第44話 カナタと愉快な冒険者達!領主様とボク?
冒険者ギルドに着いたボク達を入り口で出迎えてくれたのは、知らない六人組みの冒険者達だった。
いつも通りのギルドフロア、昨日宴会をやっていた会場だとは誰も思わないだろう。そして短い間だとは言え地元の冒険者の顔くらいもう覚えている。
「ようよう姉ちゃん、良いベスト着てるじゃねえか。見たところそっちの獣人は姉ちゃんの奴隷か? もう一人は……ただの町娘? まぁ、良い……俺たちのPTと団結して今度の大型依頼をうけねえか? 荷物持ちするだけで報酬の半分はくれてやるぜ?」
ルナはレイチェルを連れてバーカウンターへ歩いていってしまう、振り向いたルナは握り拳を作り親指を立てていた。
どういう事? カッコ良いところを見せろって言いたいのかな?
「見たところ流れの冒険者さんだと思いますけど。ボクは自分のクランで、その大型依頼と言うモノを受けるので断らせていただきます」
先頭に立っている冒険者はキョトンとした顔で仲間を振り返り、思い出したように顔を赤く染めこちらを向きなおす。
「おいおい……俺達クラン『震える狼』が誘ってやってるんだ。女子供でも荷物持ちするだけで報酬の半分をやるって言ってるんだぞ? 手ぶらで現地に移動して帰りに獲物を持つだけだ。悪い話じゃないはずだぜ? それにお前みたいな小娘が所属するクランなんて、今回の依頼を受けるには役不足だと思うぜ?」
頬が引きつり笑顔が極悪人な冒険者は諦めずに勧誘してくる。クランの事を軽く見られ、バーカウンターに座っているルナが歯軋りを始めてしまった。
「いやいや、ボクのクラン結構良い線行ってると思いますよ。盟主のボクが言っても贔屓な意見になるかもしれませんが……。話はそれだけですか? 用事があるので失礼します」
丁寧に断れたと思う、冒険者の隣を通り過ぎカウンターへ向かう。今日はマーガレットさんもロッティもまだカウンターに出ていない、イケメンがまたロッティのカウンターに居るけど……ここはユニコさんに決めた!
「おい、ちょっと待てよ! 先輩の話は素直に受けておくモノだぜ? 俺達の本拠地は王都冒険者ギルドだから、お前が知らないのも無理は無いが。俺達は全員がBランクの大ベテランクランなんだ。どうせお前のクランと言うのも子供で構成された寄せ集めだろ? 大型依頼の経験を詰ませてやるって言ってんだ……報酬の半分くらい安い物だぜ?」
肩を掴もうとしていた冒険者の手を避け振り返ると、見知らぬ冒険者達は苛立ちを隠しきれずにこちらを睨みつけていた。
今更だけどギルドフロアに居る地元冒険者達は、笑いを堪えるのに必死で皆一言も喋っていない。
バーカウンターのルナが椅子から立ち上がりそうになっていたので手を振り落ち着かせる。
「確かに子供が多いクランですが、そんな手入れされてない装備……特にその盾は酷い、亀裂が2cmも入っているじゃないですか。そんな物を使っている人達に教わる事は何もありません」
「ふざけるなよ? この盾はアイアンゴーレムの一番硬い部分の鉄から作られた鋼鉄の盾だ。たとえタイガーベアに殴られても壊れたりしねえよ! てめぇ、おちょくってんのか?」
「ギルド内での喧嘩は遠慮願いますよ? もっと紳士的に話し合いで決着をつけるべきかと思います」
今にも殴りかかって来そうな冒険者達を目の前にしてどうあしらうべきか悩んでいると、カウンターのイケメンが助け舟を出してくれる。
「やさ男は引っ込んでろ! 決闘でもするか!? こっちは連日魔物相手に命張ってんだ。こんな餓鬼に舐められて堪るかよ!」
「ブフッ、ブハァ、アハッハッハッ! もうダメだ、面白すぎて我慢できねえよ! お前らピエロすぎるぜ?」
いつの間にかルナの隣に座って、ギルド特製硬パンをルナにあげているオルランドさんが大声で笑い出す。
つられて他の冒険者も笑い、ギルドフロアは普段通りに戻っていく。
急に賑やかになり、少し驚いたのか流れの冒険者達は一歩後ろへ下がる。
「ふざぁけんじゃねえぞぉ!」
先頭の冒険者はヒビの入った鋼鉄の盾を前に構えると、シールドチャージのような動作でボク目掛けて盾を押し付けてくる。
ロッズさんは言っていた……命を預ける装備は大切にしろと。ちょっと可哀相だけどヒビが入った盾を使っているとどうなるか自身で味わってもらおう。
眼前の盾に集中すると、まるでコマ送りの様にスローモーションで迫ってくる盾をため息混じりに両手でキャッチする。ヒビの左右を掴み力を込めていくと金属が引き千切れる音と共に盾が半分に分かれた。
「やっぱりな~」「【絶壁】ならやってくれると思ってたぜ!」「笑うはマジでー」
「ほら……ヒビから綺麗に割れちゃったじゃないですか、ちゃんと良い物使って手入れもした方が良いですよ? それとこの町のスラム街の子供や見習い冒険者を、無理やり依頼に連れて行くのは止めてくださいね。例え守る人が居るとしても、装備もつけずに手ぶらで連れて行くのは危険です」
「あっ盾が。【絶壁】だと? えっ? 【絶壁】さんですか?」
「一応その【絶壁】さんですよ? どんな噂を聞いたのか知らないですけど……」
「「「「「「すいませんっした!」」」」」」
クラン『震える狼』の冒険者達は全力で走り去って行く、全員震えて顔面蒼白にしていたのは見間違いじゃないと思う。
オルランドさんを睨みつけようと振り返るともうそこには誰も居なかった。
「うちはこの振り上げた手をどうすればいいんや……」
「ハイタッチ?」
ルナとレイチェルが遊んでいる、ボクはそのままカウンターへ向かうと丁度奥からマーガレットさんが出てくる。
「丁度良い所にマー「ギルドマスターがお呼びです」ガレットさん……」
マーガレットさんは二日酔いなのか目の下に熊を作り、頭を押さえている。あの後ロズマリーさんと一緒に宿の食堂で朝まで飲んでいたみたいだ。
「ちょっと行って来るからルナとレイチェルはここで待っててね。あとオルランドさん見つけたら捕まえておいてね?」
「オルランドあいつは良い奴だったぜ」「さらば友よ……」
「アイツに高級なお店を紹介してもらう約束が……」
良い事を聞いた。オルランドさんは嫁をほっぽって、高級な何かのお店に行く予定があるみたいだ。
騒がしいフロアを後にして2Fホールへと案内される、階段を上りながら良く考えると2Fホールはあまり来た事が無い。
「2Fってどんな役割があるんですか? ギルドマスターの部屋以外に……資料室とか?」
「小さい声でお願いします……」
マーガレットさんは青い顔で壁に手を付き先を歩いている、今日はそっとしておこう。
無言で通路を歩くマーガレットさんを追う、目の前に見えてきた黒鉄杉の見慣れない扉が目的の部屋なのだろう。
マーガレットさんは扉をノックし一声かけると来た道を戻っていった。
「カナタ入ります~」
「あぁ、適当に座ってくれたまえ。もうすぐこの書類が終わる」
見た目マリアさんだけど……誰この人? 重厚な黒鉄杉作りの大きな机の上には綺麗にまとめられた書類の束が並んでいて、あと数枚で無くなると思われる。
扉の脇に設置されているソファーに座ると10cmは沈み込むふかふかのクッションがしいてあり、自然と室内の調度品類へ目が行く。
シンプルな室内はさほど真新しい物は見当たらない、書類用の棚と思われる鍵をかける事ができる棚が二個並んでおり、天井に付いている魔水晶は愛姉の城で見た物とそっくりだ。
隣の部屋へ続く扉が左右に一つずつ有るけど、この部屋に入る時見た感じだと左右に部屋がありそうなスペースは無かった。
室内の角に設置されている2mくらいの高さの長い箱が気になる、見た感じぱかぱか開きそうな扉が付いているし……冷蔵庫に見える。
「冷たい飲み物が入っているので、適当に飲んでくれたまえ」
一瞬視線をこちらに向けそう言うとまた書類に視線を戻す。
マリアさんが普通じゃない、悪い物でも食べたのかな……
無言で過ごす室内はどこか居心地が悪い。静かに立ち上がり邪魔にならない様に歩き、冷蔵庫と思われる物の扉を開けると一番上の段に氷の塊が入っており、中段には二個並んで入っているガラス瓶にそれぞれ水とミルクが入っている、下段には何も入っていないが微かにアルコールの匂いがする。
「ふぅ……これで当分の仕事は終わりだ」
「あの……領主様? マリアさん?」
真剣な表情でこちらを見てくるマリアさんにちょっとドキドキする、でもこの人カーナさんのお母さんなんだよね。
「カナタ、カ~ナタ、カナ~タむむ、シックリ来ないな……良しカーナでいこう!」
急に真面目顔を崩しニヘラと笑みを作り元に戻るマリアさん。
「マリアさん何がしたかったんですか? 報酬の件とビックWARビーの巣の事でお話ししに来ました」
「仕事の出来る母親を演じつつ、向こう一ヶ月分の仕事を終わらせた私にご褒美をくれないのですか?」
目を潤ませ言うと、両手で顔を覆うマリアさん、涙が流れ落ちていないので多分嘘泣きだ。
無言でマリアさんを見つめる、時は無常にも過ぎていく……
「はぁ……報酬分と相殺で契約書は破棄しますね」
「はい、ありがとうございました。ビックWARビーの巣はどこに出します?」
目の前で契約書は火にくべられて灰になる、これでボクは自由の身だ。
さっさと巣を置いて報酬を貰い帰ろうとするとマリアさんが以外な提案をしてくる。
「私の感が、巣はカーナに報酬としてあげた方が儲かると告げているのです。お金の報酬の代わりにそのビックWARビーの巣を報酬にしたいのですが……一応条件をつける事は許してくださいね?」
「丸ごと全部貰っちゃって良いの!? お金の報酬とか目じゃないくらい儲かる気がするんですが……」
「そうなると他の冒険者の目が気になりますし、贔屓にしていると思われるので。私の依頼で蜂蜜を販売すると言う名目でカーナが代わりに売って欲しいのです。売れた代金から四〇%を税金として私に納めてください」
良い話だけど、四〇%も持っていくのは取りすぎじゃないかな? ここは強気にガンガンいく事にする。
「話になりませんね、一〇%税金で。ボクは全部売り切るまでこの巣を確保しつつ加工や販売までしないといけないので、人件費も相当な額になりますよ?」
「うぐぅ、ちょっと……それは酷いんじゃないかな? お母さんですよ? 身内価格って事で三〇%くらいは欲しいな~とか?」
あ、これ勝てるかも……凄くチョロそうだ。秘書的な優秀な部下が来る前に話しをまとめてしまおう。
常に穏やかな表情を崩さず、落ち着いて余裕を見せる事を忘れないようにする。
「別にボクはお金を貰って次の依頼を探しても良いですし。マリアさんは大きな巣から蜂蜜を採取するところから頑張って下さいね? まだ幼虫とか蜂が中に居ると思うので、腕利きの冒険者に依頼を出した方が良いですよ?」
「ふむむぅ、依頼出すの面倒なんですよね……赤くなっていない幼虫は美味しいので飛ぶように売れますよ? 鮮度が保たれているなら取り合えずまとまったお金になりますね! 二〇%、これ以上はもう無理ですよ!」
まだ相手は泣いていない、交渉は相手を泣かせてからが本番だ。
無言を貫きマリアさんの目をじっと見る。
沈黙に耐えられなかったのか、次第に落ち着きが無くなり始めたマリアさんを見て勝利を確信する。
「えっとね、その……一五%で良いです……」
マリアさんが下を向いてしまった。目から一滴の涙が零れるのを見て少し心が痛む。
「そう、ですか。じゃあがんばってくださいね?」
決裂の言葉を言い、席を立ち上がり部屋を出て行く振りをする。すかさずマリアさんはボクの肩を掴みソファーに座らさせる。
ふと何か思い出したのか、悪い笑みを浮かべ態度が大きくなるマリアさん。
「そんな事言っちゃって~良いんで~すか~? 私色々知ってるんです。領主の権限でこの町の結界の穴を調べると……あら不思議、カーナの家の周りだけ綻びが見えるんですけど~? それに最近スラムから居なくなった子供と似た容姿の女の子がとあるクランに所属している事とか? あとあと~人頭税って知ってます? クランの盟主がまとめて支払う義務が有るんですけど~一三歳以上の成人は一年で金貨1枚納めないといけないんですよ~? 全部私の気のせいだったと言う事で~人頭税については……お母さんの娘ですし、代わりに支払っても良いですよ! と言う事で四〇%で確定ですね!」
あらあら……ボクが引き出したかった案件を、全部自分で喋ってくれたのでこれ以上の交渉は必要無い、止めを刺そうか。
声のトーンを落とし、道端に転がっている石を見るような感情の無い目でマリアさんの顔を見て答える。
「マリア=ラーズグリーズ辺境伯様がそう仰るなら……私はもう何も言いません、報酬はお金をいただいていきます。巣はサブマスターの指示を仰ぎますので。短い間でしたが色々とお世話になりました。もう会わないと思いますが、お体に気をつけてどうか町を発展させてください」
「えっ!? 何を……言って、いる、の?」
踵を返し今度は本当に扉から出て行く、振りじゃなくてちゃんと外に出る。ただしゆっくりと一歩ずつ確かめるように……
狼狽するマリアさんの声が聞こえてくるけど振り返らない。
「冗談ですよね? だって、町を出ても皆揃って住める場所なんて……北門の、外? 冒険者のまおうさん……? まさか!」
思い当たる節があったようで、後ろからボクに抱き付くとずりずり引きずって部屋へ戻っていく。
「ボクは今から荷造りしないといけないので……忙しいんですが?」
「まさか……全員一緒に『夢魔の楽園』へ行こうって言うんじゃないですよね!? あんなサキュバスの巣窟に連れて行ったらカーナはともかく……大事なクラン構成員が餌食になりますよ!?」
愛姉の嫁達とは一通りお話ししたけどそんな酷い人は居ない、それにちゃんと節度を持っている。
「町の外で……オークやゴブリンその他凶悪な魔物がいっぱいいる場所で生きるより安全です。それにボクが犠牲になれば、他の子には手出ししないと約束を取り付けるつもりです……」
ここで両手で肩を抱く様に身を縮め肩を震わせる、カーナさん直伝の技だ。
「ダメですぅ! お母さん許しませんからね! 分かりましたぁ! 一五%でその他の事は私が何とかしますから大船に乗ったつもりで良いですから!」
「領主様に不正をさせてしまうわけには行きませんので……」
涙声を出しつつ抱き付かれたまま、部屋の外へ出て行こうとする。
「ごめんなさいぃー! 私が悪かったから、お願いだから、もうお金何てどうでもいいから側に居てー!」
泣きべそをかきながら必死でボクを部屋へと連れ戻そうとするマリアさんを見て、ちょっとやりすぎた感がするけど……これでボクが落としどころを作れる。芝居を止めて素で答える事にする。
「これで貸し借り無しですね? 奴隷商人ギルドの件チャラにします。あと売り上げの一〇%を納税すると言う事で、売れ行き次第では直接冒険者ギルドに卸すので販売は任せます。その場合は手数料も入れてそちらが三〇%取ってもかまいません。」
「え? 何? どっきり?」
マリアさんは机に突っ伏して動かなくなってしまった。
そろそろ戻らないとルナが痺れを切らしてそうなので部屋を出る、扉を閉めようとするとマリアさんの声が聞こえて立ち止まる。
「一つだけ聞かせて欲しいのです、今アナタは幸せですか?」
何か意味の有る質問なのか考えてみる、幸せって何の事を言っているのか。
まだ思い出せない事もあるけど愛姉に会えたし、大切な仲間に守りたい場所、楽しい冒険者達……美味しいご飯にこれから始まるボクのクラン最強化計画。考えるまでも無かったね!
「幸せを求めると際限が無いと思いますけど、今ボクは幸せです!」
「良かった……あの子はちゃんと旅立てましたか? 争いの無い世界へ……」
「ちゃんと送りましたよ? スマホ子機を持って行ったので連絡取れるかもしれません」
「今度連絡が取れる時に……いえ、忘れてください私にはこれ以上言う資格はありません」
マリアさんがどういう取引を愛姉としたか知らないけど、マリアさんは娘の幸せを願っているようだ。
連絡くらいすぐ取れると思うし、今度マリアさんあてにメールでも送ってもらえば良いかな?
「あっ! 忘れてました……カーナさんからメールが来てたんだ」
「めーる? 連絡が取れたのですか!」
身を乗り出してこちらを覗きこんでくるマリアさんの頭をどけ、スマホを取り出すとメールを確認する。
「一件の未確認メールがあります! 件名……響に一発でバレタ」
「ちょっと私にも見せてくれませんか! 読めません……」
「ちょっと頭下げてください! ボクが声に出して読みますから」
ヘッドバットでスマホを覗き見るマリアさんは日本語が読めないようだった。
喋る言葉は貴族語なのに文字はダメなのかな?
「えっと、何々……カナタ助けて! 響に、カナタは愛とヨロシクやってるんじゃないかしら? と言ったら響がキレたわ! あの目は肉食獣の目だったわよ! 犯される! 助けt」
文字はそこで途切れていた……
「どういう事!? 私のカーナは争いの無い世界に行ったんじゃ無いの? 響って誰? 何でいきなり犯されそうになってるの!?」
詰め寄ってくるマリアさんをどう説得するべきか……
響の性格上、ボクが愛姉に取られるのは我慢できないはずだ。ボクと愛姉がキスしたら自分もするし、一緒に眠ったら響も一緒に眠るだろう。
響は愛姉をライバル視していたし、そんな響を愛姉は大切にしていた。
「響は……将来を誓い合った女性です。多分感極まって我慢できなかったんでしょうね……ほら、あるでしょ? 初めての時は怖いとかそんな感じの……」
「そう、なの? あの子にもそんな初心な気持ちがあったなんて……」
嘘は言っていない、それにあちらのボクの体は男だし痛い事も無いと思うよ? マリアさんは納得してくれたのか椅子に座り直すと考え事を始めてしまう。
「それでは! お疲れ様でした~」
何か言われる前に外に出ると扉を閉め小走りで1Fギルドフロアへ下りていく、後ろを振り返ったりしない。
ギルドフロアに下りるとルナが一人で依頼が貼ってある掲示板の前をうろうろしていた。
「依頼探し? レイチェルは?」
「レイチェルは瓶を家に運ぶ手配しに行ったで? うち耳がええねん!」
2Fギルドホールを抜けた一番奥の部屋で扉を閉め切って居たのに、ルナの耳にはちゃんと会話が聞こえていたみたいだ。恐ろしい子……
スマホの画面で時間を見るとお昼までまだ時間が少しある、一度宿に戻って昼から皆で狩りに行く準備をしようかな?
「一度家に戻ってご飯食べた後に、皆で北門外の林に行こうか?」
「うちは大賛成や! 帰りに下着買って帰らないとダメやな~」
「下着? 予備のヤツでも買うの?」
聞き返すとルナは恐ろしい事を言い始めた。
「何でや? 皆穿いて無いから、買って来ないとダメってメアリーが言ってたで?」
「それは不味い、まさかハイテナイとは思わなかった……予備も含めて一人五枚くらいかな?」
「一枚穿いて、一枚洗って干す、二枚でええんちゃうん?」
ルナに説明するもなかなか分かってくれないので、それで良いのは男だけだと言い納得させる。
「うちは嫁や……嫁は女や……五枚買う」
分かってくれたようだ。レイチェルとすれ違うといけないのでレイチェルの実家を通るルートで家に戻る事にする。
冒険者ギルドを出てすぐに戻ってきていたレイチェルと合流出来たので、町の広間を少し覗いて行く事になった。
中央に噴水跡が有る広間は、噴水なのに水が出ておらず濁った水が溜まって池になったような場所で、少し臭い匂いがする。
誰も掃除していないのか、濁りきった水が腐っているのかもしれない。食べ物の露天や登録露天商の敷物を引いた露天などお店は多いのに誰も気にしないのだろうか?
「臭いから何とかしようかな……」
「くひゃいわ」
「そうですか? 私はもう慣れているので平気ですけど……」
鼻が良いルナはもうすでに鼻を押さえて顔を歪めている、池の水をスマホに入れるのは汚そうで嫌だし……
解毒を使ってみるが反応は無い、あたり前か……
池の中に生き物の気配は無い、これはもう一度全部綺麗にしてしまう方が良いかも知れない。
空間魔法的なモノがあるのなら、生活魔法で再現できないわけが無い。池をぐるりと囲う様に空間を隔離し人が入れないように……中の被害が外に漏れないように厳重に二重の結界を張る。
「イメージは出来てたんだよね~こう見えない壁が有る? 的なやつ! インクローズバリア!」
「カナタ何するんや?」
「私嫌な予感がします、後ろに隠れておきましょう……」
噴水跡をバリアで囲い中のゴミ水を処理する準備を整える。軽く左目で見た感じゴミやら腐った植物やら魔物の骨やら汚物やら結構酷いモノが沈んでいる、全部まとめて処理するには……
燃やす? 大量の水ごと全部燃やすのは大変そうだ。二酸化炭素とか色々悪い物が出てくるかも。
何処かに捨てる? 根本的に解決できてないので無しで。
電気でバリバリする? 生活魔法で電気を作る事ができるのは確認済みなので、KIAIを入れて全部電解しちゃうのもありかもしれない。
分解する? 【分解】スキルは使った事が無いし試しに使ってみていけそうならこれで良いかな?
「【分解】【分解】【分解】【分解】【分解】」
ゴミ水がさらに濁り真っ黒になっていく……
『混沌水』
色々な物が分解され混ざり毒素を取り除かれた水。???が含まれている為、新たな生物を誕生させる苗床となりえる。
「ヤバイかも知れない……」
「わんっ……」
かなり後ろの方の家の影からこちらを見ているレイチェルはこの混沌水を見ていない。
悩んでいると、混沌水の池となった噴水跡の様子がおかしい……
「おいっ! 誰か見てみろ! 噴水がすごい事になってるぞ?」
誰か気が付いた人が居るようだ、証拠隠滅しとかないとマリアさんに何を言われるかわかったモノじゃない。
結界内に大量の種火と威力高めの電気を作り出すと証拠隠滅を図る。開始数秒で凄まじい爆音と空気を振るわせる振動と雷鳴が鳴り響く。その後、天空へ向かって光の柱が立ち上った。
「結界の上部閉じるの忘れてた……」
側に居たはずのルナがレイチェルの隣に下がっていた……
一応怪我人が居ないかどうかと、壊れた露天や建物が無いかは確認するが大丈夫なようだ。
ボクは町人が何故か、膝を地面に付き両手を握り額に当て天空へ祈る姿を横目で見ながらそっとその場を離れる。
因みに噴水は元々金属が多目の石で作られていたみたいで、熱と電気によって何か見た目が変化し金色の合金製噴水になっていました……ゴミと一緒に詰まっていた何かも取れたみたいで、勢い良く綺麗な水が溢れ出していたので終わり良ければ全て良しとしておく事にする。
「ふぅ~良い仕事したね! 今日の事は忘れよう!」
「うちは何も見てへんよ? うちはレイチェルと一緒に下着買って帰るからカナタ先帰っててな!」
ルナがレイチェルの手を引き走り去ってしまった……
忘れようと思い家に向かう一歩を踏み出したところで肩を掴まれる。振り向くとそこに居たのは……
「カナタ? 私今見ましたよ?」
舌なめずりをする狐耳の獣人、マーガレットさんが立ってるのだった……




