第150話 怪しい雲行き
白い部屋には長椅子が沢山置かれ、礼拝堂の中央には三対の羽を持つ天使の像が置かれている。
壁際には一対の羽を持つ天使の像、手に盾と剣を持っているので兵士的な天使の像なのだろう。
一瞬ガーゴイル系かと身構えたが、神聖っぽい教会で流石にそれは無いと思い見なかった事にする。
人の気配が無い礼拝堂の奥で壁掛け布に隠された螺旋階段を発見した。
「妙だ……どう考えてもラビイチが通れるサイズの階段じゃない?」
螺旋階段は大人でも通るには頭を気にする必要があるくらい小さい物だった。
ある程度サイズを調整できるらしいラビイチだったが、人間の子供サイズにまで小さくなったのを見た事は無い。
ただ小さくなった事が無いだけで普通に小さくなれる可能性もあるか。
先ほどメールが着てからはラビイチからの反応が無い。気配を消して階段を上っていく。
「どうしていつもいつも! 使えん奴らだ!」
「そこは悪かったと思ってますが! ……まさか窓から入って来るとは誰も思いませんぜ」
「言い訳はいい! 小娘一人攫って契約書を書かせるだけの仕事が、どうしてこうも――」
階段を上がった先は円形の踊り場になっており、扉が一つと壊された窓が一つあった。
扉の中からは老人の怒声と若い男の声が聞こえてくる。時折くぐもった女性の声も……。
「外の奴らを追い払ってこい! どうせ踏み込む事は出来んはずだ。何せここは天使を祭る王都最大の教会。あの小娘に天使教を敵に回すほどの価値が有るとは思えん」
「あの……巨大なラビッツの方はどうします?」
「魔封の鎖をあれ程巻いても平伏しない従魔だ……時間をかけてじっくり契約を重ねて奪い取れれば儲けもの。……もし無理だとしても、最大の戦力を今封じる事ができたと考えれば幸先が良い」
「小娘共々奥の部屋に閉じ込めておくという事で?」
「あのお方が言うには、【絶壁】には人質が有効らしい。その時が来るまで生かしておかなければならない……面倒だがな」
色々考える事が出てきた。
天使教と言えばあの神を名乗るあいつが関わりのある宗教団体だ。嫌な予感が当たった。
それとラビイチは魔封の鎖と言う物で身動きを封じされているみたいだ。すぐにどうこうされる様子では無いので一先ず安心する。
あの方と呼ばれる黒幕が居る? 【絶壁】に対する人質としてフェリは拉致された?
「明日からどうします? 外はすぐに静かにさせますが、小さな楽園が裏に居るとなると違う手段で来ると思いますぜ?」
「まずは、フライングラビッツのルートを奪い取る。次にあの燻製だ。商業ギルドを通さずに好き勝手やってくれたが、それも明日までだ。これで、久しぶりに枕を高くして眠れると言うもの――フッハッハッ、ふぅ……」
「はぁ……」
扉の向こう側に人の気配を感じて咄嗟に壊れた窓から外に飛び出す。停止飛行でそのまま壁伝いに移動しスマホのMAPを表示させる。
MAPを見てもう一度建物を見る。どちらを見てもこの教会の天守閣の様な部屋には奥など無い。
そっと天守閣を一周すると首を捻った。入り口は螺旋階段からの扉が一つだけ。勿論出口が他に用意されているわけでも無い。
「目が冴えてしまった。久しぶりに上物の酒を開けるとしよう」
丁度壊れた窓の前に戻ってきた瞬間、老人が扉を開けて出てきた。冷や汗を流しながら再び身を隠す。
老人が螺旋階段を下りて行ったのを確認して扉の中へと身を滑り込ませた。
漂ってくるアルコールと薬物の香りに混じって人のすえたニオイが鼻腔を刺激し、すぐに吐き気を催してくる。
部屋の内部は予想よりもごてごてとしており、壁際に置かれた長机には何に使うのか分からない道具が所狭しと置かれていた。
外から見た部屋のサイズが中に入ってみるとかなり違っている?
見慣れない家具や趣味を疑うような絵画が飾られる中、一際目立つ巨大なベットが目に入った。
「あぁ――どうしてこうも権力や力を持った者はゲスになるのか……」
今まさに暴行を受けた後だと思われる女性がベットに横たわっていた。
全身に浮かび上がる蚯蚓腫れ、手足にはロープで縛った後もある。ベットの横に散乱している修道服を見る限りではここの修道女なのだろう。気を失っているのか動く気配は無い。
「な――扉が、ある?」
横たわっている女性に治療を施そうと忍び足で近寄ると、一番奥の壁に扉が浮かび上がった。
確かにここには壁しかなかったはず? 入り口からは見えなかった?
扉に手を伸ばすと、不意に左足を誰かに掴まれた。
「主教さまぁ……お情けを、ください」
「シッ、静かにして。後で必ず助けるから、今は扉の奥を――」
「誰だ! どうやってここに……?」
入り口の扉が開かれ、部屋に明かりが灯された。
振り向いたボクの目には筋肉ムキムキの老人と、何度か見た冒険者の姿が目に入る。
「あっ、ロ……ロドリゲス?」
「ドロリゲスだ馬鹿やろう! ちっ、こいつが【絶壁】ですぜ!」
「何を言っておる? どう見てもただの小娘では無いか……どうやってここに入ったかは知らんが出て行って貰おう」
股割れステテコに上半身裸の筋肉ムキムキ老人は、紳士的に振舞ってはいるが股間の膨らみとじりじりと間合いを詰めて来る動きを見る限り変態だ。
ドロリゲスが一歩下がって扉の外へと半身を出す。
今仲間を呼ばれては厄介だ。早く何とかしないと。
「単刀直入に言います。フェリと多分捕まってるラビイチを返してください。今ならまだ許しますよ? 激オコなルナをなだめて殺されるような事が無い様にも配慮します。ちょっ!? 太股ナデナデしないで! 舐めるな!」
一心不乱に太股を撫でてペロペロしてくる女性を無理やり引き剥がし、その勢いのままベットの上に放り投げる。意識が混濁しているのか次は枕をナデナデし始めた。
「この部屋のどこにそのフェリと言う小娘が居る? そこに居る敬虔な信者だけだが? さぁ、こちらへ来るんだ。悪いようにはしない」
「そういうのいいんで、面倒なので帰らせていただきます」
ドロリゲスが部屋の外に出て行った。一刻の猶予も無い気がしたので、結界で部屋を区切って背後の扉に手をかける。
「馬鹿め、御禁制の封印魔術がかかった扉だ。開ける事はわしにしか無理よ。さぁ、こっちへ来るんだ……何だこの壁は!?」
老人の言うとおり扉は開く気配を見せず、金属質な硬い手応えのみを返してきた。
封印魔術がどんな物か分からないが解除する儀式魔法を探している暇は無い。
背後で結界にへばりついて右往左往する変態。
「開かぬなら、無理やり開けようホトトギス! ふんぬぅぅぅ!」
「馬鹿め、力ずくで開くものか! 地下オークションでいくらしたと思って……え?」
両手から魔力を送り込み封印魔術に干渉していく。次第に手応えが柔らかくなり扉が開き始めた。
あと少し、と思っていると扉が内側から開き始める。
「ん? んん?」
「ラビッシュ!!」
「うごっ」
内部から鎖でがんじがらめになったラビイチが扉を破壊しながら外に飛び出てきた。顎に扉の破片が当たり、手で顎を擦っているとラビイチは鎖を齧り始める。
「ラビイチ! 元気そうだけどフェリは?」
「ラビラビ、ラビッシュ!」
ラビイチが扉に顔を突っ込んでまたこちらを振り返る。どうやらフェリも中に居るようだ。
ラビイチに撒きついた鎖を素手で引き千切りながら扉の中を覗きこむ。
扉の中は小さな宝物庫になっており、目に入った物はどう見てもまともじゃない品物の山。
メデューサの首、透明度の高い白色の一角獣の角、小さなダンジョンコア、綺麗な緑色に輝く妖精の羽根、非時果の実、モータルシンラストが入った小瓶、赤黒く輝く短剣……。
宝物庫の中央には床に突き立てられた黒い槍に家畜の様に繋がれるフェリが居た。
フェリはずっと泣きはらしていたのか、目蓋は赤く膨れて噛まされた猿轡は噛み締めて出た血に濡れている。乱暴された形跡は無く、衣類に乱れも無い。
こちらを見て一瞬驚き顔を歪め、涙を流しながら槍に繋がれているのも忘れて這いずってこようとするフェリを素早く優しく抱きとめる。
「話は後でね? スマホに入れるから次に目を開けたら皆の――ルナとキャロラインの前だよ」
少し落ち着いたのか小さく頷き目を閉じるフェリをスマホに収納する。
「ラビッ!?」
「どうしたの? あれ?」
ラビイチが上げた声に思わず振り返ると老人が扉を閉めようとしていた。
どうやってあの結界を越えてきたのかは不明だが扉を閉めてどうしようというのだろうか?
「馬鹿め! この宝物庫は天使様から直接いただいた亜空間BOXというマジックアイテムだ! 次開けるのはお前達が餓死してからにするよ。人間、絶食して生きていられるのは七日ほどらしいぞ?」
「は? 天使に直接貰った? アイツに会う方法を知っている? あ、ちょっと待て!」
目の前で閉じた扉を呆然と眺めるボクとラビイチ。溜息を吐きたい所だったが後にする。
ラビイチと向かい合って体に巻きついていた残りの鎖も引き千切っていく。
申し訳なさそうに顔を伏せて手に持った木紙に何か描き始めるラビイチ。
「ん? 絵上手いね。何々……?」
「ラビ……」
完成した絵には、フェリに赤黒い短剣を突きつける筋肉ムキムキ老人が写っていた。再び絵を描き始めるラビイチ。
二枚目の絵には、ローブで頭から足まで全身をスッポリ覆った人が老人と話し合っている姿が書かれている。再び絵を描き始めるラビイチ。
三枚目の絵には、右手に持った銀色のナイフでフェリの指を切り取る謎のローブの人が? 左手に持っているのはリトルエデン特製回復ポーション?
「これだけ?」
「ラビ……」
「ふむ。どういう事だ……さっき見たフェリの両手にはちゃんと指があった。指を再生するほどの回復Pは一般に売ってないはず?」
素早くメアリーにメールを送ると数秒後に返事が届く。
件名:まさか……?
一部懇意にしている大お得意様に数本融通したけど……。
「ふむ? 端切れが悪い返事だね」
「ラビ。ラビーラビッ?」
使えそうな物が無いか宝物庫の物色を始めたラビイチにスマホ画面を見せると何故か固まった。
物色した物を全て黒バックに放り込んでいるのか、いつの間にか宝物庫が広く感じる。
無言で絵を描き始めるラビイチ。
四枚目の絵には二人の女性が描かれている? 白いサマードレスの少女と一般的な冒険者の装備を見につけて少女の世話をする女性。
「このサマードレスは――ミネルヴァ? 隣に居るのはアテナか」
「ラビッシュ!」
ラビイチは二枚目の絵に描かれているローブの人と、四枚目の絵に描かれている白いサマードレスの少女を同時に指差した。
「まさか……冗談でしょ?」
静かに顔を左右に振るラビイチ。念の為にと全員にメールを送ると同時にメアリーからメールが入って来る。
件名:犯人はミネルヴァ。
ミネルヴァが黒幕、早く戻って! マーガレットとロッティが攫われた。ルナがブチ切れて飛び出していった。サーベラスとキャロラインが後を追っているけど危険。
「はぁっ!?」
「ラビッ!?」
突然大声を上げたボクに驚いたのか、宝物庫の中身を黒バックに詰めるラビイチの手が止まった。
閉じられた扉の側へと移動して内側から軽く叩いてみる。
「意味がわかんない。ラビイチ、全力で殴るから後ろに下がってて」
「ラビッ……!」
振りかぶった右腕には手近に落ちていた棘付きの小さな盾を持つ、超硬化スキルを使用するのも忘れない。
全身に巡る血に魔力を通すイメージで体を満たしていく。右手に持った盾ごと結界を重ねて集中させていく。
「外から無理やり開けれたのなら、中からでも同じだよね? ふぅぅぅ……」
大きく吸った息をお腹から押し出すイメージで肺の中を空っぽにする。全身に巡った魔力を爆発させるように右手に流し込み肩を前に出すようにして拳を突き出す。
意識して殴ると何の手応えも感じる事無く世界が壊れていくのを目視した。
崩れる宝物庫、ボクを抱えて外に飛び出すラビイチ。チラリと見た宝物庫の中身は空っぽになっていた。
「な……何が、起こったと言うのだ」
「ミネルヴァの言った言葉が正しいのならこの商会はトールの配下の物らしいから、今は直接どうこうしない。トールにチクルから後は全て任せる事にするよ?」
「ば、馬鹿な! 何故トール様の事を知って!? いや、それよりコレはいったいどうやって!」
「もうここにも、お前にも興味は無い。次うちの身内に手を出したら全て消すから覚えていろ」
狼狽する老人に吐き捨てるように宣言すると窓から飛び降りる。ラビイチにはちゃんとアウラ紐を結んであるので宙吊り状態になっている。
大人しく地面まで動かなかったラビイチは、スマホを操作するとすぐに古井戸へと向って走って行った。
一斉に作戦終了メールが配信され、スマホMAPを見ると全員が洋館へと戻っていく様子が写っていた。
マーガレットとロッティのマーカーを探すもどこにも表示は無い。
名前をクリックするとスマホで接続された仲間全員の名前と現在位置が表示される事に気が付く。
マーガレットとロッティの現在位置は天空の城となっていた。
「どうして? 何故なのミネルヴァ……」
ルナ達以外が洋館に戻っていくのを確認したので足を洋館へと向ける。ルナマーカーを見る限り行き先はボクの所だ。
停止飛行で空へと浮かび上がると、冒険者ギルド東支部の方角から全力で滑空してくるルナの姿を発見した。涙と鼻水で顔がグシャグシャになっている。
ボクは飛んで来た勢いのままのルナを受け止めた。
「うちは……マーガレットとロッティが居なくなったのに、うちは……フェリが無事で嬉しかったんや」
「大丈夫だよ。二人ともなんとかする。今はフェリの無事を喜んで洋館に戻ろ? ミネルヴァが黒幕ってメアリーが言ってたし、何か要求とかあるはずだよね」
「フェリはスマホの中なん? 傷は大丈夫なん?」
マーガレットとロッティの安否よりフェリの無事に気が向いていたルナは、自分が叱られるのでは無いかと怯えていた。背中を撫でると後から来たキャロラインごと抱き締める。
震える左腕、メアリーからのメールだ。
「大丈夫。今は落ち着いて、洋館に戻るよ。どうやらメアリー宛にミネルヴァから要求があったらしい」
「うちは……二人を取り戻す。あ、四人? うちは……??」
「ん? ルナは何故混乱してるの?」
「……さぁ、自分の胸に聞いて見ると良いですの」
何故か混乱するルナと、こめかみを押さえて頭を左右に振るキャロライン。
再びメアリーからメールが届いた。
件名:道草食べてないで早く戻って来て! 激オコ。
謝る事があるから、先にごめんなさい。
「「「??」」」
激オコなメールなのに誤る内容にメールを覗き込んだ三人で首を傾げる。
「居たぞー! 賊がこちらに居るぞー!!」
「やっば!? 全員捕まって。逃げるよ!」
敵地に居るのを忘れていた。近寄ってくる松明の明かりと聞こえてくる兵士の怒声。
ルナとキャロラインを抱き締めたまま空に飛び上がる。いつの間に飛べるようになったのかサーベラスが空を駆けて付いてきた。
「ワンワン!」
こうしてフェリ誘拐事件は新たな謎を生み出して一先ず一見落着した……のかな?




