いと思うの!」
「でも家を丸ごと馬車にするなんて無理があるし、防衛面で不安が残るよね! やっぱりこっちの前面に木々を切り落とすブレード兼用の盾を装着した方が絶対良いよ!」
「何してるん? 二人とも絵上手いんやね」
キャロルの書いた絵は二階建ての家型の馬車をケルベロスが引いている絵で、細部も細かく書いてあり以外な才能が発揮されている。
対してメアリーの絵は……くの字の大きなブレード型の高さが結構ある盾が前面に装備されていて、ラビッツが少し内側の窪みに入り引っ張る斬新な馬車の絵に仕上がっていた。
「「ルナはどっちが良いと思う!?」」
「どっちも良いから合体するしかないで!」
この剣幕の二人をどっちか選ぶなんて無理や……一番無難な選択をうちは選んだ。
「「逆転の発想!?」」
うちの答えを聞いた二人は仲良く新しい絵を描いていく、ベースは一階建ての家で屋上部分に全体を覆う大きな盾が装備されていて、前面にはメアリーの発案した盾が付いている。
「盾の屋根なら真ん中だけ開くようにして周囲を見回せると良いかも? あと全方向に外を見れる窓も必要やね。いざと言う時はカナタが持ち上げて飛べるように、ラビッツ達も収納出来る内窪みを付けた方が良いと思うよ?」
「「天才!?」」
メアリーとキャロルはうちをみてそう言うと設計図を完成させていく。
「前からルナは紙一重だと思ってたけど……良い方に一歩ずれてたんだね!」
「褒めても何も出えへんよ」
「多分それ褒めてないと思うの……」
メアリーに褒められた。でもキャロルは何か考えてうちの肩を叩いてくる?
「出来た! これもキャロラインのおかげだよ! 私はこんなに早く設計図が出来ると思ってなかったんだよ? 凄いよ!」
「私、食堂で働く前はこれでも絵描きで日銭を稼いでたんだから!」
「苦労したんだね……もうここに住まない? キャロラインなら冒険者としてもやっていけそうだし、色々器用みたいだから――衣食住は保証するし、そのガウェインさん用のお薬も都合出来るよ?」
「でも……迷惑じゃない? 私はガウェインが回復したらクリスお姉ちゃんを追ってまた王都に戻らないと行けないし――」
「大丈夫、大丈夫! 今朝クリスリスティナさんからカナタ宛に二通目の手紙が届いてたし、多分大型クエストが終わったら王都に向う事になるから問題無いよ~」
「それだったらお願いするわ!」
トントン拍子にキャロルの処遇が決まる。でもうちは見たで? キャロルが返事をした瞬間、メアリーの目が獲物を捕まえた時の目になっていたのを……
「なぁ、キャロ「ルナは設計図を持って先に組上げる準備に向ってね~」分かったで!」
メアリーの笑顔が凄く怖い、うちは逆らうと危ないと本能で悟り事務所前の広間へ向う事にする。誰も不幸にならないなら問題無いよね?
その日、五回目の鐘が鳴り終わるまでに馬車は完成する事になる。専門外と言いつつもロッズが才能を発揮して、目の前でどんどん組上げてくれた。
屋根用の盾は特注すると時間がかかると言われたから、メアリーの案でカナタが超硬化をかけた硬皮の盾をいっぱいセットする事になった。一部分が壊れてもすぐセットしなおせるから便利ってロッズも驚いていた。
動力元はラビニとラビサンが担当して、ラビイチは先行偵察と周囲警戒をするらしい。
キャロルも含めた皆でご飯を食べ、お風呂に入って、皆揃って秘密基地の寝室で眠る事になった。一人凄いテンションではしゃぐキャロルはすぐに疲れて眠ってしまう。
皆が寝静まり、うちも眠りに付く間際にメアリーが『ルナ? 分かってるよね?』と釘を刺してくる。
うちは誰も不幸にならないなら全てはカナタの為やと思い無言でうなずいた。うちの返事に満足したのかメアリーはすぐに眠ってしまう。
「キャロルはうちの友達やってんけど……いつの間にかカナタの嫁になりそうやね……」
うちのその独り言を聞く者は、プテレア以外誰も居なかった……




