プロローグ・始まりの日
ボクは田中彼方、高校二年生だ。母は宝石商の仕事で年中海外を飛び回っていて、年に十日くらいしか家に居ない。放任主義だけど、衣食住なんの不満を持たず生活出来ているのには感謝している。
隣の家に住んでいる幼馴染の女の子が毎日家に来るので寂しくは無い。女手ひとつで不自由無く育ててくれているのだ。これ以上を望むのは我侭だと思う。
そんな家庭環境のせいか、近所の人から「かなたちゃんは悠さんに似てしっかりしてるわね~」とよく言われる。 ちゃん付けで呼ばれるのには触れないで欲しい……母に似て肉が付きにくい体質らしく華奢なのだ。
余談になるけど。学校の身体測定で何と無く聞いた体重が幼馴染はボクより少しだけ重かった。幼馴染は長身で一般レベルには肉付きが良い方なので仕方ない事だと思うが、その時もらした一言がイケナカッタ『ボクより重いんだ』次の瞬間! 般若の面を被った幼馴染に腹パンされて横向けにゴロン、すかさず仰向けにされマウントポジションを取った幼馴染にグーで顔面フルぼっこにされた……今では良いトラウマである。
トラウマとはなかなか消えない物らしく、何かの拍子にカタコトで喋る時があるが直りそうにない。
話を戻そう。ボクは中学三年に上がる前の記憶がほぼ丸々無い。中二の夏休みに幼馴染の女の子と山の中で遊んでると、めったに車が通らない道で不運にも交通事故に合ったらしい。
事故後奇跡的に助かったボクと幼馴染の響は事故の日を境に生活が一変してしまった。理由はよくわからないけど、軽傷で済んだ響にも記憶の混乱? があったらしく部屋から出てこなくなってしまったからだ。
自慢じゃないがそれまでは将来を誓い合う(子供の遊び)くらい仲が良かった響とは次第に遊ばなくなり。会わなくなってしまった。
中学三年に上がってからボクは、入院中出合ったネット小説やアニメ・漫画・専門書(何の専門書かは秘密)にはまり。退院してからも時間があれば読み漁る日々をすごしていた。その頃には響の記憶の混乱も直ったらしく、学校で顔を合わせたら話をするくらいには仲も戻っていた。
特に何もなく時間が過ぎ、高校二年生になったボクは、ちょっと遅い思春期特有の病気が発症しそうになっていた……そんなある日。
電話で響の部屋に呼び出される。
二段ベットの上の段(普段はぬいぐるみ置き場になっている)から無言でこちらを見つめる響。
「覚えてる?」
「何か悪い事した?」
「違う」
思わず聞き返してもただ『違う』の一言。
「事故の事?」
「違う……」
他に誕生日か事故の事くらいしか思い浮かばなかったので聞いて見るとまた『違う……』の一言。
「誕生日の事?」
「……」
もう誕生日しか残って無い、聞いて見ると無言になる響。
違うと言わないところを見ると誕生日関係なのかもしれない。
毎年、誕生日プレゼントに直接手渡しであげてた某一〇一匹の動物を模したぬいぐるみ(説明書によるとシリーズは一〇八匹まで居るらしい、煩悩かよ!)。
もしかして去年と同じ番号のぬいぐるみをプレゼントしてしまったのかな? ちゃんとラッピング前に確認したんだけど。
「もしかしてぬいぐるみの番号間違えてた?」
「違う!」
こうなるとお手上げである……若干響の顔が般若に見えてちょっとビビルボク。
お互い無言になり部屋の空気が凍り付く。
「……て」
「ん?」
「…して」
「何?聞こえないよ」
「どうして! 誰も覚えてないのぉぉ!」
急に大声で叫ぶ響に完全にビビルボク。
ビュンッ!ボスッ!ビュンッ!ボスッ!
ぬいぐるみを全力で投げる響にどうしたら良いかわからずただ受ける。
ビュンッ!ボスッ!ビュンッ!ボスッ!ビュンッ!ボスッ!ビュンッ!ボスッ!
ブォッン!ボスッ!ボスッ!ボスッ!ボスッ!ガッ!ガッ!
「うわっ!」
六個目まで投げて一個も当たらないのが悔しかったのか、右手に五個左手に五個持って同時に投げてきた。
日頃体を動かしているおかげで四個までは受けれたが六個ほど顔や手足に当たる。このぬいぐるみ頑丈なのでなかなか痛い。
「痛いよなかなか響。どうしちゃったの? 何か忘れてたのなら謝るから……このままじゃ分からないよ」
「本当に分からないのかぁ・・・。クスッ」
「どうして笑うの?」
「いつも愛は彼方と私の話を聞きながら笑ってたんだよ?」
「愛って誰? いつの話をしているの?」
「……出て行って」
最後に感情を押し殺した声で響はつぶやいた。
ボクは何も言えず部屋を出て玄関へ移動する。途中心配そうな顔で響のお母さんが待っていた。
何も言わず会釈して通り過ぎ様として――もしかしたらと足を止める。奏さんなら知ってるかもしれないと思い聞いて見る。
「奏さん、愛さんって人知ってますか?」
「……かなたちゃん、いつになったらお母さんって呼んでくれるの?」
「ボクのお母さんは悠さんですが」
「はるかちゃんは私の妹みたいなものだから、その子供であるかなたちゃんは、私の事をお母さんって呼ぶ義務が有ると思うの~。うちのひびきちゃんを貰ってくれるなら義母さんって呼んでも良いわよ~?」
奏さんはいつもこの調子で、隙を見せるとスキンシップと言う名の逆セクハラをしだすので距離感に困る。
完全に話を逸らそうとしているって事は何か知ってる? 多分ボクの無くした記憶に関係があると思うんだけど。
「話したく無いのなら良いですよ」
「……そうじゃ無いのよね~。あいちゃんと言う人間は存在しないのよね~」
「えっ?」
「かなたちゃんはあの事故の事をほとんど覚えてないのよね? お医者さんが言うにはあの事故の時、うちのひびきちゃんはかなたちゃんのおかげで軽傷で済んだみたいなんだけど。記憶が混乱しちゃって数ヶ月引き篭っていたの。その間によくひびきちゃんが話してくれたのがあいちゃんなの……いきなりお姉ちゃんが居ないって言い出した時はビックリしちゃった~。身に覚えが無いものだから思わずパパの隠し子かと思っちゃって。パパの体に直接聞いちゃった♪」
どういう事か分らないよ。エア友達? この場合エア姉妹になるのかな? 体に直接聞くって……響のアレは遺伝だったのか。
「記憶がまた混乱してるだけだと思うの。少しの間そっとして置いてあげて~」
「分りました、あと撫でないでください!」
話の途中から左腕で体をガッチリホールドされて右手でよしよしされてた。まったく油断も隙も無いよこの人は。
明日になったら落ち着いてるだろうと思い家に帰る。お隣だから玄関出て5分もかからないけどね。自分家から響の家まで大体200mくらいの距離だから十分お隣だ。
スマホで検索して都会は家と家の間が1mも空いて無いと知った時はビックリしたね。野菜植えれ無いじゃん。
明日は久しぶりに響を誘って町まで映画を見に行こう、響が見たいって言ってた真実の愛の物語を。
その時、ボクは知りもしなかった……響と一緒にすごす明日なんてもう来ない事を。
かなたちゃんの冒険はまだ先になります。