第138話 魔物袋の中身と戦利品
「ちょっと! 起きなさい!」
「むにゃ、まだ~だめ~もう少し」
「ダメですミネルヴァ様、ナニをしても起きる気配が有りません」
「チェスター! あっち向いてなさい! 次見たら外に放りだすわよ!」
「ご、ごめん! チェリーそんな目で見ないでくれ、違うんだ――」
「チェスターも所詮、飢えた狼なのね……」
体内時計が正常に機能しているようで、体感で六時になる頃だと思う。
何か柔らかい感触が後頭部に触れている。優しくお腹を撫でる誰かの右手が、へその上を通りみぞおちを撫でるように胸へと上がっていく。誰かの左手が円を描く様に下腹部へと……!?
「ひゃぁーっ!? 何が、ここどこ? 洞窟?」
「やっと目を覚ましてくれました! ミネルヴァ様そちらはまだ持ちそうですか?」
「後一五分って所ね、さっさと結界を解除させなさい! チェリー、チェスターを使い物になるようにしなさい! ウジウジするようだったらひっぱたいても良いわ」
「ハイッ!」
何がどうなっているのか、一瞬ここがどこなのか分からなかった。咄嗟に左手のスマホに見ると、表示されるマップを見てここがダンジョン愚者の王墓内部だと思い出す。
後頭部に感じる柔らかい感触の正体は、背後から抱きかかえるようにしてボクを抱いているアテナの胸だった。アテナの両手は際どい所を撫でており、あと数分起きるのが遅かったらナニされていたのかと想像すると、朝から顔面真っ赤なアプの実だ。
流石に起きるとすぐに解放して貰えたので、横にずれた衣類を直すとチェリーにグーで殴られているチェスターを治療する。
チェリーは殴り足りなかったのか、顔を抑えてうずくまっていたチェスターの尻を蹴り上げていた。
「ん~はぁ、おはよう。何でそんなに慌ててるの?」
「さっさと結界を解きなさい! オルランド達が死ぬわよ?」
「えっ」
咄嗟に入り口のS字クランクを見ると、半泣きになりながらゴブリンやオークの攻撃を盾で防ぐオルランドが居た。
S字クランクに張ってあった結界に添うように冒険者三人が血だるまで転がっている。意識は無いようだが鎧が僅かに上下しているので生きてはいるようだ。
「どうしてこうなった!」
「広間入り口に居る笛持ちゴブリンが魔物を呼んでいるわ! イチニッサンで結界を解除しなさい! オーキッドは手前、私は広間、アテナはそこの寝ぼすけと一緒に負傷者の手当てを!」
「分かったかな!」
「カナタ! イチ・ニッ・サン!」
何が何だか分からなかったが、寝起きの頭に活を入れて結界を解除する。
一瞬雪崩れ込んでくると思われた魔物達は、オーキッドの腕に装着された鉤爪で広間へと放り投げられている。
血だるまになった冒険者に触れると治療を行ない奥へと転がしておく。オルランドは治療を受けるとすぐに広間へと飛び出して行った。
先ほどまでベソかいて死にかけていたとは思えない。鬼気迫る表情で横穴に近寄ってくる魔物を盾で殴り飛ばしている。
「オルランド使って! 多分折れない槍」
「おっ、あの時のか? 良い事はしておくもんだな!」
オルランドに言われて気が付いたが、オルランドに手渡したカナタ槍はオルランドから貰った槍棒を改造して作ったカナタ槍第一号だった。
「チェスター! 芝居はもうお終いよ。さっさと殲滅に参加なさい!」
広間中央で舞う様に魔物を殴る蹴るしていたミネルヴァが、突然こちらへと振り返り大声を上げる。
「あー、最後まで隠しとおせると思ってたんだけどな~」
「チェスター様、武器をどうぞ」
隣で待機していたチェスターが大きな欠伸をしながら指にはまった指輪を外す。良く見るとどこかで見た事のあるデザインの指輪だ。
「ドッペルリング!? なっ?」
「わりいな、どこかの姉貴の真似事でな~イテッ!」
ドッペルリングを外したチェスターの姿が、お風呂で見た変態に似た姿へと変わっていく。
何故か飛んで来た魔水晶の欠片がチェスターの頭に直撃する。
黒瞳に短い黒髪は毛先だけ銀色で、顔だけ見ると性別の判断を一瞬誤らせるほどの美男子顔。髪の長さと体格差を覗けばあの変態と瓜二つ……親子か!
「変態死すべし!」
「ひでぇ!? 親父は何をしやがった!」
「さっさと行って下さい」
チェリーに蹴られてチェスターが広間へと転がり落ちて行く。丁度横穴の前を陣取り魔物を広間へと放り投げていたオーキッドと、バトンタッチする形で交替する。
「久々に暴れるかな!」
「オーキッドがまともに戦ったのって見た事無いかも?」
飛び出したオーキッドは両手に装備した鉤爪をクロスさせ、眼前に居たオークの体を斜め十時に切り裂く。内臓を飛び出させながら倒れるオークの巨体を蹴り飛ばしたオーキッドは、手近にいたゴブリンを真下から鉤爪で引き裂くと器用に死骸を壁へと投げた。
「あの鉤爪の先に付いてる返しで引っ掛けて投げてるのかな?」
「珍しい武器ですね、王都で扱っているのは一店だけだったと思います」
「手当てを手伝ってください、と言うか……チェリー! 何暢気に怪我人に座っているの! あれっ? 怪我が――」
背後で三人の冒険者の鎧を剥がしにかかったアテナがチェリーを怒鳴りつける。
ミネルヴァとチェスターといい、どうやらこの二人も知り合いのようだ。
「もう治した。それより、この状況になった経緯が知りたいんだけど」
「それは、俺が話そう。俺の名はリック、後ろで転がっているのがザイとハウルだ」
転がしていた冒険者の一人が目を覚ました。皮製のヘルムを脱ぎ捨てると頭を左右に振って近づいてくる。
まともに顔を見るのはこれが初めてだった冒険者その一、平民に多い堀深い北欧系の濃い顔で、髪の色は白、目の色も少しグレーが入った白。典型的な一般冒険者と言った所か?
「あれは、プテレア汁を飲んでハッスルして、何度トレインしたか忘れた頃に起こった……」
「短めでお願いします」
「すまん……体も温まりトレイン量は増えて行った。興奮も絶好調になりオルランドさんが激を飛ばしたその時、ザイがやつを見つけたんだ――」
リックは左後ろに転がっている冒険者を親指で指すと言葉を区切る。
「――笛持ちのゴブリンが居て、それを釣って放置してたらこうなったと? 馬鹿ですね、ペッ」
「今からが最高にクールでエキサイトな場面だったのに!?」
あっさり答えに行き着いたチェリーは、リックを冷たい目で見下すと横に唾を飛ばす。
チェスターが正体を見せてから、チェリーの様子がおかしい……こっちが素なのかな?
「あの……チェリー? 何か雰囲気変わってない?」
「チェリーは元からあんなよ?」
「おわっ!? ミネルヴァ、帰ってきてたのなら声かけてよ。怪我でもしたの?」
S字クランクに立つミネルヴァの全身を見るも、怪我一つどころかドレスに汚れ一つ付いてない。
「何か飽きたわ。オーキッドががんばってるし良いかな~って?」
「そんな適当な……オーキッド凄いね」
言われて広間を見ると、オーキッドが両手を縦横無尽に振り回し、踊り、舞うように魔物を皆殺しにしている姿が目に映る。
討伐部位とか素材とか、そんな事全て頭から消えてしまったかのように魔物をバラバラにしていくその姿には、人を引き付ける何か美しいモノがあった。
「アレだけバラバラになったら討伐部位とか素材とか、絶望的な気がする……」
「今度良い仕事紹介するわよ?」
「他の支部のは遠慮しておきます……。ミネルヴァって知り合い多い? 王族のクリスやあの変態とも顔見知りみたいだし」
「……分からないの? 本当に?」
目を大きく開いたアテナは口元を押さえてこちらを凝視している。隣でチェリーも同じ格好で固まっていた。何か変な事でも言ったかな?
「私は冒険者ミネルヴァ! それで良いじゃない。さぁ、そろそろ終わるわよ」
「これで最後かな!」
オーキッドは最後に残った笛持ちゴブリンの首を鉤爪を一線して刎ねた。
「カナタ、取れそうなのは取っておいたぜ?」
「おぉ! 討伐部位貰って良いの? ありがとオルランド!」
オルランドは途中から、魔物を倒す事より剥ぎ取りメインで動いていたようで大量の討伐部位を入れた袋を手渡してくれる。
袋の中身を覗くと、ゴブリンの耳やオークの鼻や太い根っ子など色々な討伐部位がごちゃ混ぜになって入っているのが確認できた。これを並べてカウントするギルド職員には同情する。
「変わりと言っちゃなんだが……この槍貰えないか?」
「良いけど、魔剣は?」
今更ながらオルランドの所持する魔剣ヴィグが無い事に気が付く。オルランドは普通の鋼鉄の剣をこちらに見せると、折れて刀身が無くなったロングソードをベヒモス袋へと仕舞い込んだ。
「アレはプテレアに頼んで改造して貰っている途中だ。こっちの盾が完成品だぜ?」
「あの弓矢を自動で回収していた謎の盾はプテレアのお手製か……何かプテレアもパワーアップしてそうだね」
「まぁな、戻ってからのお楽しみってやつだな。槍はありがたく使わせて貰うぜ」
「了解~、クリスとも会えたし、今度暇な時にでも一度町に戻ってみても良いかもね」
「おう、ちょっくら後片付けしてくるぜ」
オルランドはチェスターの側に歩いていくと、二人で魔物の死骸を壁よりに積み上げていく。
「そういえば、魔物の死骸ってそのまま放置なの?」
「そうよ? ダンジョンが勝手に処理してくれるわね」
「笛拾ったかな! これで洋館に入れてもらえるなか♪」
話に割り込むようにしてオーキッドが飛び込んできた。尻尾フリフリで手に持った笛を掲げてみせる。
「魔物の笛ね……一応レアアイテムだけど魔物にしか使えないわよ?」
「普通は倒すと同時に壊れるのでレアと言えばレアですね」
「チェリー、喋ってないでこっちを手伝って! ミネルヴァ様とカナタはお茶でもどうぞ」
アテナがチェリーを呼んで汚らしい布の袋の中身を選別していた。袋は所々破れたり魔物の血で汚れている。
「あの袋は?」
「何も知らないのね……本当に冒険者? アレは一部のゴブリンやオーク――二足歩行できる人型の魔物が時々持ってる魔物袋よ。中身は大抵そこら辺で拾ったダンジョン産のアイテムね」
「ほほう……ドロップアイテム的な物か」
アテナとチェリーによって地面に広げられた袋の中身は、鉱石類、宝石の原石、イクス硬貨、謎の骨など色々な物があった。冒険者リングが出てきたらどうしようかと思ったが、特に冒険者の持ち物などは出てこなかったので安心する。
「ハズレですね、均等に分けます?」
「マジックアイテムは無しか~。適当に分けて良いわ」
「鉱石類は全てカナタのPTへ、他は均等に分けますね」
「ありがとうございます! でも何で鉱石全部貰えるの?」
「重いし売っても鉱石そのままだと値段も安いのよ。魔法で製錬するか鍛冶屋に頼んで精製するか――めんどくさいのは嫌」
「私とチェスター様はお金に困っていないので辞退します」
これ幸いとオーキッドはチェリーの場所に滑り込み、自分の袋を差し出して分け前を貰っていた。
ボクが貰ったアイテムは鉱石が沢山と宝石の原石が数個だ。
「鉄鉱石・銀鉱石・鉛鉱石・クロム鉱石・チタン鉄鉱石・氷晶石? 氷みたいな石だけどこれ何かな? 思ったより銀鉱石が多い……本当に貰って良いの?」
「鍛冶屋に伝手でも無い限り精製費用の方が高くつよわよ? 魔法で製錬するにも時間がかかるわね」
良い事を聞いた。時間をかければ魔法でも製錬ができるらしい、あと鍛冶屋で精製ってどうやるのかな?
「まぁ、そんなの関係無いけどね~【分解】ついでに【冶金】っと。ふむ、あんまり量は無いか」
「「「……」」」
鉱石類はその場で分解し、取り出した金属を冶金で延べ棒状に固めておく。
手元から目線を上げると、大口を開けてこちらを見ているミネルヴァと目が合った。アテナとチェリーも呆れ顔でこちらを見ている。
「カナタ……野良の冒険者PTに混じるとかは絶対止めときなさいよね。それだけ色々できるなら隷属の首輪を付けてでも支配下に置きたいって野郎がゴロゴロ居るわよ」
「あたいのも頼むかな!」
「了解~ん? タングステン鉱石! 他は鉄鉱石とモリブデン鉱石? あまり聞かない名前だね」
「この重い鉄がたんぐすてん? 硬いけど加工が難しそうかな……」
オーキッドから渡された鉱石を分解・冶金して延べ棒へと加工する。
アテナはかなり適当に分配したのかボクの取り分には銀鉱石が多く、オーキッドはタングステン鉱石が多かった。ミネルヴァとアテナの宝石の取り分を見ていないので判断しかねるが、ボクとオーキッドの取り分をイクス硬貨に換算するとかなりの差があると思われる。
「オーキッド、何ならこの銀と交換する? もちろん同量とは言えないけど、多少なら交換可能だよ?」
「それじゃぁ――「ちょっと待ちなさい」?」
上手い具合に交換が終わると思っていると、横からミネルヴァの手が伸び出てタングステンの延べ棒を掴み上げた。
延べ棒と一言で言っても、40cmも無い細長い延べ棒状で軽く10kg以上はある重い金属棒だ。
指先でクルクル回しているけど……それ、凶器にもなるからね?
「銀と交換するほどの価値がこの重い鉄にあると言うの?」
「え、いや――無いと思うけど、その、価値とは人それぞれの主観によるものもあってですね……」
「怪しいわね――アテナ!」
しどろもどろになって答えているとミネルヴァの一声でアテナが近寄ってくる。何故か両手を広げて時折指を怪しく動かしていた。
「用途を言いなさい、言わないのなら……どうなるか分かっているわね?」
「ちょ、違う! 普通に重いのと硬いのを利用するだけだってばYO!」
「アテナ、いつものマッサージを」
「はい、ミネルヴァ様♪」
アテナの広げた手がこちらの体を狙って伸ばされる。咄嗟にオーキッドの影に隠れるも睨み合いのまま硬直状態になった。
「何に使うのか言えば良いかな~」
「……装備と重し」
「「はぁ?」」
「硬くて重い盾と、リストバント状に加工してウェイト代わりに使うの! 重い物持って動くと普段より疲れるでしょ? アレを訓練に取り入れるの!」
こちらの目をジーっと見つめてくるミネルヴァ。二〇秒ほど見つめ合い、先に目をそらしたのはミネルヴァだった。
「普通ね。まぁ良いわ」
「そろそろ移動したいんだが?」
いつの間にか冒険者三人も復活しており、こちらを見てニヤニヤしているオルランドの声がかかった。
「鉱石ならいくらかギルドに預けて有るからよ、後で売ってやる。今は帰って一杯やりたいぜ」
「カナタ! あたい良い事思いついた! 冒険者ギル――むご?」
「ちょっと静かにしておこうね?」
オーキッドが発言するのを口を手で塞ぐ事で止める。言いたい事は分かっていた。
冒険者ギルドで鉱石の買取を出し、精製してから硬材として鍛冶屋に売る。
これが成功すれば、マッタリのんびりしてても洋館からは追い出されないはず!
目で合図を送るとオーキッドは静かに頷いた。
「お風呂に入りたいわね……帰るわよ~」
「はい、ミネルヴァ様」
「よっこらしょっと。お前ら、カナタのスキルについては内緒な? 言ったらエウア=エデンを敵に回す事になるぜ? あと、そこのカナタのファーストネームはラーズグリーズだ」
「「「【人類最強の女】【歩く理不尽】の娘!? 治療ありがとうございました!!」」」
酷い称号も合ったものだ。こちらを見る冒険者三人の目に恐怖の色が浮かび、その震える足はこちらから二歩遠ざかった。
「まぁ、さっさと帰ってゴロゴロしたい。オーキッドもゆっくりしたいよね?」
「洋館のお風呂に入りたいかな~♪」
お土産も沢山。依頼もミネルヴァを連れ帰れば取り合えず完了にして貰えるらしいので、色々売り払って大手を振って洋館に帰る事ができる。
「お土産沢山~♪ ん~ん~♪ ん?」
横穴から飛び降りたボクは、手を付いた壁――ではなくアイアンゴーレムを見て良い事を思いついた。
そう……思いついてしまった。
 




