第19話 妖精の悪戯?契約書を作りましょう♪
奴隷商人ギルドの豪華なメイド喫茶2FにあるVIP席には奇妙な空間が広がっていた。
まだ昼にもならない時間から酒を飲み酔っ払うシスター、素手で料理をつかみ貪る獣人、クエスチョンを飛ばしシスターに質問をする女の子、奴隷の店員やギルドマスターは周囲から消えそこだけ場違いな雰囲気をかもし出しており誰も近寄ろうとはしない。
「『妖精の悪戯』って何ですか? 猫耳なのに狼の尻尾と関係が有ります?」
ボクはもう一度問いかける、マリアさんは沈黙し今だに手を上げて動かない、寝てるんじゃないよね……
「関係も何もそのままです」
スッと顔を起こしたマリアさんはお酒なんて飲んでませんよっと言い出しそうなくらい素面に戻っている。
「この町は猫獣人と狼獣人が結婚する事は珍しいんですか?」
「探せば普通に居ると思いますけど、あなたは猫獣人の母と狼獣人の父が結婚して子供が五人生まれた場合、どの様な組み合わせで子が生まれるか解りますか?」
何か意味の有る質問なんだろうけど普通に考えたら猫・狼獣人かどっちかの親の特性を引き継いだ猫獣人か狼獣人の三通りだよね。もしかして普通の人間が生まれるとかあるのかな?
「猫・狼獣人か猫獣人か狼獣人の三通りで生まれてくると思います」
「母親が猫獣人なら四人は猫獣人で一人が狼獣人です、多少数は変動しますが混じる事は普通ありません」
おかしい、どちらかしか生まれないなら猫耳に狼尻尾が付いているルナの説明がつかない。
「母親の特性が濃いと言うのはわかりました。でも目の前に猫・狼獣人が居るのにそれはおかしくないですか?」
「だから『妖精の悪戯』なのです、生まれるはずの無い子供。妖精が悪戯をして子供を入れ替えたと言われる古くからの言い伝えです」
日本でも似た様な話を知っているし、あの神が使った【儀式魔法】もチェンジリング・妖精の悪戯だ……何か関係があるかもしれない。
「言い伝えで天変地異や不幸が起こるとか言われてるだけでしょ? なら別に気にしなければ良いだけじゃないですか」
「天変地異や不幸ですか……実際起こった事が有ると言っても気にせずに居れますか? 一回や二回じゃありませんよ」
「え、実際何回も? 古い話じゃなくて?」
異世界だからそんな事もあるのかもしれない、でも怖い話をしたらボクがルナを諦めるとか思われてるんだったら心外だよね。
「一番新しい話は一年前、王都の西の山にあるダンジョン『異界の宮』で起こりました。切り立った崖に囲まれるように開いた入り口から魔物が無限にあふれ出てきたのです、幸いな事に崖を降りダンジョンへと続く通路を落とす事で最悪の事態は逃れました。原因を調べた王直属のPTによると当日の朝、ダンジョンに入っていった猫・虎獣人の率いるPTが原因だと言われています」
「はあ、ただの言いがかりじゃないですか?」
ビビッて損したね、ただの言いがかりとかどうなの?
「物見の高台から入り口を監視していた複数の兵士もそのPTが入った瞬間入り口が閉じ、再び開いたときには魔物が無限に湧き出たと証言しています」
「別の原因があったんじゃ無いですか? 呪われたアイテムを持っていたとか、そもそもそのダンジョンが限界みたいな事になってたとか?」
取って付けた様な話でボクは騙されたりしないよ。
「私も他に原因があるかもしれないと思っています、でも全員がそう思えるとは限らないのですよ。王直属のPTが調べて王が認めたとなるとね……」
「つまり可能性が高いもしくは可能性があるってだけで『妖精の悪戯』と言って迫害してるんですか……」
地球でも色々差別や迫害の歴史があったと本で読んだ。優勢・劣勢遺伝とかの考えが無いこの世界じゃたとえ数%で生まれてくる可能性があったとしても『妖精の悪戯』とひとくくりで決めて迫害しているのか。
あ、もう一個理由があるかもしれない、出来れば違っていて欲しいけど。
「もしかして……『妖精の悪戯』って能力が高いとか他と違う特性を持っていたりしませんか?」
「それは……」
押し黙るマリアさんを見て確信する。どこの世界も力を持つ者への妬みや嫉妬とは恐ろしい物だと言う事を。
ボクはこの世界の人と違う力を持っている、まだ弱い力かもしれないけど冒険して強くなれば誰も泣かない世界とまでは言わないけど、泣かなくて良い場所を作る事が出来るのではないかと……思っちゃったりして調子にのりそうだ。
「ボクは決めました。傲慢と言われるかもしれないですけど、ボクが手を差し伸べれる全てを助けようと! それには色々な人の力も必要です……マリアさんも力を貸してくれますか?」
決まった!キリッとかしちゃいそうな感じで!もとからルナを諦める気なんてないし『妖精の悪戯』とかその程度の話なら逆にチャンスをつかんでやるしかない、『妖精の悪戯』ウェルカム最強PT作っちゃうよ!
「カナタは馬鹿ですか?」
冷たい目で言われちゃった……
「シクシク」
「ペロペロペロ」
椅子に突っ伏して泣き真似しているとルナが慰めてくれる、でもルナよ……ラビッツの丸焼きのタレとフルーツの汁で顔が凄い事になってるんだけど。
「いつまでそうしているつもりですか、孤児院に戻りますよ?」
憑き物が落ちたようなスッキリした顔をしているマリアさん、微笑みを浮かべ悪巧みが成功した子供のような顔をしている、何かがおかしい……
ふとテーブルを見るとルナがマリアさんのコップのワインを舐めている、あわてて取り上げるとそのワインからアルコールの匂いがしない!?
少し舐めてみると……ただの葡萄ジュースだった!
「え、ええっ! ちょっと、いつから? 本当に? そんな……簡便してよ……」
顔面から火が出そうなボクはルナの手を引いて階段を下りる、そこには鼻歌を歌いながら堂々と正面玄関大通りへと続く道を歩いていくマリアさんがいた。
オルランドさん……言いたかった事が今わかりました。ロズマリーさんも同じ様な事されたんですね……
――∵――∴――∵――∴――∵――
奴隷商人ギルドを出るとすでに時間はお昼時、食べ物の露天が並ぶなか歩く三人は無言だった。
ボクの落ち込み様を見てマリアさんはヤッチャッタって感じの顔をして頬をかいている、ボクと手を繋いだルナは食べ物の匂いに反応してスンスンしている。
ただ歩いて孤児院まで戻ってきた。
孤児院の玄関を開けるとシャル・ルル・マーニェの三人がクスクスと笑って待っていた。
「……知っていたの?」
思わず聞いてしまうのは今朝のあの反応を思い出したからだ。
「だまされる方が悪いのにゃー」「悪いにゃー」「撫でてあげます」
それだけ言うと蜘蛛の子を散らしたようにばらばらに走って逃げていく、ボクは怒ってないし平気だからね。
「もうすぐ昼ご飯ですけど、先に執務室で契約書を作りましょう♪ お金を立て替えた事忘れて無いですよね?」
「はい、さっさと契約書とやらを作って宿に帰りたいです……でもその前に、どこまでが筋書きだったんですか?」
ルナをダシにしたのなら許せない、それはやってはいけない事だ。
「その子が現れる前までです、……本当はロッティという奴隷が裏で待機していました」
確かロッティの主ってギルドマスター、え?マリアさん領主なのにギルドマスター兼任なのか。
「その人知ってる人です……」
「ニアミスですね、予定とは違いますがルナのおかげで助かりました」
ルナの手を引いたままマリアさんに導かれ執務室へと進む。
通された部屋は書類棚が二個と黒鉄杉で作った机が一個真ん中にあるだけの寂しい部屋で、至る所に埃が貯まっている。
「ここですか? 何かここだけ生活感が無いというか使ってない感じがするんですが」
「ここに入るのは何時以来でしたか……」
「領主なら仕事しろよ!」
「部下が優秀すぎてする事が無いんです」
この人はもしかしてお飾りな領主様なんじゃないだろうか、本人に自覚が無いだけで実はもう既に領地乗っ取られてるんじゃ……
「首輪とかありますけどつけますか? 白色のやつもありますよ」
「相棒を首輪で拘束する必要がありません」
「結構、もともと首輪は力無き者を守る為にと言う面もありますからね、ルナには必要無いでしょう。因みに白い首輪は領主であるマリア=ラーズグリーズの奴隷の証です」
白色の首輪にそんな意味があったとは、一回詳しい人の話をもう一回聞かないといけないかもしれない。
「ぅぅ」
ルナがお腹を押さえて急にうずくまる、何が起こった!あたふたしていると冷静な声が耳に入る。
「心配要りません、多分食べすぎです」
「はい?」
ルナは食べた物を必死に吐き出さないように我慢している様で背中を撫でると首を振ってイヤイヤする。
「過酷な環境で生きてきた事と奴隷生活で胃が弱っていたのでしょう、あんなに濃い味の物を食べさせるからですよ、しっかりしなさい! あなたの奴隷ですよ」
「食べた物を吐いたら少しは楽になるのに、言葉がわからないのかな?」
「一度食べた物を吐いても良いような場所で生きて来なかったのでしょう、栄養もそうですし何より匂いが残ります」
ダンジョンの中層で見つかったって言ってたし、その辺りに住んでたのかな?いつか家族にも合わせてあげたいけど、ルナの傷がもし『妖精の悪戯』として迫害されてきた結果だとすれば話は変わってくる。
「【治療E】これで少し楽になったかな?」
「ペロペロ」
ルナは立ち上がって頬を舐めてくる、時間を作って全力で治療しよう、今日宿に帰ったらすぐにでも。
「契約書はこれになります、確認してサインしてくださいね」
なれた手付きでマリアさんが契約書を一枚書き上げてサインをし、ボクに渡してくる。
まぁ普通に読めないんだけどね、マリアさんがボクを騙す様な事をするはずが無い……とは言い切れないけど、悪戯の度を越える事はしないと思う。
「読めません」
「ん~、今から喋りますので聞き終わったらサインしてくださいね」
「わざわざすいません」
やっぱりちゃんと読み上げてくれるみたいだし悪戯が好きなだけで良い人だね。
「私マリア=ラーズグリーズは契約者:彼方=田中へ無利子・無期限で半金貨1枚を貸し与え、彼方=田中が返せる時まで催促せず待つ事をここに了承します」
「え、無利子で良いんですか?」
「勿論、続きを言いますよ? 契約者:彼方=田中は半金貨1枚をいつかマリア=ラーズグリーズへ返却する事を誓います」
日本じゃ考えられないほどあまい契約書だよ、ほんとこれ踏み倒してくださいって言ってる様な物じゃないかな。
「サインはボクの知ってる文字でも良いんですか?」
「はい、結構ですよ? 魔法印紙が張ってあるので問題無いです」
「はいはい、書けました! ありがとうございました」
「いえいえ、こちらこそ本当にありがとうございました」
ん?返しが変だったような……気のせいかな、この後は多分ギルドホール?冒険者ギルドで待っているロズマリーさんと合流して、冒険者登録したら宿に戻ってルナの治療だね、忙しくなるから一緒にルナの登録もしとかないとね!
「あぁ、か~なたさん良い物をあげましょう、昔使ってたお古ですけど今じゃ手に入らないレア物の腕輪ですよ? おまけも一緒にどうぞ」
「そんなにして貰って恐縮です! でもありがたく頂戴いたします」
渡されたのは左手用の腕輪と黒色の冒険者リングそれと透明な首輪?
腕輪は黒鉄杉と似た色合いだけど金属で出来ている男心?をくすぐる一品で左腕に付けると締め過ぎず緩過ぎず丁度良い具合に勝手にサイズが変わる、これは魔法の腕輪かな。
黒色の冒険者リングは右手の人差し指にはめようとしたら『左手の薬指に付けてください』と言われ一瞬結婚指輪みたいと思ったけど言われた通りに付ける。こちらもサイズが変わるみたいだ。
透明な首輪……始め首輪のイメージに抵抗が有って躊躇していると『それを付けたら色々な言語で喋れるし読めるようになります、ある程度時間が経てばスキルを獲得し外しても効果は永続します』と言われしぶしぶ付ける、効果を確かめたくて先ほどの契約書を見るとちゃんと文字が読めた。
『主従の契約書』
私彼方=田中は契約主:マリア=ラーズグリーズに借り受けた半金貨1枚を返し、なおかつ契約主自らに解放を宣言していただくまで奴隷となり、この契約内容を誰にも漏らす事が無い事を誓います。
「ん? 何これ」
「契約内容はきちんと確認しないとダメですよ? 先ほどの腕輪は円卓の腕輪と言いマジックアイテムです。EXS【部隊作成】が付与されておりMPを1消費してPT作成する事ができます、普通の冒険者リングの機能だと最大六人ですがこれは倍の一二人PTが組めます、失礼自分を入れると一三人PTですね。次の指輪は魔王の花嫁と言う世界に二個しかないマジックアイテムです、効果は重ね合わせて契りを交わすと凄い事が起こるそうです。最後の首輪は魔王の首輪と言う世界に一個しかないマジックアイテムです、効果は一定時間付けていると様々な言語を理解できるようになるそうです、なお外す事は製作者しか出来ないようになっているみたいですね」
「待って、待って! 長いし何マジックアイテムって魔法道具の親戚?」
とりあえず落ち着こう、大丈夫だ問題無いマジックアイテムって何かな?
「魔法道具はマジックアイテムのコピー品ですねオリジナルがマジックアイテムと呼ばれる物です」
「マジックアイテムは理解したけど、それ以外全部が何! どういう事? 騙したの?」
落ち着け、そうだ冗談に決まっている、微笑んで冗談ですって言ってくれるよね。
「今から喋りますのでとは言いましたけど……誰も契約書の内容を読むなんて言ってませんよ?」
マリアさんは満面の笑みを浮かべ頭を撫でてくる、これは……日本じゃかんがえられないほどからい契約書だよ。
「ボクをどうする気ですか?」
「私はどうもしませんよ? ご主人様って呼べとかも言いませんし、もう宿に帰ってもらっても良いですよ、お金だけはいつか返してくださいね」
「本当に何もしない? 虐めない?」
「勿論です、ロズマリーが心配してますよ? ルナも退屈そうですし」
ルナは自分の尻尾の手入れを始めている、ちょっと触りたいけど今はダメだ。
この契約書は何、本当にアイテムくれただけなの?悪戯にしては手が込んでるけど奴隷商人ギルドの件もあるし気にしないほうが良いのかな。
「契約内容を漏らさない限りは安心してください、漏らそうとしても漏らせないと思いますけどね……」
ヤバイ、あの時のマリアさんになっている、足が震えてくる。
「ワンッ」
ルナが引っ張って部屋の外に連れ出してくれた。
ルナの手を握って無我夢中で走る、昼ご飯を露天で買い込む冒険者達を避けながら冒険者ギルドに向けて。
ロズマリーさんなら何とかする方法を知ってるかもしれない、マリアさんを知っているみたいだし乗り越えた可能性がある。
必死に走るボクの指には怪しく光る魔王の花嫁がはまっていた。




