第31話 奇跡は成就する……悲しみと共に?
ベースキャンプの広間は、ビックWARビーの死体で足場がどんどん無くなっていく、もうすぐ夜になる。
夜になればビックWARビーは活発になり女王蜂も巣から出てくる、女王蜂が直接指揮するようになるとかなり不味いらしい、時間との戦いの中ボクは焦り、苛立っていた。
冒険者が蜂と戦う喧騒の中、新しいUNS【祈雨】を使う。
UNS【祈雨】をAS発動します。生贄・供物を捧げてください。
などと脳裏に表示されてしまった。
生贄と言ったら生き物の事だよね周囲に居る生き物と言ったら攻めてきている蜂か人間しかいない……
生存系はこれを使えば助かると告げている、ふざけるなよ……
「生贄だと……ふざけるなよ!」
「ハヒィ! 何を言いだしゅんですかカナタ様」
声が漏れていた様で、ガーベラさんがかみながらビクビクしつつ答える。ん、答える?
そうか!UNS【雨乞い】を使える者に生贄・供物の詳細を聞けばいいんだよね。同じ系列のスキルだから何か抜け道があるかもしれない。
「UNS【雨乞い】を使える人が居るはずだ! ガーベラさん手分けして探すしかない、現状をひっくり返す方法がある!」
「……無理です」
「探してみない事には分からないよ! 生贄・供物の定義が知りたい」
「ヒッ! 私は使えませんよ! 本当でしゅ」
ん、何この自白?冗談なのかな、挙動不審は酷くなりかみかみだ。
「ガーベラさん!」
「フィッ!?」
確定だね、この人素直すぎて隠し事が苦手そうだ。
「ボク凄い事に気が付きました! UNSを持っている人は右耳の先が尖っているんです!」
「え、本当ですか?」
思わず右耳の先を触れるガーベラさん、チョロすぎる。
「冗談ですよ? でもUNS【雨乞い】の所持者は見つかりましたね?」
「えっ、酷い、騙したんですか! 何故私がそのスキルを覚えている事を知ってるんですか……」
「今のも冗談だったんですけどね、本人からの自白いただきました~」
ガーベラさんは惚けた顔になり、一瞬止まる、すぐ自分が何をしたのか、何を言ったのか思い出した様子で顔が真っ赤になる。
「親にもばれた事なかったのに……どうして! どうしてその事を!」
「今はそんな事どうでも良いです、生贄・供物に類する使用条件はどこまでの範囲なんですか?」
蜂がガーベラさんを狙い背後から飛んでくる、咄嗟に玄武の盾で弾き翅を槍棒で引き裂く。
「時間が有りません! 早く条件を教えてください! 全員の命がかかっているんですよ!?」
「わかりましたよ……こうなったらもうやけです! 生贄・供物の定義は生きている必要は有りません、生肉なら大抵OKですし酒類も可です、あと本当に生きている生物は逆に生贄・供物にしない方が無難です。効果がその生物の意思に引っ張られます。それと……」
「それと何ですか! ガーベラさん!」
「ご主人様の命令よ! ガーベラ言いなさい」
ナイスアシスト、クリス大好きだよ。
「出来るだけ肌を露出させて……」
「「させて?」」
「雨乞いの踊りを踊るんです! もうイヤだ! アーン」
ガーベラさんが泣き始めてしまった……Aランク冒険者のガチ泣きに戦場に沈黙が訪れる。
「俺たちは何も聞いていないし見ていない! 野郎共分かったな!」
「「「「「「オオッー」」」」」」
オルランドさんあなたは良い男だ!
「クリスー、ガーベラさんを頼んだよ! ルナ一緒に獲物の肉を積み上げて!」
「ワンワンッー」
馬車の中に配置していた特大木の宝箱から、ルナは解体した肉をひたすら放り出す、ボクのスマホの中身からも肉を出す、これで使用条件は揃った?
UNS【祈雨】を発動します。
両手を立てて頭の上に近づけ一緒に踊りましょう、踊る人数が多いほど効果は増大します。ウサギ跳びをしながらかけ声を上げてください。
かけ声は『ラビッ! ラビッ!』です。
「え、えええぇぇ!?」
「どうしたのよカナタ?」
「ワンッ?」
「おねえちゃん?」
「ふふふふ……カナタ様も知ってしまわれたのですね、この恐ろしいUNSの踊りを……私は一人でやったんですよ? 一人の時の効果は五秒くらい小雨が降る程度でした……その日、私は故郷を捨てました……」
なんて事だ……ガーベラさんごめんなさい、トラウマを掘り起こしてしまったみたいだ。
「やるしかない……」
恥?外聞?何それ美味しいの?命より重いものなんて無い!だけど……新人達よ道ずれだ!
「新人冒険者全員穴から出てボクと同じ動きをするんだ! 君達に拒否権は無い!」
「「「「「「オオッー?」」」」」」
「カナタ様……死なないで……」
ガーベラさんは本気で涙を流していた。
「何か知らんが早くしてくれ【絶壁】数が多すぎてもうもたんぞ!」
オルランドさんの焦りの声が聞こえる。
ボクは人形だ、何も考えないし、何の感情も無い……そう踊る人形!
「踊らないやつと疑問を口にするやつはボクの魔法で火炙りにする……新人冒険者諸君わかったな?」
「「「「「「オ、オッー……」」」」」」
「UNS【祈雨】発動!」
「ラビッ! ラビッ!」
「「「ラビッ! ラビッ!」」」
「声が小さいぞお前達! 火ダルマになりたいか!」
「ラビッ! ラビッ!」
「「「「「ラビッ! ラビッ!」」」」」
「まだまだだ! もっと大きく!」
「「「「「「「ラビッ! ラビッ!」」」」」」」
「「「「……俺たちは何も見ていないし聞いていない!」」」」
混沌、その言葉がこの場所を表現するには一番近いであろう……蜂と戦う一流冒険者達、ウサギ跳びで広間中央に積み上げられた肉の周りを飛び跳ねる新人冒険者達、悲しみがこもったかけ声が広間に響く、そう……それは戦闘よりも激しく、愛おしいほど悲しい……
そして奇跡は成就する。
「雨だ! 雨が降ってきたぞ!」「蜂が落ちてくるぞ!」「勝てる!」
空を覆う雲は雨雲となりスコールの様に激しく雨を降らせる。
それは、声を掻き消す様に……天が泣いているようだった。
雨は五分ほど降り続いた。
「お前達は立派な冒険者だ……、皆の命を守ったんだ誇って良いよ……」
「うっ、うぅ」「シクシク」「えーん」「うち……何かを無くしちゃった」「お母さん……生きて戻るよ」
雨の音は……泣き声を漏らす冒険者の声と、雨に濡れて落ちている蜂のもがく音を吸い込むように消していく。
「あの蜂が悪いんだ……」
「そうよ……蜂さえ居なければ」
「今なら私達の方が強い……」
「暗殺の時間だ! 全ての感情を刃に込めろ! 悲しみも苦しみも全てだ! 行け冒険者達よ!」
「「「「「「うおおっー」」」」」」
一流冒険者は何も言わずただ場所を開け周囲を警戒する、広間は泣き声と共に蜂達を狩り尽くす新人達で埋め尽くされた……
――∵――∴――∵――∴――∵――
夜が来た。アレから一時間、全員が落ち着き治療や回収が終わり、フレイムストームも完全に消滅した。
今朝、新人冒険者として緊急依頼を受けた者達はもうここには居ない。
今ここに居るのは大きな壁を乗り越えて心体共に成長したシングルスターの冒険者たちだ。
一流冒険者の人達が譲ってくれた事もあり、広間に居た新人二五名と、捜索に付いて行っていた元からシングルスターの冒険者一名は全員レベルUPし、シングルスターを手に入れている。
ルナ以外の皆は泣き腫らしたように目を赤くしている。ロズマリーさんが『よくやったねぇ、さすがあたいの娘だよ』とメアリーちゃんを慰めていた。ルナだけ何故か楽しそうに踊っていたので、皆は今何が悲しいのか困惑気味だ。
「しかし今年の新人はFとEランクでもう既にシングルスターか……これは風が吹いてきたと言う事か」
オルランドさんが何か言っているけど、まだ立ち直れて居ない者も居て反応する者は居ない。
そう……命より大事な何かは存在するのだという事を思い知らされた。
「カナタ……大丈夫よ、お姉さんが付いているから」
「カナタ様……このガーベラ感服いたしました!」
クリスに膝枕してもらい、馬車の中で休んでいるボクはもうぼろぼろだった……主に心が。
何を言ったのか、何をしたのか、そしてどうしてこうなったのか、全ては多分ボクの【神の呪】のせいだ。
自分の頬を伝う涙に気が付き、ボクは泣いているのだと知った。
幸い死人は出ていない、踊り……【祈雨】を行使する間、新人冒険者達を守る為に三名、足や腕に毒針を貰い、今は解毒と治療で一命を取り留めた者が居たくらいだ。
「ボクは皆と一緒に居て良いのかな……」
「カナタ……他の皆が離れても私が一緒に居てあげるわ」
クリスはボクを起こし、抱擁してそのまま唇を重ねてくる、傷ついた心を癒すように優しく。
「んっ、あ、んん?」
「ワンッ! ワンッ?」
クリスの舌が絡まってきたその時、ルナが目を丸くし馬車に乗り込んで来る、咄嗟に離れる二人。
「ブチュッ~」
「んん!?」
何故かルナにも口付けされる、尻尾ふりふりである。
「プッ、アハッ、ハッハッハッ」
ロズマリーさんが見ていたみたいで笑っている、と言うかいつの間に居たの、どこから見ていたのか……
「カナタ、疲れたところ悪いんだけど女王蜂の討伐に向かうよ、今度は全員一緒さ」
「分かりました」
「後、欠損が少ない死体は隣の馬車の裏に積んでおいたから頼むよ?」
馬車を降りて素早く隣の馬車へ移動する、時間との勝負だ。もし女王蜂に逃げられたら同じ悲劇が繰り返される可能性がある。
「すごい数ですわ……」
「蜂の手足と翅が無い、よっぽど……」
「【解体E】毒針六三個、イデアロジック(耐毒6)(蜂の一刺し)?蜂の大顎四個、蜂の指輪一個」
「マジックアイテム二個目に、レアなスキルをまた……」
数が多い割りにドロップが少ない、手足が無いから蜂の爪は手に入らなかったし頭が滅多刺しになっていると魔晶の欠片は出ない様だ。
「はい、金貨2枚、数が多い(耐毒)なら売ってくれるわよね?」
「それは良いですけど本当に2枚も貰っていいんですか? ギルドの買取だと金貨1枚って言ってたのに……」
クリスはもう既に金貨を出していた。でもあまり知り合いから儲けるのは気が引ける。
「【絶壁】それは人気があるやつと無いやつの差だぜ? 【脱兎】は王都の大型商店なら金貨1枚と大銀貨1枚が妥当な値段だ。だが(耐毒)は違う、貴族に大人気で常に在庫が無い状態だぜ? 金貨3枚でも数日で売れるぜ」
「オルランドさんは引っ込んでなさい」
「【絶壁】が相場を知らないからってぼるんじゃねえぞ?」
「今はお金が……もう無いだけよ! 誰が森に依頼で行くのに大量の金貨を持っていくのよ!」
オルランドさんとクリスが睨み合っている、ボクは知り合いに売る分には2枚でも十分いいんだけどね。
「オルランドさんなら金貨2枚で売っても良いですよ? 使うならね」
「オレのこずかいじゃなぁ……一年、いや一ヶ月待ってくれ無いか? 必ず金貨2枚用意するから置いといてくれ」
オルランドさんは嫁さんが居るって言ってたし、お金のやりくりは大変みたいだ。
「取り置きしておきますね」
「助かる、Sランク冒険者の必須耐性の一つだしな、いつかは目指せるようにな!」
「メアリーちゃんはこれ覚えといてね、ロズマリーさんも要ります?」
「嬉しいけどあたいは良いよ、もう覚えているしねぇ」
オルランドさんが人差し指を咥えてこちらを見ていたけど、あげないよ?
「さぁ、他のやつらも準備が終わった様だぜ、行くぞ!」
土砂降りの雨によって地面はぬかるみ歩き難くなっているが、フェイクラビッツの靴の前じゃ平地を歩くのと同じだった。
後は女王蜂を倒して巣を丸ごと回収すれば緊急依頼終了だね!
戻ったら晴れて自由の身、お金もたっぷり入るし、かねてから計画していたお風呂を作るよ!




