第50話 蜂の巣から色々取れました!
窓から入ってくる朝日を体で受け、ぽかぽか温かい気持ちで目が覚める。
床で眠っていたはずのルナは居ない、ボクの横で眠っていたはずのアンナも居ない。
ただ、そこにはバラバラになったカルキノスの爪先だけが残されていた……
「おはようメアリー」
「おはよ~むにゃむにゃ」
「ご主人様~モグモグ」
人の足を抱えて、親指に吸い付くロッティを蹴り起こし、ルナとアンナを探しに行く事にする。メアリーは朝に弱いのでもう少し動かない。
階段を下りてルナの気配の元へ歩いていく。場所は畑?
家から地下通路を通り定番のルートで起きている者に挨拶をし、顔を洗って畑に到着するとそこには……
「やっぱりこうなったよ……ルナが諦めるはずが無い。絶対アンナに仕返しすると思った」
「二度とこんな真似が出来無いようにしたるで! まだや!」
「むぐー、むむ、んんー」
「何で私まで……アッ! イッター!」
プテレアの蔓に巻き取られ1mくらいの高さで吊るし上げられているアンナとジャンヌ……
ルナはプテレアの蔓と思わしき鞭を二人に振るい、時折立ったまま眠っているようだ。
アンナは蔓を猿轡のように噛まされており喋れないみたいで、ジャンヌは若干扱いがマシになっている。この差は多分昨晩の事が原因だろう。
「勉強になります! あ、ルナ様今の手の振りをもう一度お願いします~」
「こうか? うちの……むにゃむにゃ。 まだや!」
プテレアが熱心にルナの鞭捌きを見て勉強しているけど、多分その鞭捌きは必要無いからね!
「そろそろ皆起きて来る頃だから……解散ね?」
「カナタはうちの嫁……むにゃむにゃ」
一晩中吊るされていたであろうアンナとジャンヌに浄化をかけ、プテレアに蔓を使って部屋まで運んでもらうと、半分眠ったルナと一緒に食堂へ向う。
朝の準備は誰がしているのかと、普段より早い時間の食堂に来てみたんだけど……
知らない人が居る! 多分マリアンさんが言っていたお手伝いの人だ。
エルナさんだと思う、しっかり目で見るのは初めてだ。驚かせない様に先に声をかけよう。
「おはようございます~」
「!?」
食事を運ぶワゴンに隠れてしまった……
「怖くないよ? アンナとジャンヌが今日は部屋で眠っているから、そっちに朝ご飯を持って行ってもらおうかと……部屋の場所わからないか」
「分かる、了解」
一言だけ小さな声で呟くように言うとワゴンを押して宿へと戻っていってしまった。
食事代とかどうしているのかと思ったら案外ルナとメアリーがしっかりしていて、ちゃんとお金を払っているとの事だった。
ボクのサイフからは1枚の銅貨も減っていないけど。
リトルエデンの参謀メアリーがギルド資金を管理しているみたいで、凄い額のお金を貯め込んでくれているらしい。
何故らしいかと言うと……クランの資金運用にボクは口出しする事ができないからだ。悲しい事に提案は受け入れてくれるけど、実際の運用はメアリーとレイチェルが行なっていると言う事です。
食事の準備が終わっているので、後は皆が集まるのを待つだけだ。あと一〇分くらいで鐘がなる、手持ち無沙汰になったボクは抱きついたまま眠るルナの背中を撫でながら今日の予定を考えるのだった。
朝一番の鐘が鳴り、朝食の匂いに釣られて次々と人が集まってくる、中には気合でここまで歩いてきたジャンヌの姿も見える。アンナは余程ルナの折檻が効いたのかまだベットで眠っているとの事。ルナ……恐ろしい子。
「それではおはようございます! 今日の予定は特大のビックWARビーの巣から蜜と他の素材を回収する事にします! 基本自由参加として参加しない人はゆっくり休んでても良いです、もちろん参加不参加にかかわらず蜜は平等に瓶一個分配布するので心配無く。参加する者には蜂の子? が美味しいらしいので獲れ立てをその場で調理して食べる予定です。こちらは参加特典なので奮って参加してください」
ボクが宣言するとあちらこちらで興奮した皆の話し声が聞こえてくる。
食堂の扉の外から中の様子を窺うオルランドさんの気配がする。
「は~い、質問で~す! その解体作業には~アンジェリカも~参加して良いのかな~?」
この人は悪ふざけが大好きなようで、オルランドさんが扉の外に居ると分かっていながらぶりっ子したり、ボクにボディタッチしてきたりする。
「……冒険者ギルドの地下にある円形闘技場を借りて解体する予定なので、お手伝いの依頼を出しますよ? 報酬は瓶一個分の蜜と蜜蝋か蜂の子どちらか選ぶ感じで」
「その話乗った! 今から面子を集めておくぜ! じゃあ後でなー」
オルランドさんが扉を開けそう宣言すると走ってどこかに行ってしまった。
「さぁ、これで邪魔者は居なくなったよ、大事な話をするなら今のうちさ」
「ありがとうございます……アンジェリカさん」
「……その、さん付けで呼ぶのはそろそろ止めたらどうだい? もうこの町の皆あんた達を認めているよ?」
アンジェリカさんは色々と気が利く人なので助かっている。冒険の事や野営の事、他にも色々教えてくれるし、リトルエデンの優しいお母さんの様な存在だ。
「えっと……アンジェリカこれからもヨロシクね!」
「よろしい! じゃあ私も宿の方へ戻るからね」
アンジェリカには当初、リトルエデンの皆の稽古や身の回りの世話をしてもらうつもりだったけど、なんと元冒険者から見てもうちのクラン員は有能揃いらしい。『私のする事が無いよ……』としょげていた所、マリアンさんが宿の手伝いを申し入れてすぐさま快諾され、現在バイト中の身である。
初めエルナ一人だけだったお手伝いの奴隷さんも今や一〇人以上居るらしい。衣食住に休みも申告通り貰えるかなり好条件の仕事場だとアンジェリカさんが言うんだから、結構良い待遇で迎えられているのだろう。
休みの日には将来を見据えてかうちの子達と一緒に訓練している姿も見ている。
これが数ヶ月の時をかけての事なら誰も何も言わないと思うが、ボクが戻ってきてまだ数日しか経ってない、改築・増築に関しては一日で一棟増えていく勢いだ。
日に日に周辺の建物を買収し改築・増築されて大きくなって行くロッズ&マリアン亭は……どこへ向うのだろうか?
「……以上が昨日の収支報告です、主様聞いていました?」
「えっと……ごめん考え事してた」
「もう~仕方ないですね~! チュッ」
何故かレイチェルにキスされた?
何故キスされたのか考えていると驚くべき事が発覚する。
「先ほど決まった事じゃないですか、私達ばかり失敗してお仕置きされるのはフェアじゃないってジャンヌが。主様は失敗するとキス一回ですからね! 決定事項です♪」
「そうなんですか……」
考え事をしていると色々話が進んでいて焦る、深く考えると回りが見えなくなるようなので今後は注意しよう。
「先ほども言いましたけどもう一度、昨日の収支はプラス大銀貨1枚になります、5000イクスと言った方が良いですか?」
「いや、大銀貨で良いよ。それにしても結構稼いでるんだね、皆ありがとう」
全員が呆れ顔でこちらを見ている、ボクは何か変な事言ったのかな?
「一日で……それも雑貨アイテムの販売だけで大銀貨1枚稼げる商店は、王都にでも行かないと有りませんよ……すごいんです!」
「ふむ? 大銀貨1枚って50万円か……一食が500円くらいって言ってたし一泊5000円なら確かに凄いのかもしれない?」
「何を言ってるんですか?」
「気にしないで、ちょっと計算していただけだから」
100万円で一年食べていける世界だ。一日で50万円稼げるのなら凄いかな?
食べていけるがイコール生活していけると同義じゃないのがこの世界の怖いところだけど……
ロズマリーさんが大分前に言った食べていけるは、本当に食べる事しか考えてない計算になり、住む場所や私生活で必要なお金が考慮されていない。こちらの世界はなかなか弱肉強食らしいので金貨1枚あろうと、安全に生活して一年食べていけるか? と言えば首を横に振る事になるだろう。
「まぁ、今日のご飯も美味しいね! 今日も一日元気にやっていこう~」
食事を終えた人から各自解散してそれぞれ自由時間となる、訓練はロッズさんの手に負えるレベルじゃなくなったそうなので……自主的に行なう事がメインとなってしまった。
昨日の夜、ロッズさんが宿の酒場で大酒を飲みながら自慢げに話し、泣いていたそうだ……
レイチェルの実家で買った瓶を宝箱や、借りて来た手押し車へ詰めれるだけ詰めると冒険者ギルドへ向う用意が整った。
今日こそはマッタリスローライフを楽しむよ!
リトルエデンは全員参加でガルワンとガルムの子供のルナ命名のサーベラスを引き連れて全員一緒に移動する事となった。
――∵――∴――∵――∴――∵――
冒険者ギルド前までお話しながら歩く、各自の力量も上がってきてルナが訓練と称した無言の行進は必要無いとの判断がされたからだ。
これだけ人が居ても特に相性の悪い人や嫌いな人が出来たり、喧嘩する様な事がまったく無いのはどういう事なのか。不思議に思ってこっそりジャンヌに聞いて見ると『全員が一丸となって主様を支えていく為にそんな事している暇は無いです』との事だった。
この子達、出来過ぎてちょっと怖いんだけどね! いつかしっかり答えを出して……どう考えても全員娶るしか答えが無い気がするけど、ちゃんと気持ちに答えないといけない。何かハーレムってこんなモノじゃなかった気がする……
「主様! 冒険者ギルド前に凄い人だかりが?」
「うち知ってるで! 皆蜂蜜目当てや!」
うん、確実にそうだね……一目見て分かる、全員瓶を所持している事に。これだけ人が集まったら売る分の蜜とか無くなるんじゃないのかな?
オルランドどれだけ人集める気なのか、ボクの資金源が……
「よう! 良い朝だな! 解体の面子は集めておいたぜ!」
「こんなに人居てもする事無くなるんじゃ無いですか? 報酬払いきれないとか嫌ですよ?」
最高の笑顔でボク達を出迎えてくれたオルランドを、一発殴ってあげたくなるのは仕方ない事だと思う。
「待て待て! 何だその握り拳は……話は最後まで聞けよな~」
「聞いて納得できなかったら次は左肩パンチですからねオルランド」
さんを付けずに呼んでみるけど少し恥ずかしい、呼ばれた本人もキョトンとした顔の後、笑顔で『そうかそうか! アンジェリカのおかげか~』とか言っている、恥ずかしかったので左肩にもパンチを一発入れすぐ治療する。勿論治療が必要なくらいには力を込めてだ!
「冗談キツイぜ、危うく痛みでちびるところだったぜ! ガァハッハッ」
こちらのやり取りを見ていたのか周りに居た野次馬も、微笑みこっちに手を振ってくる。
「で、何でこんなに人が居るんですか? 蜂の巣解体するだけなら一〇人も居れば十分だと思ったんですが……」
「やっぱり【絶壁】は何も知らないんだな……。ビックWARビーの巣から獲れる素材はメインの蜜、幼虫に蜜蝋そして一番重要なのはハニカム材だ。他の物は一〇人いれば解体できるだろうがハニカム材だけは多分【絶壁】でも無理だと思うぜ? 実際見たほうが早いから行くぜ!」
自信満々なオルランドの後を付いて行くボク達と依頼を受けた冒険者達。
前回通った道なので場所はもう覚えている、冒険者ギルドへ入り、階段を下り色々な解体用武器が置かれた円形闘技場へと下りていく。
前回来た時は掘り下げられた舞台になっていた場所には、天井から吊るされた銀色に輝くロープが大量に配置されてある。アレで吊り上げる気なのか大きな滑車が地上部分に付いている。
「出す場所は中央のあのロープの下で良いんですよね?」
「おう、それからリトルエデンのクラン員には盾役をやって貰いたい。見た目オッサン達が子供に守られている様でかっこ悪いが……盾の扱いならロッズの弟子の方が上手いだろ?」
蜂蜜取るのになんで盾が必要なのか……何か嫌な予感がしてくる。
「OKOK蜂の巣を解体する方法を教えて?」
「まず盾役が盾を構えアタッカーが巣を切ったり殴ったり剥いだりしていく、幼虫や稀に残っている成虫が出てきた場合盾役がすぐにチャージでぶっ飛ばし全員で袋叩きにする、ここまでは良いな? あっ幼虫は必要以上に攻撃するなよ? 頭さえ落とせば後は美味しい食材だ。赤くなければ食べて良いからな!」
また出てきた赤い幼虫の話、蜂の子が赤いってどういう事なのか、先に聞いておかないと大変な事になりそうだ。
「赤いと何か拙いんですか? 不味いの? 毒があるとか?」
「あー、そこんとこから説明しないといけないのか……赤い幼虫は人間を食べているやつだ。人間の魔力に反応して色が変わるんだとよ。今回の巣は見つかってまだ時間が経ってないやつだから誰か食われてる途中かもな! まぁ見つけたら案外生きてると思うから救出するぜ? 幼虫は餌である人間が死なないように足から食べるらしいからな、あと唾液に体を治す作用があるんだったか……そこら辺はロズマリーにでも聞いてくれ」
何そのフラグ、絶対これ生存者が見つかるパターンだ……
「その……食べられていた人が居たら扱いはどうなるんですか? 故郷までギルドが送るとか? 治療して冒険者に復帰するとか? 勿論治療費はギルドが出してくれるんですよね?」
その質問をすると沢山居た冒険者は顔を顰め目をそらす、比較的若い冒険者は涙を流しそうな勢いである。
教会は奇跡の光りに金貨1枚を必要とする、考えられる事は……
「普通は……治療費が払えると判断された者は教会で癒され金貨1枚の借金をギルドに返し終わるまで住み込みだな」
それだけ言うとオルランドは解体の準備に戻る。それだけしか言わないという事は、そう言う事なのかもしれない。
「おっちゃん話すなら全部話や! うちらはそれ以外が聞きたいんやで?」
「あっ、ボス……」
アンナがルナを後ろから抱き締めると口を手で押さえる、ルナはそれくらいで引き下がるような性格じゃないし空気を読む事など出来ない。
「続きをお願いしますオルランド……ここに居る者達は全員冒険者ですよ? 子供だからと言って侮らないでください」
「まぁな、ビックWARビーに限らずアルファベットと呼ばれる文字を名前に持つ魔物は非常に強力だ……。討伐後のリターンも比例して莫大な物となって来る。本来なら巣はギルドが買い取るのが定例だが、今回は例外で【絶壁】の物だ。その事を踏まえて言うぜ?」
「えっとそれは、蜂蜜を領主の代わりに売る契約で……」
「良いんだ。そこんところは冒険者なら納得している、あの地獄を乗り越えれたのは【絶壁】が居たからだ。本来なら全滅している……ここに居るやつらはあの時生き残った面子だぜ?」
周囲を見渡してみると見知った顔があった。あの時とは違い大分痩せてスリムになっているがあの顔は見覚えがある。
「マイケル! なかなかかっこ良くなっちゃって! 何その路線変更」
「オレはあの日誓った。【絶壁】が再び戻ってくるまで後輩達の育成をすると! 聞いてくれ今年はまだ新人冒険者の死亡は0件だぜ! フォー!」
新人冒険者向けの依頼に護衛件教官で付いて行っていたそうで、宴会の席には運悪く居なかったみたいだ。
涙を流しながら喜ぶちょっとダンディなおじ様になったマイケルを見て他の冒険者も笑顔に戻る。
「あー話を戻して良いか? 感動の昔話は幼虫を食べる宴会の席で頼むぜ! どこまで話したか……」
「巣の所有権がボクの所までです」
「そうだ。今回は【絶壁】が所有者だ。助けるかどうかの判断は【絶壁】が行なう事になる、勿論教会に連れて行かなくても良いぜ! 治療持ちの【絶壁】ならその場で回復させれるからな!」
「捕まってたやつは運が良かったな!」「いや運が悪いから捕まるんだろ?」「オレは食われたくないね」
様々な意見が飛び交う中……いつもと同じ雰囲気に戻った冒険者達を見て少し安心する、誰一人欠ける事無く戻ってきたのだと実感出来た。
「静かにしろお前ら! 説明が進まん。赤い幼虫はそう言う訳で見つけても焼却処分だ。他に言っとく事は……そうだ! ハニカム材と言うのは幼虫が住んでいる小部屋の事だぜ! 綺麗な形でその小部屋を蜜蝋が繋いで大きな巣になっている。このハニカム材は城の壁に使われるくらい頑丈で一度火で炙ると綺麗な透明の結晶に変わるから建築材としては黒鉄杉に次ぐ人気があるんだぜ? 手はず通りにいくなら手前から蜜蝋を壊しながらハニカム材ごと幼虫を回収して、後ろに控えている面子が蜜の採取と幼虫の駆除を行なう、途中食べられている冒険者が居たら装備品が落ちているかもしれないが、有れば【絶壁】の物だ。他に質問が無ければ開始しようぜ!」
長い話が終わり、居眠りを始めているルナを起こすと早速ビックWARビーの巣を円形闘技場の中央へ出す。念のために風のクッションを作り衝撃に備えるとゆっくり地面に下ろす。ロープがあるけど使わなくても良さそうな感じだ。
「とりあえず巣から出てくる蜂は居ないようだ。【絶壁】手前からどんどんやってくれ、多分【絶壁】なら素手でいけると思うぜ?」
「何馬鹿言ってんだよ~」「オルランドボケたか?」「さすがに無いは~」
「蜜蝋の部分は結構脆いですね~簡単に剥がせます、この剥がした蜜蝋はどこにおけば良いですか?」
「「「「「「マジで!?」」」」」」
相手が魔物の巣なら手加減の必要は無い、意識してリミッターを解除すると次々と巣を分解していく。
入り口付近のハニカム材には幼虫は居ないようだ。ひたすら剥がし後ろへ並べる。
解体を初めて少ししてから幼虫が入ったハニカム材が現れ始める、背後では嬉しい悲鳴と共に中から出てきた幼虫に驚きビビル者達が居る。一番幼虫から逃げ回っているのは……どう見てもアンナだ。
「どうしたんや~? ただの幼虫やで! ほらほらどうしたんや! 楽しいな~」
「ごめんなさいー! ボス何でもしますからそれ近づけないでください!」
頭の無くなった幼虫を掲げてアンナを追い回すルナ……因果応報とはよく言ったモノだ。
「ふぅ~うちは大人やからもう気がすんだで! 作業再開や~」
ルナはそう言い幼虫の頭をもぎ取る作業に戻っていく、逞し過ぎるよルナ……
丸々と太った幼虫は60cmから80cmくらいのサイズでかなり太い、口にはノコギリのような歯が円形に生えていて、アンナは作業開始早々その口で噛まれ右手を半分ほどゴッソリ持っていかれる。ルナが咄嗟に頭を捻じ切ったおかげで、痛みもそれほど無くすぐに治療できた。
その光景を見ていた他の冒険者達が二人一組になり、抑える係りと頭をもぐ係りに分かれて作業するようになったのは必然だと思う。
ボクにはその噛みつきも通用するはずも無く、両手でハニカム素材を剥がしひたすら後ろへ置いていく作業に追われる事となる。初めは複数人で巣を剥がしていたけど、途中からボク一人で剥がして他の者は採取と幼虫処理に回った方が早い事が分かり配置変更があった。
そして恐れていた事態が発生する。赤い幼虫も出てこずに残すは一番奥に三個ある次世代女王蜂の幼虫が入った大きめのハニカム材だけとなり、手前のから幼虫を取り出そうとした時の事だった……
「気のせいか……ここらへんに装備品が落ちてる気がする」
天を仰ぎ見て呟くボクの背を叩くオルランド。
「装備は結構上物だぜ! 現実を見ろ【絶壁】……お前が助けるんだよ。ハニカム素材に透けて見えるシルエットを見る限りじゃ足を食われている途中だ……まだ大丈夫だぜ?」
落ちている装備を見る限りじゃなかなか名の有る冒険者なのかもしれない。
『トロール皮のベスト』
『破損したラビッツドレス』
『ドルイドの冠』
『ドルイドの杖』
『蜂の指輪』
『破損したベヒモス袋』
『ヘルヴォルの紋章短剣』
あっ……一番最後に見たくない物を見つけてしまった。どう見ても厄介ごとの種です。
「うちがやる?」
「いや……これはボクの仕事だと思うからいいよ」
覚悟を決めてハニカム素材についている蓋のような膜を取り外すと、こちらにお尻を向けて中に居る人間を齧っている幼虫を引っ張り出し頭をもぎ取る。
中に突っ込まれていたのは半裸の少女だった……装備が散らばっているからそうだと思った。
咄嗟にスマホからタイガーベアの毛皮を出し包むと治療を施す、幸い膝の辺りまでしか減っていない。
「まぁ、気を失っているみたいだし運が良かったんじゃねえか? 生きたまま自分が食われるのをずっと見てたら心が壊れるやつもいるらしいからな……」
「そう言う事は早めにお願いします……」
残り二個のうち、片方のハニカム材にも人間のシルエットが見える、どう見ても半分のサイズになっている気がする……
「そっちはオレがやる……一応治療の準備だけしておいてくれよ?」
出てきたのは半裸の男性で下半身の装備が無い……と言うか下半身が臍の部分くらいまで食べられていて無い。
一応治療してみるも心が壊れているのか、ぶつぶつと変な言葉で喋り続けている……
「犠牲者は一名か……どうする?」
オルランドが右手に剣を掲げている、だけどそれはダメだ。もしかしたらいつか心が治るかもしれない。
「少女の目が覚めたら、そちらの男性の事を聞いて故郷まで送り届けましょう……。治療は完了しているので、いつか元に戻るかもしれません。付けている装備から見ると貴族の護衛? のようですし」
「後はオレ達でやるから【絶壁】、お前達はまとまって休んでいろ」
ルナとメアリーに支えられて少女の側まで歩いていくと皆が集まって来る、ボクが助けられたのはこの子だけだ。
もし……いつかうちの子達が危機に瀕した時、今のボクのままで助ける事が出来るのか?
愛姉のおかげで体は強くなったかもしれない、だけど今のままじゃ心が追いついていない。ここは弱肉強食の世界。人が簡単に死に、今日話した隣人が明日には居なくなっているかもしれない世界。
涙で視界が悪くなり側に居るルナの顔すら見えない。ボクは助けられなかった……
そして気が付いてしまった。助けられなかったのか他人で良かったと……そう思うボクがいる事に。
何て弱いんだろうか……この泣いてる間にも敵が攻めてきたら、ボクは守れるのだろうか?
ただ涙を流すボクを撫でてくれる皆に囲まれて、一人で考える。




