第47話 第二次宴会が始まるよ!即決即断それは良い事です?
円形闘技場の中央で相対するのは、片や3mを超える巨躯をもつヤシガニ。そして片や見た目は華奢な黒髪黒瞳の女の子! あっ、ごめんなさいボクです。
カルキノスは逃げ場が無い事を悟ったのか、こちらに体を向けて両のハサミを振り上げ体を大きく見せる、威嚇のポーズを取ったままゆっくりと近寄ってくる。
イメージを作る時間が欲しかったのでゆっくり来てくれるのは正直助かった。
「冷気に弱い……ちゃんと倒した後食べれるようにしないとダメだし、魔法に威力は必要無い……」
「【絶壁】前、前!」
考えながら言葉に出していたようで後ろから声をかけられて初めて自分がハサミに挟まれる寸前だと理解する――があのハサミからは驚異を感じない。
「何でやねん!」
ルナの声が聞こえたけどハサミに挟まれたままどう冷却するか考える。あちらの世界で瞬間冷凍に使っていたのは液体窒素だったはず? 液体窒素を使って凍らせると細胞が綺麗なまま凍って解凍しても美味しいとか……
「そうだ! 液体窒素を作ろう!」
「大丈夫なのか!?」
オルランドさんの心配する声を聞き現状を把握する。ボクはカルキノスの両手のハサミに挟まれて舞台の上で睨み合っていた。
とりあえず結界を張り逃げれなくしてから液体窒素を作る作業に入らないといけない。今度はちゃんと天井もイメージして結界の準備を終える。
「インクローズバリア! そして逃げる!」
無理やりハサミをこじ開けると結界から自分だけ脱出する、結界を壊そうとハサミを動かすカルキノスだがレベル差も有り何も出来ない様子だ。
「窒素は空気中に八〇%近く存在したはずだから……とりあえず圧縮してみようか!」
「【絶壁】が何言ってるか分からないが……多分ヤバイぞ!? 全員防御体勢を取り盾を前方に構えろ!」
オルランドさんが失礼な事を言っているので、生活魔法で水を作り水鉄砲で水を飛ばそうとする。
「思いのほか圧縮って難しいね……同時に水鉄砲が放てない、水浸しになるだけか」
「何か【絶壁】の周りに多量の液体が出現したぞ!? お前らもう少し下がれ!」
カルキノスの丁度真上3mくらいの空間で結界を無理やり縮め、空気を圧縮していたが様子がおかしい気がする? 一向に液化しないどころかこの空間の室温が上がってきているような……
「【絶壁】は何をやっているんだ? それにしても何か熱い気がするぜ……緊張しすぎたのか?」
「うち知ってるで! 多分科学って言う魔法や! 前にカナタが言ってたで?」
ルナに言ったつもりは無かったけど聞こえていたみたいで、科学は魔法じゃないけど自然現象は魔法の様なモノが多いのは確かだ。雷とか雪とか……雪?
「そうだ! 冷やさないとダメなのかな? でもそれなら水浸しにして気化熱で丸ごと氷にした方が簡単だった気も……」
「何か……寒く無いか? さっきかいた汗が体温を奪っていく!? 何かヤバイ! 【絶壁】早く何とかしてくれこっちが持たないぜ……」
あたり一面水浸しになっていたので気化熱を利用し簡単に温度を下げる事が出来る。
地面に溜まった冷たい空気を何となく回転させながら圧縮中の結界へ直接当てる、外部からの冷たい空気を受け入れるように操作すると圧縮していた空気が急に液体となりカルキノスへとシャバシャバ降り注ぎ始めた。
「出来た! そうか、圧縮するだけじゃダメなんだね。液体窒素を作るのにも冷やす工程が必要なのか……はっ、クシュン」
途中から足元が凍り始めていたので、遠目にバレない様に停止飛行で飛んでいて正解だった。
多量の液体窒素を浴びたカルキノスは霧の様なドライミストを上げながら真っ白に凍結していく、悲鳴も上げず数秒で氷結しサイズさえ気にしなければ冷凍タラバガニに見えなくも無い。
「【絶壁】そろそろこっちが参りそうだ。早く回収して戻ろうぜ……」
オルランドさん達は凍えて白い息を吐いている。幸い凍り付いているのは舞台の上だけなので被害は無さそうだ。
それにしてもオルランドさん達が何しに来たのか分からなくなる。これは分配するカルキノスの身を減らす事も考えないといけないかもしれない……
ジト目でオルランドさん達を見ていると自分達の失態に気が付いたのか、カルキノスを運び出す準備を始める冒険者達。
「分かっていたーオレ達は分かっていたからな! そう、アレだ! 凍ったまま手足をモグと運びやすいんだぜ?」
「「「「「「アッー!!」」」」」」
そう言い冒険者達は揃いも揃って素手でカルキノスを触ると悲鳴をあげる。普通に考えて液体窒素で瞬間冷却したエモノを素手で触るのは危険すぎる。
液体窒素の事を知らなくても氷を触れば分かるはず……低温の物質ってもしかしてこの世界じゃ珍しいのかもしれない? ただ考えてないだけかもしれないけど……
「すぐ直しますから早めに手の皮ごと削り取った方が良いですよ? 凍傷が酷くなると手がポロッと簡単に取れるそうです……」
「「「「「「何だって!?」」」」」」
腰周りから剥ぎ取り用ナイフを取り出すと、必死にカルキノスから手を剥がす冒険者達を見て微妙な気持ちになる。
リトルエデンの皆は少し離れた位置からその光景を見ていた。中でもルナは凍ったカルキノスに近寄ろうともしない。
余程木の栄養にされかけた事が怖かったようだ……
軽い凍傷にかかった冒険者達の手を治療すると、触る為に種火を作り出し、爪の端っこだけ温めてスマホに収納する。手の皮は異物と認識された様で地面に落ちていた……
見た目もグロイので灯火で燃やすと円形闘技場全体に浄化と清掃をかける。
「さぁ戻りましょう! 蟹鍋……じゃなかったヤシガニ鍋? で宴会ですよ!」
「「「「「「オオッー」」」」」」
先ほどの事などもう忘れたかのようにテンションが高くなった冒険者達を、後ろから見つめる子供達……
「私達はしっかりしないといけないよ?」
「ボス……もうカルキノスは退治されたので手を放して下さい」
しっかり者のメアリーと、何気にルナと一番中が良いお調子者のアンナがルナに捕獲されている。
そんなルナにおいでおいですると、ルナの目が赤黒く光りボクの目でも捉えられない速度で抱きついてきた。
ルナの固有スキル【紅の瞳】の効果かもしれない、鑑定して確認しといた方が良いのだろうか? 他人のステータスを勝手に見るのは基本、殺されても文句を言えない悪い事だと聞いた。鑑定系のスキルは目が光るのですぐばれる。親しい中にも礼儀ありって言うしね。
「ボスの目――時々赤黒く光るけどスキルですか?」
ボクに出来無い事を平然とやってのけるアンナにシビレル!
「見えてる世界から色が消えるねん……気が付いたら使えるようになってたけど、あまり使うと目が痛くなるんやで?」
言われて見ればルナの目が少し充血している、治療をかけ震えるルナを背負うと階段を先に上がっていった皆を追いかける。
ギルド前ではもう既に宴会が始まっており、前回の宴会の時に見た町の料理人と主婦の皆さんが仮設かまどで煮炊きを始めている。
顔馴染みになっているので手を上げて挨拶をし、カルキノスを調理する用の大型かまどを道のど真ん中に作る事にする。
石畳なので多少の熱も問題無いと思い、そのまま用意された石ブロックを積むと、モノは試しで【超硬化】を使用してみる。
「見た目何も変わってないけど硬いのかな?」
「変な積み方だな? それだと横から衝撃が来るとすぐに倒れるぜ? よっと、ん? 何だこれ……」
オルランドさんが親切にも教えに来てくれたのは良いけど、足で横から蹴るのは無い。自分で倒れると言っておいて倒しに来るとか酷い……
「何かしたんだな! オレはもう驚かないぞ?」
「ギルド前の道って馬車とか通ります?」
「ギルド前は馬車禁止だぜ?」
ギルド前の道幅はかなり広いので、スキルの持続時間調査もかねて超硬化かまどを製作する事にした。
通常のサイズだと横幅60cm奥行き60cm高さ50cmくらいだけど、さすがにヤシガニのパーツを切って鍋に入れるには鍋とかまどのサイズが小さ過ぎる。
「かまどのサイズは通常の倍かな? いや、ここは大きめに見積もって150cm正方形でいこう!」
「積むのを手伝うぜ! ヤシガニなんて何年ぶりか……ここは一緒に良い酒もっと。ひぃっ!?」
オルランドさんが石ブロックを積みながらお酒の銘柄を口ずさんでいると。こっそり特設バーカウンターからオルランドさんの背後へ歩いてきた嫁さんが、静かに――音も無く首の前へ手を伸ばしおぶさる。
顔を青くして悲鳴を上げるオルランドさん、少しは懲りたらいいと思ってしまう。
「あ・ん・た? 前回の宴会でいくら使ったと思っているんだい? 私を働かせておいて自分は呑むのかい?」
「男にはな、見栄を張らないといけない時があるんだよ……」
うつむいて小言を言うオルランドさんに対して嫁さんは強気の姿勢に出る。
名前聞いてなかった気がするけど今更聞くのもちょっと気まずいよね!
「カナタ嬢ちゃん? 私を――アンジェリカを買わないかい? 値段は……金貨2枚でお金の代わりにイデアロジック(耐毒)でどうだい? 期限はオルランドが金貨2枚を払いに来るまでさ」
「はい? えっ!?」
「おいっ! 何言ってんだ?」
急に話しがぶっ飛んで固まるボクをよそに、アンジェリカさんとオルランドさんは口論を始めてしまう。
期限付きの一級奴隷と言う事だろうか? 戦力は間に合っているし、人妻に手を出す気も無い。
「その子達はロッズの訓練を受けているんだろ? 私もさ、手伝える事は多いはずだよ? 炊事・洗濯・掃除に冒険のノウハウ、結婚して引退したけどまだまだ現役でも通用するよ?」
「申し出はありがたいのですがそれはちょっと……「仕方ないから娼館に」ダメですっ! わかりました!」
酷い……アンジェリカさんはボクが断れないように自ら退路を断ち、有利に事を進める気だ。
でも金貨2枚で冒険者を顧問に雇えたと思えば安いかもしれない?
イデアロジック(耐毒)はオルランドさん用に置いていた物なので換金できたと思えば良いのかな?
オルランドさんの姿が見え無い事に気が付き、ふと足元に目をやると正座して両手を膝の前に揃え、頭を地面に付けるオルランドさんの姿が……綺麗な土下座だ!
「オルランドの言ってた通り、女には弱いね~」
アンジェリカさんの何気ない一言に……【絶壁】の噂の真相を探る手がかりを得る。
「一通り【絶壁】の噂とか聞かせてもらって良いですか? ボク本人がほとんど何も知らないんですよね……」
「噂も何も……全て真実、ありのままの【絶壁】だってオルランドが言っていたよ?」
土下座したまま少しずつ後ろへ下がって逃げていくオルランドさん……
「……一通りお願いします」
ボクが頼むとアンジェリカさんはぽつりぽつりと噂話を話し始めた。
「いわく、ドラゴンもその絶望の壁から逃れる為に踵を返すだろう……」
「ふむふむ?」
オルランドさんが逃げていく先に黒鉄槍の穂先が構えられる、ナイス皆!
「オウチッ!?」
「オルランドさん何奇声上げてるんですか? さぁ、戻ってください」
「……」
「守りのエキスパート、【舞盾のロッズ】を盾で打ち負かしロッズの魔盾スヴェルを受け継ぎし者……」
「ふむふむ」
ここまでは良い、あの臭いオバサンが言っていた事だ。続きがどうなっているのかが、今問題になっている。
「絶望し生きる希望を失った冒険者に、容赦無い一撃を加え、無理やり明日へ向かい走らせる者……」
「んん?」
そんな事した覚えは無い、ルナがそっぽを向いたので何か知っていそうな気がする。
「その肉体に宿りし力はトリプルスターにも匹敵し、ただの斬撃など児戯にも等しい……」
「んーふむ」
トリプルスターどころか☆四つなんだけどね! 斬撃はつい最近の事だけどあれは不意打ちだった。狙ってやった事じゃないし、ボクのステータスなら余程じゃない限り大丈夫だろうと気を抜いていた。
「女魔王を――その類い稀なる性技にて陥落せしめ、魔王領より凱旋せし者……」
「ふぇえっ!?」
思わず変な声が出たよ!
普通に帰ってきただけだし、性技とか知らないし、殆ど気絶していたし!
町で噂の事を問いただそうとすると、町娘が頬を赤らめ失神する謎の反応がようやく理解できた……違うからね!
足元のオルランドさんを睨みつけようとしたらそこには誰も居ない!?
咄嗟に周りを見渡すとメアリーとアンナの手によって人ごみからずるずると両手を引っ張られ、元の場所に連れ戻されるオルランドさんを発見した。
「とある冒険者は言った。【絶壁】の前には絶対立つな、そこは死地なのだから……」
「ふんむ……」
一度使った生活魔法のバリエーションはもう調整済みですぐ使えるけど……
初めて使う魔法に関しては色々と思われても仕方ないかな……自覚する。
「とある冒険者は言った。幼きあの頃の【絶壁】はもう居ない。時とは残酷なモノだ……」
おまわりさ~んそいつ逮捕しといて!
危険だ。うちの子供達に一人で行動しないように言っておかないといけない。
理由は……集団戦闘に普段から慣れる為、常に三~六人で行動する様にと言う事にすれば良いかな?
「とある冒険者達は言った。【絶壁】を敵に回すな、それが成功の秘訣だと……」
「ふむふむ?」
「この噂には続きがあって……【絶壁】は無料で解体や解毒、治療までやってくれる良いヤツだ。冒険者として長くやっていきたいなら仲良くしていて損は無い、死なない限り【絶壁】が居れば大丈夫だ。そして【絶壁】を害する者は冒険者ギルド・ラーズグリーズ支店に所属する全ての冒険者の敵だ」
ちょっと良い話が混じっていた。噂を流しボクを間接的にでも助けるオルランドさんの心意気に触れる。
本人は土下座中でドヤッ顔だけ上げているのでプラスマイナス〇になるかもしれない。
「以上ですか?」
「……いいえあと一つ」
終わり良ければ全て良しとは良く言ったモノだ。良い閉めが来て良かったと思うボクを裏切る様にアンジェリカさんが重い沈黙の後、否定を行なう。
「幼子から妙齢の……薹が立っている女まで【絶壁】のクランは来る物拒まず、去る者無し……」
「……」
「楽しそうなお話してるんですの?」
満面の笑みを浮かべ口を半開きにし牙を覗かせたマーガレットさんが音も無く歩き寄ると、オルランドさんの土下座する背中に腰掛ける。両足を組み、ニョッキと生やした爪をオルランドさんの背中で研ぎ始た。
「痛いです……」
「ギルマスからの依頼でも、言って良い事と悪い事があるんですの……」
マーガレットさんは血に濡れた爪をアンジェリカさんが差し出した布で拭うと何故かこちらに近寄ってくる。
目をギラギラさせ舌なめずりをする猛獣――マーガレットさんから逃げないといけない気がする。
「オルランドさん今後はちゃんとしてくださいね! 真実のままでお願いします。それでは料理の材料を取りに家に戻るのでまた~」
「待つんですの……」
背を向け走り出そうとすると、マーガレットさんに背後から抱き寄せられた。
「ロズマリーがね……言うんですの。本能が退化してるんじゃないかって……酷いでしょ?」
「そうですね……ではこれで~」
逃げようと少し力を入れマーガレットさんの手を解こうとすると何故か力が制限されている。
馬鹿力で味方に怪我を負わせないように、念入りに★をかけられたのかもしれない。
「気が付いてました? カナタは……戻ってきてから前よりも良い匂いを放っているですの」
首元で唾液を飲み込む音が聞こえてくる。ルナやメアリーに視線でレスキューを要請するも首を傾げる二人。
「そうだ! その匂いの制御の仕方とか教えて欲しいかな~とか? あれっ? どこに行くんですか?」
「少しお話しがしたいだけですの、ルナちゃんとメアリーちゃんもいらっしゃい?」
妙に猫撫で声でルナとメアリーを呼ぶと、ずるずると足を引きずるボクを抱えて連れ去る様に――初めて通る通路へと歩いていくマーガレットさん。
ルナとメアリーも首を傾げ後ろから付いて来る、何を勘違いしているのかルナは尻尾ふりふりである。
通路を通って進んだ先には、左右に分かれた道が有り、片方には剣もう片方には盾が吊るしてあった。
盾の通路に入りしばらく進むと、マーガレットとかかれた標識がかけられた部屋の前へ到着する。
「ここです、さぁ中へ……」
「何もしませんよね?」
またの首元で唾液を飲み込む音が聞こえる。
「して欲しいんですか? お話しを……したいだけですの」
一片の疑いを向ける事すら躊躇させる――澄んだ声色で話すマーガレットさんを信用する事にする。
マーガレットさんが先に入って行ったので、ボク達は三人顔を見合わせ揃って部屋へと入ると、そこは2DKのマンションの一室だった。
「えっ!? 部屋の外と室内の差に凄く違和感がある……」
部屋の外は学校の廊下のような使い古された感がする通路なのに。室内はちょっと豪華な2DKのマンションだ。
「古代文明の遺産をそのまま利用しているんですの。超古代文明? どっちでも良いですの」
丁度入ってきた玄関からガチャリと音が鳴り、マーガレットさんが答えた。
「何故鍵を? しかも三個も付いてる!?」
「カナタは自分の家に戻ったら鍵をかけないんですの?」
笑顔で首を傾げるマーガレットさんの言う事は至って正論だ。でも……何故か釈然としない感じがする、マーガレットさんの尻尾がリズム良く左右に揺れているからだろうか?
「まぁ、良いでしょう……話とは何ですか?」
「奥の左の部屋が客間になっているんですの。甘い物とお茶の用意をするのでそちらへ」
甘い物につられたルナとメアリーが一足先に客間へ入っていく、ボクは玄関から左右にある扉を用心深く確認しながら奥へと進む。
一番手前の扉は……トイレだった。紙は無いけど水洗式の洋風トイレだ。ちょっと家にも欲しい……
反対側の扉は……脱衣所に繋がっている様だ。
もしかすると……期待に胸躍らせ脱衣所を抜けた場所にあったのは、お風呂では無く天井付近に設置されている樽からハンドルを回すと水が出るタイプのシャワーだった。元々浴槽があったと思われる場所には何故か鉢植えが置いてあり、イチゴに似た実をつけた植物が植えられている。
美味しそうな赤い実を鑑定してみると……
『イチの実』
赤い実には興奮作用、緑の実はに沈静作用がある非常に美味しい果実。
稀に生えてくる白い実には強力な睡眠作用がある為、育てる場合は注意が必要である。
何か御禁制の薬物的な植物が植えてありました。
幸いマーガレットさんはキッチンに向かったようでこちらに来ていない、見なかった事にしよう……
後はマーガレットさんが向かったキッチンと奥の左の扉――客間と、右はプライベートルームかな? 勝手に覗くと怒られそうなので客間に向かう事にする。
客間に入ると床には毛皮が敷き詰められており、中央にはちゃぶ台が置いてある。ちゃぶ台の上に乗った小瓶とお皿にクッキーが用意してある。
そして驚いた事にルナとメアリーが小瓶に入った白いジャムをクッキーに乗せて勝手に食べていた。
「ちょっと待って! 人様の家で置いてある食べ物を勝手に食べちゃダメでしょ?」
「凄くおいしいよ! こんな味初めて食べ……」
「うちこのジャム持って帰りたいにゃむ、むにゃむにゃ……」
「メアリー? ルナ? お話しが終わったら鍋食べに行くよ?」
何故かルナとメアリーは眠っている、そんなに疲れたのだろうか? 不思議に思いルナとメアリーの頬を突いても反応が無い……
「お待たせしました~♪ 白いイチの実特製タルトもご用意しましたよ? さぁさぁ~まずは食べてからお話ししましょうね?」
白い……イチの実?
『イチの実』
赤い実には興奮作用、緑の実はに沈静作用がある非常に美味しい果実。
稀に生えてくる白い実には強力な睡眠作用がある為、育てる場合は注意が必要である。
鑑定がオートで発動し白いイチの実がどんな物か瞬時に理解する。
マーガレットさんはちゃぶ台に座るルナとメアリーの真ん中に腰を下ろし、ちゃぶ台から魅惑的な足を横に伸ばす。
「これはどういう事ですか? ルナとメアリーに危害を加える気なら容赦しませんよ?」
「知っていらしたんですか……折角他の職員からも集めたのに残念です」
マーガレットさんは心底残念そうな顔をして、タルトをちゃぶ台に置くとルナとメアリーを撫でながらこちらの様子を窺っている。
「その植物法律に触れるモノじゃないんですか?」
「八百屋さんで普通に売っていますよ? 効果は濃縮しても一分と言った所でしょうか……効果は有っても体に良い成分なので安心してください。それに小瓶などに入れて保管しておかないと空気に触れるだけで無毒化される果実なので実用性は殆ど無いです。嫁に貰ってください」
「そうなんですか……体に良い成分なら濃縮して小さい瓶に詰めて売れば体の疲れを癒す回復アイテムとして売れるような気がしますね! はい? 今最後に何か言いました?」
気のせいじゃなかったら嫁に貰ってとか聞こえた気が……ここはマーガレットさんの自室、鍵がかけられていて外に出れない、ルナとメアリーは眠っている、ボクは逃げ道が無い!?
「今年で私……二七歳になります、ここで断られたらもう生きて行けません」
「ボクには嫁がいっぱい居るのでこれ以上は……それにボクは魔王の嫁ですよ! マーガレットさんにはきっとどこかに運命の人が待っていますよ!」
自分の手の爪を伸ばすと首筋に当て喋るマーガレットさん……冗談だと思い流そうとすると爪が肉に食い込み血が流れ始める――本気だ!
「運命の人……カナタがくれた職業――司祭になったので心を決めました! これでカナタの子を産む事ができます~」
マーガレットさんの手を取り、首筋に付いた傷を治療すると顔を見て断る口実を考える。
考えがまとまるより早くマーガレットさんは笑顔でトンでも発言をする。
「愛姉に生えてた時から薄々気が付いていたんですけど……司祭の? 何かの職業に就けば、もしかしてナニか生えてくる魔法とかあるんですか?」
「イデア=イクス様の奇跡を呼び起こすんですの!」
「むにゃ……うちなんで眠ってたん?」
ルナが目を覚ました! これで何とかなるかもしれない。ほんの少し期待をしルナに状況を説明すると……
「マーガレットも嫁なん? 権力者の身内が居ると強いって聞いたで! 大歓迎や~」
「ありがとうございます~♪ 末永くよろしくお願いしますね~カナタ!」
「あ、はい……その、よろしくお願いします……」
即決即断、ルナは男らしかったよ! 来る者拒まずのルナに期待したボクが馬鹿だったのかもしれない。ボクの質問は流されてしまって返答を聞けなかったけど、何か有りそうな口ぶりだった。
結婚届け的な書類も一切書いてないし指輪の交換もしていない。口約束ならとりあえず仲の良い友達的な付き合いができるだろうと思ったボクは流されるまま結婚を承諾するのだった。
この出来事が後に色々な火種となる事も知らずに……




