第3話 初めての異世界転送・初級編
『初めての異世界転送・初級編』
むむむ……確かに異世界へ行くのは初めてって言うか、普通は皆行った事無いよね。この教材みたいな冊子結構分厚いけど、これ全部読む時間で軽く一時間はかかる気がする。よっぽど準備に時間かかるのかな? まぁ最悪借りて後で空いてる時間に読めば良いよね。
「スタンド無いですか? ちょっとこの場所薄暗いんで目を悪くしそうです」
「はい、これ使って」
ゴトン! ゴロゴロゴロゴロ
「何だって!?」
何も無い空間から直径1mはある光る水晶球を取り出した女神様は、集中しているようでこちらを見る素振りすらしない。
「今どこから出したんですか」
「ちょっと静かにしてくれるかな?」
質問は受け付けてくれないようだ。集中してスマホをいじっている……準備してるんだよね?
「勝手に電話とかメールしないでくださいね……」
「……」
反応が無い、あまり話しかけると怒られそうだし素直に冊子を読もう。目次もあるけど取り合えず一ページから読んで見ようかな。
『前書き』
我々は様々な理由で自分の手足となって働く人材を日々募集しています。
偶然こちらの世界に繋がり我々の元に来る人材も稀に居ますが、普通はスカウトしなければいけません。それくらいは働きましょう。
『第1章 異世界に送る人材を探そう』
一端の天使となったからには働かなければなりません。まずは付録の『人材検索セット』を使ってこちらの世界に人材を引っ張ってきましょう。使い方はそれぞれセットに同封してある説明書を参照してください。
1.検索条件の入力。初心者にはオススメキーワードを使用する事を推奨します。好みのタイプ・性別・種族などはここで入力します。
2.引っ張ってくる前に狙った獲物から『世界に存在する力』の埋蔵量を調べて見よう。究極埋蔵量は多いに越した事は有りませんが可採埋蔵量とのバランスが大事です。初心者には一〇:一もしくは一〇:三の比率を推奨します。
3.ここからが本番です! 狙った獲物に逃げられない様に入念に練った契約条件を用意してください。自信が無いかたや一打目は安牌が良いかたは、付録の『召喚・転生・転送・色々・何でもお任せ! テンプレート』をご利用ください。
4.準備は整いましたね? 獲物を引っ張ってきましょう。おぉっと、忘れる所でした! 自身の容姿や声や引っ張ってくる場所は獲物の精神から直接好みのタイプを検索して用意しましょう。ONEグレード上を目指すあなたには別売『神話から童話まであなたの容姿を自由自在! 七変化・音声多数同封版』をオススメします!! これを使うと契約達成一〇〇%間違い無しです! もし契約達成できなかった場合は全額返金制度も御用意してあります。
次回 『効率良く搾取するには・初級編』
うん、何これ? 冊子間違えて無いかな。少し読んだ感じこれって送る側の事が書いてあるよね……初めは人材って書いてあったのに途中から獲物になってるよ! ハンティングなの? 狩るの!?
謎のキーワード『世界に存在する力』が現れた。触れない方が精神に良さそうな気がする。
付録付きって親切だけど4.の項目でさり気無く別売の教材オススメしてる。値段書いてないけどすっごいオススメしてる!
「あの……?」
「うるさい、ちょっと黙って!」
「このサイズで一定空間の温度を上げ下げする魔道具とか聞いた事無い。どうなってるの……レリック・レプリカ?」
天使様(ちょっと降格)に怒られた。スマホはもう良い様で、天使様はエアコンのリモコンに御執心の様子だ。天使様は悩んでるようだけどリモコンだから本体が無いと意味無いんだけどね。仕方ないので続きでも読もうかな。
『効率良く搾取するには・初級編』
まずは獲物確保おめでとうございます。マルチなプレイをお望みのかたは自力でスカウトするか別売『楽して簡単!多人数プレイ!初級編』をお求めください。
さて、人材を確保したのは良いけど働いてくれない! 効率が悪い! 止めるとか言い出した! とお悩みの事だと思います。そんな悩みを一気に解決して行きましょう!
1.飴と鞭を使い分ける。獲物だって生きているんです、休みたい時もあれば元気な時もあります。報酬とおつかいを使い分けましょう。比率については獲物によって変わって来るので初心者はまず飴二:鞭一から馴らしていく事を推奨します。歴代ランカーの記録によると飴一:鞭一〇を達成した称号【鮮血女帝】様がここ数千年一位を独占していらっしゃいます。彼女を目指しましょう!
2.時間を稼ぎましょう。異世界に送ってしまえばこちらのものです! 止めるとか言い出した場合は。接続が悪くなった・電波状況が悪いなど色々理由を付けて現地に缶詰にしましょう。缶詰にしている間に現地の生き物(同族・他族・癒しのもふもふ・などなど)を操り、止めるとか言う舐めた真似をもう二度と言え無い様に矯正しましょう。ベストは『もう帰りたくない』と言わせる事です! 言質さえ取ってしまえばもうあなたの物です! 法的にも戻す必要が無くなります。
※同時に操れる生き物は一回の移動で一固体までとなります。一度操ってしまうと変更が効きませんので注意を。固体が死亡した場合は獲物を一度戻すか現地にあなたが移動しないと再度操る事は出来無くなります。
別売がまた出てきた。そしていつの間にか人材になった。これ狙ってるのかな? 1.の項目も結構ヒドイ事書いてあるね……獲物だって生きているんですって! 馴らすって、普通慣らすだよね? 誤字じゃないとしたら動物扱いなのか……
称号とかあるのか。【鮮血女帝】って人すっごいね。飴一:鞭一〇ってどこの女王様!? お願いだから目指さないで! 2.ってかなりヤバイ気がしてきた……現地の生物を操るって。法的にってどこの法なの。
天使(格下げ)はまだ準備に忙しそうだし続きを確認して考え直さないと・・・
「あっ、何見てるんだいそれは僕のだよ返して!」
やっと自分の失態に気が付いた天使が冊子を奪い取っていく。
「……どこまで読んだんだい? 怒らないから話してごらん? ニコニコ」
天使が微笑み顔のまま左手を背に隠し近づいてくる。このままじゃヤバイ……あの左手は何か持ってる! 何か無いか! 何でも良い! 眠っていた力とか何でも良いから目覚めるなら今ここだよ! 生存本能とか生存戦略とか生きる為にまだ何かあるはず……昔読んだ『生存の心得』って本に何か書いてあったはず。考えろ自分!!
そうだ、取られた瞬間は考え事していたから本は閉じていたはず……しらばっくれよう。
「表紙を見ていました……」
「……それだけかい? 結構長い時間あったと思うんだけどね。ニコッ」
天使が目の前まで来た。微笑みが笑みに変わっている……これはまずい。まだ何か無いか!
絶体絶命のピンチに出た言葉は……
「裏表紙もミテマシタ」
終わった、もう駄目かも知れない。響と一緒に映画見に行きたかったな……
「そんな事だろうと思ったよ♪ はいこれ返すね」
あれ? 何故か助かった。天使が左手に持っていたスマホとリモコンと眼鏡を返してもらう。
「渡したかった冊子はこれだよ。『初めての異世界』難しい事は書いてないからぱっぱと読んじゃって! それにしても裏表紙に目が行くなんてやっぱり男の子だね?」
「ソウデス」
裏返した本の裏表紙には赤黒いドレスを着て鞭を持った女王様と神秘的な笑みを浮かべた修道女? が並んで立っていた。二天使? とも人を魅了する何かをバンバン放っているから困る、思わず顔が真っ赤になる。
「【鮮血女帝】様と【微笑の聖女】様。見た目で騙されてると思うけど【微笑の聖女】様の方がヤバイ天使だからね? ニヤニヤ」
「ゴジョウダンヲ」
「【微笑の聖女】様は今年、数千年変わらなかった歴代ランクを塗り替えて不動の一位に輝いた凄い天使だよ? 何のランクかは内緒ね♪ ニコッ」
「スゴソウデスネ」
「さぁ準備は終わったよ。転送を始めるからまず冊子に目を通してくれるかい?」
あの本最新版じゃなかったのか。飴一:鞭一〇を超えるって……不動ってまさか飴無しで鞭ばっかり!?
震えるボクを見つめながら天使は準備が終わったと宣言するのだった。
もう一息!