第159話 依頼書にはきちんと目を通しましょう。
久しぶりに洋館の朝食にありつけたボクは、ブラウニー達が忙しそうに料理を作っているキッチンをチラリと見て食器を返却棚へと返した。
日に日に寒くなっていく中、王都の街々は二四時間お祭り騒ぎの真っ最中だ。
巨大なお弁当箱に料理を詰め込んでいるメアリーを見つけたので、前から考えていた慰労の話をしてみる事にする。
「ねぇメアリー? 皆でダンジョンにキャンプに行かない? ほら、最近ずっと仕事続きで皆疲れてるでしょ? ゆっくりダンジョンの中でキャンプ的な事を――」
「――無理。この忙しい時期に何言ってるの? ねぇ、獣化したままのルナでさえ毎日朝から晩まで燻製作ってるんだよ? 燻製室を倍に増築したのにだよ? 雑貨も飛ぶ様に売れるし。先物買いした芋をそろそろ受け取って加工する算段も付けないとだし、何よりこっちに移って来た人達の世話もあるんだよ? ブラウニー達は基本洋館の中の事がメインだから外には出て来れないし、オーキッド達は連日行われてる酒盛りの給仕に臨時バイトで借り出されてるし――まだまだあるけど……聞きたい?」
「ご、ごめんなさい……依頼受けに行ってきます」
「よろしい、これお昼ご飯に持っていってね♪」
メアリーに今がどれだけ儲け時なのかを懇々と諭される事になった。反論の余地も無く、回れ右すると冒険者ギルドへと足を向ける。
メアリーお手製のお弁当は一人で食べるには多く、何故か五人分くらいの量が詰めてあったが、駆け足でお店に向うメアリーを引きとめて理由を聞くのも気が引けたのでそのままスマホに収納する。
「あっん?」
急に膝から力が抜けて変な声が出る。
足元を見るとブラウニーがボクの足を触って魔力を奪っていくのが見えた。
よほど忙しいのかすぐさま分裂するように増えたブラウニー達は、軽く会釈するように頭を下げると散り散りに仕事へと戻って行った。
モコモコとした暖かそうな冬着を着た冒険者達が、陽気に歌いながら酒場を梯子するのを横目に冒険者ギルドを目指す。しっかり蓄えを作れた冒険者は寒い冬の間はあまり王都を出ないそうだ。
時折こちらに向く冒険者達の視線が、この寒い中依頼を受けに行くボクをあざ笑っているかのように思えて居心地が悪い。
他の事を考えて気を紛らわせていると一つの案件が頭に浮かんできた。正直考えるのが怖いのでずっと放置していた事だ。
「ブラウニー達増えすぎじゃ? 誰かの使い魔や従魔って事でもないし……住居に取り憑いた精霊さんだよね? 愛姉?」
多分姿を隠して側に居るであろう愛姉に話しかけても返事は無い。
洋館に住む者の認識では、ブラウニーという存在は今の所とても世話焼きの良い精霊さんだという事で一致している。洋館を破壊しようとでもしない限りは仲の良い隣人で居てくれるだろう。
今後皆の行っている商売で敵が現れた場合、洋館に嫌がらせに来る可能性が無きにしも非ず。その場合――ある日、洋館の前に死体が転がっていました、といった事になりかねない危険性がある。
一度エウアと話をしてみた方が良いかもしれない。最近見ないけど。
「ブラウニー達結構容赦無く攻撃してくる時があるからね……」
目が覚めると毛皮に包まったまま窓から地面に放り捨てられていた経験があるので、他の人にも同じ事をしていないかと心配になった。
「多分、そんな事されるのはカナタだけじゃないかな? ブラウニー達は普段は非常に温厚だよ?」
「普段はね……それと思っている事読むの止めてね?」
それ以上愛姉からは返事が無かった。
冒険者ギルドに着くとまず依頼書の張ってある板を確認する。
張られている依頼は年中張ってある採取依頼の他に炭鉱の調査依頼が一件、商人の護衛でペルシアン大陸へと向う長期契約の依頼が一件、マグロ漁が一件、後はいつ張られたかも定かでない討伐依頼が数件だ。
採取依頼は報酬が安過ぎる点で論外だとして、炭鉱の調査依頼には少し心引かれる物がある。採取した鉱石は半分報酬として現物支給されると書かれていた。
商人の護衛は割が合わなさ過ぎて論外、誰が好んで戦争中の隣国に長期契約で向うのか、王都を離れる事は出来ないのでスルーする。
マグロ漁は冗談かと思ったが本気みたいだ。
報酬について別紙に小さな文字で事細かに書かれている。手当てや追加報酬が無茶苦茶多く書かれているが、最後の一条に『上記の全ての報酬は依頼の成功報酬となります』と一言付け加えられているので少し恐ろしい。最近張られた物らしく定員残り四名と書かれていた。
討伐依頼に新しい物は無く、全ての紙がパリパリに硬くなり日焼けして擦り切れた感じになっているので、そもそも討伐する魔物が近くにいないor何らかの理由で討伐できない魔物の可能性が高い。
居ない魔物を探すのもしんどいし、強いだけなら良いが厄介な理由で討伐できない魔物なら、その厄介の内容次第では受けた時点でメアリーに何て言われるか分かった物じゃないのでパスだ。
「あれ? 何でこんな所にまだ居るんですか?」
「ん? シルキーおはよう? 今来たところだけど……どうしたの?」
依頼書を見ていると、右手で口元を隠して驚いているシルキーが通りかかった。
ボクの直感が何かまずい事になっていると告げている。
シルキーの手には剥ぎ取られた依頼書が一枚。依頼の内容はゴブリンを追い払って農地を開拓するという簡単そうな初心者向けの依頼だ。人数制限は無しになっている。
何故初心者向けだと思ったかは簡単な推理だ。
魔物がゴブリンと指定されている、討伐ではなく追い払うだけで良い、という二点からまず戦う力はさほど求められて居ない事が分かり、農地を開拓という三点目の条件から求められているのが寒いこの冬空の下で畑を耕す労働力だという事が分かる。極め付けが人数制限が無い事だ。
依頼主は人海戦術で一気に開拓したいのだろうが、今年は働いている冒険者の数が少ないので大変そうだね。中堅の冒険者はまず受けないめんどくさい依頼だ。
「一応期限は有りませんけど……あの子達大丈夫かな?」
「はっ?」
「え? 四人でこの依頼、受理されてますよ?」
「はっ?」
「え? これはライさんが今朝早くに受けた依頼です。昨日、私が依頼しましたよね? カナタ様にあの三人組みの冒険者の子守」
「はっ?」
「期限何て指定しませんでしたよね?」
「……まじ?」
何故か最高の笑顔で依頼書の写しを見せてくれるシルキー。昨日は簡単にサインだけした依頼書の内容を読んで行くと、ライ・フウ・ホムの三名が衣食住を確保し自立できるまで面倒を見るとの誓いを立てさせられていた。
「えぇ……こんなの有りなのか」
「あの三人、ギルド上層部の見立てによると将来有望なので、育成に長けているカナタ様に是非育てて貰おうと言う事になりまして。それに――依頼書にちゃんと目を通さないのは悪い癖ですよ?」
直筆のサインがされている以上、これはボクが正式に受けた依頼という事になっている。
冒険者ギルドに来るたびに受付嬢へ甘いモノを差し入れていたのに、何か聞いていた話と対応違う気がする。
「ぉぅぃぇ……誰だよ、受付嬢は甘いモノで懐柔しろって言ったやつ」
「何か言いました?」
「何でも無いです。その依頼書の写しをください」
「それでは「「「「行ってらっしゃいませ♪」」」」」
何故か受付嬢全員で盛大に送り出される事となったボクは、依頼書に書いてある村へと全力で向うのだった。
――∵――∴――∵――∴――∵――
幸い依頼を受けた村の場所は西門を出て徒歩で数時間南下した場所にある事が分かりほっとする。
村に着いて聞いてみると、依頼を受けた冒険者達はすでに畑予定の場所へと向った後だった。
思った以上に強行軍で依頼をこなそうとしているようなので、急ぎ雪で足跡が消えた雪原を進む。
村長の話によると、村の外に囲いを作って害獣に荒らされないちょっとした農園を作る予定なのだそうだが、今年は寒さが厳しく数日開拓を放置しているとゴブリン達が住み着いてしまったらしい。
囲いの規模は高さ2mほどの石垣と幅2mほどの堀で農園予定地を丸々覆い尽くす様に張り巡らされているそうだ。立派な石垣と堀は、今からその中に村を作っても良いほどの物らしく、一時村の移転すら考えたそうな。
思わず、力込める所間違ってますから! と突っ込んでしまったが『一度作り始めるとついつい大きくなっていってしまったんじゃ』と笑いながら言う村長さんと村人達の気迫に押されて何も言えなくなった。
「いや、まぁ実際あるよね? 楽しくてついついやりすぎる事って」
「そうだね、ついついナニをヤリ過ぎてしまう事もあると思うんだよ?」
「……お尻触ったら尻尾引っこ抜くからね?」
独り言に返事をしてくれた愛姉は、いつの間にかボクの背後に回ってハァハァと荒い息を吐いていた。
お尻に向って伸びていた手が引っ込むのを確認してから、遠くに見えるベースキャンプを見据える。
「アレ、ライフウホムの三人以外にも居るよね?」
「人数無制限だからね~」
「アレ、どう見ても石垣2mと堀2mって規模じゃないよね?」
「ゴブリン達に頭の良い固体が居たんじゃないかな? かなり補強されてるね」
「アレ? これって、もう普通に篭城戦だよね?」
「中には開拓中の畑があるらしいから、敵は頑張れば自給自足に近い事はできるんじゃないかな?」
太い木の枝や蔓で補強された石垣は軽く3m以上あり、外からは昇りにくい様に葉っぱで覆われている。
氷水で満たされた堀は幅がかなり掘り進められており、2mと聞いていたはずなのに倍の4mほどの幅になっていた。
この場所から見える物見やぐらには、スリングを片手に持ったゴブリンの姿が二匹。
軽く要塞と化した元農園を見下ろす小さな丘の上に、冒険者ギルドが販売している一人用のテントが複数並んでいるのが確認できる。
まだ戦闘な始まっていないのか、お互い睨み合ったまま硬直状態のようだ。
「あっ~れ? おかしいな、ゴブリン追い払って農地を開拓する依頼だったのに……おっかしいな~?」
「極力手出しはできないんだけど、もし……しても良いならゴブリン全部滅ぼすけど?」
「今、何するか聞こえなかったんだけど?」
愛姉の声が聞こえた左後ろを振り向くと、鼻の下を3cmほど伸ばしただらしない笑みでヨダレを垂らして両手を怪しく動かしている変態が居た。
「……却下、それに滅ぼすって言い方が物騒。いったい何する気だったの?」
「え? この世界に存在する全てのゴブリンを根絶やしにするようにって嫁に連絡を――」
「!? 目の前のゴブリンだけじゃなかったのか! 却下却下! ゴブリンでも生態系に何かしら係わりがあって滅ぼしたら色々困るとかあるんじゃないの?」
本気で物騒な事を言い始める愛姉の尻尾を掴むと、手持ち無沙汰に弄りまわる。
愛姉の尻尾は普通に直に生えている尻尾だ。漫画で女悪魔に生えている様な先っぽがハート型の黒い尻尾で、触り心地はシルクの様に滑らかで良い。
最近知った事だが、撫でたり弄り回すと非常に機嫌が良くなり、何でも言う事を聞いてくれるようになる。
「しかたないにゃぁ。ゴブリンは害獣だから滅ぼしても生態系は何も変わらないけどにゃぁ」
「ゴブリン……本当に嫌がらせのような存在なのか」
ふにゃけた声で話す愛姉の頬は上気して薄桃色になっていた。
一応駆け出しの冒険者が狩れる数少ない魔物のうちの一種類なので根絶やしはマズイだろう。ダンジョンに潜ってソロで狩ろうと思わない限り、子供ほどの知能しか持たないゴブリンは安全安心な経験値袋だ。
「な、何か今背筋がザワザワした!?」
「……どうやら事は簡単に行きそうも無いみたいだね。今あの砦の中からカナタを鑑定しようとした魔物が居た。ちょっとぶっ殺してくるけど良いよね?」
「鑑定? って! 待って! 話が見えない、あの場所に居るのはゴブリンだけなんじゃないの?」
飛び出しそうになった愛姉の尻尾を引っ張って引きとめると、眼鏡に移したままの拡大機能を使って砦の中を観察する……何か黒いやつが居た。皮鎧を身に纏い銀色に輝くクレイモアを肩に背負っている異質の魔物が。
「愛姉、見つけた。黒い――ゴブリン?」
「ゴブリンの上位種――オーガ、それも亜種だね。このまま戦闘が始まるとあの砦の周りは血の海になる」
「とりあえず皆を守るよ!」
「待つんだ」
今度は駆け出そうとしたボクの腕に愛姉の尻尾が巻き付いて動きを止めた。
真剣な愛姉の表情、ギラギラと太陽光を反射して輝くクレイモアの光りが目に入る。
「どうしたの? 早く行かないと戦いが――」
「――戦いは始まらない、カナタは子供達を引き止めて来て。どうやらあのオーガ……転生者だ」
「はぁっ!? 魔物に転生? ソレってどういう――」
「――後で説明するから。子供達が攻撃を始める前に止めて。早く! この光りはモールス信号だ。相手に戦う意思は無いみたいだから!」
「……了解。後で必ず話しを聞かせて貰うからね?」
やけにギラギラ光りを反射していたと思っていたが、嫌がらせでは無かったらしい。
いつもと違うシリアス顔の愛姉に背を押されるとボクはテントが立ち並ぶベースキャンプへと足を進めるのだった。




