SS ルナ飛ぶ!アンナぶっ飛ぶ?
カナタが地中で魔道具を作っている間のお話です。
うちらは食堂から出て準備をする、ラビッツ達はまだ小さいから乗ったりできない。
今日は一緒に走ってあの蟹が居た崖の上を目指す。レッティとアンナにはうちの凄いところを見せてあげないといけない!
「準備は万全や! サーベラスもご飯持ったな!」
「ワンッ!」
サーベラスの背には、うちの分のご飯も一緒に入れたバックパックを結び付けてある。今日のサーベラスは運搬係りやね。
「ボス……自分が背負っているフェイクラビッツのバックパックには何を入れてるんですか?」
「帰りのお土産を入れる用やから、何も入ってないよ?」
「それじゃあご飯くらい自分で持ってくださいよ!」
「ラビイチもラビニもラビサンも何か強そうやな~」
「アンナ、ボスは考えを変えない人だから……」
装備を確認して西門を目指す、カナタが北門の外――帰らずの森からでも崖上に行けると言っていたけど、危ないから皆揃ってじゃないとダメと言っていた。
ビックWARビーが残っていてもうちらのPTなら余裕で倒せると思うんやけど……
西門の外までは全力疾走で誰が一番早いか勝負をする、うちが一番早いと思ったけどラビッツ達の方が早くてビックリした。
「全力のボスが追いつけないなんて……さすがカナタの従魔です! そして私とアンナの相棒です~」
「べっ、別にくやしくないよ? うちはまだ本気を出してないだけや!」
「そんな事言って~、ボスのここらへんとか筋肉がヒクヒクしてますよ?」
アンナが調子に乗ってうちの太ももを後ろから揉み上げてくる、急に全力で走ったから体がビックリしたんやね。
今日の西門の番は知らないおばさんと見習い冒険者の女の子や。確かカナタがリリーって呼んでたと思う、まだ小さいけど将来有望そうやからカナタの嫁候補に入れとくしかない。
「おはようさん! リリーも大きくなったらカナタの嫁になる?」
「私……時々ボスが凄い人に見えてきます」
「レッティ、それ――目が悪くなってるんだって……アウチ!」
アンナが失礼な事を言った気がしたのでお尻を叩く、カナタに頭は殴っちゃダメって言われたから今後はお尻叩きやね。
「あらあら、小さい冒険者さん達はあの【絶壁】の嫁さんなのかい、将来安泰で良いさねぇ~」
「おはようさんです! カナタのお嫁さんになるの!」
リリーは尻尾があったらフリフリしてそうな勢いでぴょんぴょん跳ねてる。なかなか見所があるおばさんにはロッズ&マリアン亭のお風呂限定サービス券を一枚渡しておく、メアリーが宣伝もして来るようにと言っていたので適当に宣伝もしておく。
「もうすぐ始まる特別なコースを受けたら傷もシワも綺麗さっぱり無くなるみたいやで? あと最近若返る効果がある事が分かったとか? おばさんもその券使って行って見てな! うちのさいん? が入ってるから風呂上りに蜂蜜ミルクが一コップ無料やで!」
「なんだって!? 傷も……シワも!? 若返り……最近あの宿どんどん大きくなっていってると思ったらそんな事になってたんだねぇ、でも良いのかい? 初めて会ったおばさんにお風呂限定サービス券なんて配っても?」
「後ろにおばさんの名前書いて使ったら、帰りに蜂蜜ミルク無料券を二枚貰えるから誰か誘ってまた来てな! おばさんが誘った人がまた着てくれたら、おばさんには蜂蜜ミルク無料券が一枚ストックされるんやで? 一杯貯めたら特別なサービスを受けられるから飲んでも良いし貯めても良いで!」
「それはありがたいねぇ、必ず行くよ!」
これもメアリーとレイチェルが考えた事や、クラン員が持っている無料券は会員登録券で名前を書いて使うと会員登録される。あとはりぴーたー? になってもらうらしい。
りぴーたー? の口コミで着てもらった人には初回限定で蜂蜜ミルクが一コップ無料になる、蜂蜜ミルク無料券は一コップ交換やから飲んでも良いし、一〇枚で回復の湯を一回利用可能になる。五〇枚集めるとVIP会員になれるそうや。VIP会員は特典が盛りだくさんやから凄いってカナタも言ってた。
蜂蜜ミルクの材料はビックWARビーの蜜と最近ロッズが飼い始めたモウモウの乳を使用している。モウモウは真っ黒な牛に似た魔物で何でも食べるので育てやすいってロッズが言ってた。
もちろんうちらが蜜を用意しているので、儲けの半分が貰えるそうや。
「それじゃあ行って来るな! リリーも門番がんばりや~」
「行ってらっしゃい~」
門番なんて暇そうな事を何でやってるのかと思ったけど、引退した冒険者から色々ノウハウを聞けるみたいで大人気なそうや。
今日もラビッツ狩り場と化した西門の外を歩く、少し先の林の前でレッティとアンナがラビッツを解体している、ラビッツを狩っているのはラビイチ・ラビニ・ラビサンの三匹や。
「ラビッツがラビッツを狩るのってどうなん?」
「弱肉強食が掟らしいですよ? ボスと同じ考えですね!」
狩られたラビッツは全て頭が無くなっている、どこかにしまってあるかと思ったら、生えてきたラビッツの頭をラビイチが一口で頬張っていた。
頭が無くなったラビッツ(生えかけ)をラビニが引っ張り出しラビサンがレッティとアンナの所へ持って来る、解体も徹底的にうちが仕込んだから数秒で終わる。コツはお腹側からナイフを尻尾へ向けて入れる事や!
「まぁ、そろそろ行こか? 前引っこ抜いた木がもう背丈に伸びてるで……」
「目印になって丁度良いです、それにまだ細いので美味しいみたいです?」
「ボスもかじって見たら美味しいかもしれないですよ? アウチ!」
うちは木は食べへん! アンナのお尻を叩く。背丈に伸びた木々をラビッツ達が根元からモグモグと食べている姿を見ながら進む、この子ら食べるの早過ぎとちゃうんか?
「何でうちらの歩く速度と同じ速度で……木を食べてるラビッツ達が付いてきてるん?」
「サーベラスが先頭に立って木々を引っこ抜いているから、ラビッツ達も食べやすいんだと思います」
「凄いですね~ほぼ丸呑みじゃないですか? ボスもサーベラスと一緒に木々を引っこ抜くと良いと思いますよ!」
アンナもたまには良い事言う、サーベラスと一緒なら作業の効率も二倍や。
うちは先頭を歩いているサーベラスの隣に行き、右寄りがサーベラス左寄りがうちと引っこ抜く作業を分担する。
「アンナ……ボス凄く楽しそうに木々を引っこ抜いてますね。若い木々だとしてもかなり力が居ると思う」
「こんなはずじゃなかった……どうしてボスには冗談が通じないのか!」
「何してるんや! 早く行くで~」
雑談して足を止めていたレッティとアンナを急かすと先に進む、木々を引っこ抜く凄い音にエモノは近寄ってこない、普段だとダメだけど今日は別の目的があるので問題無い。
いったいどこに木々が入っているのか謎やけど、ラビッツ達は蟹が居た滝つぼ前まで一本の木も残さず食べ尽くしてた。
滝つぼの近くまで来るとさすがに周囲を警戒する、うちはもう克服したので問題無いけどカナタが絶対に近寄らない様にと言っていた。もし水に連れ込まれたらスマホ子機で水を全部吸い込んで逃げるようにと言われている。
この中で一番強いのはうちや、皆はうちが守ったる!
「ん? サーベラス、何咥えてるん?」
「ボスの大好きなやつの小さい版に見えるんですが……」
「私も気のせいか……カルキノスの子供に見えます」
サーベラスが40cmくらいのカルキノスの子供を咥えて持って来る、滝つぼには行っていないのに何で居るんかな?
「ん? ラビイチとラビニとラビサンも何かじってるん?」
「抜け殻みたいですね……」
「多分脱皮した殻だと思います……」
ラビイチが草むらから抜け殻を引っ張って持って来る。強敵の気配は無い、三人揃ってその草むらを覗き込むと……大量に子カルキノスが集まって脱皮をしていた。
「うちら逃げた方が良いと思う?」
「多分大丈夫だと思いますよ? カルキノスは子守する魔物じゃないってロズマリーが言っていたので」
「脱皮直後のカルキノスは柔らかくて美味しいらしいです、お土産に二〇匹ほどいただきましょうか」
レッティは特大木の宝箱をスマホ子機から出すとカルキノスの子供を詰め始める、ナイフで子カルキノスの頭を一突きする手際の良さは見習うべき物がある。うちは平気やけど好んで触りたいと思わないので作業は任せる。
「それ回収したら崖上がるで、うちは周囲の警戒してるからな!」
「ボス……ビビッタんですか? 私のおかげで克服出来たんじゃないんですか? アウチ!」
アンナが妙に嬉しそうに近寄ってくるのでお尻を叩く、ロッティも叩かれると喜んで居たけど……アンナもそうなんかな?
うちが手を振り上げる動作をするとアンナはレッティの元へ走り戻っていった。サーベラスは一匹食べて満足したのかうちに付いて来る、ラビニとラビサンはレッティとアンナの側に残ってラビイチだけが付いて来る。
「今日はやけに獲物が少ない気がするな~、うちのスキルに反応は無いし。サーベラスもレベル上げしとかないとダメやのに……」
回り込む様に崖の上へ上がると遠くに西門が見える。うちらだと散歩気分でここまで来れるけど一般の冒険者は警戒しながら進むので大分時間がかかりそうや。
「お待たせ~こっちは何も無かったです?」
レッティがホクホク顔で崖上へ上がってくる、あの様子だと二〇匹しっかり確保できたみたいや。
「うちのスキルにも、サーベラスとラビッツの鼻にも引っかからないから大丈夫やで!」
「ところで何で崖なんですか? ボスが何かを自慢する為に私達と狩りに出たのは分かりますよ?」
「あの……? 何でボスは私とアンナを縄で自分に括り付けてるんです?」
レッティとアンナの胴体にカナタに借りたアウラ縄を結びつける、自分の胴体にも同じ様に結ぶと用意は万全や!
「うちらは飛ぶで! サーベラスとラビッツ達は休憩しててな~」
「「はぁ!?」」
驚愕する二人を他所に、崖から滑空する準備を終える。後は飛び降りるだけや。
「私そんなに悪い事してないですよ! 死にたくありません……」
「ボス……冗談ですよね? 結ぶならあっちに生えているあの大きな木とかどうです?」
何を言ってるんかな? 木に結びつけたら滑空できない……そういえばうち、スキルの事言うの忘れてたな!
「うちは【滑空】ってスキル手に入れてん! 空飛べるねんで!! 今日はレッティとアンナも飛ばそうと思ってここに来たんやで? 飛ぶのは凄く楽しいんやで!」
「ボス落ち着いてください、鼻息荒いですから。スキルの事は分かったので、まずはボス一人で飛んでみた方が……」
「そうです! 私もアンナに賛成です」
「初めて飛ぶ時は怖いと思うけど、すぐそんな事忘れるで? さぁ、飛ぶよ!」
何故か遠慮するレッティとアンナを引きずって崖へと近寄っていく、レッティは売られていくモウモウのような目をしている、アンナは木にしがみ付いて離そうとしない。
「大丈夫やで? ゆっくり飛ぶからいこか?」
「私――ボスに抱っこして貰って飛びたいです!」
「その手が! 私も一緒に抱っこがいいです!」
レッティを抱くとアンナを抱けない。ここは早い者順なのでレッティを抱っこする。
勝ち誇った目でアンナを見るレッティ、アンナの目が先ほどのレッティと同じ売られていくモウモウのような目になってしまった。
「私は良いのでお二人で飛んでください、絶対にこの木を離しませんからね!」
「諦めなさい……ボスは言った事は必ず行なう性格です」
「そやね、一回飛んでご飯食べようか~」
「ヒィィィ!」
アンナがしがみ付いている木を引っこ抜くと、驚いて手を離したアンナを右手だけで持ち上げる、レッティは左手で抱いているので心配ない。
「アンナが逃げるとダメやから先に投げるな~」
「意味がわかりませんから!? もうそのまま飛びましょうよ! ヤメテ! あああぁぁぁー」
全力でアンナを崖から放り投げる、ちゃんと上に放り投げたので安心や。
縄が伸びきり、うちらが引っ張られ崖から落ちる、すぐさま【滑空】を使いフワリフワリと空を飛ぶ。
「ドヤッ!」
「凄いです! それにしてもゆっくりなんですね~」
「あはっ、あはは、ぼす、すごかったです……」
上空に放り投げたアンナは色々汁を溢しながらうちの高さまで落ちてくる、丁度同じ高さにまで落ちるとフワリフワリと滑空を始める。
「うちと同じ高さか、それより下じゃないと【滑空】は発動しないみたいやね、それじゃあ加速するで!」
「はい~」
「ひょっ!?」
アンナは面白い声を上げ空中で手を羽ばたかせている。やっぱり飛ぶのは楽しい、カナタとメアリーとうちの三人しか飛べないのは残念や。
速度を上げ地面に降りる直前にまたフワリフワリに戻す、忘れてたけどアンナの方が落下してきた勢いがあるので先に地面に着く。
「えっ!? ボスこれ私どうすれば良いんですか? このまま行くとあの大きめの木に私だけぶつかるような……」
「少し上昇すれば良いと思います」
「そうやね、上昇出来たらよかったね~多分避けれるからアンナはがんばってや!」
その言葉を聞いたアンナは一瞬笑顔になり、次の瞬間絶叫する。
「カナタに抱いて貰ってないのに死にたく無いよー! 助けてー! わぁぁぁぁー」
無事に木を避ける事が出来なかったアンナは、盾を構えていた左手と木にぶつかった両足に、方向転換する為に突き出した右手を骨折するのだった……
後1話続きます。




