第148話 憤怒
「ハロハロ~どうしたの?」
「ミネルヴァ……今日はアテナを連れてないんだね」
「たまにはね~♪ ん~♪ んん~♪」
荒くれ者の冒険者達が集まる冒険者ギルドには似つかわしくない白のサマードレス。黒い袋を手に持って現れたミネルヴァは、機嫌が良いのか鼻歌を歌いながらカウンターへと歩いていく。
何故かルナの目が黒い袋に釘付けになっていた。
「コレ、いかにもゴロツキ~って感じの男が、カウンターに渡せば分かるって言ってたわよ?」
「誰でも良い! そのゴロツキを捕まえるんやで!」
「ルナ? いったいどうしたの?」
血相を変えたルナは、皆を振り解き黒い袋を奪い取る。
中身を確認する前に入り口が騒がしくなってきた。
「止めろ! 食うな、俺はただこの袋を適当な冒険者に渡せと言われただけだ! 止めてくれー」
「ガルルルッ! ワンッ!」
「さすがサーベラスやで! フェリはどこに居るか早めに喋らんと指が全部無くなるで?」
丁度帰ってきたサーベラスが、いかにもなゴロツキを咥えていたのには全員驚きを隠せなかった。
早速ゴロツキの指を一本握って指輪をはめるルナ。
「あらら? 良く見たらそのゴロツキ、アイツの息のかかった商会の者じゃない。えいっ♪」
「がっ、何で、だ……」
音も立てずにゴロツキに近づいたミネルヴァは、鳩尾に蹴りを入れると一撃でゴロツキを気絶させる。
「何で気絶させたんや? うちが今から情報を聞き出すところやってんで?」
「時間が無いからよ? アイツが裏に居るとなると、このままだとフェリって子は五体満足で居られなくなるわ」
「どういう事や? アイツって誰や!」
ミネルヴァのサマードレスの胸元を握り締めて締め上げるようにして問うルナ。
「王都南街の城に住む第一王子、トール=ヘルヴォル。王位継承権一位の最も次期国王に近い男よ」
「ルナ、落ち着いて。その王子様が何故フェリを?」
「貴女がクリスティナの下に付いた事で、焦ったんじゃないの?」
「意味が分からない、クリスと王位を争ってるの?」
クリスは王になりたいとは一言も言っていなかった。聞いてないから話してくれていないだけの可能性もあるが、特にそれと言った助力も何も求められてはいない。
「南街の城やな……うちは先に――放してや!」
「ワンワンワン!」
またまた飛び出しかけたルナを両前足で地面に押さえ込むガルワン。
「容疑者はそのトールとか言う王子か……」
「早く行かなくて良いの?」
「ちょっと待ってて」
ふと思い付いた事が有ったので一人酒場の奥の席に移動する。多分今もここに居るであろう愛姉ならフェリの居場所が分かるんじゃないだろうか?
すっかり忘れていたが、半ストーカー化している愛姉は超が幾つ付くか分からないほどの冒険者として名前が通っているらしい。
「――愛姉」
「初めに言っておくけど、今の私はそれほど万能じゃないからね。フェリって子の居場所は分からないから――眷属化してあるなら別だけど」
「むむぅ……」
声は聞こえど姿は見えず。愛姉からは残念なお知らせしか聞く事はできなかった。
そっと席を立ってまたルナの元へと歩いていく。
「えっ? 私の出番コレだけ? ほら、カナタの大好きな愛姉だよ? ねぇ!」
「今忙しいから、また暇な時にね」
「放置プレイ!? でもそれも良い! ハァハァ」
耳元で愛姉の荒い息ずかいが聞こえてきたので放置する方向で。
「なにやら相談事? そのスマほ? って便利ね……」
「ん? あぁ、そう、そうだよ! それで、そのトールに捕まると五体満足がどうこうって何?」
「あぁ、知らなかったのね。王家のしきたりで充てがわれる者は基本異性の従者、例外も有るには有るけど――今思えば、今回の王位継承戦でまともな従者を充てがわれたのってトールだけなのよね……。
チェスターの従者は異母兄弟のチェリーだし、クリスティナは同性で本人を大好きな変態ガーベラだし、本の虫は開始早々王位を辞退しているわけだし、キャロラインは平民出の王位継承権すら怪しい子だし――初めから仕組まれていた……?」
唸りながら難しい顔で考え事を始めたミネルヴァ。
「とりあえず、トールってどんな人?」
「一番有名な話が、しきたりの相手を魔剣で切り刻み惨たらしく殺したって話かしら? 彼の持つ魔剣『レーヴァテイン』はヘラクトス王にすら傷を付ける事が出来る神代の魔剣。その剣で傷つけられた者は、決して癒えない傷を生涯抱えて生きて行く事になるわよ?」
「物騒な剣だね……」
「そん、な……事、うちは行くで! 放してんか!」
「ちょっと、ルナ。また暴れないでよ! カナタも押さえるの手伝って!」
「ワン!?」
メアリーがルナの上に馬乗りになって必死で押さえ込んでいるが、ルナは地面を這ってでも進んでいる。
困惑気味のサーベラスはルナの顔を見て表情を変えた。
「その袋……中身確認しなくても良いの?」
静まり返った冒険者ギルドに響くミネルヴァの声。何と無くルナの手から黒い袋を取る事を躊躇っていたボクは、ルナの側へと歩み寄ると黒い袋をルナの手から取り上げる。何の抵抗も無く袋を手放したルナは先ほどまでとは打って変わって静かになり顔を地面に伏せた。
「軽い……黒い皮袋? 中身は……!?」
袋の口を結んであった皮紐を千切って中身を手近なツマミ皿の上へと広げた。
皿の上に広がったのは青紫色に変色した二本の人の指だった。頭から血の気が引いていくような音が聞こえた気がした。
「あらら~、あの魔剣で切られた物だとしたら……もう治らないわね」
「王都南街の城ね……」
自然と足が外へと向って動き出す。ボクは冷静だ、問題無い。
誰も動こうとはしない中、時が止まったかのように感じ、周りを眺める。皆何かに怯えて地面に腰を付いていた。
「ルナ、大丈夫だよ?」
「カナタ……大丈夫な顔してないで?」
ルナは両耳をペタリと下げてボクの目を真っ直ぐ見てきた。ルナの上に乗ったメアリーも耳を下げたままこちらに右手を伸ばそうとしている。
「ちょっとお話ししてくる。ミネルヴァはまだここに残る? 残るのなら他の子が暴走しないように見張っててね?」
「行くのね?」
冒険者ギルドの入り口で一度だけ振り返りミネルヴァにお願いする。
ミネルヴァに対して小さく頷くと扉をゆっくりと外に向けて開いた。
「あぁ、何て……綺麗な満月なんだ」
こちらの世界の夜。
普段一九時には眠っていたので気が付かなかった。
雲ひとつ無い夜空には瞬く星々。
あちらの世界で見た満月よりもかなり大きめの青い月。
特殊防弾ガラスの眼鏡越しに見る夜は、意識をすれば昼間のように明るい世界を映しだす。
冒険者ギルドを出るとその場で夜空に飛び上がり、南街の方向へと身体を向ける。
ボクは冷静だ、問題無い。
「さぁ、フェリを助けに行かないと……」
今思うのは何故フェリを眷属にしていなかったのかという後悔の念。
全身に魔力が巡り結界の強度が自然に上がっていく。
停止飛行の速度を補う為、背後から突風を作り出し自らの結界に当てる。
景色が引き伸ばされたかのように視界が伸びる。
「トールぶっ殺す!」
周囲の建物の屋根に甚大な被害を与えつつ更なる加速をおこなって行く。
――∵――∴――∵――∴――∵――
異変は南街の奥に見える城へと近づいた時の事だった。
「……結界?」
飛行速度が急激に落ち、結界を前から押すような不思議な感覚を肌で感じた。
スーッと覚めていく頭。右手を結界の外に出し真正面を触りながら城へと進んでいく。
城の手前50mほどの位置で右手に壁を触ったかのような違和感を覚えた。
「上等だ……」
右手を体に引きつけ、右足を踏み出す先に結界を張り、全力の正拳突きを繰り出す。
城を覆う様な虹色のドームが一瞬見え、瞬く間に消えて行った。
「だ、大丈夫だ。多分……問題無い」
悪党と煙は高い所が好き、と昔聞いた事があったので城の一番高い塔の天辺へと飛んでいく。
見た所、城の中央にそびえ立つ白い塔が一番高い。
「「あ?」」
塔へと近づき窓から中を覗きこむと、中からこちらを見る兵士と鉢合わせてしまった。
どうしようかと一瞬迷った隙に兵士は犬笛のような物を咥えて吹いていた。
咄嗟の判断で結界を張り、兵士を酸欠状態にして無力化する。
音は聞こえなかったが、笛の形をしている以上何かしらの連絡が行ったと思われる。
「一番高い所が好きって言ったやつ誰だよっ!」
城のあちらこちらで明かりが灯され、見つかるのも時間の問題かもしれない。
自分が城主ならどこに住むか……クリスの城の間取りと似ている?
「最上階の部屋だ!」
飛び込むように窓を蹴破り最上階の部屋へと入ったボクの目に映ったのは、白いショーツを持った上半身裸の男だった。
眼前に居る変態は天蓋の付いたベットに型膝を付いてベットの上に上ろうとしている。ベットに寝かされているのがフェリか!
「変態が! フェリに触るなー!」
「なっ!?」
空中を蹴って変態の側まで跳躍する。まずはフェリから放さないと、何をしでかすか分からない。
腰に挿してあった剣に手をかけた変態を片手で制して真後ろへと放り投げた。
「なっぁぁー!」
「あっ、ここ城の最上階だ! まぁ、良いか」
窓から落ちていく変態に、多少の溜飲は下がった。ベットの天蓋に手をかけて覆いを開こうとした時、背後に人の気配を感じて振り返る。
「生きてたんだ?」
「痴れ者が……この俺をこの程度で殺せると思うなよ?」
「フェリを返して貰えばこちらとしてはメンドイ事は無しで帰りたい。これはお願いじゃない、通達かな?」
「何をゴチャゴチャと言っておるのだ? シフを見たからには、生かして帰す理由も無かろう」
「シフ? 良く分からないけど、早く帰らないと皆心配してるんだよね」
「死ねぇぇぇ!」
変態は抜き身の剣を上段に構えると、袈裟気味に肩を狙い振り下ろしてくる。
「いきなり命を狙ってくる!? 殺す気満々だこの変態!」
「ぬかせ雑種が!」
返す剣で足を薙ぎ払い、避けたところを左手で掴みにかかる。
その場でジャンプすると天井を左手で掴むようにして体を横に倒し、変態の攻撃を避けて壁際へと下がる。
フェリをスマホに収納しておけば良かったと少し後悔する。
「面妖な動きを……雑種――名前は何と言う?」
「カナタ=ラーズグリーズだけど……えっ?」
「ラーズグリーズだと!?」
名前を聞いた変態の様子が変わる。額に汗を浮かべてしきりにベットと出入り口に視線を向けている。
どうにも何か変だ。ボクの名前を知らない?
剣を鞘に収めて何か悩んでいる変態を見て一つの疑問が浮かんだ。
「ちょっと聞いて良い?」
「やむおえんか……死ねっ!」
相手の戦意が喪失したと思ったボクは、無意識に結界を緩めて近寄った。
鞘を滑るようにして抜かれた剣は寸分の狂い無くボクの首へと吸い込まれていく。
一瞬の出来事に冷や汗が出て漏らしそうになる。
「ば、馬鹿な……」
「こ、怖くなんてないし! 漏らしてないし!」
ボクの首に当たった剣は半ばで綺麗に折れていた。
放心する変態の横を通り過ぎて天蓋の幕を開く。
「フェリ、助けに来たよ? 帰ろ? ……?」
「???」
目を真ん丸に見開いてこちらを見る全裸の女性が居る。肌は病的に青白く唇も血色が薄いピンクだ。目の色も髪の色も銀に近い白、体を覆う様に伸びた髪の毛はベットの後ろへと流れる様にも伸び、儚げな見た目も相まって幻想的な雰囲気を醸し出している。
体を湯で拭いていたのか、絞られた厚手の布束と湯の入った桶がすぐ側に置かれていた。
青白い色の頬を薄桃色に染めた女性は、身を捩るようにしてボクの視界から身体を隠そうとしている。
動いた瞬間、髪の毛で隠れていた四肢があらわとなった。
肘から先が、膝から先が無い……?
「フェリじゃない……誰? あれ? 手足が……」
「良く分からんが探し人では無かったようだな」
背後から聞こえてくる気だるげな声。ゆっくり振り返ると地面に正座する。
正座した上で手のひらを地に付け、額が地に付くまで伏せてそのままの体勢を維持する。
「ま、間違えました! ごめんなさい! 許してください!」
「許さん! と、言いたい所だが……」
言葉途中で部屋の扉が叩かれた。
「王子殿下、賊が侵入したとの報告が」
扉の外からの報告に硬直する体、胃がキリキリしてくる。
「もう追っ払ったは。皆には安心しろと伝えろ。それよりも――この部屋には近づくなと申したはずだがな?」
「はっ! なにぶん緊急事態でありましたので! 申し訳ございません!」
「まぁ良い……次からはあのガキを寄越すようにしろ」
「はっ! しかし、あの子供は声が……」
「お前の名前はなんと言う?」
「申し訳ございません! 以降は必ず伝令の者を!」
「もうよい、行け」
土下座のままで聞いていたけど、ガチでこの人怖い。今自分の兵士を殺そうとした気がする。
「で」
「で?」
「いつまでそうしているつもりだ」
「許してくれるの?」
頭を少し上げるとそっと相手の顔を盗み見る。何故か愉快そうに笑っている!?
「面白い噂を思い出してな」
「ハハハ」
「許す条件は一つ。カナタと言ったな、クリスティナの決めた相手がその名前だったが……間違い有るまいな?」
「はいぃっ!」
思わず裏返った声に背後で小さな笑い声が漏れる。
「リトルエデン、お前のギルドには【絶壁】なる化物が所属しているそうだな」
「はぁ……まぁ一応」
「そいつを連れて来い、シフの手足を治せ。それが許す条件だ」
あまりにも簡単な条件に固まっていると、トールは立ち上がりベットへと歩いて行った。
「この傷はレーヴァテインによって俺が付けた傷だ。決して癒える事は無い。普通で有ればな……」
トールが指差した先には先ほど折れた剣がテーブルに置かれている。
「折れた今なら、この傷――治るやもしれん」
「はぁ……傷なら多分治せますけど? 何で【絶壁】を?」
問いかけると、鳩が豆鉄砲を食らった時の様な顔になるトール。
「自分のクラン員の事も知らんのか? 【絶壁】の生ける伝説を」
「あ、分かりました。新しいのが増えてるんですね。了解です」
「なら良い、期間は王位継承戦が終わるまでにだ。良いな?」
「えっと、後腐れとか嫌なんで今治して戻りますね?」
本日二度目の鳩が豆鉄砲を食らった時の様な顔になるトール。
「何を言っている?」
「え? ボクが【絶壁】なんですけど……」
「な、ん、だ、と――何だとー!?」
城に響き渡るトールの声。廊下が騒がしくなるが誰も寄ってくる者は居ない。
「ちょっ! 声デカイ! シー、静かに」
驚愕するトールと焦るボク。背後から小さな笑い声が聞こえていた。




