SS ルナの六日間! 前編
うちは今後悔しとる……朝早くから皆で買い物に来たのは良い。
レイチェルのお店で見繕える物は頼んだ。後は食料品を買い込むだけや。
一番良く行く八百屋で採れ立て野菜を買い込む、それも良い。
いつもはラビッツ以外の獲物の肉を売りに来る肉屋さんで、変な女に絡まれてからが最悪や。
その女は金色の髪を頭の左右で結んで二本の尻尾の様に揺らしていた。
「このブレードラビッツの肉はうちが先に手に取ったんや!」
「こんな田舎町でブレードラビッツの肉が手に入るなんて……今夜はローストラビッツにして貰いましょう~♪」
偉そうな態度でうちの手に取った肉を奪いに来る女、思ったよりも力が強くて奪い返せない。
「獣人の分際で、高貴なワタクシが目を付けた獲物を奪おう何て甚だ可笑しいですわ」
「ええかげんにせえよ! うちが買うって言っとるんや! それにワタクシとか言い慣れない言葉使っても騙されへんで? そのヒビ割れた手はご飯食べるお店で働いてる証や!」
思わず口調が子供の頃に戻る……言い切った後、何でこんな事してるんやろ……と頭に浮かんでくる。
「これはその……違うの、今はちゃんと高貴な身分なの! ほらこの短剣だって持ってるんだから!」
偉そうな女が腰につけていた短剣を目の前に掲げて自慢する、キラキラと宝石が輝く柄に二本の剣が交差するエンブレムが飾られている。
「……?」
「……!?」
首を傾げるうちに、目を大きく開いて一歩後ずさる偉そうな女。はじめて見るエンブレムやけど何かな?
「アナタ自分の国の旗――エンブレムすら見た事無いの!?」
「そうなん? じゃあ偉い人なん?」
「そうよ! ワタクシ――私は王女様なんだからね!」
胸をそらし威張ってくる偉そうな女を放置し、威張る為に手放したブレードラビッツの肉をうちは抱えてレジに持って行く。
「何してるのよ!? それ私のだからね!」
「うちがレジに持っていった。これはうちのや!」
うちの肩をつかんで大声で怒鳴ってくる偉そうな女、イラッとする。
「イライラするな! 金を出した方がお客様だ!」
「「ハイッ!」」
うちらが言い争ってたら店のおっちゃんに怒られた……うちはサイフを黒バックから出す。
同時に偉そうな女も腰のポーチから巾着袋を出した。
勝負は先にブレードラビッツの値段100イクス――銀貨1枚を出した方が勝ちや!
「偉そうな嬢ちゃんからだな……」
「うちの方が早かったやん……」
「当然ですわ!」
うちを見下ろしてほくそ笑む偉そうな女。うちは店のおっちゃんを睨みつける。
ん? おっちゃんが手で合図を送ってくる?
力? 首切り? 後で? 取って置きを売ってくれる!? おっちゃんも権力には弱いようやね……
「あぁ? 銅貨ばかりだな……ひーふーみーよー……おい、銅貨11枚しかねえぞ。これじゃ普通のラビッツの肉しか売れねえなぁ。こいつはルナの物だ」
勝ち誇っていた偉そうな女は、顔を強張らせ自らの巾着袋を覗き込む。ひっくり返しても叩いてもそれ以上お金は出てこない。
「馬鹿な……あいつはラビッツの肉を買うだけのお金を入れとくって言ってたのに……」
「ラビッツとブレードラビッツは味も値段も全然違うで? 普通のラビッツなら5kg銅貨10枚――半銅貨1枚やけどな~」
うちは勝者の笑みを浮かべサイフから銀貨を1枚取り出すと、おっちゃんに渡しブレードラビッツの肉を包んでもらう。
勝ち取った獲物を収納しようと黒バックの口を広げると、包みに偉そうな女の手がかかる。
「なんや? これはうちがお金を出して買った物やで?」
「私……最近死に掛けた事があるの……最後に頭に浮かんだのがお母さんが作ってくれたローストラビッツなの」
何が言いたいんかな? うちは偉そうな女の手を叩き黒バックに包みを収納しようとする。
負けじと包みをつかみ返してくる相手にため息が出そうになる、この女ちょっと面倒やね……ん?
「どこかで見た事有ると思ったら……半裸で足かじられてた女――」
「ちょっとまーって!!」
うちの手をつかんで店の隅に移動する偉そうな女。今は顔を真っ赤にして小さくなり、いきなり小声になって色々聞いてくる。
「それってビックWARビーのアレでしょ? アナタ解体中に見つかった私の事知ってるの!? 半裸って……装備がなかったからある程度覚悟していたけど、その……どれくらい見えちゃってたの?」
「カナタがすぐ隠したから多分他の冒険者には何も見えてないよ? カナタは足をひっぱって引きずり出してたから全部見えてたと思うで?」
「何て……事、高貴な私の体が……」
顔をアプの実より真っ赤に染めてうちの手に抱きついてくる偉そうな女、メンドイのでこのまま引きずって店を出る。
「その……アレだ、まだガキなんだから足を噛むとか変なプレイは止めといた方がいいぞ? これはもって行け、悪かったな」
おっちゃんがラビッツの肉5kg包んだ物を投げてくれる、偉そうな女は反応しなかったので変わりに受け取っておく。
店を出てもまだ抱きついたままの偉そうな女を引きずりながら考える。
「この荷物どうしよ……」
――∵――∴――∵――∴――∵――
スマホでメアリーに連絡すると『そんなのほっといて馬車用の木を切ってきてね!』と言われた。
うちは東門の外でお昼ごはんのラビッツ燻製入りサンドイッチを食べながら、ダンジョン『奈落の穴』へ入っていく冒険者を眺めている。隣にはうちの奢りのサンドイッチを頬張って――うちのカナタミルクを奪って飲み干す偉そうな女が居る……
「ぷはぁー。こんな美味しいサンドイッチとミルクは食べた事無かったわ~」
「……その腰の繕ってあるベヒモス袋売って生活費に変えた方が良いんちゃう? うち忙しいからこれ以上付き合ってられへんで?」
「えっ? 何言ってるの?」
黒バックからアルフが作ったカナタ斧を出して手近な木を根元から切る。恐ろしい程切れ味が良く、何の抵抗も無く地面スレスレで木を両断出来た。
「名前も知らない赤の他人に、お昼ご飯奢ってあげただけでも感謝するんやな。うちはこれから馬車用の木を切らんとあかん……馬車用の木ってどれくらい要るんかな?」
「聞いて驚きなさい! 私の名前はキャロライン=ヘルヴォルよ!! 馬車用って言うんだから、めいいっぱい持てるだけで良いんじゃ無いの?」
王様の名前にもヘルヴォルって付いてたと思う、偉い人ならカナタの嫁候補に上げても良いかもしれんけど……アホの子は要らん。
「キャロラインはアホちゃうか? こんな町の外で、王女様ですよ~偉い人ですよ~って言ってたら、怖いおっちゃんに攫われて回されて奴隷にされるのが落ちやってマーガレットが言ってたよ?
回ってる間は楽しいけど回り終わったら寂しいんやで? うちはアヤカと回った事あるけど……放り出された時は呆然としたんやで!?」
「回る?? 別に、雑魚が襲ってきても従者のガウェインが守ってくれるもん!」
自分の服の裾を握って言い返してくるキャロライン、うちのスキルには周囲でこの子を見張っているような人は捉えられない。
「ガウェインはどこなん? ここにはうちとキャロラインしか居ないような……」
「療養中だった! お願い、一緒に居て!」
斧を持っているのに不用意に抱きついてくるキャロライン、危なっかしいから子守してあげんとダメやね。
「一緒にいたるから手伝ってな? このカナタナイフで小さい枝落としてや。鋭いから注意して扱うんやで?」
「分かった! あっ!? 指が取れたよ!?」
今切ったばかりの木の枝と一緒に自分の指を一本落としたキャロライン――急いで指に浄化をかけてくっつけて治療する。
「言ったそばから何やってるんや! ちゃんと木本体を持って、両足で木をはさんで枝だけにカナタナイフを当てるんや!」
「凄い……指がくっ付いた! ありがと……名前知らなかった!」
カナタナイフを持ったままピョンピョン跳ねるキャロラインは危なっかしい。
「うちはルナや! ルナ=フェンリルって名前があるんやで! ん? フェンリルってそういえば何で付いてるんやろ?」
「家名じゃないの? 初めて聞く家名だけど……? まぁ、ルナありがと! 可愛い尻尾ね♪」
フェンリルって何か今度カナタに聞いてみよ! それにしてもさり気無く褒めて尻尾を撫でてくるキャロラインは女垂らし? の才能が有るんちゃうか! 悪い気はせえへんけどうちはカナタの嫁や。
尻尾を振って手を振りほどくと木を切るのを再開する。
「ふふ、私はこの切った木の枝を落としていくのね」
「注意するんやで?」
それからうちとキャロラインは日が暮れるまでひたすら木を切り続けた。
途中ニードルラビッツが森から出てきたので狩ると、運良くラビッツレイピアが一本取れる。丸腰のキャロラインに尻尾に入れてあった皮で作った即席鞘と一緒に装備させると、ひたすら黒バックに木を詰め込む。
重くならないしいっぱい入る、この黒バックは凄く良い物やね!
日が暮れてきたのでスマホで時間を確認すると、もうすぐ五回目の鐘が鳴る時間になっていた。
そろそろ帰らないと晩御飯が抜きになってしまう……
「今日はそろそろ終わりやね。明日は馬車作るから多分リトルエデン本拠地に篭りっぱなしになるかな~」
「私も見に行って良い? ガウェインの療養が終わるまで暇だし……」
両手を腰の後ろに回しうつむき、地面を見ながら話しかけてくるキャロライン。
これは無料でお手伝いしてくれるって事かな? メアリーに褒められるで!
「良いよ? キャロラインが手伝ってくれるのなら、お昼ご飯はこっちで用意するで!」
「やったー! ありがとうルナ♪ あと、私の事はキャロルって呼んで!」
「キャロラインはキャロルなん?」
「特別だからね! そう呼んで良いのはお姉ちゃんとお父さんとお母さんだけなんだから!」
キャロルの顔が真っ赤や。夕日に染まっているからそろそろ帰らないとまずい。
「はい、これキャロルの分やで? お店のおっちゃんに感謝して次からはちゃんとお金出して買うんやで!」
「ありがと……このレイピア返すね」
お肉の入った包みを一つキャロルに渡すと、泣きそうになりながらラビッツレイピアを差し出してくる。
うちは肉と毛皮を貰ったしちょっと差があるけどキャロルの分で良いよね?
「丸腰じゃ冒険者失格やで? 常日頃冒険出来るように備えとかないとダメやってロッズが言ってた! それはキャロルの分やね」
うちがそう言うとキャロルはラビッツレイピアを抱きかかえて抱きついてくる。危ない!
「それ武器やからな!? 危ないからちゃんと腰に付けとくんやで?」
「ありがと……必ず明日行くからね~」
大きく左手を振りながら町の中へ走って戻っていくキャロル。うちは五回目の鐘の音が鳴り響く中、全力で走って食堂へ向う。
食堂には皆揃っており今日の買出しで買い集めた物をアヤカの宝物庫経由でどんどん回収していた。
大量の買い物は既に宝物庫で秘密基地に送ってあるので、今回収してるのは食料がメインの黒バックでも入る物ばかりやね。
「それでルナはちゃんとお肉買ってきた?」
「凄いの買ってきたで! ちょっとまってな~」
メアリーの催促に自信満々で肉の入った包みを出す、何と言っても銀貨1枚もするブレードラビッツの肉や!
「これだけ……? ルナは一日遊びまわってたの?」
包みの中を確認したメアリーが尻尾を逆立てて詰め寄ってくる!?
「ブレードラビッツの肉やで!? 銀貨1枚もしたんやで!」
「これがブレードラビッツの肉に見える?」
メアリーが包みを広げるとそこには……普通のラビッツの肉が5kg入っていた。
「あー! キャロルに渡す包みと間違えたーーー!」
「そう……キャロルって人と一緒に遊んでたのね……」
「違うよ? キャロラインやで! キャロルって呼んで良いのはうちだけやねん」
無言で顔を近づけてくるメアリー、怒ったらダメや。
「ルナは今日ご飯抜きね! ラビッツステーキだったのに残念~」
「それはやめてんか! うちの大好物やのに……代わりに今日取ってきたニードルラビッツの肉と馬車用の木二〇〇本あるし簡便してな?」
うちとメアリーを眺めながら先にご飯を食べる皆、ジャンヌとアンナがラビッツステーキを美味しそうに頬張ってこちらを見ている。
「今回は許すけど……罰として今ある肉全部干物にして燻製にするのルナに任せるからね?」
「ありがとうメアリー! 大好きやで~」
尻尾を絡めて抱きつく、メアリーは『もう、今回だけだからね!』と言っているけどいつも許してくれる。うちの大事な相棒や!
「明日からは馬車作りやね」
「プテレアが目覚めたから、そろそろアノ穴の調査も開始したいかな~」
まだ見ぬ宝の山を思い浮かべ食事を開始するメアリー。うちも滑空であの穴を飛んでみたい。帰りはしんどそうやけどプテレアの蔦で引っ張り上げてもらえば楽やね。
そういえば朝畑を見たらプテレアが大きくなっていた。この調子で伸びていくとすぐに露天風呂より高くなりそうやね。
投稿したと思っていたら朝だった……何を言っているのか自分でもわからない!
すいません……PCの前でガッツリ寝落ちしてました。




