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ボクが異世界?で魔王?の嫁?で!  作者: らず&らず
第6章 スカイオブプリンセス
202/224

第152話 よくある主人公体質

 巨大な質量を持った物質が空を飛んでいる。超科学では無く魔法の力。

 天空の城は静かで生き物の気配が無い、少し寂しい場所だった。


 愛姉(あいねえ)の作り出した上昇気流を昇り、城へと楽々飛び上がったまでは良かった。

 天空の城に近づくと冷たい空気と温かい空気の層の境目を発見する。

 丁度その場所に城の結界でもあるのかと思ったが、触れて分かるような結界の類は見当たらない。


「多分あれだ、今ので相手にも侵入者の存在がバレタとかだ。お話ししに来ただけだし、堂々と飛んでいこうかな?」


 天空の城の外界に接する縁の部分は、2mほどの壁で覆われており誤って城から落ちる事が無いようになっていた。

 遠目に見ているとただ城が浮いている様に見えていたが、近づいてみると案外それ以外も広い事が分かった。月夜だというのに城の周囲は何故か明るい。

 庭園や畑、森・林や池・川・滝などの自然と調和する様に巨大な城が中央に建っており、あちらこちらに手入れされた綺麗な花壇や、自然に伸びだ植物の緑のカーテンを発見する。


「あの境目からこっちは昼のようだね。ん? どこか……見た事があるような?」


 天空の城を東西南北で分けた様に、それぞれの場所に生えている植物群は少しずつ植生が変わっていた。

 春夏秋冬が同時に訪れたような季節感が狂うこの光景をボクは知っている。


「あ、洋館の地下だ。エウアの住居も四季が同時に訪れた感じだった。案外あの場所も埋もれた天空の城の一部だったり……しないか。あっ――」


 風に乗って運ばれてくる色濃い生命の香り。むせ返るような草花の青い匂いが鼻腔をくすぐる。

 空を飛んで進むのが勿体無いと思えてきた。地に足をつけ土の感触を楽しむ。


「王都もそうだけど、この世界の村や町は石畳だからね~。ラビッツが生えるくらいなら気にせず、地面を埋めなくても良いのに」


 1mほど幅の有る道を歩く。草花のアーチをくぐり抜け、甘い香りの誘惑に負けそうになりながらもゆっくりと中央の城を目指す。青いアプの実がなっていたので一つもいでスマホに放り込んでおく。


 城へと続くと思われる道を進んでいると、二股の分かれ道に出た。

 中央へと進む道は林のようなところを突っ切るルート、もう片方は林を迂回するように池へと向うルート。何となく迂回するルートを選んで進む。


 道端を小川が流れている。綺麗な小川の水はそのまま飲めそうなほど澄んでいるが生き物の気配は無い。

 左手に見える林を風が通り抜けてゆく。風で運ばれてくる濃厚な樹木の香りが意識を覚醒させていく。

 時折聞こえてくるのは風が木々の枝を揺する音。静か過ぎる、動物はおろか虫の気配すらない。


「綺麗……それに甘い香り」


 その場所を見つけたのは偶然だった。甘い香りに誘われて林に入っていくと、ライラックの木々が群生している場所を発見した。高さ4mからなる木々の集まり、10m近い樹高のライラックも混じっている。

 甘くやさしい香りは、ライラックの枝に付いた白・赤・黄・薄緑・紫と色取り取りの花から漂って来ていた。

 誘われるように小川に沿って近寄っていくと、小さな吐息と水の跳ねる音が聞こえてくる。

 高鳴り始める心臓。自然に息を潜めて音の元へと【停止飛行】を使い音をたてずに進む。


「ラララ~ララ~ラ~♪ ふふ」


 ボクはライラックの樹木だ。身動ぎ一つしない自然の一部だ。

 小川を辿った先には小さな池が有り、池の中央には平たく白い大理石のベットのような物があった。

 透き通るような白い肌を惜しげもなく晒し、ベットの上でさえずる小鳥ちゃんが居る。


「ラ~♪ ラララ~♪ ラ~ララ~♪ んっ」


 ボクはライラックだ。極自然に散歩してただけのライラックだ。甘くやさしい香りに誘われたただのライラックだ。

 何故か小鳥ちゃんは両手で己の体を撫で回している。時折漏れる吐息に熱がこもり始め、水面に触れた足先が水を跳ねさせる。


「んん、ララ~ララララ~♪ んふっ、ラ~んっ」


 ボクは――ライラック。甘くやさしい香りをお届けするモクセイ科ハシドイ属の落葉樹。夏の暑さには弱いが冬はボクのフィールド、少し肌寒い程度がベストさ!

 丁度池の真上からは夜だというのに、暖かな日差しが小鳥ちゃんに降り注いでいる。

 さえずるように歌っていた小鳥ちゃんは、何かを求めるような切ない吐息を繰り返している。足先が水面を打ち、生々しい水音がここまで聞こえてくる。


 ライラックになりきっていたボクだったが、ここにこれ以上居るのはマズイ気がしてきた。

 小鳥ちゃんのさえずりが早くなり、水面に波紋が広がっていく。


「ふぁぁーーー」


 お腹の底から声を出したような悲鳴が聞こえて水音が止まる。

 今は無い自分の部分が、心の中で元気になっていく気がした。鼻血が出た。


「ふぁ~?」


 気配を完全に消して樹木と一体化していたボクだったが、鼻血を拭こうとしてスマホから端切れを取り出した瞬間――小鳥ちゃんに気取られてしまう。


 無表情でボクの居る方向へと顔を向ける小鳥ちゃん。まだボクだとバレテはいないようだ。

 小鳥ちゃんはおもむろに池から上がり、裸のまま高さ10mはあろうかというライラックの木に抱き付いた。


「ふぁぁぁぁぁーー!?」

「ライラーック!?」


 抱き付いたライラックの巨木を引っこ抜いて投げてくる小鳥ちゃん。混乱しているのか、ふぁしか言っていいない。

 先ほどまで一身胴体になっていたライラックの木影から抜け出ると戦術的撤退を開始する。

 飛んでくるライラックの巨木を片手で受け止め、すぐにスマホに放り込むと全力で踵を返して城の中央を目指す。


「ふぁぁぁぁぁーー!?」


 背後から飛んでくるライラックの木。根っ子が強いらしく、折れずに土から抜いたままの姿で木々達が空を飛ぶ。背後から凄まじい勢いで飛んでくるライラックは全てスマホに回収しておく。


「ふぁぁぁぁぁーー!」


 全裸で大また開きに全速力で走ってきていた小鳥ちゃん――ミネルヴァは己の姿と痴行に我に返ったのか、今一度大声を上げて足を止めた。

 一瞬振り返ると、顔をアプの実より赤く染めたミネルヴァと目が合った気がした。




 ――∵――∴――∵――∴――∵―― 




 アレから何分たっただろうか? 球状の結界を張り、大きめの川へと飛び込んだボクは流れに身を任せて追跡者が居ないかどうか気配を探る。

 近くを「ふぁぁぁーーー!!」と叫びながら誰かが走り抜けた気がしたが、水の中なのでバレテはいない。


 流れが穏やかになったので、川底を歩いて城へと進む。流れが中央の城へと向っている事から、この川を辿っていけば安全に誰にも見つかる事無く城へと辿り着けるはずだ。

 川にも生き物の気配は無く、水草の類が少しと浮き草っぽい植物がそれなりに生えているだけだった。

 暫く歩いていると川底が石畳になり人工物の水路へと景色が変わってきた。


「ん? 水路は城の地下へと続いているのか……まぁ、中から上れば良いか」


 水路が下りになり滑る水底でこけないよう注意を払う。

 少し歩いていると横に流れる水路とそのまま地下へと流れる水路の分岐点に出る。

 このまま下りていけばどこまで流されるのか? 一瞬一番下まで流されて結界内の空気が尽きる事を想像して身震いする。


「とりあえず城の中に入れたし後は上がっていくだけだよね~♪」


 何と無く独り言を漏らしつつ、少し傾斜のかかった緩やかな水路を進んでいく。


「ん? なんだこれ? 網?」


 水路一面に5cm感覚で間が開いた網が張られている。天井付近を見ると開く事のできるような取っ手が付いていた。取ってを握って押してみるも鍵がかかっているのか開く事ができない。


「むむ、鍵壊すと後で怒られそうだし網の隙間から先へ進もうかな?」


 幸い天井付近までは水かさが無かったので、天井ギリギリの隙間から網を乗り越えて先へと進む。


「お? 流れが急に……どこかに出るのかな?」


 少し細くなった水路を進んでいると水の流れが急になり始めた。

 一度結界を小さくリサイズして水の流れを追う。

 何故かウォータースライダーを思い起こす滑り台のような水路。


 流れていく先に明かりが見え始め、所々水路の地面に1cmほどの穴が見え始めた。穴からは水が流れ落ち明るいどこかの部屋へと降り注いでいる。

 何かがおかしい、そうボクが思った時にはもう遅かった。流されるままスライダーを滑り降りていく。

 明かりが見えてきた。

 温かな光りと……湯気? 一瞬感じた浮遊感の後に暖かい液体へと突っ込んだ。

 湯気が濃くて辺りが見渡せない。暗闇を見通せるこの眼鏡にも以外な弱点があった。

 思わず飛び上がり両手を伸ばして辺りを探る。


「ん? フニョンフニョン?」


 両手に柔らかな何かを捕らえた。一瞬だったがフニョンフニョンだった。

 この濃い湯気と先ほどのフニョンフニョンが何かを本能的に理解出来たボクは、結界を最小限に張りなおすと水面ギリギリから顔だけを出し、音を立てないように注意して出口へと向う。明かりの先に出口があるはずだ。

 水面が途切れ大理石のタイル張りの地面へと変わった。湯気はまだ晴れていないが、これでここがどんな場所なのか確信を持つ。ここはお風呂だ……命が危ない!


 ミネルヴァが先回りして戻っていても何の不思議も無い。むしろ水浴びで冷えた体を温めにお風呂に入るのは当たり前だ。

 大理石のタイルの上を歩腹前進で進んでいると、出口の明かりの前に影が差した。


「あの……退いて貰えます? あと隠してください」

「……出口を出てすぐ隣の扉が上へと上がる階段よ」


 ガラス張りの扉の前にはアテナが仁王立ちしていた。両肩から布が垂れるようにお腹の前で交差する湯浴み着のような物を着ている。慌てていたのか胸元がはだけているし、腰に巻く布のような物を手に持っていた。

 歩腹前進していたので超ローアングル過ぎてまともに上を向く事が出来ない。


 アテナの足が横へと退いて扉への道が開けた。そのまま何事も無かったかのように外へと這い出る。


「あ、あの……すいませんでした!」


 外に出ると一言アテナに謝って隣の扉へと駆け込んだ。返事が無かったがそれほど怒っていない感じがしたので助かった。後で何かお菓子を包んで謝りに行こう。


 大理石張りの螺旋階段を上がっていくと空気が乾燥した物へと変わっていく。

 硬い階段は踏みしめるたびに足腰に負担がいくのであまりよろしくない。

 住むのなら石造りのお城より、洋館の様な木造住宅の方が良いね。


「これ、足滑らしたら死ぬんじゃ……」


 螺旋階段の天井にはキラキラと輝く苔のような植物が一面に生えていた。

 滅茶苦茶硬い階段を上っていくと木製の扉が目の前に現れた。取っ手を握って押し開こうと力を入れると扉が勝手に外へと開いていく。


「アテナ湯加減はどう? 早くしないとカナタが来るわよ! 明日って言っておいたのに何で……な、何で!? ふぁぁぁー!!」


 扉は脱衣所のような場所からミネルヴァによって開かれており、取っ手を持っていたのでそのまま部屋へと引きこまれた形になった。

 状況を理解できていないのか、ミネルヴァは両手を上げて大声を上げると、何を思ったのか裸のまま飛び掛ってきた。


「ちょっと、ちょっと待って! お嬢さん!」


 襟首を掴まれて脱衣所の地面へと投げつけられ、腕で素早く首を固められる。あっと言う間に足を抱えられて袈裟固めの体勢になった。ミネルヴァは全力で絞めにかかってきた。

 すぐに袈裟固めだと絞め落とす事が出来ないと思ったのか、脇固めへと体位を変えるミネルヴァ。


「たっぷたっぷ、マジで入ってる。絞まってる、ま、やば……」

「ふぁぁぁーーー??」


 必死でミネルヴァの腕を叩いても緩めてくれる気配は無い。目の前に広がる肌色の光景に目を奪われ、意識も奪われていく。

 遠くでアテナの声が聞こえてくる。

 ボクは薄れ行く意識の中で、何で飛んで城を目指さなかったのだろうか? と自問した。

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