第55話 新商品が出来ました?ルナの人選は凄い!
地下の秘密基地で爆睡中のプテレアを放置しながら作業を開始する。
コツーン、コツーンと良い音をさせながら黒鉄杉を姉妹さん達が切っている横で、ボクはベヒモス袋を作ろうと四苦八苦していた。
ベヒモスの胃袋と一緒に宝箱に入っていた作成手順書を解読し、手順通りに【魔道具作成】のスキルを使おうと思った時点でおかしな事に気が付く。治療・解体・解毒など普通に使用していたけどAスキルじゃない?
自分のステータスを二度見して確認するも【魔道具作成】はEXスキルに区分されている、治療も解体もAスキルじゃ無いけど普通に使えている。Aスキルとはいったい何なのか……アクティブに使用するスキルだと思っていたけど何か別の意味があるんかもしれない?
何が言いたいのかと言うとつまり……
「何でベヒモス袋が作れないのかな……」
お試し用と書かれたベヒモスの胃袋の破片を集めつつ呟く。二分ほど前……気合を入れて魔力を込めていくとベヒモスの胃袋は膨張し限界を超えた瞬間――爆裂四散した。
「その手順書の通りに作れば良いと思いますよ?」
ボクは無言で姉に手順書を渡す、愛姉直筆の手順書だ。
「読むんですか? えっと……ベヒモスの胃袋へグググッと魔力を込めて、フワッフワッと魔力を広げ、ギュギュッと魔力を圧縮して、最後にイメージ通りの形に変化させる。難しい説明はアウラに任せたけどカナタならこれで分かるよね? と書いてありますね……えっ?」
困惑する姉の手から手順書と言う名前の落書きを抜き取ると、ボクはもう一つの手順書と表紙に書いてある分厚い本を姉の手に乗せる。
「おっもい!? これも読むんですか? えっと……目次、壱・イデア=イクス世界における空間の定義、弐・魔力とは、参・アイテムボックスとベヒモス袋の違い点と、その仕様の違いにおける作成難易度及び現実的な仕様の妥協点……」
目次の時点で姉は読む事を放棄し、こちらの手に分厚い手順書を返してくる。ボクは項目壱の最初ページを読んだ時点で諦めた。
「一袋分をまずは小分けにして、試しながら作れば良いと思います」
それだけ言うと姉は妹さんの隣に戻り一心不乱に黒鉄杉を切り始める。声をかけないで! と背中が語っていた。
ベヒモスの胃袋を一袋分妹さんに分断してもらい、それをまた小分けにしてもらい試しに魔力を込めていく。一つ目の小分けした胃袋で一定以上の魔力が込められない限界を発見する。拍子抜けしつつ次の工程へ進む、これは簡単に出来てしまうかもしれない?
限界まで魔力を込めたその魔力を広げるようにイメージする。また広がる限界が来たので次は魔力を圧縮するとベヒモスの胃袋は手元で白い固まりに変化していった。
後はイメージ通りの形に変化させるだけだけど、そもそも空間とはどういうモノなのか? とりあえず出したり入れたり出来る袋をイメージして白い固まりを念のために結界で覆う。
「これからどうすれば良いと思う? 何か出来たみたいなんだけど……」
「カナタは鑑定スキルとか持ってるんじゃないの~?」
「すっかり忘れてたけど鑑定チート持ってるんだった! 普段使わないから忘れてたよ……」
呆れ顔で黒鉄杉を切りに戻った妹さんに感謝をしつつ左目で白い固まりを見る。
『魔力の袋』
魔力の充填されたベヒモスの胃袋、使用者に魔力を還元してくれるマジックアイテム、特定の手順で魔力を込めると繰り返し使用可能。
:MP20/20
ベヒモス袋じゃない? 表記から見て最大20のMPを込めて小出しに使えるのかな?
現在MP1382のボクには必要無い物だ。魔力を込める手順は多分【魔力の源泉】だと思う、じゃないとボクが作ったマジックアイテムなのに魔力を補充ができない事になってしまう。
失敗作だとしてもちゃんとマジックアイテムが出来たのは幸先が良い。やっぱりネックは空間とはどういうモノなのかボクが理解していない事だろう。
「マジックアイテムが出来たけどベヒモス袋じゃないし失敗作だったよ。でも感じはつかめて来たからどうにかなりそうかも? 良かったらこれ妹さんにあげるよ~」
「ありがとう~♪ どうやって使うの?」
魔力の袋の仕様を説明し、袋に手を突っ込んで必要なMPを考えるだけで魔力が還元されると思う? と話す。
初め笑顔でボクの話を聞いていた姉妹さん達は、次第に顔を強張らせ青ざめさせていく……何かミスったみたいだ。
「えっと……空の魔水晶と同じで魔力を込められるだけだよ?」
「カナタは勘違いしているみたいですね、空の魔水晶に込めれる魔力はMP2で、込めるのに二〇日は肌身離さず持ち歩いていないといけません。これはMP20ですよね? 魔道具作成のスキルを使って何でマジックアイテムが作れちゃってるんですか! 魔道具よりマジックアイテムの方が上位ですよ? おかしいです! えぇ、そうでしたおかしいのはカナタです! 妹のステータスを見てください、そのマジックアイテムがどれほど存外な物なのか分かりますよ……」
一息にまくし立てられた勢いで妹さんを左目で捉え、普段見てしまわない様に力を制限しているのを一時的に解除する。
名前:アリス=アーデルハイト(彼方=田中=ラーズグリーズの眷属)
種族:人間 年齢:12 性別:女 属性:聖
職業:狩人・聖女 位:無し 称号:【奇跡の担い手】【亡国の姫】 ギルドランク:F
クラン:小さな楽園
レベル:25[12+13]☆
HP :231/231[200+6+25]
MP :143/143[100+18+25]
攻撃力:8[6+2]
魔撃力:18[18]
耐久力:12[6+6]
抵抗力:11[10+1]
筋力 :19[6+13]
魔力 :31[18+13]
体力 :19[6+13]
敏捷 :19[6+13]
器用 :31[18+13]
運 :LUCKY[10]
カルマ:258[270]
UNS
:【大地の祝福】
EXS
:無し
スキル
:【生存の心得A】【精霊魔法】【鋭敏聴覚F】【鋭敏嗅覚F】
:【鋭敏視覚F】【鋭敏味覚F】【鋭敏触覚F】
:【気配感知F】【危機感知F】【視線感知F】【隠蔽F】
:【生活魔法】【治療F】【調理F】
Aスキル
:【シールドチャージ】
MPが多い! でも143から20余分に使えると言うのはそれほど凄い事なのだろうか? そして妹さんは魔法の素質があるみたいだ。
妹さんの名前はアリス=アーデルハイトか……んん? 苗字的なモノを持っているという事は貴族?
あ、称号に怪しいやつ発見……【亡国の姫】と言ったらアレでしょ? 命狙われてるとか国を取り戻すとか戦争系のフラグ立つやつじゃないの?
「見なかった事にしても良いですか? 他言しないし……絶対に皆の身は守るからね!」
ボクがその言葉を言うと、姉の表情が悪巧みを成功させた悪魔の様な――見る者を不安にさせる笑みえと変わっていった。
「やっぱり見えるんですね? 冒険者リングから直接ステータスを見ても、表示されないはずの部分が」
「え? そんな事出来るの?」
まさかの隠蔽効果を貫通して見てしまったみたいだ。ボクの驚いた顔を見てさらに確信した様子の姉に、ボクは後戻りができないルートへ入った予感がする。
「えっと妹さんの名前はアリスでMPが143だね、魔法使いの素質もあるみたいだし初めから称号を一つ持っているとか凄いね~」
とりあえず誤魔化してみる事にする。姉の顔をチラリと盗み見ると――悪魔が微笑んでいた!
「誤魔化さなくても良いですよ? カナタ……もう十分ですから。普通にステータスを確認したら妹の名前はアリシアと表示されるはずですからね! 因みに私のステータスもどうぞ」
両肩をガッシリつかんでボクの目を見てくる姉に、有無を言わせない気配を感じ仕方なく左目で見る。
名前:アリシア=アーデルハイト(彼方=田中=ラーズグリーズの眷属)
種族:人間 年齢:13 性別:女 属性:無
職業:狩人・影武者 位:無し 称号:【哀れな子羊】【亡国の姫】 ギルドランク:F
クラン:小さな楽園
レベル:35[22+13]☆
HP :268/268[200+33+35]
MP :36/36[1+35]
攻撃力:13[11+2]
魔撃力:1[1]
耐久力:39[33+6]
抵抗力:2[1+1]
筋力 :24[11+13]
魔力 :14[1+13]
体力 :46[33+13]
敏捷 :46[33+13]
器用 :46[33+13]
運 :NORMAL[1]
カルマ:335[521]
UNS
:【スケープゴート】
EXS
:無し
スキル
:【生存の心得A】【鋭敏聴覚F】【鋭敏嗅覚F】
:【鋭敏視覚F】【鋭敏味覚F】【鋭敏触覚F】
:【気配感知A】【危機感知A】【視線感知A】【隠蔽F】
:【生活魔法】【治療F】【守護】
Aスキル
:【シールドチャージ】【ガード】
何か泣けてくる称号を持っている! 妹さんの名前がアリシアと表示されて姉が【哀れな子羊】にUNS【スケープゴート】極めつけは職業に影武者を持っていると言う事は……妹さんの身代わり要員だったのかもしれない。レベルが高いし生存系と感知系がAランクなのも相当苦労したのだろう。
「アリスもアリシアも絶対ボクが守るよ……どんな敵が来ても――例え国を滅ぼしたやつらがまた襲って来たとしても皆でこの場所を、皆の笑顔を守るよ!」
「いえ、それは無いです。別に誰も襲ってこないですよ?」
どういう事か分からないよ! 亡国って国が無くなったって事だよね……
「アリシア、説明をお願い」
「昔ある所に農業と狩猟を主とする平和な王国がありました。断崖絶壁に囲まれた広大な大地を持つその王国は、他の国から攻められる事も無く、自然と共に平和に暮らす温厚な人達が住んでいました。平和に暮らしていたある日、王妃様が双子の女の子を産みました。やがて双子は【奇跡の担い手】と呼ばれ次期女王と謳われる妹と、平凡で妹を守る事しか出来ない愚鈍な姉に成長しました。やがて衰えていく王様に家臣達は焦り、王位をどちらに継がせるか……骨肉の争いを起こしたのでした。暗殺されそうになった姉妹は離れ離れになるくらいならと、その時お忍びで訪れていたとある国の領主様に誘拐を頼んだのでした。無論断られたのでその領主様が眠っている間に馬車の荷物に紛れ込み、無事国を出る事が出来ました――」
「――大体分かったからもうい痛っ!」
話の腰を折ろうとしたボクの弁慶の泣き所を、鉈の後ろでコツーンと一発殴るアリシア……容赦無さ過ぎるよ!
「長い旅の末に領主様の領地へと着いた姉妹は、泣け無しの装飾品を売り払い可能な限り長い期間を親として私達を守ってくれる人間を雇い、静かに暮らしたのでした」
「長い旅の間はご飯とか馬車に乗せてある荷物からちょろまかしてたんだよね? 絶対バレてて放置されてたんじゃないの? ほかにも……トイレとか」
思う所があったのか急に黙り込み考えるアリシア、ボクの予想が正しければその領主様はマリアさんだ。守ってくれる人間も多分手配したのだろう。
「ご飯時になると馬車の周囲に人の気配が無くなったり、いつも二人分ご飯が残っていたのはまさか……。それに蓋が付いた壺が馬車の一番端の隅に置いてあったり、いつの間にか壺が新品になっていたのは……」
「馬車にかかっている幌って完全に閉じれるタイプじゃなかった? 何故か飲み水の入った樽があったり隠れるのに丁度良い毛皮が有ったり?」
無言になり固まったアリシアを揺すって話しの続きを促す、まだ亡国になった理由が出てきていない。
「それで何で亡国なの?」
「それは後で聞いた話によると私達が居なくなった事で新しい王を決める争いを起こし、国を分断する戦争にまで発展したそうです。お互いの領地を荒らし、奪い合うを繰り返した結果滅んだみたいですね」
「両親とか友達は……?」
「私にとってアリスが全てで、アリスにとって私だけが気を許せる唯一の味方だったので……父は争いが始まってすぐに亡くなり、母は私達を捨てて他の国へ嫁いで行きましたよ? アレは産んでくれただけの存在です、私達をダシにして呼んだ他国の要人と駆け落ちするなんてね」
ケロッとした顔で答えるアリシアに背筋が寒くなる、親から愛されていないとか言うレベルじゃない……
「因みにアリスは雇った人間を親だと思っていたみたいです、あの子は本当に気が許せる人以外はその他の人扱いなので……」
アリスもなかなか凄いところが有るみたいだ。過ごしてきた環境がこの姉妹を変えたのかもしれない。
「ボクはアリスとアリシアに認めてもらったって事で良いのかな? 自惚れだとか言われると泣くんでよろしく……」
「ふふ、認めてなければあんな事しませんよ……ハッ!」
「あんなこと? 何の事?」
弱気なボクの問いかけに笑顔で答えたアリシア。だけどあんな事とは一体? 露骨に顔を背けるアリシアにボクの心は不安でいっぱいだ。
「お風呂でカナタのステータスを確認したり、色々しました……皆で」
「まぁ……皆なら別に良いけど? でも確認とかボクの記憶に無いんだけどどういう事?」
まったく持って記憶に無いどころか……誰もそんな事一言も言ってくれないし今更感がする。
「アノ時です!」
顔を真っ赤にしたアリシアはそれだけ言うと『そんな事があったんだね~』と他人事なアリスを連れて、黒鉄杉を切る作業へ戻ってしまう。
顔が真っ赤過ぎて大丈夫かと不安になるくらいだったけど、確認以外に一体ナニをしたのか……聞かない方がボクの精神安定上良いのかも知れない。
「んん? アリスのステータスを見ると何でこの『魔力の袋』が存外な物と分かるのか聞いてないんだけど?」
「妹の名前は? ついでに私も」
ボクの質問に対してアリシアは天使の微笑みを浮かべ質問に質問で返す。
「何言ってるの? 今見たし流石に覚えたよ? アリスとアリシアだよね?」
「私達は名乗りを上げていませんから問題無いですよね~」
これは一本取られた。確かに名乗りを上げていないし鑑定して見たのはボクだから、ルナが言った功績を上げないと名乗れないの条件に当てはまらない。
「恐ろしい子……」
「その『魔力の袋』は売らない方が良いですよ。そんなアイテムが作れると知られたら……拉致・監禁・強制労働確定ですからね~」
「身内で使うのに止めておく事にするね……ありがとうアリシア」
忠告してくれたアリシアにお礼を言い頭をヨシヨシすると本人は五秒ほど止まった後、顔を真っ赤にして作業に戻っていった。
それにしても困った事になった。ベヒモス袋も作れないし『魔力の袋』は簡単に作れるけど身内で使う分しか作れない。売り物を作らないとボクが自由に使えるお金が増えない。
クランの資産はお財布番のメアリーとレイチェルを納得させないと触る事すら出来ないので、何とか蜂蜜を使った商品だけでも今日中に完成させないと残りの資金が心もとない。現在自由に出来るお金は、少し個人的な用途の野菜を極秘裏に購入したので19380イクスしかない。
「このままでは、いざと言う時……嫁に頭を下げてお金を貰うダメな旦那? になってしまう……」
アリスとアリシアは作業を続けながら聞き耳を立てている様子だ。蜂蜜を使った商品……とりあえず思いつく物を並べて行こうかな?
「そろそろご飯の時間です、サンドイッチを用意してますので食事にしましょうか」
「もうそんな時間? まだ『魔力の袋』の原型を一個作っただけなのに、ご飯を食べたらちょっと本気出さないとダメだね!」
一心不乱に黒鉄杉を切るアリスを止めて、切ったばかりの板を敷き詰めた部屋で三人一緒に並んで座りサンドイッチを食べる。
飲み物が無いかと思いキョロキョロしていると、無言でコップに注がれた蜂蜜ミルクが目の前に置かれた。
欲しい時に欲しい物が丁度良いタイミングで出される、この二人は良い嫁メイドになれそうだ。
「蜂蜜を使った商品を考えながら地下で食べるサンドイッチも、たまには良い物かもしれないね」
ボクは爆睡するプテレアを見ながら呟くのだった。




