第40話 別れは微笑みと共に!罪の名は愛?
懐かしい景色、裏山にある舗装もされていない小さな車道、通る車は運送会社の物が殆どで、他に車でこの道を通る者など年に一〇人も居ないだろう。
いつもボク達はその近くの川で遊び、疲れたら車道の側にある、もうバスの来なくなった停留所で三人並んで休んでいた。アノ日までは……
「んん、むにゃむにゃ……愛姉?」
「おはようカナタ、思い出してくれたのかな?」
全身を包む温かな感触を体全体で楽しむ、目を開けるとこの幸せが終わってしまいそうで億劫になる。
「ずっと一緒だよ愛姉……」
「もう絶対に失わない……」
絹の様な肌触りの長い紐状のモノが体に巻きついてくる、自然と手が伸び吸い付くように抱きしめる。
「むぐむぐ」
「はっうん! 今ならアウラも居ないし少しくらいなら……」
長い長い尻尾の様なモノがボクの胸の間に滑り込んでくる、ん……尻尾?
「おはようカナタ! 天気も良いし絶好の結婚式日和だね!」
「……なんで尻尾が巻きついているんデスかっ?」
問いかけると同時に先っぽを力いっぱい噛み締める。
「フォァター! 無理! ちょっとそこまで力入れると千切れちゃうって! ヤメテェェェェ!」
「愛何してるんですか……」
アウラさんが何か操作したようでガラスの塔が開閉する、流れ出そうになったリバイバルニートはちゃんとスマホに確保しておく。
「体内のニートはほっといても良いのかな?」
「もうそれは私の制御から外れましたので……カナタ自身の分身の様なモノです」
問題なさそうなのでスマホから装備一式を出し着替える事にする。
「着る物はこちらを用意してあります」
渡された服は清楚な白いワンピースで貴族のお嬢様風の服?マリアンさんが貸してくれた物とまったく同じだ。異世界にもユニ白みたいな服の量販店とかあるのかな?
着替えているとローアングルから愛姉がカメラを構えて見ていた。
「ふんっ! この人は放置して朝ご飯食べに行きましょう! 痛みも一晩で引いたみたいなので爽快な気分です!」
足の平でカメラを踏み壊しついでに愛姉の頬をそのまま踏みつけて歩いていく。
目にハートマークを浮かべた愛姉は鼻血を出しながら握り拳に親指を立てていた。
そういえばここはどこだろうか、転送魔方陣で来たので出口が分からない、壁に扉っぽいのは一応あるけどどれも机が邪魔で開けることは出来ない感じだ。
「カナタはあまり無理しないでくださいね? 半日くらいはその痛み止めの効果がありますが……」
その言葉を聞くと全身に冷や汗が出る、まだ地獄から抜け出していなかったようだ。
「その薬いっぱいください……」
「ダメですよ? あまり飲むと効き目が無くなる上に次がもっと苦しくなります、昨日は痛みで眠れなさそうだったので処方したまでです」
アウラさんが告げた絶望をうなだれたまま聞くのであった。
「私に捕まってください、上から出ますので」
「上? 転送魔方陣とかは?」
「来るの専用で、帰りは場所的に魔方陣が構築できないわけで……魔法の機材が多いので危険なのです」
アウラさんが伸ばす蔦に捕まると部屋の四隅にある丸い天井の部分を開け飛んで上がる。
外は少し肌寒い……ん?見渡す限り広がる雲川、ここは天空のお城的な場所なのかな?
「なんでやねんー!」
風が吹き雲川が少し流れるとそこに見えた絶景に思わず突っ込んでしまうけど、仕方ないと思うよこれは。見える景色が飛行機と同じだったり……
「上空約33000フィートの場所に建てられたマテリアルラボなので……」
アウラさんが説明する言葉が頭に入ってこない、マテリアルラボの屋上?に尻餅をついたまま必死に蔦にしがみ付く。
「あかんって! こないな高い場所! 人間が来ていい場所じゃなかとよ!」
何言ってるか自分でも分からない、腰が抜けて立ち上がる事ができない、漏れたかもしれん……
這ってアウラさんの足元まで移動してしがみ付く。
崖の上を飛んだ時は大丈夫だったので、治ったと思っていたけど……さすがにここは高すぎるって!高所恐怖症なんだって!
「おいてかんといて! いやや!」
「カナタ!? どうしたんですか、大丈夫ですよ? キャッ、ちょっと待ってくださいすぐに迎えが来ますから!」
死んでも放さない!絶対にだ!
全身を使ってアウラさんにしがみ付くと両目を薄く閉じ固まる。
「私、呼ばれた気がしたよ! なっ! アウラずるい!」
穴から顔を覗かせた愛姉はこちらを見ると同じようにボクにしがみ付いてくる。
「ん? カナタちょっと湿ってる?」
体に冷たい風が吹き付ける、顔を上げると視界の先に真っ赤なドラゴンがいた。
「あの時のドラゴン?」
「チョンチョン」
「さぁ、背中に乗って降りますよ?」
「えぇ? ここ上空約33000フィートって言いましたよね? メートルに直すと10000メートル?」
アウラさんが言った言葉を理解できなかった。飛行機が飛ぶ高さを生き物に乗って降りる……冗談じゃない。
「もっと楽に帰る方法を作りましょうよ……」
アウラさんがドラゴンに飛び乗ると蔦を引きボクをドラゴンの背中へと誘う。
「ふんばらないでください!」
「愛姉! 転移魔方陣は本当に無理なの!?」
「私に抱きついてくれたら答えようかな~?」
背に腹は変えられない体全体を使いしがみ付く、これで助かる?
「残念ながら無理でした~」
「あぁー! 足が地面から離れてる! 乗せるなら早く乗せて!」
アウラさんの蔦がボクごと愛姉を持ち上げるとドラゴンの背中へとくくり付ける。
「さぁ! 行きますよー地上に着くのは大体三〇秒後です!」
今にも飛びそうな意識がアウラさんの言葉の意味を考える、どう考えても物理的におかしい速度だ。
三〇〇秒後の間違いじゃないだろうか?いや、それでも早いなんてレベルじゃない気がする。
「一秒で333mくらい降りるって事ですか?」
「さぁ? 前計った時は三〇秒ジャストです」
冗談でもなんでもない実測のようなので諦める。
ホバリングを始めるドラゴン、尻尾の辺りに魔法の光が集まっている、加速するのに使う気なのかな?もう考えるのは止めよう。
「愛姉ボク記憶が戻りかけているそうなんだよ? ガイアお爺ちゃんが愛姉にもよろしくって言ってたから」
「私の事どこまで思い出せそう?」
「愛してる、今はまだ良く分からないけど響やクリスやルナやメアリーちゃんに一応ロッティと同じくらい愛してるよ!」
宣言すると同時にドラゴンが加速を始める、景色が一瞬で真っ赤に染まり空気が燃えている。
魔法の障壁が張ってあるのか熱や風を全然感じない、便利な障壁は良いけど視覚効果だけで気絶しそうだ。
ふと指輪が光っている事に気が付く、顔を上げると愛姉が真剣な顔でこちらを見ていた。
「魔王の花嫁の発動を確認したよ、誓いの口付けをしようね?」
「愛姉! 全部思い出したらボクの気持ちを伝えるから少しだけ待っててね!」
流星となって流れ落ちるドラゴンの背で気を失うまで口付けを交わす、意識が限界をむかえ視界がブラックアウトして行く中愛姉とアウラさんの蔦の温もりを感じ微笑む。
魔王の花嫁はその輝きを増し全てを輝かせる。
同日この世界の全ての場所からこの流れ星は観測できたそうだ。
――∵――∴――∵――∴――∵――
目を開けると真っ白な天蓋が見える?どうやらベットに眠っているようで、辺りを見回してもこのベット以外何も置いてない、部屋の外が騒がしいけど何かあったのかな?
清楚な白いワンピースを着たままなので、一瞬濡れてないかと心配になったけど着替えさせてくれたみたいだったので安心する。
外が気になるので見に行ってみよう。ベットを抜け出し素足で床を歩いていく。
床は磨かれたように綺麗で素足でも全然気にならない、靴で部屋の中を歩くのって慣れないんだよね……
扉を開けるとそこは……
宴会の二次会みたいになってました!
全員、清楚な白いワンピースを着ている?もしかして……結婚式の花嫁衣裳的な役割があるんじゃ無いのこれ。
そう考えるとロッズさんのあの時の態度も分かる気がする。
えっ何……まさか知らない間にメアリーちゃんとルナの二人と結婚した事になっている可能性が出てきた!?
「か~なた~目が覚めた~? 呑んでるかい~?」
「愛浮かれすぎです、席に戻ってください」
アウラさんに手を引かれ玉座の横に置かれた席に座る、どうやらここはあの玉座のある広間のようだ。
広間にはテーブルが多数配置されており皆食べたり呑んだりして大宴会中で、時折挨拶と称してキスしに来る嫁達の対応をする。
ボクの立場的に他の人をどう呼んで良いか分からないけど愛姉の嫁で良いのかな?
途中一つ気が付いた事は、もしかしたらボクが世間知らずなだけで……この世界でキスは親しい人との挨拶みたいな物なのかもしれない?
あちらの世界でも外国人は挨拶でチュッチュするって聞いた事がある、口じゃなかったけど多分そういう習慣がこちらの世界にはあるのだろう。
気にしなくなったら案外良い物かもしれない、温かい気持ちになれるし愛姉以外は露骨に舌を入れてきたりまさぐって来ないしね!
「準備は整っているよ! メインイベントのチェンジリングを行なうよー皆配置についてね!」
「やっぱりその名前の儀式魔法ですか?」
不安で胸がいっぱいになる、あの時は禁忌に変則的使用と驚きの倍プッシュだったけど……今回は皆で用意してたみたいだし平気だよね?
「私オリジナルの魔方陣を盛り込んだ信頼度が倍ドンのスペシャルなチェンジリングだよ!」
「アウトー!」
信頼度が倍ドンって、不安要素が倍どころじゃないよ!皆なんで普通に使わないのかちょっと問い詰めたい。
アウラさんの蔦がボクを拘束して広間の中央の魔方陣へ放り込む、その間二秒、何もする暇が無かった。
「発動! もう止めれ無いからね、カナタは動かない方が身のためだよ」
呆然と光る魔方陣の中でアウラさんを見つめると握り拳で親指と立てていた……
「魔力も足りると思うけどもしカーナの精神体が落ちてきたらカナタも【魔力の源泉】で魔力を送ってね?」
「えっ? 何ですかそのフラグ」
魔方陣にはやはり壁が張ってあるようで手をついても大丈夫のようだ。
体が光り次第に熱くなっていく、痛みも不快感も無いけどただひたすらに熱い。
「ちょっと熱すぎる気がするんですが」
「静かに! 集中して!」
背中から何かが抜け出たような感触がする、振り返るとカーナさんがこちらに手を振っていた。
少しずつ浮き上がり上空に有る魔方陣へと吸い込まれていく、ボクもまけじと手を振り返す。
気が付くとボクの横にブリギッドも立っていて、一緒にカーナさんに手を振っている。
「さよならは言わないわ、これがあるしね?」
カーナさんが右手に持っていたのはスマホの子機だった!?
いつの間に回収されていたのか、体に吸い込まれると言う事は、有る意味スマホもボク達と同じ様なモノかもしれない。
「あちらの世界で使えるとも限りませんよ? でももし使えたら連絡くださいね! メールでも良いので待ってます!」
「響との子供の顔をメールで送ってあげるわよ?」
「そっちは全部任せます! 幸せにしてあげてください、カーナさんも幸せに!」
先ほどからカーナさんが空中に止まったままである、もしかして気を利かせてくれているのか。
たまには良い事してくれる愛姉には、後でお礼にお風呂くらい入ってあげても良いかな?
「感動的なところもうしわけないけど、私達の魔力じゃ足りないみたい! カナタも魔力を!」
「あ、そうだったんですか……」
すぐに【魔力の源泉】を発動させるとぐいぐい加速して魔方陣へ吸い込まれていくカーナさん、最後まで笑顔で微笑んでいてくれた。
広間には静寂が訪れ各自撤収作業を開始している。
「これで、終わったんですね」
「いいや、今からが始まるんだよ? 私とカナタのラブロマンスが!」
座っていた玉座から一直線に飛んで来る愛姉!
「か~なた~ちゅわ~ん」
「懲りない人ですね……あれ?」
蔦で掴んで止めてくれると思ったらアウラさんは笑顔でこちらに手を振っていた。
愛姉は尻尾を左右に振りながら先ほどの玉座の後ろに隠された部屋へと歩いていく……ボクを肩に乗せて。
「え? えっ? アウラさん?」
「愛、カナタは今日成人したばかりなので無茶しちゃ駄目ですよ? ゆっくり時間をかけてあげてください」
ん、んん?感動的なフィナーレを迎えたところじゃないの?
明日には町に帰してくれるんだよね、明日には……え!?
広間をすがる様な目で見つめると愛姉の嫁達が手を振っていた。
口々に『がんばってね~』とか『天国に上っちゃうわよ~』とか『今度私達も混ぜてね~』とか言っている。
「だって……ボクは子供じゃ? えっ?」
「ステータスにも表示されている通り一八歳です、昨日成人したばかりじゃないですか」
「ほら、親の許可とか要るんじゃ無いですか? 法律とかそれとなくそんな感じの!」
「何の事を言っているのかわかりませんが、マリアさんは了解済みですよ? 結婚式に出れないけど娘をよろしくと……」
アウラさんが告げた事を頭が理解出来なかった。部屋の扉にしがみ付き『ちょっと待って!』を連呼しながら考える。
ボクは愛姉が好きだし愛姉もボクの事を好きで……
この指輪が結婚指輪でお嫁さん?一〇八人目?今日が結婚式?問題無いのかな?マリアお母さんって呼ばないと駄目かな?
「カーナもそう言っていたし僕は別に良いよ? カナタと一緒になれて満足だから嫁や旦那がいくら増えてもカナタの一番近くに居られるならね~」
予想外のところから愛姉に援軍が!
手足が扉からはずれてベットに一直線に飛ばされる、音も無く衝撃も無くボクの体を受け止めたベットはあちらの世界でも類を見ない超高品質なベットなのかもしれない。ふかふかのベットに横になるとリラックスしてきて眠りたくなる。
「愛しているよカナタ」
「アレです、ほら、その? そうだ! ボクにはクリスやロッティや……もしかしたらもう結婚した事になっているメアリーちゃんやルナも居るしそれに」
優しくキスされる、口付け?頭が混乱してきた。
「カナタに嫁が居ても私は気にしないよ? 私にも居るし、でも……男に走ったらそいつの一族郎党この世から消すからね?」
「それは心配無いと思います……」
「なら問題ないよね? 小さい頃、将来お嫁さんにしてあげるって言ってくれたの覚えてる?」
「嫁になるのかな? 旦那? 嫁の方がひびきが良い気もする」
「一応、全員私の嫁って言ってるから、カナタからしたら私も嫁で良いんじゃない?」
尻尾がするするとお腹の上を通って口元まで伸びてくる?
「辛かったら噛んでいても良いよ?」
「愛姉ボクの事愛してる?」
「この世で一番愛してる!」
明かりが消え静かになる室内でボクと愛姉は一万二千一年の時を超えて結ばれる。
泣きそうになったけど愛姉の【自動回復】スキルのおかげで何とかなったと思う……二回戦へと突入した辺りで意識は深い闇の中へ落ちていく。
最初からずっと尻尾噛んじゃったけど大丈夫かな?
カーナさんボクはこちらの世界で幸せなので、あちらの世界で響とがんばってね!
――∵――∴――∵――∴――∵――
朝日が眩しくて目が覚める、ここは玉座の後ろの部屋?
「チョンチョン」
「ん、んん、ふぁぁん」
天蓋が見える、どうやら明り取り窓が天井に付いているみたいだ。昨日は気が付かなかったよ、愛姉が激しくて途中で意識を失ったんだっけ、アウラさんにも言われていたのにもう少しボクの体の事考えて欲しかったよね。
あのドラゴンなんて名前なのかな?VBリングって事はVバーニング?Vってナニ?
「あ痛」
間抜けな声が漏れる、動くと痛い、【自動回復】が解けているみたいだ。
布団も被らずに眠っていたようだけど体中が温かかったので問題なかった。
「……何この惨状」
ベットは殺人現場の様に血に染まり誰の血かは考えなくてもわかる。
「【治療D】……回復しない」
ベットから這うように降りると扉に這って向かう、指に違和感を感じ右手を見てみると……
「VBリングが二個も壊れてる……」
VBリングは死を肩代わりしてくれる?死ぬと蘇生してくれる?復活するレリックって言ってたよね?
つまり昨日意識を失った後に……二回!?
「逃げないと……ひぃっ!」
這って扉に向かう途中、足を引っ張られた?
違う、尻尾が巻きついていただけだった。
きっと扉さえ開けたらアウラさんがいつもの笑顔で助けてくれる。
「扉を、開けて、外に……」
扉に手が触れる寸前で勝手に開いた?
扉の向こうには笑顔のアウラさんを筆頭に嫁達が迎えに来てくれていた。
聞こえてくる声に涙がこぼれてくる『お疲れ様~』『どうだった?』『ゆっくり休んでね?』アウラさんに抱っこされ人心地が付く。
「うっぐ、愛姉が、ひぃっぐ、愛姉が……」
「どう、いたしました? カナタ? その指輪は!?」
不動明王の様な表情になったアウラさんは、蔦で愛姉をベットシーツに包んで窓の外に放り出すと『【対魔王結界】これでもう大丈夫です』と言ってボクにあの薬をくれた。
「現時刻を持ちまして、愛の魔王権限を凍結すると共に、嫁に対する過剰な暴力にお灸を据える事にします、異議のある者は前へ!」
「「「「「「ギルティ!」」」」」」
「過剰な愛は暴力です、カナタは少し眠った方が良いかも知れません。元魔王の部屋を空にするのでそちらにベットを運び入れましょう、大丈夫、皆カナタの味方です。私が側に付くので落ち着いて眠ってくださいね?」
今日戻る日だったんだけど無理っぽいよ。
痛む体のまま戻ると皆に心配をかけてしまいそうだし……このままほっとけばさすがに愛姉が可哀想な気がしてきた。
一万二千一年も待っててくれたんだから……?
嫁が一〇七人居るって待ってる事になるのかな?
「アウラさん、少し眠ります、皆さんが許せるようになったら愛姉を許してあげてください」
「カナタは優しい子ですね。ヨシヨシ」
アウラさんに頭を撫でられながら効いてきた薬もあり、眠気が……
――∵――∴――∵――∴――∵――
目が覚めると窓を覗く愛姉と目が合う。
「ひゃぁ!」
ここは愛姉の部屋?ベット以外の物は全て隣の物置に運ばれていた。
アウラさんの蔦が体に絡まり甘い香りを放っている、薔薇とかすかにラベンダー?
「アレはほっといて良いですよ? ゆっくり深呼吸してください」
もう一度窓を見ると愛姉は消えていた。落ちた!?
慌てて窓の外を見ると崩れた塔の上でこちらに手を振っている愛姉が居た。
「この城には結界が張ってあるのでアレは入ってこれません安心です」
「あの残骸は……」
そのまま愛姉を見ていると、魔法を使い地面を隆起させ整形しながら焼き固めてどんどん高さのある塔を作っていく。才能の無駄遣い過ぎる……
「最後に一言だけカナタの言葉を貰う事を承認しました。止めをさしても良いのです、好きに言ってくださいね?」
アウラさんはそんな事言わないのを分って言っているのだろう、少し笑っていた。
もう少しで窓まで塔が届く、あっ、根元で塔が壊されている、あれは……
「下で塔を壊しているのはカナタに職業訓練したあの子達です、さすがに死ぬほど致すとは思っていなかったらしく……ちょっとキレてます、私も十分怒ってますよ?」
無表情になる事はあっても怒った表情を見せた事の無いアウラさん、あの時の不動明王は戦慄を覚える顔だったよ!
「あの子達? ボクからしたらお姉さんかな? 面白い顔してる、怒っているのに笑っている?」
「今回は、溜まりに溜まった時間と言うモノが溢れ出てしまっただけだと思うのです……いつか愛を許してあげてください」
「愛姉は皆に愛されているんだね。ボクはまたいつかここに戻ってくる、それまで……それからもずっと皆で支えてあげてね?」
コンコンと窓を叩く音が聞こえる、振り向くとそこにはVBドラゴンに咥えられた愛姉がこちらを見ていた。
「愛姉? 皆に許してもらうまではボクに会いに来ちゃ駄目だよ?」
この世の終わりの様な表情を見せ落ちていく愛姉、地面を見ると他の嫁達が慰めていた。
「このドラゴンの名前って何? VBってどんな略?」
「左目に意識を集中してください、見えるはずです」
『ヴァージン・ブラッド・ドラゴン(加奈多)Lv650』
「かなた? ボクと同じ名前だね」
「愛が拾った卵から孵ったドラゴンに付けた名前です……血がマジックアイテムの原料になるので乱獲されて、もう世界に一〇匹と居ない種のドラゴンですので……いつか神龍山脈の龍神の谷へ返してあげたいですね」
「指輪ありがとうね! もう二回も助かったよ!」
「チョンチョン」
窓から見えていた加奈多が上空に上がっていく、もしかしたらあのラボの付近が巣なのかもしれない。
「そろそろ町へ戻る時間です、荷物はその特大銀の宝箱に詰めて置いたので持って帰って下さいね?」
銀色の壁を指差すアウラさん、宝箱なんてどこに?そういえばここら辺に扉があった気がする?
触ると扉を埋めていたのは廊下に置いてある宝箱でした。
「お土産に皆で色々詰めたので楽しみにしていてくださいね!」
「ありがとうございます! 次来る時は色々持ってきますね、あと皆で来るので楽しみにしていてください!」
「後、この炒ってない世界樹の種を魔力の濃い土地に適当に埋めて置いてください町は駄目ですよ?」
「世界樹増やすんですか?」
「転送魔方陣用のポイントにするのです」
便利と言えば便利だけど、今思うと愛姉は魔王だ。町の近くに転送ポイントなんて設置しても大丈夫なのだろうか……ボクが楔となって町が滅んだとかは止めてほしい。
「魔王ってどんな悪巧みをしているんですか? 仕事とかしているの見た事無いんですけど」
「愛の、私達の仕事は漁です、悪巧みに関しては特に何も?」
「魔王なのに? 世界征服とか人間の国を襲ったり魔物を作り出したりしてないの?」
「魔王の魔は魔力が多い者の魔ですよ? 有力な種族の長が魔王を名乗っているだけです」
あっれ~?魔王像が崩れたよ、ロズマリーさんが言っていた魔王の名前すらわからないのって放置されてるだけだったのかな?
「第一、民を戦火に巻き込むなど言語道断です。それに魔物は自然発生型が殆どなので愛みたいに魔物を作れる者など片手で数えれるくらいですよ? 私も作れません」
「純粋に世界樹は転送魔法のポイントって事か……疑いました、ごめんなさい」
アウラさんはボクを抱きしめ頭を撫でてくれる、目を合わせると軽く口付けされた。
「大事な人を守りなさい、一〇八人とまでは言いませんが……一二人くらい嫁を作っても甲斐性が有れば良いのです!」
「はい!」
「皆を待たせると悪いと思います、行きましょうね?」
アウラさんに促されて特大銀の宝箱を収納し、廊下に出るとヤツと目が合った。
「鮭? 顔が1m級の鮭? なんでこんなところに……」
「朝ご飯に食べていた鮭です、お土産に持って帰って下さいね、愛がさっき取って来たんですよ?」
どう見ても鮭なのに遠近感が狂ったようなサイズで、頭の天辺から下顎の部分までゆうに1mはある。
長さ5m以上あるんじゃないだろうか……こんな鮭が泳いでる海は超危険地帯と呼ばれるわけだ。
「まだ稚魚なので小さいですが十分食べ応えがあると思います」
「おかしいなぁ……稚魚って一番成長した魚でしたっけ?」
「仔魚から稚魚になり幼魚に成長して成魚となります、さらに成熟するとこれの10倍以上大きくなるんです」
それはもう魚って言っていいのだろうか……魔物じゃないの?
「ボクは海で泳がない事にします」
「それが賢明です、王都にも卸しているので近くに寄ったさいは蒼海天国と言うお店に顔をだしてくださいね? これを提示するだけで色々お得になります」
手渡された物はシリアルナンバー一〇八の黄金色に輝く金属板、スマホより少し小さいくらいのサイズなのでカバーに挟んでおく。
「綺麗な金属板ですね、金か何かですか? 金にしては軽すぎる気もするけど……」
「オリハルコン製なので絶対に無くさないでくださいね? それでは庭へ」
手を引かれるまま、なすがまま、アウラさんに付いて行く。
伝説の金属的な物が今手元に、スマホを収納したら一緒に体の中に入って行ったけど大丈夫なのかな……
考え事をしていたらいつの間にか抱っこされて階段を下りていた。
職業訓練をした中庭に出ると、嫁全員集合な状態で『またね~』や『もっと居ても良いよ?』とか『アレはとっちめておくから~』などなど色々聞こえてくる。
「最後にカナタが今もっとも、いえ、決定的にと言った方が良いかも知れません。生きて行く為に足り無いモノ……スキルを私達全員からプレゼントします」
いつの間にか囲まれている、スキルって分与以外に貰える方法なんてあるのかな?
気のせいか周りを囲む嫁達の身長が伸びていくような、いや違う?存在感がどんどん大きくなって行く。
「カナタに欠如しているモノは危機感とそれを感知する能力です……何度でも起こすので安心してくださいね?」
「起こす? 何を言っているん、ん!?」
周囲から物凄い威圧感を感じる、皆ニコニコ笑っているのに?
次第に自分が小さくなって行くような感覚を覚える。あれ、これ殺されるんじゃ?
胸が圧迫される、全身に冷や汗が流れ動悸が激しくなり、目の前がブラックアウトしていく……
「うぐっ」
口の中にアウラさんの蔦が入ってくる、ミントの様な爽快な香りのする液体が流し込まれ意識がはっきりとする、すぐに動悸・眩暈・息切れが起こり体が痙攣し始める。
「カナタは不思議に思った事が無いのですか?」
アウラさんの声が聞こえるけど姿がぶれて見えない、視界がぐるぐる回っている。
「この場所には武装した者も、領域を守る兵も、ただの武器さえ無い事に」
そういえば料理包丁くらいしか見た事無いけど、四肢が不自然に痙攣を起こして自分の体じゃないみたいだ。
「必要無いのです……肉体と精神のレベルが上がった者にはね? 町に住む人くらいなら睨むだけで殺す事も出来ます」
ボクも大分レベルは上がっているはず……肉体と精神!?肺が縮み息が出来ずに空気が漏れる音がする。
「その顔は分かったようですね? 生きている限り強くなっていく、それがルールです。カナタのちっぽけなレベル程度ではこの周辺のラビッツにすら殺されるかもしれませんよ?」
ん、急に体が楽になってきた。動けるし息が出来る、周りからの圧力が減ってきた?
「肉体のレベルは上げにくくても、毎年上がる精神のレベルは生きている限り楽に上がっていくって事かな? 愛姉は一万二千一年以上生きているからレベルは最低でも12002以上って事か……それに伴うステータス、同じくらい長生きする生き物が居たらボクじゃ太刀打ちも出来ないね」
「理解が早くて助かりますカナタ、そろそろスキルを覚えたみたいですよ?」
どう考えてもスキルを覚えるのが早すぎる、加速する何かスキルがあるのか、それとも……
「何かしたの? 覚えるのが早すぎる! 急に楽になったよ?」
「それがレベル差です、嫌な気配がしたら自分の大よそ倍、体が震えてきたらその倍、今みたいに死に掛けたら五倍以上レベル差がある相手と言う事になるのです」
軽く10倍近く有りそうな気がする。アウラさんを生み出したのが一万二千一年前と言う事は愛姉と同じくらいは……
「カナタ? レディに向かってレベルを聞くのはマナー違反ですよ?」
「すいませんでした!」
その声を合図に皆ばらけて準備を始めるようだ。
「皆さん何から何までありがとうございました……いつかまた来ます!」
「末っ子の将来を心配して過保護になってしまうのは仕方の無い事です。またいらっしゃいね?」
アウラさんの蔦で何故か梱包されたボクはそのまま城の門を出て……
「いや、それ無理ですから!」
「カナタの居た町の近くまですぐに着きますよ?」
加奈多の背中に……ジェット機の翼についているアレが四個乗っている。
「転送魔法陣に~乗~りた~いな~愛姉助けてー!!」
「愛の魔力を推進剤に使うので一緒ですね!」
「イヤァーッ!」
加奈多のお腹側に括り付けられた愛の笑顔が眩しい……
抵抗むなしく加奈多の首下に括り付けられる、これ愛姉の位置から見上げると危険な光景が見えるんじゃ!
「エネルギー満タン! 逝くよカナタ!」
ぐんぐん空を垂直に上がっていく加奈多、魔法の障壁が無かったら生きていなかったであろう超高高度。
上昇が止まったと思ったら水平方向へ飛び始め、その直後『パンッ』という軽い音と共に襲い掛かる急激な振動、揺れる揺れる愛姉は『ヘブンが見える! ヘブンが見えるよ!』とか口走っているけどそれどころじゃない。安易に意識を手放すのは危険な事と先ほど教えられたので死ぬ気で意識を保つ。
「もう無理ぽい……」
一秒が限界でした。全身の力が抜けふわふわとしてくる、もう少し、もう少しだけ……
「カナタ、大分遠くにだけど町が見えたよ!」
急に逆向きにGがかかり体の中身が全部出そうになる。
「音速の急ブレーキとか誰が考えたんだよ!」
「アウラはスピード狂なのさ……」
愛姉の言葉を聞くと同時に意識を失った。
加奈多は同じ名前の子供を運ぶ為いつもよりゆっくり飛んでいた。愛も知らないところで、アウラが異世界最速の生物を作り上げていたのだった。
大分長くなりましたが一章が終わりです!
SS的な物を挟んで二章からやっと血沸き肉踊る魔物との戦いが始まります!
今週末から出張に出るので二章の更新は早くて来週木曜日からになりますがどうぞ二章からもよろしくお願いします!




