幕間 ラビッツは冒険者の夢を見る
遅くなりました。
次話はなるべく早めに投稿したいと思います。
プテレアの緑の触手が敷き詰められた巣穴で身動ぎする影が三つ。
まだ六時の鐘が鳴る前の早朝。ラビッツ達は目を覚ますと扉で遮られた隣の部屋へと向う。
隣の部屋はエウアが作った元祭壇だった部屋で、元々あまり使われない場所なのでラビッツ達が巣穴と繋げて荷物置き場にしていてもエウアには気づかれて居ない。
「「「ラビッ!」」」
ラビイチ・ラビニ・ラビサンの三匹が声を揃えて一声鳴くと、魔物の素材や金銀胴色の硬貨が入った宝箱が所狭しと並べられた部屋に新たな影が現れる。
「……うい」
一見すると少し大き過ぎるサイズのヌイグルミに見えるブラウニーが、地面から生えたかのようにその場に姿を現した。
洋館で見るブラウニーとは違う姿のその固体は、右手に黒鉄杉製の特注棍棒を、左手にはラビイチの抜けた盾毛を装備していた。
数秒見つめあったブラウニーとラビッツ達は、小さく頷きあうと動き始める。
ブラウニーはラビッツ宝物庫(エウアの祭壇部屋)の警護、ラビッツ達は今日の狩りへと。
すぐさま行動を開始した大ブラウニーが特注棍棒で盾毛を軽く叩くと、合図を待っていたかのように地面から通常サイズのブラウニー達が姿を現し始める。
ラビッツ達の居ない間、巣穴を丸々警護するブラウニー達。
ラビイチの魔力を吸って存在進化したその大ブラウニーは、カナタの左目にはこう表示されるだろう。
『財宝の守護精霊Lv510』
Sランクの冒険者でも顔を真っ青に染めて逃げ出すであろうレベルの精霊。
スプリガンの胸元には自然に生成されたダンジョンコアが鈍い黒色の輝きを放っていた。
王都の人間が誰も知らない間に、洋館の地下には新たなダンジョンが誕生していたりする。
プテレアの蔦や蔓が成長して生まれた触手の手入れや、拡張工事で広がった巣穴内部の掃除など、ダンジョン『ラビッツの巣穴』を守るブラウニー達は今日も巣穴の手入れで忙しそうだった。
――∵――∴――∵――∴――∵――
駆け出しの冒険者達が朝ご飯通りと呼んでいる路地へと到着したラビッツ達は、他の者に習って店先にある野菜の鉢植えから思い思いに葉を千切って自前のボウルに入れ、駆け出しの冒険者達の後に並ぶ。
最近市場に活気が出て売り上げが上がった為か、店頭に並ぶ野菜の鉢植えはカナタ達が王都に訪れた時の五倍にも増えていた。
まだ若く柔らかい葉は冒険者が取り、成長し過ぎて大きく硬く育ってしまった葉はラビッツ達が取ってボウルに入れていく。
冒険者の列に巨大なラビッツが三匹紛れている異様な光景に、今は首を傾げる者は居ない。
「おはようさん! ラビイチは今日も良い毛並みだねぇ」
「あんたら、従魔に稼ぎで負けてどうするんだい! 冒険者としてもっとがんばんな!」
「いやいや、おばちゃんキツイよ。ラビイチ達が冒険者なら絶対Sランクだよ? 人生の先輩だって!」
軽い冗談も飛び交う中、次々と野菜を収穫してボウルを満たしていく者達。
一通りの冒険者がボウルを満たして油屋の前に列を作ると、ラビイチは銀貨を一枚店のおばちゃんへと渡す。
「ラビッシュ!」
背後に並んだ冒険者を指差してニヤリと笑みを作ったラビイチは、一番良いナッツ油をボウルにかけてもらうとラビニ・ラビサンと一緒に屋台通りへと脚を向けた。
「「「「「ゴチになります!」」」」」
ラビッツ達の背に向けて駆け出し冒険者達の声がかかった。
油屋のおばちゃんは苦笑いしつつ、並ぶ冒険者のボウルへとナッツオイルをかけていく。
普通に考えれば、冒険者が従魔に奢って貰ってどうするんだい! と怒るところだったが、カナタの従魔であるラビッツ達の稼ぎを知っているおばちゃんは苦笑いしかできなかった。
毎日大量に魔物の素材を冒険者ギルドに売りに来るラビッツ達の事を知らない者は少ない。
多分知らないのはその主であるカナタくらいのものだろう……。
「「「ラビッ♪ ラビッ♪」」」
気持ち良く歌いながらラビッツ串屋の前まで来たラビッツ達は、屋台に並ぶ列を無視して屋台の一番前へと顔を出すと己のボウルを差し出した。
普通に考えれば、駆け出しのヒヨッコとは違い魔物を狩って生活している冒険者達が、朝ご飯用にとラビッツ串を求めて並ぶ列を抜かす行動は暴挙と言うしかない。しかし誰も文句を言わないどころか、期待の眼差しでラビッツ達を見つめていた。
「ラビッシュ!」
「あいよっ! ラビッツ炙り叩きの一番良い所ね!」
一声鳴いたラビイチは、首に下げている黒バックから新鮮なラビッツを四匹取り出し屋台のおっちゃんへと渡す。
元気の良い返事でそのラビッツを受け取ったおっちゃんは150cmほどある巨大な網にラビッツを載せて炙っていく。
カナタ達が王都に訪れた時の五倍のサイズになった巨大な網で焼けていくラビッツ。油の焼ける香ばしい匂いが冒険者達の胃袋を刺激する。
「できあがり! 真ん中の一番良い所取っといたよ!」
「ラビ!」
表面を焼いただけのラビッツにタレを振り掛けると、巨大なハサミでラビッツを解体するおっちゃん。一番美味しい内身の部分を、野菜の盛られたラビッツ達のボウルへと入れていく。
ラビッツ串焼きの店に背を向けて中央広場へと脚を向けたラビッツ達に、冒険者の声がかかった。
「「「「「ゴチになります!」」」」」
「ラビッツ串、一人二本までだからな! ラビイチ達に感謝して食うんだぞ!」
おっちゃんは残った三匹分のラビッツの外身と丸々残っている四匹目のラビッツを手早く解体して串に刺していく。
待ってましたとばかりに一般の冒険者達は串を受け取って行った。
ルナの燻製工場のおかげで、今や市場に流れているラビッツの八割はラビイチが冒険者ギルドに卸している物となっている。
何故ラビイチはラビッツをルナの燻製工場へと持って行かないと言うと、『独占はダメやね。市場は生き物やから、うちがそれも買うと市場の命が危ないんやで?』と謎の論理でルナに言いくるめられたからだ。
「「「ラビッ♪ ラビッ♪」」」
野菜山盛りラビッツ炙り叩き乗せを片手にラビッツ達が向うのは中央広間の噴水の側。
手作り感が溢れるが頑丈そうなトレント材製の荷馬車の前で、色取り取りのジュースを売っている子供達の側へと歩いていく。
「お姉ちゃん! ラビイチさんが来たよ!」
「ご苦労様です」
大声で荷馬車の中で作業をしていた姉を呼ぶ弟。飛び出るように荷馬車から出てきた姉は丁寧に頭を下げるとラビイチの前に立つ。
「ラビラビ」
「これが昨日の売り上げの半分になります。あとこちらが先日の果実から作ってみた新しいミックスジュースになります」
弟が重そうに両手で抱えて来た果実の殻を一目見て、枚数など確認せずに黒バックに収納するラビイチ。
ヤシの実にも似た果実の殻には大量の銅貨が入っていた。
続いて姉から渡されたジュースを舐める様に3分の1ほど飲むとラビニ・ラビサンへと回していく。
「……お味はどうでしょうか?」
心配そうにラビイチの顔色を窺う姉。弟は荷馬車に積まれた真新しい樽から水をすくって三つの大きなコップへと注いでいく。
「ラビッシュ!」
満足そうに頷いたラビイチは姉と弟の頭を耳でぽんぽんと撫でると、荷馬車の横のスペースで朝食を取り始める。
姉弟はトレント材で作られた小さな椅子を隣に置くと、水の入った大きなコップをラビッツ達の側に置き、姉が用意したラビッツサンドイッチを頬張り始める。
まだ鐘のなる前の時間なので人通りは多くは無い。冒険者が八割商人が二割といった感じの中央広間ではほのぼのとした朝食光景が繰り広げられていた。
朝食を終えたラビイチは、すぐさま黒バックからダンジョン『彼方の森』産の果実を取り出すと、メアリー経由で商会に作って貰い、寝ぼけたカナタに保冷できるように【空気調和】スキルを使って貰った樽へと放り込んでいく。樽に入れる時には生活魔法で果実の浄化・清掃を忘れずに行う。
一通り果実を入れ終わると樽の中に結界を作り出し押しつぶしながら汁を絞っていく。絞って出たカスはそのまま結界ごと一口で食べると樽の蓋をして荷馬車へと積み込んでいくラビイチ。
頑丈そうな荷馬車の幌で外からは見えていなかったが、中には一〇を超える樽が積まれていた。
「あの……いつもここまでして貰っていて言うのもアレですが――何でここまでしてくれるんですか?」
「ラビ?」
ラビニとラビサンの合作である荷馬車を指差して心配そうに問う姉。
「荷馬車を用意して貰って、便利な樽や売り物のジュースに、用心棒まで……」
姉の見つめる先には、荷馬車の手入れをする人間の子供大サイズのブラウニーが居た。
通常のブラウニーとは違い完全に物質化されたその体は誰の目にも映っている。ラビイチの毛から作られた鎧や盾で装飾されたその姿は、手に持っている赤木の棍棒も相まってなかなかの存在感を醸し出していた。
前にフェリが話していた事、冒険して稼いで店を持って平和に暮らすという冒険者の夢を、自分なりに解釈して実行しているラビッツ達はどう答えて良いのか悩んで首を傾げる。そもそも人の言葉を理解できても話す事のできないラビイチには、絵を描く事しかできないのだが。
悩んだラビイチは、木紙を取り出すとジュースを片手に持って微笑むカナタの絵を描いた。カナタに助けて貰った事のある姉は、その絵を見てカナタが色々手を回してくれているのだと勘違いする。
「ありがとう……ありがとうございますカナタ様――」
「ラビ?」
ラビイチから絵を受け取った姉は、絵を大事そうに胸抱き締めると涙をこぼしながら笑う。弟も姉の背中を撫でながら頭を下げている。
何か勘違いされていると分かっていたラビイチだったが、空気を読んでその場を離れる事にした。
ラビッツ達が目指すのは冒険者ギルド東支部、今日こそは討伐依頼を受ける予定だ。
ちなみに、ラビイチは爪の先に火の精霊魔法を使い木紙を焦がして書いているので、そのでき上がった絵は少し焦げ臭かった。
――∵――∴――∵――∴――∵――
冒険者ギルド東支部の1F広間は異常なほど静かで、誰もが一人の冒険者の様子を窺っていた。
全身を覆う身の丈2mはあろうかというローブで姿をスッポリと隠したその冒険者は、内容を吟味する事もせずにクエストコーナーから依頼書を数枚毟り取ると、何食わぬ顔で一番若い犬耳受付嬢の居るカウンターへと一直線に歩み寄った。
「ら……び」
「あ、あの……」
カウンターへと依頼書を置いた瞬間、一瞬だけその冒険者の右手が見えたが、若い受付嬢はどう対処して良いか迷い言葉を失う。
らちが明かないと思ったのか、冒険者は苛立ち気にカウンターを小さく叩いた。
「ああ、あああの……」
「……び?」
静まり返ったギルドホールに響き渡る音。半分泣きかけた受付嬢を見て焦る冒険者。
見るに見かねて先輩の犬耳受付嬢が冒険者の背後に歩み寄りローブを剥ぎ取った。
「ラビッ!?」
「何してるんですか?」
「し、シルキー先輩ー! わ、私どうすれば良いのか!」
心底驚いた顔でシルキーと呼ばれた犬耳受付嬢を見る冒険者――を装ったラビイチ。
カウンターに置いた依頼書とシルキーの顔を交互に見つめるとそっと目をそらしてローブを被りなおす。
「もうばれてますよ? と言うか、あの入り口から中を覗く二匹の巨大ラビッツの時点でバレバレなんですが……」
「ら、ラビ……」
観念したのかローブを脱いだラビイチは、助けを求める視線を周囲に向けた。しかし誰も目を合わせようとせず、静まり返ったままだった。
後輩受付嬢は休憩に向ったのかカウンターを離れていく。代わりにカウンターに入ったシルキーがラビイチが持って来た依頼書を眺めて溜息を付いた。
「依頼書ナンバー五、最近増えてきた野良モウモウの誘導もしくは捕獲? 他には畑を荒らすラビッツの討伐? 最近見つかった新しいダンジョンでの薬草採取? あのですね――」
「――ラビッ!」
自分ならできると言いたげなラビイチは自らの右手を上に掲げて自信満々に鳴く。
困った顔で依頼書をカウンターに置いたシルキー。
「ここ連日来られてますけど、従魔は依頼を受ける事ができないって毎回言ってますよね?」
「ラビ……ラビ?」
そこを何とか、と言いたげに小首を傾げて可愛く鳴いたラビイチを見て、近くに座っていた女冒険者が立ち上がった。
「まぁ、その……例外くらいあっても良いんじゃない? 何よりラビイチの実力は皆が知っている事だしね」
「そうだよな、よっぽど俺らより稼いでると思うぜ? 魔物の素材の持ち込み量ナンバーワンだよな」
「規則ですから」
ラビイチをフォローする女冒険者に続く年配冒険者だったが、シルキーは一言で切り捨てると依頼書を纏めて元の場所に戻してしまった。
「ラビ……」
「ダメなものはダメです。依頼を受けるのであれば主であるカナタ様を連れて来てください」
何度もカウンターを振り返りながら入り口へと向うラビイチを見たシルキーは、キチンと筋を通すように言うとカウンターから離れて行った。
それまでの静寂が嘘だったかのように普段通りの喧騒が戻ってくる冒険者ギルド。
出入り口から外に出たラビイチは、ラビニ・ラビサンの顔を見て首を横に振る。
「「ラビラビ」」
ラビイチの肩を叩いた二匹は彼方の森がある方角を指差して頷いた。
まだ未練がましく冒険者ギルドの扉を見ていたラビイチは、二匹の心遣いに感謝して今日も狩りに出かけるのだった。
「ラビ?」
西門へと向う途中、ラビッツ達は豪華な馬車に乗ったフェリを見つけて首を傾げる。
その馬車は王都南町に店を構えるとある商会の馬車で、まだ子供であるフェリが取引できるような相手ではなかった。
その日はルナとキャロラインとフェリが約束をした日。
五度目の鐘が鳴っても現れないフェリを見た最後の目撃者はラビッツ達だった。




