第141話 シュバインハーケンマーケット
洋館の裏手。勝手口から外に出ると、少し前までは無かったはずの町並みが広がっていた。
完全に同一規格の簡単な木造平屋の建物が、区画整理されたかのように綺麗に立ち並んでいる。
全ての建物には庭先に三畳ほどの空間が設けられており、その場所には簡単な畑が作られている建物もあれば、簡易露天が出されている建物もあり、家主によって色々な様子を見せていた。
開いた勝手口のすぐ側には、硬皮の盾とカナタ槍に良く似た急ごしらえの槍を片手に持った冒険者が二人、直立不動で立っている。目が合うと敬礼されたので敬礼し返して扉を閉める。
「どうしてこうなった?」
オーキッド曰く、スラム街にカナタ達が越してきてから、数日で変化が訪れたとの事。
毎日、目にも止まらない速さで建物が立ち並び。毎朝、古い家屋が轟音と共に壊されて行った。
当初、オーキッドの頭を悩ましていたゴロツキ共は次第に見かけなくなり。代わりに王都中央広場に店を出せないような弱小の商人達が小さな市を開く様になった。
洋館の裏手には新たに巨大な井戸が掘られ、水源が確保されると同時に歴戦の兵を思わせる引退組みの冒険者達が巡回を初めた。
終いには主だった商店の店主――ではなく、その嫁や現役冒険者の嫁が集いリトルエデンの下部組織が生まれた。そして瞬く間にこの光景が生まれたとの事。
目にも止まらない速さで建物を建てれる人物に心当たりがあった。
洋館から冒険者ギルド東支部へと繋がる道を拡張するラビッツ達の姿を見た覚えがある。
ゴロツキに心当たりは無かったが、商人達を招き入れそうな人物には心当たりがあった。
巨大な井戸の事は、アヤカが熱心に井戸の掘り方を聞いてきたので教えた覚えがある。巡回の件も、メアリーが欠損した肉体の一部を回復させる方法を聞いてきたので、何と無くそうだろうと思う。
嫁を集めて作られた組織は、試供品と称してマリヤが怪しげなポーションを大量に作っていたのでそっち関連だろう。
「よし、悪い事はしていない――はず! むしろ、かなり王都の発展に貢献してるという感じでグッジョブだね!」
「なんでカナタが洋館から放り出されてるのか不思議かな!」
うんうんと頷くオーキッドは勝手口をあけて出て行った。慌てて追うと扉を警備していた冒険者二人に見覚えがある事に気が付く。初心者講習会に混じっていた名前も知らない人だ。
笑顔で少し手を振ると、赤面した冒険者に目をそらされてしまう。
「遊んでないで行くかな」
「あー、あの鉄材はそのままにしてても大丈夫かな?」
「今の洋館にチョッカイかけれる人物に心当たりが無いから大丈夫かな?」
考えてみればその通りだった。洋館の敷地内にはレベル100前後のブラウニー達がウヨウヨしている。
最近手下を連れた上位ブラウニーっぽいのが歩いているのも見た。何か洋館に不利益を与えるような事をしようものなら……ブラウニー達が無限に沸き出てくる事になるだろう。
「なぁ、さっき空が暗くならなかったか?」
「しっ、お前も最初に聞いただろ? ここでは洋館の話は無しだ。……何が起ころうともな」
簡易露天で豆を売っている商人と客の会話が聞こえた。視線を向けるとペコペコと頭を下げてきたので手を振っておいた。
「ここで暮らしたいのなら、あの上等な服を着ている者達には逆らうな。それがリトルエデン自治区の鉄の掟だ」
「分かった。もうあのボロ宿に戻るのは嫌だしな」
そう言って銅貨と豆を交換する客。見間違い出なければあの豆は大豆の近縁種だと思われる、ちょっと欲しいけど今は鉄を売るのが先だ。
「こっちこっち、カナタ~早く来るかな!」
「ちょっと待って、町並みが揃い過ぎてどこも同じに見えるって!」
オーキッドが急ぎ足で向う先は、行き付けのお店だと言う話だ。あの鉤爪を作った人にはちょっと興味があった。もし同じ物が売られていたら一セット買ってみようかな?
角を右に曲がっては左の脇道へと入り、また右に曲がってその次は直進する。
オーキッドは道を完全に覚えているのか、歩く速度を落とさずにどんどん先へと進んで行った。
どんどんと道が細くなっていくような気がする。同時に人気が無くなっていくのを感じた。
「何か人が少ないね」
「……もうすぐかな」
苦笑いしたオーキッドは何も言わずに先へと進んでいく。
迷路の様な町並みを進んで見えてきたお店には、巨大なオークの看板に鉤爪をぶっさした非常にインパクトのある看板が目印のいかにも怪しい店だった。
「へいへい、オーキッド? あの店ちょっと怪しいんだけど、看板はまぁ……良いとしても、何で入り口に人が倒れてるの?」
「まずい……機嫌が悪そうかな?」
オーキッドが恐る恐る入り口に近づいていくので後に付いていく。
入り口に倒れている人は、何故か木槌を抱えて目を回していた。
「しつけぇぞ!」
「予想通り!」
オーキッドが素早く中に入ったので真似して素早く店内に入る。
若干予想していた通りに木槌がお腹目掛けて飛んで来たので受け止めておく。
「あん? 客か……オーキッド手前また壊したのか!」
木槌を客に投げつけた事に対して何も思わないのか、店主はオーキッドを一睨みして作業に戻った。
「おっちゃん! 前話した鋼材の提供者連れて来たかな!」
「……見せてみろ」
「お初にお目にかかります、カナタと言う「御託はいい」者なんですけど……」
完全にこちらの話を聞く気ゼロな店主は、身長1M無いくらいのドワーフ族のおっちゃんだった。白髪白髭で頬に大きな火傷の古傷がありかなりの強面だ。
無言で伸ばされた手にサンプルで持って来た1Mほどの鋼のビレットを一本乗せる。かなり重いはずの鋼のビレットをそのまま片手で受け取るおっちゃん。
「ほぅ……お前がこれを?」
「そうです、まだいっぱい有りますよ?」
「なかなか良い鋼材だ。いや……良過ぎるな。俺の名はトール、家名は無い」
「カナタ=ラーズグリーズです」
名前を名乗ると同時に伸ばされた右手を反射的に握ると、何故か一瞬眉を潜めて驚いた顔になるトール。
「お前さん……武器を扱う才能が全然無いのぅ」
「なんだって!?」
「おっちゃん、無断でそれやると普通は怒られるかな……」
トールのこちらを見る目が変わった。可哀相な子を見るような、哀れみすら篭った目に。
「おっちゃんは【武の天稟】スキルで相手の得意な武器がわかるかな!」
「あっ、それって握手で相手の力量が分かるとかいうやつじゃ! いかにも職人っぽくて良いね」
「珍しいほど才能が無い。軒並み0を通り越してマイナスになってるのぅ」
「マジデスカ、何か一つくらい得意な武器はありませんか?」
もう一度手を伸ばして無理やり握手する。正直、現代社会に生きていた者に得意な武器などあるはずも無い……と思いたい。
「赤子でも、生まれ持った才能は読み取れる。その年まで良く生きて来れたのぅ……」
「もう一回! もう一回見て! 何か一つでも!」
「ぬぅ……盾かのぅ」
「は? 盾ですか?」
トールはそれだけ言うと鋼のビレットを片手に奥の部屋へと入って行った。
呆然と立ちすくむボクの肩をオーキッドが優しく叩く。
「あたいもコレしか才能が無いかな」
「おぉう、盾を武器に戦えと言うのか……」
オーキッドは慰めになっていない言葉をくれると、トールを追って奥へと入っていく。
盾を武器にする方法が無いわけでは無い、Wが名前に付いてどうも強化されているスキル【舞盾】を常時使えば良い。あとは硬い盾で相手を小突きまわる事になる?
「カナタ~早く来るかな!」
「まぁ、練習すれば良いか」
オーキッドの後を追って奥へと入っていくと、武器の一時置き場のような場所へと入って行った。
いたるところに乱雑に武器が並べられ、壁にはオーキッドの武器と同じタイプの鉤爪が吊るしてある。
まだ奥の部屋がある様子なのでチラ見する程度でオーキッドの後を追う。
「ん、この奥が工房かな?」
無用心この上ない店の奥へと進むと、やけに綺麗に整理された工房が見えてくる。
炉には火が入れられ、金槌を持ったトールが鋼のビレットを片手に佇んでいる。
「おい、この鋼はどうやって作った?」
「溶かして混ぜて?」
「……素人に聞いた俺が馬鹿だった。が、これは使える」
何故かディスられた気がする。
トールは炉に鋼ビレットを放り込むと無言になり、今から武器でも作る気のようだ。
オーキッドに意見を聞こうと姿を探すと、入り口横の壁にかけてある白銀に輝く爪を撫でて溜息を吐いていた。
「なかなかカッコイイ爪だね? おっ、結構重い」
「カナタ! それはダブルナンバーかな!」
「ダブルナンバー?」
壁にかけてある爪を手に取り腕に装着してみる、見た目以上に重いがなかなかシックリ来る感じがする。
何故か血相を変えたオーキッドに爪を取り上げられ元の壁に戻されてしまう。
「これ高級品?」
「おっちゃんの武器は、出来に寄って四種類に分けられるかな。一番等級が低いのが番無し、一般的に店に並ぶのがこれかな!」
オーキッドは自信満々に説明を始めると、ベヒモス袋から取り出した予備と思われる鉤爪を片手に持って話を続ける。
「今あたいがメインに使ってるのがコレ! シングルナンバーのビーストクローかな!」
『ビーストクロー6』
鍛冶屋トール製作の鉤爪。6の刻印が彫られている。
:獣型の魔物に与えるダメージ増加
:オーク種の魔物に与えるダメージ増加
凄くドヤ顔のオーキッドは、鉤爪を見せびらかすようにゆっくりと振りポーズを決める。
「ダブルナンバーになると性能がUPするって事?」
「そんな感じかな? カナタは鑑定できるような……見た方が早いかな!」
『ビーストクロー66』
鍛冶屋トール製作の鉤爪。66の刻印が彫られている。
:強硬度
:自動修復D
:獣型の魔物に与えるダメージ増加
:オーク種の魔物に与えるダメージ倍加
「おぉっ!? 何かめっちゃ強い気がする。でもビーストキラーなのに何故かオークにダメージUPが付いてる?」
「あれ? カナタは入り口の看板見なかったのかな? ここは対オーク専門武器を扱ってるお店かな!」
オーキッドに言われてから思い出すと、確かに入り口には巨大なオークの看板が立っていた。鉤爪がお腹辺りにぐっさり刺さっていたのも見た。
「何でまた対オーク専門店なんか……」
「それは……あたいの口からは言い難いかな」
「ちょっとこい、カナタ」
視線を彷徨わせるオーキッドは、何か言い難そうにしながらトールの背中をチラチラ見ていた。
すぐに名前を呼ばれたので炉の前に座るトールの元へと近づいていく。
「こいつは……どういう鋼材だ? 全然溶けねぇどころか、叩くと金槌がイカレちまう」
「普通の純鉄と炭素1%前後の合金なんですが……溶けない?」
トールの指差す炉の中にはビレットの形を保ったままの鋼材が転がっていた。真っ赤に色が変わっているのでそろそろ溶け出しそうな雰囲気だ。
「ん~、何故かな? そう言えば、グロウは炉に火を入れずに普通にスキルで作ってたか……武具製作スキルある?」
「おまえさんグロウの知り合いか? 武具製作のスキルはCランクだ。大抵の物は作れる」
「作るのは良いけどちゃんと買い取ってくれるんだよね?」
ボクからスキルの事を聞くと「久しぶりに腕がなるのぅ」とトールは気持ち悪い笑みを浮かべて炉に向き直る。武器を作るのは確定みたいだけど、ちゃんと残りの鋼材を買い取ってくれるのかが心配だ。
分厚い皮袋をつけて火箸で鋼材を摘むトール、その手元には謎の発光現象が起こっている。
「何が始まるのかな?」
「多分鉤爪でも作るんじゃ?」
「来た。この感触、この手応えは……間違い無い!」
トールの手元の光りがより一層強くなり、オーキッドが目を抑えて背中を向けた頃には、小さな太陽がその場所にあるかの如き閃光を放っていた。
「完成した。この色艶、手触り、この鉤爪のフォルム! 三つの6を与えるに相応しい出来だ」
「目が! あたいも見たいけど目が!」
『ビーストナンバーズクロー666』
鍛冶屋トール製作の鉤爪。666の刻印が彫られている。
:強硬度
:自動修復C
:獣型の魔物に与えるダメージ倍加
:オーク種の魔物に与えるダメージ激加
:武器固有スキル【魂喰らい】
無理矢理目を開こうとしていたオーキッドの目蓋に手を当てて治療を施す。
動かなくなったトールに触れてみると、武器を地面に落としてひっくり返ってしまった。
「い、生きてる!?」
「ただのMP切れだと思うかな! それよりその鉤爪の試し切りしたいかな!」
炉の火が入れっぱなしなのはマズイので結界で覆い酸素を遮断して消化しておく。
オーキッドがボクを引きずって工房の奥へと入っていく。まるで勝手知ったる我が家の如き堂々とした足取りだ。
「この奥に居るかな!」
「ん? 何が居るの?」
オーキッドが鉤爪を交換している横から、部屋の一番奥――牢屋が一つ設置された部屋を覗き見る。
頑丈そうな金属の牢屋には細身の飢えたオークが繋がれていた。
「アレで試し切り? マジ? リアリー?」
「牢屋には御禁制の再生結界が敷かれてるから……殺しはしないかな?」
さも当たり前のように言うオーキッド。
トールは何故こんな事を? どれほどオークが憎いのか……。
「オークをここまで毛嫌いする理由って何?」
「――それは私が答えましょう」
誰に向けたでも無い問いは、予想外の人物によって答えを得る事となる。




