幕間 馬鹿でも分かるカジノの必勝法!
内容が続き物だったので連続投稿します。
「なかなか景気が良いみたいね。さすがトール兄様の経営するカジノね」
「!? これはこれはクリスティナ皇女殿下、このような場所に! ようこそおこしいただきました。椅子を!」
漆黒のドレス姿に着飾ったクリスティナが現れると、血相を変えた支配人は部下を呼びつけ、最上級のトレント材で作らせたVIP用の椅子を持ってこさせる。
「本日はどのような御用件で……?」
「ただ、暇だったから見に来ただけよ? たまたま立ち寄ってみれば青天井の暗幕が見えたものだから、気になって顔を覗かせたのよ?」
アンナとクリスティナを交互に見ながら支配人は脂汗を垂らし大きく喉を鳴らす。
「はぁ……こちらのお客様とはお知り合いで?」
「……どうだったかしら? まぁ良いのではなくて? ゲームの続きを見せて頂戴」
チラリとアンナをいちべつしたクリスティナは、興味無さ気に視線をテーブルへと移し椅子へと腰を降ろす。
今日は珍しくガーベラを連れていないのか、包帯で顔を隠した大柄な護衛を一人背後に控えさせていた。
「そ、それでは真剣勝負を開始いたしますがよろしかったでしょうか?」
「さぁ! 勝負ですよ! コール金貨十枚」
「こちらもコール金貨十枚させて貰いましょうか」
「勿論こっちもコールですよ! 負けを取り戻さないと大変な目に合いそうなんで! 金貨十枚」
「ほうほう、中々強気のお嬢さんですな。7ですか……シックスセブンでも引き当てましたかな? コール金貨十枚……」
お互い引かない上乗せ合戦。アンナは余裕たっぷりの表情で上乗せを続ける。
「ちょっとアンナ……」
「何ですか?」
何度か繰り返されたコールを止めたのは、アンナの右肩に手を置いた幽鬼の如く青い顔色のアヤカだった。
「……見逃した」
耳元で囁かれたその一言を聞いたアンナは顔色を青白く変えてテーブルのカードの上に手を伸ばした。
「おや? 勝負を諦めますかな?」
「えっと、その……」
一度真剣勝負が始まれば、カードをめくって数字を確認する事はできない。カードがオープンされるのはどちらかが降りた場合か、お互い合意でショウゲームする場合だけだ。
「降ります……」
「それではよろしいですかな?」
支配人の最後の確認に無言で頷くアンナ。悔しそうに唇を噛むアヤカを見たクリスティナは、今この場で何かが行われたのだと認識する。
ゆっくりとめくられて行くアンナのカードはダイヤ7が2枚とスペード7とハート7とクローバー7が1枚とクローバーの3が一枚――ワンジャックと10でツーセット31。
「いやはや若さとは恐ろしいものですな……シックスセブンかと私め震えておりました。それではダブルジャック3倍支払い込みで一度ショウダウンといたしましょう」
「「はったりで逆転しようと思うアンナは馬鹿なの」」
2枚あったはずのクローバーの7が一枚違うカードに変わっていた。その事を知るの者はゲームしていたアンナとカードの数字が見えていたアヤカだけだった。
「――支配人」
「ははっ!」
不意にクリスティナが支配人を呼ぶと、誰一人声を上げる事ができない緊張した雰囲気がこの場を支配する。
「もし……その娘達が勝負に負けて奴隷に落ちる時は、私が買いたいわ。綺麗なまま譲って頂戴?」
「はぁ……やはりお知り合いでしたか?」
クリスティナは支配人の質問に答えずにアンナ、マリア、妹達の順番に舐めるように視線を送ると、最後にアヤカを見つめて舌なめずりした。言い様の無い寒気を感じたアヤカはブルリと震えて思わずアンナの背に隠れる。
「最近、可愛い女の子の悲鳴を聞くと気持ちが昂ぶるの……もう無茶苦茶にしたくなるのよ?」
「……それはそれは良いお趣味をお持ちですな。私めも共感いたしました。良いでしょう、値段は応相談と言う事でよろしいでしょうか?」
クリスティナが静かに頷くのを見た支配人は満面の笑みで礼をすると、欲望丸出しの豚の笑みをアヤカ達に向け、次のゲームの準備に新しいカードを開封する。
「勝手に話が進んでるようですけど、まだゲームは終わっていませんよ!」
「これはこれは失礼を、さぁ続きといきましょう」
強気のアンナが両手を胸の前で組んで言うと、もう紳士を気取るのを辞めた支配人は舐めるような視線をアンナとアヤカに送る。
「それに、私分かっちゃったんですよ! このゲームに絶対勝つ方法が! タイマンで勝負ですよ!」
「ほぅ? それは威勢の良い事を言いますな」
震えて動けなくなったアヤカをマリアに託すとアンナは装備した装飾品を指でなぞる。
続けてマリア姉妹もアヤカとマリアも含めた全員の装飾品を指でなぞっていった。
怪訝な顔でその様子を眺めていた支配人は、次のゲームを開始すべくカードを配り始める。
「!?」
配られたカードはアンナダイヤの7と伏せカードのスペードの7、支配人のカードはダイヤのエースと伏せカードのハートのエース。
先ほどとまったく同じ位置に同じカードが配られた事に息を呑む観客。
「追加で2枚ずつドロー!」
「強気ですな……」
追加で配られたカードは、伏せカードのハートの7とダイヤの7とクローバーの7が2枚。支配人の追加カードは伏せカードのダイヤ10とハートのジャック、ダブルジャックで追加配当3倍の勝利手だ。
全て先ほどと同じ配カード、この異常事態に思考が停止し、脂汗を流し始めた支配人を見てアンナはほくそ笑む。
「そ、それではショウゲームといきましょうか。珍しい事もあるものですな……私めは再びダブルジャックです。真剣勝負いたしますか?」
「勿論ですよ? ルール上コールに上限は無いんですよね?」
「はぁ、有りませんな。それ故、このゲームのダブルジャックは青天井と呼ばれる由縁なのです」
念を押すアンナに冷静に答える支配人。勝利を確信したアンナは黒バックから一枚のコインを取り出しコールを宣言する。
「コール! 1イデア=イクス結晶!」
「馬鹿なっ!?」
七色に輝く透明な結晶型コイン。金貨の百倍の価値を持つ白金貨のさらに五十倍の価値を持つ貨幣。
通常冒険者ギルドや商業ギルドと国の取引などにしか使われない超高額貨幣。
普通の冒険者は一生で一度も見る事が無いと言われている七色の輝石。
支配人は銀色のスプーン型マジックアイテムを懐から取り出すと七色に輝くコインへと近づける。部屋に響き渡る澄みきった鐘の音――貨幣専用の真偽鑑定マジックアイテムはこのコインが本物だと告げていた。
「ほ、本物!? 馬鹿げてる、馬鹿げてる! どうしてそのコインが出てくる! いや、それ以前にどうやってイデア=イクス結晶を手に入れた!?」
「私分かっちゃったんですよね~。このゲームには必勝法がある事に」
うろたえる支配人の前でアンナは指を左右に振って自信満々に告げる。
「コール1イデア=イクス結晶」
「相手がコールできなく……えっ?」
まさかコールされるとは思っていなかったアンナは、ラビッツがルナに引っこ抜かれた時の様に呆然とした表情でテーブルに目をやった。
支配人が指を鳴らすと金色の小さな宝箱が奥から登場して蓋が開けられる。
中には3枚のイデア=イクス結晶が並んで保管されていた。
「ふぅ、どうやって手に入れたかは知らんが、危ういところだった。確かに、相手がコールできなくなれば勝ちはほぼ確定する。が、計算が甘か――」
「コール2イデア=イクス結晶」
すかさず黒バックから追加のイデア=イクス結晶を取り出すアンナ。言葉半ばで固まってしまった支配人の前で指を振って舌を小さく鳴らす。
「サイフの中身を相手に見せちゃダメですよ?」
「……」
全身から脂汗が止まらなくなった支配人は小さくよろけてテーブルに手を付いた。数秒の出来事で自身が脱水症状に陥っている事に気が付いた支配人は水差しから直接水を飲むと考える。
今降りると今日の勝ち分を全て失うどころでは済まない大損失を出してしまう、即解雇され損失を補填する為に屋敷や財産一切合財を処分されるだろう。だが命は助かる。
ここで降りずにコールすると、純粋なゲームの結果で勝敗が決まってしまうが、奥の手を使えば負ける事は無い。もし、万が一負ける事があれば、その損失額は第一王子トールの耳に入れば即断首されるレベルの大金だ。
一瞬の迷いの後、支配人はカードを睨み見て決意を決める。
「コール2イデア=イクス結晶!」
「ん~どうしよっかな~?」
決意を決めてコールを告げた支配人の前で、鼻歌を歌いながら再び黒バックからイデア=イクス結晶を取り出すアンナ。
完全に思考が停止し、脳裏に娘の顔が思い浮かんだ支配人は、地面に膝をつき額をこすりつけて土下座した。
「私めには娘が居ます。親の仕事など知らず純真純朴に育った可愛い娘が、去年王立魔道学園に受かって次席の座にまで選ばれた可愛い娘が……どうか――最後にはカードでの勝負を」
「それって泣き落としですよね? 今までそうやって来た者達から搾取して今の立場を手に入れたんですよね? それで許されると思ってるんですか?」
「……これで人生最後の勝負とします。平に――」
額をさらに地面に擦り付けた支配人を見たアンナは、一瞬迷いながらもイデア=イクス結晶を黒バックへと収納する。
「良いでしょう。一度だけ、その娘さんに免じて勝負しましょうか」
「ありがとう、ありがとう……本当にありがとう――」
アンナの声を聞いた支配人は、地面に額を付けたまま豚の笑顔でほくそ笑む。
先ほど言った事は全て本当だったが、最後の勝負にイカサマをしないとは言っていない。
「それではショウゲームといきましょう」
立ち上がった支配人は静かに告げると、奥歯に仕込んだスイッチ型のマジックアイテムを噛み締める。
押せば対になったもう片方のマジックアイテムが振動する、だたそれだけの機能を持ったマジックアイテム。
背後に立っていた若いディーラーは、合図を受けて懐に忍ばせたカードを入れる小さな箱の裏面を操作する。
「それではオープンして行きましょう……ダイヤの7、スペードの7、ハートの7、ダイヤの7、クローバーの7……クローバーの7!? シックスセブンだと!? どうして! い、イカサマだ!」
「おや? どうしてそんなに驚くんですか? イカサマ? 何を言っているのか分かりませんよ?」
慌てて背後に居たディーラーを睨んだ支配人だったが、箱でカード目を操作したはずのディーラー本人も目を広げて驚いていた。
「かくなる上は――」
支配人がテーブルの裏に隠されたスイッチを押すと、背後の壁が開きゴロツキ風の男達が静かに現れる。男達は全員黒い袋のような物を被っており一切無駄な動きが無かった。
「止めておけ。それ以上、道化を演じるのならば……切る」
謎の男達が動き出すより早く、クリスティナの後ろに立っていた大柄の護衛が言葉を発し、顔の包帯を解いていった。
現れた男の顔を見た支配人は足元に水溜りを作りながら尻餅を付く。
「トール様……」
「ふん。実害が無い間は、ほおっておこうと思ったが……面倒事を呼び込むとなると話は別だ。その娘達は全てクランリトルエデンの幹部達だ――そして【絶壁】の嫁でもある。俺を破滅させる気か?」
スッと音も無く折れたレーヴァテインを抜いたトールは、再生中の剣先を支配人の眼前に突きつけた。
「力ずくの方が楽で良かったんですけどね~。クリスティナも人が悪いですよ……助っ人が助っ人呼ぶとか聞いてませんでしたよ!」
「念の為に手を打っておいただけよ? ……それにもしもの時はカナタに恩を売れるかと思ったのよ」
カナタの名前を呼ぶ瞬間頬を赤く染めたクリスティナを見た他の者は、溜息を吐いて首を横に振った。
「それじゃあ、この勝負私の勝ちですよね?」
「あぁ、額が額だけに痛いが、そのイデア=イクス結晶は報酬として貰っておけ。後の事はこちらで処理する。溜まってた膿を出す手伝いの駄賃だ」
「なら、このルール上のダブルアップは有効ですよね?」
「何?」
アンナが指差した壁にはホームルールが詳しく書かれている紙が張られていた。
その項目の中に、シックスセブンで勝利した場合のダブルアップについて書かれている項目がある。
ゲームに使われた残りのカードから一枚引いて7が出た場合、かけ金が二倍で払い戻されるというもので、7以外が出た場合はその日の勝負が全て無かった事になり、お互いかけ金を全て払い戻すというものだった。役名はセブンスヘブン。
小さくウインクしてカードの山から裏返しのまま一枚引くアンナ。
このカードの数字が7以外ならこの日の勝負は無かった事になり、支配人が出した損失も0になる。
トールはアンナという小娘への認識を改めた。将来大物になる予感を感じ、小さく鼻を鳴らして笑みを作る。
「やったー! 私勝負に勝ちましたよ! セブンスヘブン!! ダブルアップで配当が倍です!!」
「……分割で頼む」
空気の読めないアンナは、引き当てたハートの7を大きく掲げて大声で雄叫びを上げた。
目頭を押さえたトールは、自分の思い違いだったかもしれないと少し後悔するのだった。
「自重しなさいバカ……」
喜び飛び跳ねるアンナを捕まえたマリアは、こめかみに両拳を当ててグリグリと力を込めていく。
「いたっ! ちょ、痛いですよ! 痛たっ! ダメッー!」
涙を流しながらマリアの束縛から逃れようと身を捩るアンナ。
「トール兄様、追加の配当は必要有りません。その代わり、そのゲスの一人娘にまでは沙汰が回らぬ様お願いしますわ」
「……助かるが、何故助ける? 親の庇護から離れて生きていけるほどこやつの娘は強くは無いぞ? 他方からの恨みで瞬く間に攫われ、さらなるゲスの慰め物になると思うが」
「カナタなら……放っておかないと思っただけよ。別に情けをかけようと思ったわけじゃないんだからねっ!」
カナタの名前を言葉にした瞬間、頬を染めて子供の様に両手でポカポカとトールの胸を叩き始めるクリスティナ。
昔のクリスティナからは想像出来ないその姿を見たトールは、心の底から喜び自然に頬が緩んでいった。
「お前の養女として登録しておいてやろう。俺が本当の叔父になるのももうすぐかもしれんがな」
「か、カナタとはまだそんな――!! トール兄様のバカ!!」
トールの胸を叩くクリスティナの力が強くなっていく。呆れ顔でその様子を見ていたアヤカは装備した装飾品の表面を指先でなぞって機能を停止させていく。
一見金銀宝玉の付いた綺麗な装飾品だが、実は強力なジャミング能力を有するマジックアイテムで、一定範囲内の通信を妨害する強力な結界を形成できる機能があった。
アヤカは懐に隠していたカードを入れる小箱の裏面を操作して機能を停止させる。
先にこちらがカードを操作して、通信妨害のマジックアイテムでそれ以上操作できないようにする。それがアヤカの行ったイカサマの正体だった。
誰にも気が付かれる事なくイカサマを遣り通したアヤカは、道化を演じてくれたアンナを助けるべくマリアの元へと歩いて行った。
「そう言えば、必勝法とか何とか言っていたわよね?」
「あぁ、あれですか? 聞いたら驚きますよ!」
「え? まだ何かあったの?」
ふと手を止めたマリアから逃れたアンナは胸を張ってVサインを作った。
「1イデア=イクス結晶をかけて負けたら次は2イデア=イクス結晶かけて、それでまけたら次は4イデア=イクス結晶をかけて、それで負けたら次は8――」
「ちょっと待って……負ければ倍の額をかけ続けていれば、いつか買った時には黒字になるって事?」
「どうです! 私天才ですよ!」
「「「……」」」
黒バックから両手で持ちきれないほどのイデア=イクス結晶を取り出したアンナを見たアヤカとマリアと妹達は、馬鹿がお金を得たら大変な事になると深く心に刻み込んだ。
後日、王都地下ダンジョンでアンナが得た財宝の売却額が国家予算レベルの物だと知ったメアリーが、クラン資金への援助と言う名目でその殆どを回収し、運営費に変えてしまう事になる。
皆に煽てられて次々黒バックからイデア=イクス結晶を取り出していったアンナの手元に残るのは、わずかばかりの白金貨と半金貨に、効果が微妙で売れなかったマジックアイテムだけになるのだった。
マリアと妹達は仲良く手を繋ぎ、その隣で頭の後ろに手を組んだアンナと自分の肩を抱いて歩くアヤカは、三つの満月が重なり合い様々な形になっていくこの世界の月夜を眺めながら帰り道を歩く。
「あっ、メール。カナタ達もついさっき終わったみたいね。クリスティナも動いてくれてるし、明日にはあのゲスの屋敷から被害者も助け出されて万事解決ね。あちらが本命だったみたいだけど、フェリがこっちに捕まって無くて良かったわ」
「そうですね、子供をいたぶらないと立たないなんて変態に捕まったら大変ですよ……」
「そう……ね。ところで、あのクリスティナが言っていた事って冗談よね?」
「「……愛の形は色々なの」」
妹達の一言を聞いたアヤカは一瞬身震いしてアンナの手を握る。
何故か手を握られたアンナは頼られている気がして良い気分になった。
「もしもの時は……アンナ、私達友達よね?」
「えっ!? 何ですかその振りは!?」
「冗談よ! 冗談……多分ね?」
駆け出したアヤカを追う四人。
初めての夜の散歩にテンションが上がっている五人は、酔っ払いの冒険者が寝転がる大通りを馬車を超えるスピードで駆け抜けて行った。




