第140話 新たなる資金源
澄み渡るような青空。土と草花の温かな匂いを感じる。
眼前に広がるどこまでも続く蒼空へと手を伸ばしていると、隣で身動ぎする気配を感じた。
「起きたようかな」
「……おはよう」
振り向かなくても分かる、声の主はオーキッドだ。そして何故庭に寝転がって空を見ているかという事も。
「「……」」
四日前ダンジョンから戻ったボクとオーキッドは、報酬をスプライト達に渡し、晴れて洋館へと入る事が許された。
それからの四日間は洋館でゴロゴロ――もとい、装備品の手入れや新しい生活魔法の開発などを行い、ラビッツ達と戯れたりメイトの商会にメイドインジャパンの調味料を追加補充しに行ったりと、日々忙しい日常を送っていた。
「明日からは本気を出す! 今日はまだ大丈夫……そう言ってたのはカナタかな!」
「オーキッドも賛成したじゃん! あたい達には力がある、冒険はいつでも行けるけど今しか助けれない子供が居るかもしれないかな! って言って新人冒険者拾ってきたのはオーキットだよ!」
「「……仕事行こ」」
虚しくなってきたので起き上がり、冒険に出る準備をする。地面に直接寝てはおらず、ベットに敷いていた毛皮がそのまま敷かれていた。スプライト達の最後の慈悲だと思い綺麗に畳んでスマホに放り込んでおく。
今日のボク達には秘策がある。
先日のダンジョンの一件で鉱石類はそのままだと安い事を知った。
今から冒険者ギルドに行って鉱石類を買い取る。ついでに依頼の報酬で冒険者ギルドの倉庫にある鉱石類も貰って製錬すれば鉱物資源で一財産築ける寸法だ。
同じく立ち上がったオーキッドと見つめ合うと小さく頷き合う。
「鉱石で一稼ぎだね!」
「製錬した鋼材は、あたいの知り合いの店で買い取ってくれるように連絡済みかな!」
「完璧だね!」
オーキッドと二人、ガッチリと手を握り合う。
「カナタは……大丈夫かな?」
「何が?」
何故かオーキッドはボクの体に視線を這わせて心配そうに匂いを嗅ぎ始めた。
意味が分からないが、心底心配そうにこちらの様子を窺うオーキッドに首を傾げて問い返す。
「今朝……スプライトに締め出されて惚けていたら、上からカナタが振ってきたかな」
「はぁ? え? えぇぇぇぇ!?」
オーキッドが指差す方向は空、釣られるように上を見ると2Fに窓が開いた部屋が見えた。
「うぇい、うぇい。ちょっと待って。何秒くらい前? 全然気が付かなかったんだけど?」
「……五分くらいかな?」
オーキッドは目を合わせようとせず、ぼそっと呟くと背中を向けた。
何か気遣われてるような……本当の事を隠しているようなその姿に不安を覚えた。
スプライト達のボクに対する扱いがぞんざいになってきている気がする。
「まじか……寝心地良過ぎて気が付かなかった。これは、ダンジョン内では注意しないといけないかもしれないね」
「多分大丈夫? ダンジョン内でチョッカイかけようとしたチェスターが酷い目に合いかけてたかな……」
オーキッドが指差す方向には何故かチェスターとミネルヴァが居た。二人とも格好は先日のままだが、背負うタイプの大きな背嚢を装備している。
「いよう~お二人さん、事情は聞いた。買わないか?」
「おはようカナタ。この馬鹿と違ってこっちは自前だから買うと良いわ」
「おはよう二人とも? ん? 背嚢の中身?」
今日はアテナもチェリーも居ないようだ。二人が背嚢から取り出したのは鈍い金属色を放つ石……?
「まさか!? オーキッド! これで買えるだけ買いあさって来て! ダッシュ!」
「分かったかな!」
オーキッドも最悪の事態に気が付いたのか、ボクが手渡した半金貨を握り締めると全力で冒険者ギルドへと走って行った。
ニヤニヤとこちらを見てくるチェスター。
「もう遅いと思うけどな~」
「やってくれたね……」
「まぁ、馬鹿なりの知恵と言ったところね? これは私個人の物よ、お金より珍しい物と交換でどうかしら?」
チェスターが背嚢から取り出した鉱石類は、5Mを軽く超える高さの山を成して庭へとそびえ立っている。
隣にはミネルヴァが用意してきた鉱石の山が2Mほど積みあがっていた。
どう考えてもチェスターの用意した鉱石の数が多い……多すぎると言って良いほどに。
「取り合えずミネルヴァの方から、何が良いのかな? 食べ物? 調味料? ……装備?」
最後に何と無く装備と言うと、待ってましたとばかりにミネルヴァの目の色が変わる。
「その服を一着、あとは適当に珍しい食べ物で良いわ」
「ふむ、服はまぁ良いけど……何で?」
今ミネルヴァが着ている真っ白なサマードレスもなかなか似合っていて可愛いと思う。あえて天使御用達の服にする理由が分からなかった。
この服に付与されている自己修復機能と浄化機能の事は知らないはずだ。
「見ただけで分かるわよ?」
そそくさと近寄ってきたミネルヴァは、ボクの着ている天使御用達の服に手を伸ばすと両手でスリスリしてウットリしている。
「あぁ、着心地とかか~。確かにこの服を一度着たら二四時間着っぱなしでも良いくらいだね」
「この手触りは金貨千枚にも値するわ!」
興奮するミネルヴァの前でダメとは言えず、予備をスマホの中に入れてあった特大木の宝箱から取り出し手渡す。
「うふっ、この手触りが私の物に♪」
「食べ物か~ビックWARビーの加熱蜜結晶でも良いけど、珍しい物が良いんだよね?」
「えぇ、そうね。個人で楽しむ物だから多くなくても良いわよ?」
天使御用達の服は手渡したその場で空になった背嚢にしまわれた。もう絶対返さないとでも言いた気な雰囲気だ。
試しにクリスお気に入りの黒砂糖の塊を一欠片ミネルヴァの手に乗せてみる。
「これ……何かしら? 甘い匂いがするわね……」
「クリスが絶賛した甘味かな? 一応調味料にもなるけど、お菓子にも使える感じ?」
「んむ……!?」
大口を開いて黒砂糖の欠片を頬張ったミネルヴァの目がまん丸に開いた。
リスのように左右の頬っぺたに膨らみが移動し、無言のままボクの背中を力いっぱい叩いてくるミネルヴァ。
両手を出して上目ずかいに小首を傾げてくるので、黒砂糖の袋を一袋手渡してみる事にする。
「んーんー、ん……ん! んん♪」
「何言ってるか分からないんだけど……」
素早く黒砂糖の袋を奪い取ったミネルヴァはすぐに背嚢にしまい込むと、またまた上目ずかいになりじっと見つめてきた。
少し前屈姿勢になりながら下から見上げるようにこちらを見られると、何故かドキドキが止まらない。
「もう一袋だけだからね?」
「ん~♪ カナタ愛してるわ~♪」
ひったくるようにして黒砂糖の袋を手に取ったミネルヴァは、スキップでもしそうなほど浮かれてクルクル回っている。
ルナが見たら喜んで一緒になりクルクルと踊りそうな光景だ。
「次は俺の番か」
「カナタ! 一足遅かったようかな……」
「チェスター様! 金庫から有り金全部持ってどこに行くのかと思えば――」
「げっ、チェリー……撒いたと思ったのに連れて来たのか」
布袋を肩にかけたオーキッドが戻ってくる、何故か後ろにはチェリーが血相を変えてついて来ていた。
余裕のあったチェスターの顔に少し焦りが見え隠れしはじめる。
「これ、カナタ宛にエウアからかな」
「ん? 空のイデアロジックと魔晶の欠片がいっぱい……?」
予想外のお土産をオーキッドから受け取るとスマホに袋ごとしまっておく、使うのは後で良い。
「取り合えず買ってくれ! 金貨4枚でどうだ?」
「チェスターは鉱石類全部で金貨2枚で買い取って行ったって受付嬢が言ってたかな!」
「チェスター様……生活費をそんな物の為に?」
チェスターはチェリーから距離を取りながら交渉を始める。すぐにオーキッドが買取値をばらし、隣に立つチェリーが青ざめた顔で両手を震わせていた。
「前から思ってたんだけど、王子様なのに貧乏なの?」
「あー、それな……時期国王選抜戦みたいなものだな。親父の子供五人に与えられたのは王都東西南北のそれぞれの城だけ、あとの生活費諸々は各自で稼がないといけないって感じな」
「暗殺とかし放題なんじゃ? チェスター弱いよね……。アレ? 五人居るのに城は四個?」
「まぁな、実質兄貴とクリスティナの一騎打ちのようなものだしな。俺は勿論才能が無い、一番上の姉は……やんちゃしてる方が良いみたいだしな」
両手を広げてお手上げの様子のチェスターはチラリとミネルヴァを見た。
ボクはチェリーがチェスターを引きずり倒して馬乗りになる瞬間を目撃する。
「ちょ、待って! 今から倍の値段で売れるんだって、ほら、カナタが買うと言ってくれるは「買いませんけど何か?」ず?」
チェスターの言葉を悔い気味に、購入する意志の無い事を伝える。
惚けた顔でこちらを見上げるチェスターとは対照的に、頭の天辺まで血の上ったチェリーは両手を握り拳に変えてチェスターを睨み付ける。
「製錬する方法も販売する伝手も無いのに、良く買占めとかしましたね?」
「え? だってほら、俺達一緒に冒険した仲間だろ?」
「馬鹿? 誰がわざわざ商売敵に手を差し伸べるのかな!」
「冗談だろ? なぁ、俺王子様なんだぜ?」
ゴミ虫でも見る様な目でオーキッドとチェリーから見下ろされているチェスターは、こちらにすがる様な目線を送り半泣きになっていた。
「他人のふんどしで相撲を取ろうとするからだよ? ご愁傷様」
「な、ちょっと待って、痛っ。チェリー止めて、ガハッ、ちょ――」
「いつも人の話を聞かずに! いつもいつも私の注意を無視して! いつもいつもいつも――」
マウントポジションを取ったチェリーがチェスターの顔面を握った左右の拳で殴打する。チェリーは無慈悲にも大きく振りかぶって一撃一撃を殴るので、チェスターの顔面がボコボコになるまでそう時間はかからなかった。
チェリーは暫く殴り続けて物言わぬ屍の様になったチェスターを放置し、ボクの目の前に立つと身だしなみを整えて頭を下げる。
「どうか……この馬鹿のやった事を許してやってください。もし許して貰えるのならこの身いかようにでも――」
「ちょーっと待った! いきなり脱ごうとするのは止めて!? こんな朝っぱらから野外とかどんなプレイ!?」
いきなりメイド服のエプロンを外しにかかったチェリーの手を止める。
いくら洋館の塀があるとは言え、朝っぱらから野外プレイとかそんな性癖は無い。それ以前にクリスの兄の従者に手を出したとなれば、クリスに何されるか分かったものじゃない。
「私は生娘ではありますが、殿方――お嬢様方への奉仕の方法は存じております」
「何か勘違いしてるようだけど止めて!?」
地面に両膝をついてこちらへと近寄ってこようとするチェリーを、どう止めるか思い悩んでいると「ドンッ!」と激しい振動と音が洋館の庭に響き渡る。
「「……」」
「いきなりクレーターが生まれた」
「中心に拳の跡があるかな……」
丁度チェリーとボクの間を遮るように1Mほどの小さなクレーターが現れる。
無言で立ち上がったチェリーはチェスターの側に移動すると再び頭を下げた。
「そこの鉱石類、買値でなら引き取るよ?」
「お気遣いありがとうございます」
咄嗟に金貨を2枚取り出すと、氷砂糖の子袋と一緒に投げて渡す。
「これは……?」
「経緯はどうあれ、ここまで鉱石を運んでくれた手間賃? 氷砂糖――って言ってもわからないか~砂糖の塊かな?」
「私のは!」
いつの間にかクルクルを止めていたミネルヴァがこちらに手を伸ばしてきた。黒砂糖に飽き足りず氷砂糖にも興味を示したようだ。
「あげるけど、黒砂糖ほど美味しい物でもないよ?」
「ふ~ん? ふむふむ、まぁまぁね……」
袋の端っこを千切って開けたミネルヴァは中身を一つ口に放り込むと小さく呟いた。
この氷砂糖の袋はチャックが付いているタイプで開け閉めができるやつだ……。
「ここをこうすれば、開け閉めができて便利だからね?」
「……!?」
「便利な袋ですね」
諭すようにチェリーに渡した袋を開け閉めする方法を教える。こちらの様子を窺っていたミネルヴァは顔を真っ赤にして帰っていった。
チェリーはちゃんと転がっているチェスターを回収して引きずりながら戻っていく。
「色々あったけど、全部手に入ってよかったかな~♪」
「まぁね……ついでにアイアンゴーレムも解体しておこうかな?」
ダンジョン内での失敗を元に、アイアンゴーレムは上空で製錬する事にする。
こんな場所じゃ出した瞬間、綺麗に整えられた庭に致命的な傷痕を残す事になってしまう。
「ちょっと上行ってくるね、すぐ戻ってくるから」
「分かったかな!」
10Mほど停止飛行で浮かび上がると、スマホからアイアンゴーレムを上空に向けて取り出す。
すぐさま結界で覆い【分解】スキルを使用して鉱物材に……あれ?
魔力の手がアイアンゴーレムをバラバラにしていくのは良い、前モウモウをばらした時と同じだ。
バラバラになったアイアンゴーレムは、赤茶色の鉄の塊と銀色に輝く1Mほどの鉄のビレットへと変化していった。
円柱状の鉄のビレットは数が多いのでとりあえず地面に降ろしておこう。
「カナター! 結構目立ってるかな!」
「やばいやばい、さっさと酸化した鉄も還元しよう」
酸化した鉄の還元方法には大きく分けて二つの方法がある。電気を使うやり方と、物を燃やしたりして熱で溶かすやり方だ。今日は燃やす物を用意していないので生活魔法の電気を利用して行う。
多重に張った結界の中に酸化鉄の塊を全て放り込むと、魔力に物を言わせて結界内部に放電する。
良い感じに放電が始まったので結界の外からひたすら酸素を送り込む。次第に溶けてオレンジ色のどろどろな液体へと姿を変える鉄。
火山の噴火口を直接覗いているかのような光景が目の前に広がっていた。
『流鉄』
色々な成分を含んだ鉄。
左目で見ると色々な成分が含まれた鉄と鑑定結果に出た。今必要なのは純粋な鉄のみなので、結界をフィルター代わりに使い要らない物を除去する。
「今から色々振ってくると思うから、オーキッドは逃げててー!」
「了解かな!」
結界を調整するとすぐに、流鉄は三分の二ほどの量へと減り、地面に向ってマグマのような高温のスラグが降り注ぐ。
武器に加工する時の事も考え、炭素の粉を結界に取り込むと混ぜ合わせる。
あまり炭素量が多すぎても脆くなってしまうので、全体の1%前後といったところだろうか。
完成したどろどろの流鉄を、先ほどと同じく1Mサイズの円柱ビレットに加工して熱を奪っていく。
「カナター! 下、下!」
「ん?」
オーキッドの大声に呼ばれて地面に下りると、山になったスラッグの処理方法をどうするかに頭を悩まされう事になった。
「さっきみたいに結界で纏めてそれに入れとけば良いと思うかな?」
「それだ! 適当に火山的な場所に行った時に噴火口に放り込んでしまおう」
オーキッドの案を採用する。普段なら地面に埋めて肥料にするところだったが、今回は量が多すぎて土壌の成分がえらい事になりそうだからだ。
「何か洋館の裏が騒がしくない?」
「ちょっと行ってみるかな?」
オーキッドと一緒に洋館の裏手へと続く勝手口をあける。
勝手口の先に広がっていたのは、異国情緒溢れる町並みだった。
「は?」
初めて洋館を訪れた時、裏手は林や草木が生い茂るだけの広場だったはず。
予想外の光景に己の目を疑いオーキッドを見た。
「カナタは知らなかったかな? 実は――」
ボクはオーキッドが語り始める話を聞いて仰天する事になった。
インフルエンザにかかりました。
予防接種していたにもかかわらず、人生初インフルでグッタリです。
皆様も人が多い場所に出かける時は、マスクの着用をお忘れなく。




