第146話 失踪
五度目の鐘がなり終わる頃。
夕暮れ時の冒険者ギルド東支部には、その日の戦果をお金に換えた冒険者達が安酒を求めて集まっていた。
普段より多いその冒険者の殆どは事前にリークされた情報により、今日この場所でリトルエデンのクラン員達が酒盛りをすると言う話しを聞きつけた冒険者達だ。
ボクは一番入り口に近い場所のテーブルを丸々三つ貸しきって皆の到着を待っていた。
「よー、そろそろルナが来る頃だよな?」
「んー? そうだけど、何で皆お酒片手にソワソワしてるの?」
「いや、来るなら良いんだ。その……な」
顔を見知ったくらいの冒険者達は軽い挨拶をして奥の席へと移動して行く。
まだ注文を出していないので、こちらのテーブルの上には何の食べ物も乗っていない。
他のテーブルを見ると飲みかけのジョッキやコップなどが散乱しており、無くなったツマミの皿がテーブルを虚しく演出していた。
バーカウンターに居るおっちゃんはアルコールの類はすぐに用意してくれる。しかし料理は殆どメニューに載っていないのを見ても分かるように苦手らしい。
乾物や簡単に炙れる物などしか置いていないようだ。
「あれ? 皆遅っそいな」
「そうだな、ツマミが欲しくな――何でもないぜ?」
「そうそう、俺達はルナの持って来る燻製の切れ端を狙ってるわけじゃないからな――」
先ほどから追加のツマミを注文せずにこちらを窺う冒険者が多いと思えば理由はコレだった。
不定期にルナが振舞っている燻製の切れ端が中々の人気らしい。
普通の燻製よりきつめに燻製されたその切れ端はもはや別の商品として扱っても良いくらいだと冒険者が熱弁してくれる。
左腕にスマホ画面を呼び出すとメッセージを確認する。
参加者はルナとキャロラインにアヤカとアンナ・メアリー・レイチェル・ジャンヌ・ルーアン・ソフィア・レッティの計一〇人とサーベラスにラビッツ達だ。予想以上に参加者が少ないので驚いてしまうが、皆それぞれ忙しいらしい。
ミリーとロニーもお店が忙しいので、と残念そうにしていた。
「ん? こんな時にメール?」
件名:何かキナ臭いわ。
アヤカ達は少し遅れるかも。アンナと一緒だから安心して。あとマリヤ姉妹も一緒ね。
「ん? アンナはともかく、何でアヤカとマリヤ姉妹? どこに行ってるのかな?」
「あれ? まだ皆来てないの?」
「あぁ、メアリー、レイチェルも何故か久しぶりに顔見た気がする?」
「カナタは眠り過ぎだと思います」
目の下に少しくまを作ったアンナとレイチェルは、早々と席に座ると飲み物を注文する。ちなみに頼んだ物はモウモウのミルクだった。
「カナタ、後で少しお話ししたい事が」
「お姉ー様こっちで二人で飲みましょう?」
「ジャンヌもルーアンに好かれてるね~」
「違います、ちょっと離れてください! それにルーアンの方が年上じゃなかったの!?」
「ルーアンはー、お姉ー様に一生付いていくと決めましたー」
席に着いたジャンヌの隣にピッタリと寄り添うように座るルーアン。
「カナタお疲れ様です。レッティは何飲む?」
「ソフィア姉は何飲むの?」
「モウモウのミルクに少しだけ蒸留酒を、あとこの蜜蟻の蜜を自前で混ぜるのでスプーン二つお願いします」
二人は仲が良い姉妹のようにピッタリ寄り添って席に座っている。一目見ただけで分かる甘々とした雰囲気に、他のテーブルに着いている冒険者は居心地悪そうに据わり直すしていた。
「何かおかしい。何の連絡も無いままルナ達が姿を現さないなんて……ラビッツ達もまだなのが気になる」
「大丈夫だろ~、このオストモーエアでリトルエデンの名を知らない者は居ないぜ?
特にルナの燻製は有名過ぎるくらいだ。ルナとキャロラインと燻製工場に手を出す馬鹿は居ないはずだぜ~ウィック」
「おいおい、ツマミが来る前に潰れるなよ? ん? キャロラインってどこかで聞いた事のある名前だな……」
酔っ払った冒険者が、両手に持ったジョッキを打ち鳴らして笑い声を上げる。
左手がブルリッと震えてメーッセージを受信すると共にクラン員全員の左手にEMCの文字が浮かび上がった。
件名:フェリが居なくなった。うちとキャロルとサーベラスで一通り探した……
件名が長過ぎて画面に表示しきれていなかった。
慌てる心を落ち着かせるようにクラン員全員の顔を見て件名の続きを表示する。
「カナター!! うちは! うちはどうしたら良いん!!」
「ワンワンワンー!」
表示された内容を見る前に、冒険者ギルドの扉を内側に蹴り飛ばしてルナ達が現れた。
全力で駆け回っていたのかルナの息は荒く、サーベラスも長い舌を出して地面に伏せている。サーベラスの背の鞍に強制的に固定されているキャロラインにいたっては、よほど揺れたのか白目を向いて失神していた。
「マスター水を一つ! EMCはルナが使ったみたいだから一先ず安心して。とりあえず皆はいつでも出れるように準備と連絡が付く者にはフェリを探せるように手配して!」
「カナタ! うちが悪いん? うちがフェリを一人にしたから……うちが!」
涙と鼻水でクシャクシャになった顔でルナが飛びついてくる。
後悔と不安に恐れが混ざった気持がルナの心を蝕んでいるのか、息をする度にヒュッヒュッと小さな音が鳴っていた。
「カナタ! ルナを抱き締めてゆっくり水を飲ませて。過呼吸になってる……ゆっくり背中を撫でて落ち着かせて。昔アヤカもなった事あるけど、かなりヤバイわよ」
「ルナ、大丈夫だから。すぐに見つかるから落ち着いて?」
「ゆっくり息を吐いて、少し長めに息を吸ったらそのまま吐いて、また吐いて……」
ボクとアヤカの二人でルナを落ち着かせている間に、足元で寝転がったサーベラスの口元には女冒険者の手で水の入った皿が用意されていた。名前も知らない冒険者だったが、サーベラスの知り合いらしく手をペロペロ舐めていたのでそのまま任せる事にする。
メアリーとレイチェルは失神しているキャロラインを鞍から降ろすと長いすに寝かせ、氷水で濡らした手ぬぐいで肌に浮いた汗をふき取っていた。
「状況が見えねぇ。どういう事だ?」
「リック……さっきまでベロンベロンに酔ってたんじゃないの?」
酒によって奥のテーブルで大笑いしていたリックが、いつのまにか素の顔に戻っていた。
テーブルの前に立つと背後にいるザイとハウルに何かの指示を出す。
「アルコールを全部飛ばす魔法だ。マスター! どうやら一大事らしいぜ? 全員に頼む。起きろ! 仕事だぜ?」
「リック……」
清々しい顔で笑みを作ったリックは背後の酔っ払い達に激を飛ばす。
「普段なら折角酔ったところを醒ます事何てしたくないんだがな……」
「ルナの為だ! お前たらも起きろ!」
「おいおい、カッコ付け過ぎだろ。どうせお前も燻製の為だろ?」
「お前もって事はお前らもな!」
「冒険者なんてそんなものだろ? 己の利益になる事には積極的に行かないとな!」
「ちげーねぇな! おいルナ、いつまでへこたれてるんだ?」
馬鹿笑いしながら準備を終えた冒険者達は、過呼吸で苦しむルナの背に言葉を投げかける。
ボクの胸に突っ伏したままだったルナは、起き上がると水の入ったコップを一気飲みしてテーブルの上に上った。
「フェリが約束を破って連絡も寄越さない事は絶対にない。今日は大事なお話をする日やったからなおさらや!
フェリの目撃情報には燻製一枚を、有力な情報には燻製五枚、居る場所を見つけた者にはプレミアム燻製をあげるで!」
「「「「「おぉぉぉ!」」」」」
「あ、俺、そのフェリってやつの顔知らねぇぞ?」
今にも飛び出して行きそうになった冒険者達だったが、重要な事を忘れていたようだ。
頭を抱える冒険者達。数名は見た顔を覚えていたようで身振り手振りで話をしていた。
「カナタ……良い?」
「良いよ、緊急時だからね」
テーブルにしゃがんで上目ずかいにお伺いを立ててくるルナ。
「この画面に映っている女の子がフェリやで! このシャメ取ったの少し前やから、今はもっと黒髪になってるで!」
スマホ画面から立体的に投影されたフェリの姿は、笑顔でサーベラスの顔を抱えている一枚だった。
今は、何も聞く者は居ない。顔を覚えた冒険者から次々と立ち上がって酒場を出て行く。
「ちょっと待ってもらいましょうか?」
「今は忙し……いんですけど?」
酒場入り口には冒険者ギルド東支部の1F2F受付嬢が勢揃いしていた。
メイド服の美人さんが整列している姿に思わず語尾が弱くなる。
「冒険者ギルドの中でこちらを通さず依頼のやり取りをされては困ります」
「でも、そんなメンドイ事してる暇があったら……! 何ですかそれ?」
一番先頭に立つ超ロングの銀髪受付嬢が、一枚の上級紙を掲げて笑みを作った。
「フリーの緊急依頼を開始します! エウア様の承認は後で私が取っておくので……基本、東支部の冒険者は強制参加です♪」
「ありがとうやで!」
「行くぞお前ら!」
「「「「「「オオッー」」」」」」
ギルドを飛び出していく冒険者達。一礼してカウンターへと戻っていく受付嬢達。
一人残った超ロングの受付嬢から紙を貰うと内容を確認する。
「期間無制限。昼頃に受付で冒険者フェリの目撃情報があるのでそう遠くへは行っていない。報酬は依頼終了後にリトルエデン印の燻製が一つ配布される。別途功績・貢献度によって追加有り。東支部は全力でこの依頼をサポートする代わり、依頼終了時にリトルエデン印の燻製と甘味を人数分要求?」
普通は冒険者ギルドに入る利益もそれとなく明記されているはずなのに、完全に個人の報酬しか書かれていない。疑問に思い受付嬢の顔を見ると、可愛く笑って舌を少し出していた。
「宣言したからには皆にも手伝って貰うよ? あと、貴女の名前を教えて欲しい」
「冒険者ギルド東支部2Fフロア担当のマリヤ=ベリルです。彼氏募集中の一七歳! 最近経済力があるなら彼女でも良いと思えてきた花の受付嬢です♪ よろしくお願いしますね?」
「「「「「抜け駆け!?」」」」」
自己紹介が終わると共に他の受付嬢達に引きずられて行ったマリヤ=ベリル。
「マリヤ=ベリルか……マリヤが名前だよね? 結構多いのかな?」
「……知らないんですか? マリヤの悲劇を」
「何それ?」
「カナタ! うちらも対策考えるで?」
気になる話が出たが、もう我慢の限界の様子のルナがテーブルから飛び降りるとキャロラインを起こしにかかる。
「いずれ知る事になりますよ……貴女の母親の事を」
「ん? んん??」
受付嬢のシルキーは意味深な事を言ってカウンター内へと戻っていく。
うちのクランにもマリヤが居るので暇な時にでも聞いてみよう。
シルキーが何故かまた戻ってきた。
「あと、これエウア様とクリスティナ様からの預かり物です」
「ありがと」
手渡された大きな麻袋には空の魔水晶や魔晶欠片が大量に入っていた。
「これは……スマホに吸収さえて新たな力が目覚めるパターン!」
「早く! 早く目覚める力欲しいで!」
「待って! ウェイト!」
袋から取り出した魔水晶を無理やり胸元に突っ込んでくるルナを落ち着かせると、黒バックに入れていたのも含めて残りを全部スマホ画面へと投入する。
スマホ:[耐+1抵+1]【簡易アイテムボックス+32】【発展】【解析】【提携】【子機】【転送】【EMC】【アラーム】【探索】
ステータスに表示されたスマホには新たな力が追加されていた。
一つはこの現状を打開する可能性を秘めた機能の気がする!
「【アラート】と【探索】ビンゴ! それっぽい機能だよ!」
「早く使ってや!」
「ルナ、ちょっとストップ! 離れて離れて!」
左腕を抱き締めて二本尻尾を高速回転させるルナ。隣に居たアヤカがルナを後ろから抱えて少し離れた場所に座った。
スマホ画面から【探索】を使用するといくつかの白いマーカーがMAPに追加された。
「んん……何だコレ?」
一番近い白丸は二つ重なった物ですぐ側に表示されている。
試しにMAPの白いマーカーをクリックすると名前が表示された。
「ふむ、スマホの場所を探せる機能か~落としても安心、どこでも居場所が分かっちうね……なんでやねん!」
思わずテーブルを叩いてしまい、メリメリと音を立てて壊れたテーブルを見たマスターの顔色が変わる。
「フェリは――探せないん?」
「むむ……? スマホ渡してないはずのエウアの反応も有る? フェリの名前は見当たらないけど……」
「アヤカが思うに、カナタの魔力を内包している者を探し出して表示してるんだと思うわ」
「でも、それならフェリは……!」
「体液か……エウアはボクの血を吸った事がある」
「普通に考えて直接魔力を受け取ったかどうかよね……才能開花とかフェリには使ってなかったわよね?」
尻尾をだらりと垂らしたルナがまた涙目になっている。
アヤカも首を傾げていたが、マーカーの反応を見る限りでは魔力を探知している可能性が高そうだ。
MAPを広げるとオーキッドのクラン員達も一斉に表示されたので、条件はそれなりの期間一緒にいて魔力を受け取る必要がある? 使えない機能だ。
念の為に【アラーム】の機能も使用して見る事にする。
「ん……結界? 違う……またまた何だコレ?」
広がっていくドーム状の白い膜が、ボクを中心としたドーム状に広がっていった。
突如MAPに表示される色違いのマーカー二つ。
片方はダンジョン内でよく見る赤い魔物の表示。もう片方は黒いマーカー?
「そこの女冒険者、髪の色が白に人房だけねずみ色の人?」
黒いマーカーの表示されている場所には二人連れの女冒険者が座っていた。赤いマーカーも一緒だ。
「おぉっと、そろそろ時間さね」
「マスターここにお代置いとくよ」
足元に転がした木製の宝箱をそのままに立ち去ろうとする者達。
怪しい、こちらの言葉を無視するように出口へと歩いていく二人……どう考えても怪しい。
「ルナ! 重要参考人だよ! もしかしたらフェリを攫った――」
ルナの瞳が赤黒く輝くとその姿が消え、次の瞬間には女冒険者の悲鳴が聞こえていた。
一瞬で移動したルナは女冒険者二人を地面に伏せの状態で固定し、キャロラインに合図を送っている。
「キャロル、時間が無いから指切りで行くで。用意するのは一番短いナイフとカッターリングだけで良い」
「ちょ、ちょっと放しなさい!」
「私達は無実よ!」
「少し落ち着いてお話をしようか? ルナ?」
真っ赤な瞳のルナは二人の冒険者を抑える手を緩めようとはしない。
唸り声を上げるルナを抱っこしようと近づいた時、言ってはならない言葉を聞いてしまった。
「この『妖精の悪戯』が! 汚い手で触れないで!」
「馬鹿っ!?」
世界から音が消えた。
静かになった冒険者ギルドの広間を歩いて女冒険者の元へと歩み寄る。
心を落ち着かせて先ほどのマーカーの事を問いたださないといけない。そう、落ち着かないとダメだ。
「お前、今なんつった?」
用意していた言葉と違う言葉が口から出ていた。
片手で発言者の女の胸倉を掴み上げる。
もう片方の女を押さえたままのルナは、大きな口を開けてこちらを見ている。
「怒ってないから、もういっぺん言ってみるか?」
「ち、ち……がい、ます――」
「あん? 何が違うんだ? んっ!」
突如足元にタックルを受けたような衝撃を受け、掴んだ女ごと床を転がる羽目になった。
 




