第48話 鍋と下克上?
一応タルトをお土産に包んでもらいスマホに放り込むと、逃げるようにマーガレットさんの部屋を脱出したボク達は宴会場になっているギルド前へ駆け足で向かう。
ボクが材料をスマホに保管しているのでメインのヤシガニ鍋はまだ出来ていない。
集まった者達はそれぞれ即席屋台で焼かれているラビッツや、大鍋・小鍋・フライパンなどで大量に料理された物を思い思いに食べながら、まだかまだかとヤシガニ鍋を待ちわびている。
「遅かったな。ヤシガニ鍋の準備は整ってるぜ! 後はヤシガニを切って入れるだけだ」
道のど真ん中に設置したかまどへ向かうと、復活したオルランドさんが、元気に即席ヤシガニ用かまどの前で火を熾し、超巨大中華鍋のような物に切った野菜を放り込んでいる姿があった。
眩しいほどの笑顔で時々、一般家庭の主婦と思われる子連れのお母さんに笑顔でお酒を勧められ鼻の下を伸ばしていた。
「オルランドさん……一発殴って良いですか?」
「おうおう、何でも良いぜ……は?」
手加減をし殴る場所を選ぶ、重要な内臓に傷が付くといけないのでボディはダメだ。同じ理由で頭も危険だ。手足? とりあえず右肩パンチで良いかな?
「はぁっ! ショルダー!」
「何で! グホェ」
力加減が大体分かって来た気がする。右肩にボクのパンチを貰ったオルランドさんは吹っ飛んだりせず、その場に尻餅を付き、右手をダラーンと垂らしこちらの様子を窺うように顔を上げている。
周りは良い酒の余興が始まったとばかりに止める者は皆無だ。
「ちゃんと答えてくれたらすぐ直してあげますよ?」
「すいませんっした!」
どうやら鼻の下を伸ばしていた事について怒られたと思っているようだ。
「先ほどマーガレットさんがギルマスの依頼って言ってたけど、どこまでか依頼ですか?」
「それは……言えねぇな! ごめんなさい嘘です、噂を流すところまでが依頼です!」
質問に答えない気配がしたので、左肩に手を置くと笑顔で首を傾げてみる。効果は抜群だ。
「ボクの事どういう風に聞いてるの?」
「どういう風? とある極東に浮かぶ島国の王族で、わけあってギルマスが身柄を預かっているんじゃないのか?」
そういう路線で行くのか、今後そっち系で話を合わせる事にしないといけない。
「他の人も知っていたみたいですね……」
「それはお前……こっちの常識がなさ過ぎるしな。まぁ極めつけは宿に新しく出来たあの風呂だな! アレは良い物だ。極東の島国で生まれた文化らしいな」
ロッズ&マリアン亭はなかなか繁盛しているようで安心する、宿に泊まったお客さんがリトルエデンが卸しているヌル蔦とか、木の矢まとめ買いセットを定期的に購入してくれるみたいで、持ちつ持たれつの関係が維持出来たらベストだと思う。
「バレテシマッテハショウガナイ」
「なんでカタコトなんだ?」
「今後も普通に接してもらえると助かります、王族とか柄じゃないので!」
「お、おう……」
オルランドさんの肩を治療しヤシガニを空いた道へ出すと解体の準備を始める。
「日の光の下で見ると圧巻のサイズだな! これ毎年獲って来れないか?」
「まだ居るんですか?」
「去年のヤシガニ漁の日に穴の奥を覗いたやつらが天井にびっしりくっ付いたヤシガニを見たらしいからな!」
想像してゾッとする、同じく想像してしまったのかルナがボクの背中に隠れる様にくっ付き尻尾を足に絡めてくる。
「来年は今より戦力も上がっていると思うので楽に獲って来ますよ!」
「よろしく頼むぜ! 多分ギルマスから依頼が出ると思うけどな」
石畳に直接置いたのは失敗だったかもしれない、水を出しカルキノスを洗うついでに氷のお皿を用意しその上に移動させると、解体のお手伝いに冒険者達が来てくれた。
冒険者達は皮製の手袋に浄化をかけ準備万端で待機していて、オルランドさんが持っている物と同じ謎の巨大鉈を構えている。
「食べれない部位とか毒とか大丈夫ですか?」
「殻以外全部食べれるぜ! 殻は砕いて門の外に撒くとラビッツが良く生えるようになるんだ」
謎の豆知識を披露するオルランドさんと一緒にカルキノスをばらし始める。一番大きいハサミ二個は燻製用に確保する。
「胴体はばらして鍋に入れるぜ? 味噌が汁に溶け込んで美味いんだよな!」
さすがスキルじゃなく普段から獲物を解体している冒険者達は手際が良い。ものの一五分とかからずカルキノスは解体され半分は鍋へ、残り半分は殻ごと直で炙られている。
「こんといてや! 近寄らんといて!」
「ボス! どうしたんですか~♪ ただの爪先ですよ~♪」
いつの間に確保したのかカルキノスの爪先の部分を両手に持ってアンナがルナを追い回していた。
それを微笑ましい視線で見守る者達。不意にクラン員の一人が同じく爪先を両手に持ってボクへと歩いてきた。
「私、ジャンヌと言います! ヌル蔦を初めにお風呂で使ったのは私なんですよ? 十分リトルエデンに貢献したので名前を名乗る資格があると思うんです! なのにボスがまだまだや……って言うんです」
しなを作り両手でボクの腕に抱きつくと、頭をボクの肩に乗せ甘えてくるジャンヌ。
現在売れ筋ナンバーワンのヌル蔦の売り上げはなかなかのモノらしい。お礼に頭を撫でてあげると嬉しそうに目を細め腕にすり寄って来る。
それを見たルナが険しい顔で近寄ってきた。
「なにしとんねん! うちは許可してないで! ヒィッ!?」
「これさえあればボスは怖くありません……」
爪先を掲げほくそ笑むジャンヌ、ルナは後ずさり歯軋りをしている。
その様子を見て新たに五人ほどカルキノスの殻を手に取り、ボクに近寄ってくる。
「ジャンヌ……うちは一度覚えた名前は絶対忘れへんからな!」
ルナの怒声が名乗るのを思いとどまらせたようだ。五人は踵を返し鍋の方へ戻っていく。
「仲良くしようね?」
ボクの周りをウロウロするルナに完全勝利を収めたかの様子なジャンヌ、名前を聞くたびにあの天使が思い出されて背筋が伸びる。
煮えるまで少し時間がありそうなので、今後の事も考えてすっかり忘れていたPT編成と各PTリーダーの選出およびスマホ子機の配布を行なう事にする。
「ルナ・メアリー・レッティ・アンナ・レイチェル・ロニー・ミリーにロッティとマーガレットさんで九人、あと三人までいけるのか~」
「このガルムの子供も入れといてや!」
すっかり仲良くなったのか、ルナが近寄ると頭を摺り寄せて一緒に付いてきた子ガルムをPTに入れる。
「えっとジャンヌとさっき一緒に名乗ろうとした五人で1PT作ってね?」
ボクがそう言うと一瞬ビクッっと震えた五人は、ジャンヌの元へ集まるとPTの名前を考え始めている。
「アルフと男の子二人に……「三人PTやで?」そうなの?」
「何でだよ! 六人まで組めるのに……「ならロッズも入れてな」三人PTバッチ来いだぜ!」
ルナの容赦が無い横槍を受け男三人PTが決定した。幸いロッズさんはヤシガニに夢中になり先ほどから鍋の番をしているので、こちらの発言に気づいていない。
「あと四人か……名前を「許さんで?」そうですよね……」
「私とミリーがそちらの四人とPT組みます!」
ロニーがそう言うとミリーを連れて四人の元へ歩いていく、見た感じあの四人の中で三歳くらい歳が違う背の高い子がPTリーダー向きだけど、ルナが吠えるのでロニーがリーダーを務めるようだ。
「そうなるとボクのPTが七人と子ガルムか……ラビイチ・ラビニ・ラビサンも入れとこう一一人! 後一人分はまた今度でも良いかな?」
「あたいにPT貰えないかい? 枠が必要になるまでで良いさね」
ロズマリーさんが背後から近寄ってくるとボクを抱っこしてそう言った。
「別に良いですけどマリアンさんが身重なので、冒険には出れないんじゃないですか?」
「宿に居る間に生活魔法の手当てを練習しておきたいんだよ、子供が生まれる時は回復魔法が有れば一番なんだけどねぇ」
良い事を聞いた。生活魔法にも簡単な回復魔法が潜んでいたみたいだ。今夜【魔力の源泉】を畑で使う時にでも皆で手当てを使って練習しないとね!
「PT名が決まりました! 私――ジャンヌがリーダーを務めます『楽園の剣』です!」
「こっちも決まりました! 私――ロニーがリーダーで『楽園の盾』です!」
「クラン盟主のPT名ってクランの名前固定なんだっけ?」
「基本は同じだよ~」
リトルエデンの参謀メアリーが答えてくれる。
「それじゃあボクのPT名は『リトルエデン』だね!」
「「「「「「オオッー」」」」」」
謎の歓声が上がるとあちらこちらでまた【絶壁】の噂を話している。何故かさっき聞いた以外の噂も混じり始めていたのでオルランドさんの方を睨む。
「オレじゃねえぜ? 大方ギルマスだと思うがな!」
もうこの流れを止める事は無理のようだ。諦めてスマホ子機を作り出しジャンヌに渡すと眷族化を行なっていない事に気が付く。
「この際だから全員眷族化しとこうか? キスする事になるけどメリット沢山だよ?」
「「「「「「是非!」」」」」」
一秒掛からず返答が来て焦る、皆目がギラギラしている。
初めにジャンヌがボクに飛びついてキスをし、ルナが怒り始めたところ眷族化が終わったジャンヌが爪先を掲げルナを威嚇する。ルナが近寄れないうちに全員とキスをし眷族化が終了した。
「キスをしすぎて唇が腫れて来た……」
治療しようとするとロズマリーさんに止められた。勲章の様なモノらしい!
忘れていたけどここは冒険者ギルドの真ん前の道の真ん中……
「熱いぜー。この熱さは鍋の熱だけじゃないぜー」
オルランドさんが茶化すように言うと見物していた町の皆が笑い、また元の宴会場へと戻っていく。
衆人慣習の中、眷族化はやり過ぎたかもしれない……周りが見えていなかった。明日からどんな顔して町を歩けば良いのか……
「……ここをこうすると左手に吸い込まれるんや! あとすまほには特大木の宝箱が一個入るで?」
ルナが熱心に機能を説明している、そうしている間にも鍋が出来たのかロッズさんの手元にお酒瓶が用意されていた。
「獲っれ獲れ~ぴっち~ぴっち~ヤシガニ鍋~」
謎の歌を口ずさみながら大きめの器によそい、マリアンさんが配っているのでリトルエデン全員で手伝う。
「あっ! ロッズさんこの後、大風呂を作って欲しいので呑み過ぎ無い様に注意してくださいね~」
「なん、だ、と……」
ロッズさんは急に立つと『行って来る、俺の分は残しておいてくれ……』と言い残し、家の方へ戻っていってしまった。
「ロッズの目は覚悟を決めたモノの目やったで!」
そう言うルナはどさくさに紛れていつの間にかボクにくっ付いている。ボクはルナの頭撫でると一緒に鍋を食べ始めるのだった。ロッズさんの分は子鍋に入れて横によけておく事にする。
「川ヤシガニ? 泥臭そうと思ったけど驚く程澄んだ味! この身の繊維が程よい弾力と濃厚な甘味を持っていて癖になる味だね!」
「難しい事は抜きで美味いわ!」
驚くほど美味しい、タラバ蟹よりこっちの方が食べ応えが有って好きかも知れない。あちらの世界でタラバ蟹とか数回しか食べた記憶が無いけど……山方面に住んでたから仕方ない!
ルナは中身をほじくってある鍋なら平気な様で、食べ終わったらお代わりを貰いにマリアンさんの元へ走っていった。
一時間後……鬼気せまる表情で全身に傷を負ったロッズさんが戻ってくる。宴会場に不穏な空気が流れ始めるが一瞬で霧散する事となる。
「大浴場は作っておいた。宿の隣のリトルエデン本拠地、その3F最上階に空が一望出切る展望露天風呂をな!」
そう大声で言うと、ボクがよけておいた子鍋を暖め直し、お酒を片手に自分の世界へ入っていくロッズさんだった。
ロッズさんの叫びにも似た言葉を聞いたのか『チッ、あの建物は高過ぎるぜ』とか『【遠視】スキルがこれほど欲しいと思った事は初めてだ! 畜生……』とか『お姉さまの体を……うふふふふ』とか色々騒がしくなってくる。
「今日はそろそろ戻ろうか! お風呂入ってゆっくりお休みするよ~」
クラン員にそう言うとガルム親子を探す、子供はルナの後を付いて回るのですぐ見つかるが、親ガルムが見当たらない。
誰かに見なかったか聞こうと思い周囲を見渡すと、町の奥様方とガーネットさんが冒険者ギルドの横にある馬車を止める場所と思っていた空きスペースに集まっている?
従魔用のスペースだったみたいで、そこに親ガルムは居た。
「次は背中の毛を梳かしますよ~♪」
大きな櫛を片手に満面の笑みを浮かべたガーネットさんは、親ガルムの全身の毛を梳かしてくれているようで親ガルムも気持ち良さそうだ。
だけど……ガーネットさんの目が$になっている。そして後ろで櫛を交換する奥様方が櫛に付いた毛を集め麻袋に詰めているのを目撃する。
「禿げるまで梳かさないでくださいね……親ガルムが怒ると手が付けられませんよ?」
「嬢ちゃん! 是非今後この親ガルム? ……の前に名前つけてあげな!」
忘れていたけど親ガルムはボクの従魔なので名付ける事ができる、ガルムの親だから何がいいかな……
「ガルワンとかどうかな?」
「ワンワンワンー」
尻尾を振りながら吠える親ガルムの様子を見る限りガルワンで良さそうだ。
「ガルワンの全身マッサージと、毛並みの手入れは是非うちの店でやらせて欲しいんだよ!」
「いくらですか?」
「うちの店に専属で任せてくれるなら抜け毛全部回収させて貰う代わりに……馬車に被せる幌や日常用品の提供に、クラン正装など様々な事で優遇してやれるよ?」
いくらお金を払えば良いんですか、と言う意味で言ったのに何故か報酬が貰える事になっている。
ガルムの毛は余程ガーネットさんのお気に召したようで、後ろに控える奥様方も断れば今にも土下座しそうな表情なので答えは一つしか無い。
「是非ヨロシクお願いします! ついでに小さい櫛を一個ください、子ガルムの毛も梳かさないといけないので……」
「抜けた毛は集めておいてね! グロウに内緒で全部買い取るから!」
無料で亀甲羅? 高級そうなベッコウに似た素材の櫛を一つ進呈されて、ガルワンを連れて帰路につく。
リトルエデンの行列はガルワンと子ガルムも追加されて行きよりもかなり目立つ物となった。
子ガルムの名前はルナが決めたそうにしていたので任せてある、明日には決まるそうだ。




