第137話 愚者の王墓の夜
「で。王都での暮らしはどうなんだ?」
「ん~概ね良好? まぁ、この依頼を無事に終えないと洋館に入れてもらえないけどね……」
「ギルドで聞いたが、すげぇ事してるんだな。スラム街の解体と同時に自治区化か~さすがやる時はやる女だと思ってたぜ? おっ、米か?」
露天で買った適当なスープ料理にチーズを溶かしいれた謎鍋を食べるオルランドと冒険者三人。
水から煮た米も一緒に入れておいたのでお腹は膨れるはずだ。
それにしても何のためにオルランドはこんなダンジョンの中に?
美味しそうに謎鍋をすする冒険者を眺めていると、オルランドの言葉が頭にひっかかった。
「スラム街の解体は何と無く分かる。ラビッツ達が古い建物壊してるのを聞いたし、広い道ができてたしね? でも、自治区化って何?」
「あん? 知らなかったのか? 屋敷の後ろ側は小さな村みたいになってたぜ? 税金が無いって言うんで、市場も結構賑わってたぜ」
まったく身に覚えが無い。予想としてはメアリーかレイチェルの仕業だと思うが、自治区とはいったい……。
「オルランド達は何しにきたの? ここまだ調査中だから進入禁止だと思うんだけど……」
「あぁ、それな。少し用事で王都に来て見れば、何故か冒険者ギルド東支部で南支部の冒険者が慌てて護衛依頼をしてたからよう。報酬も良いし気になってな」
オルランドが親指で指した方向には、ご飯を食べ終えて一息つくとすぐにミネルヴァに土下座する冒険者達の姿があった。
「私は! 今久しぶりの狩りを楽しんでたの! あの変態の元に戻るという事が、どんな事なのか分かるわよね?」
「それは……。しかし、ギルドマスターとしての責務を果たしてもらわないと困ります」
「アテナ! アテナからも何か言ってあげなさい!」
「……戻ればよろしいかと」
「なっ!? アテナは私を裏切る気? 確かに最近ギルドには顔出してなかったわ……でも、あいつが居るのに回らなくなるはずがないじゃない!」
食後のお茶を飲んでいるアテナの襟首を掴んで揺するミネルヴァ。よっぽど戻るのが嫌なのか、ミネルヴァは必要以上に食い下がっている気がする。
あまり騒ぐと眠っている先に眠った三人が起きてしまいそうだったので、音を遮断する結界を横穴の入り口に張っておく。
「冒険者ミネルヴァか……間近で見るのは初めてだが、なかなかべっぴんさんじゃねぇか。これで皇じょ――」
何か言いかけたオルランドの顔面にミネルヴァの蹴りが炸裂した。綺麗に回転しながらダンジョンの壁に激突したオルランドは、何事も無かったかのように歩いて戻ってくる。
「蝿が居たのよ」
「おー痛てぇ……」
悪びれる様子もなくミネルヴァはアテナの隣に戻っていく。
なかなか勢いがついた蹴りだと思ったが、オルランドの様子を見る限りでは手加減されていたのだろう。でも何でオルランドを蹴った?
「オルランド、さっき何を言いかけて――あっぶな!」
「蝿が居たのよ?」
ミネルヴァの蹴りが毛皮を敷いて地面に座るボクの太股すれすれに繰り出される。どうやら何か言われたくない事をオルランドが言おうとしたらしい。怖いのでこれ以上追求は止めておこう……。
「あ、蝿が居た」
「だから言ったじゃない。それとも、他に何かあるとでも思ったの?」
ミネルヴァの鋭い視線がオルランドを射抜く。
ボクとオルランドは潰れたハエの残骸を見て確信する。これ以上はまずいと。
「と、ところで。その変態こと南支部のサブマスターさんはどんな人? おっさん?」
「? 何でサブマスターがおっさんという発想が出てくるのか気になるわね……。
ハーフエルフの女性よ? 年は知らないわ。ただ趣味趣向が悪いだけね、それも壮絶に」
ミネルヴァは何かを思い出したのか身震いしてアテナの隣に座り直す。
「戻って側に居るだけで仕事の効率が上がるのなら、戻れば良いんじゃない? 仕事終わったらまた狩りにこれば良いわけだしね」
「簡単に言ってくれるわね……色々事情ってものがあるのよ?」
「そうです! そのお嬢さんの言う通りです! さぁ戻りましょう。仕事が終われば好きにしてもらって結構ですので! さぁ! さぁ!」
「そうです! 今から戻れば日の出までには東支部には着くでしょう。そこから早馬に乗ればその日のうちに南支部へと帰れるのです!」
ボクの発言を援護射撃と受け取ったのか急に元気になってミネルヴァに畳み掛ける冒険者達。
「はぁ……あんた達、馬を何匹潰す気なの? 大体南支部からここまで一日で移動しようってのは無理があるわ」
「しかし! ……アテナ様も何か言って下さい!」
「今はまだ帰れない。東支部で受けた依頼の途中だし、それが終われば戻る。これで良い?」
酷く嫌そうな顔をしたミネルヴァもアテナが答えた内容で納得したのか口を挟んでこなかった。
これ幸いとアテナから手渡された依頼書を確認する冒険者三人。
「不法侵入者の捕縛? また珍しい依頼ですね……依頼主は――! ミネルヴァ様!」
「ちゃんと確認しない東支部の職員が悪いんだし~」
依頼書を読んでいた冒険者は両目を大きく開き、そっぽを向いたミネルヴァに詰め寄る。
依頼書に何か不備でもあったのだろうか?
「依頼主、冒険者ギルド南支部ギルドマスターミネルヴァ。これはどういう事ですか!」
「アテナに愚者の王墓を調査させてみたら結界石が壊されてたのよ……面白そうな事になってそうだから来たの♪」
「来たの♪ じゃありません! どうして南支部で出した依頼が東支部で受けられるんですか!」
顔が真っ赤になった冒険者の一人が依頼書を丸めて焚火の中に放り込んだ。
ルールは良く分からないが、基本その支部の依頼はその支部でしか受けれないようだ。
「分かった。とりあえずアテナの言った通りで、今日はもう眠ろう。正直七時には眠る生活を続けてたから眠い」
「し、しかし。夜の間に逃げ出すやもしれません……」
「逃げないわよ!」
「ちゃんと結界で覆っておくから安心してね? あと、そこの焚火は使って良いから。それと――壁に開けた横穴に入ってきたら殺すから」
キョトンとした顔でこちらを見てくる冒険者三人。
「あー、お前ら。冗談でも何でも無い、本気だと思うからな? 無いとは思うが、寝込みを襲うなど考えるなよ?」
「御冗談を、ナニが悲しくてマスターの貧相な体をふべっし」
冒険者が一人壁にめり込んだ。勿論ミネルヴァの蹴りによってだ。
「アテナは私のモノよ? 大事に育てるんだからね」
「いや、誰も狙ってないと思いますよ?」
明らかに冒険者三人がこの二人を見る目には怯えが含まれている。一体何をすればそんな目で見られるようになるのか、蹴りか、蹴りなのか?
「あまりドレスで蹴りは止めた方が……下着が見えます」
「見たいの?」
ミネルヴァに注意を促すと、何故かドレスの裾を摘み蠱惑的な笑みを浮かべて近寄ってきた。
「クリスの知り合いにそんな事! 後で知られたらクリスに何されるか……ナニされるか――」
自分で言って、想像して顔に血が上っていく。
クリスは結構Sが入っている、でも甘えんぼさんだ。自分の知らない場所で知り合いとそんな事してたらどう思うか、想像に難しくない。
「つまんない~。アテナ眠るわよ」
「見張りは交替の方が?」
「そこに居る野郎四人に任せれば良いと思わない?」
「右に賛成。オルランド達が順番で見張りしてくれるなら、明日の朝も美味しいご飯を提供すると約束するよ?」
「おう、元からそのつもりだ。それに、ここからは男達の時間だぜ!」
懐から液体の入った皮袋を取り出すオルランド。まさか酒を飲む気?
「安心しろ、これは酒じゃねぇ。今ラーズグリーズの町で大人気の飲料。プテレア汁だ! 飲むと全身に力が漲り、集中力も鰻登り、体力も回復する魔法のような飲料だぜ」
「安心できる要素が無いんだけど!? 何その怪しい名前の液体! しかも飲料!? どんなだ!!」
オルランドの説明を聞いた冒険者三人は「これが噂の……」とか「マジっすか俺達も頂いて良いんですか!」とか「やっべ、ミナギッテキタ!」とか呟いてテンション上がり過ぎで恐い。
「つまりだ。これを飲んで朝まで狩りって事だな。釣り役二人とここで見張り役二人で効率良く行こうぜ。なお、俺はここから動く気はねぇ!」
「「「了解!」」」
「あほらし、ミネルヴァ様もう寝ましょう」
「ちょっと気になるわ……」
オルランドが皮袋から木のコップに注いだ液体を飲み干していく三人。
「うはっ! キックー!」
「ミナギッテキタぜ!」
「来た来た来た来た!」
「よし、釣りに行ってこいお前ら!」
テンションが上がった三人の冒険者は、初めに決めた二人残って二人釣りという話を忘れたのか三人とも部屋から飛び出していった。
「オルランド、一応S字クランクまでは入れるように結界をどけておくから、いざと言う時はそこで踏み止まってね? あと、絶対魔物には破れない結界でこっちは守っとくから……指一本触れれないから安心してね?」
「お、おう。安心しろ、指一本触れやしないぜ? ロズマリーに頼まれてるしな……」
若干青ざめた顔のオルランドは小さく頷いて焚火に追加の薪を入れ、火を大きくする。
「先に眠るわね。襲っちゃだめよ?」
「襲いませんから!」
「添い寝が必要でしたら私の隣へ来て下さい」
「何その子供扱い!?」
ミネルヴァとアテナも横穴の奥へと入っていく。入り口付近のS字クランクを抜けたすぐ側でオーキッドが眠っているので、必然的に奥に行かないとスペースが無い。
オーキッドの尻尾を抱き締めるようにして眠るチェリー。
チェスターは壁に背を預けて鞘に入った剣を抱えて眠っている。カッコイイけどあの体勢で眠ると明日の朝、体中がひどく痛みそうだ。
「うるぁぁぁぁー!」
「ゴブリン四匹、ウッドスタンプが後方から遅れてきますぜ!」
「こっちは弓持ち三匹釣ってきたぜ!」
「おっし、上乗だぜ! 弓のタゲは俺に寄越せ、他はそのまま叩き切るぜ!」
少し気になったので結界を張った後オルランド達の狩りを眺める。
冒険者三人が釣ってきた魔物のタゲをオルランドに移して全員で袋叩きにする戦法らしい。
消音の結界もすでに張ったので音は聞こえないが、オルランドの叫ぶ姿から漲る戦意が迸っていた。
「ん? オルランドの構えてる盾……触手が付いている?」
オルランドが左手に構えた緑色の盾の表面にはヌルヌルと動く触手のような蔦がいっぱい生えている。
後方より飛んでくるゴブリンアーチャーの弓を、盾の蔦が捕まえて焚火から離れた場所へと積み上げていくのが見える。
「おっしゃー! 次こいや!」
「うはおk!!」
「稼ぐぜ! 稼いで帰って遊ぶぜ!」
「東街の良い店知ってるぜ?」
「「「OK!!」」」
声は聞こえないが、オルランドの下卑た笑みを見ると何を言っているのか大体わかってしまう。
再び釣りに行った三人が死に物狂いで戻ってくるのを見てオルランドの表情が真剣になった。
釣ってきた魔物は……魔物なのか?
『蠢く死体Lv12』
『歩く死体Lv6』
『リビングデットLv31』
どう見てもボロボロの冒険者にしか見えない。最後に入ってきたリビングデットだけ明確な殺意をオルランドに向けていたが、他の二匹? はただ明かりに向って歩いていくだけだった。
オルランドは手に持っていたロングソードを背後に放り投げると、大剣を鞘から抜き放つ。腰に構えた大剣を向ってくるリビングデット目掛けて振り抜いた。
敵も鋼鉄製と思われるロングソードで大剣を受け止めようとするも、オルランドの一撃を受ける事はできずに上半身と下半身が真っ二つに分かれる。それでも向ってこようとする敵に対してオルランドは、焚火から素手で薪を一つ掴み取ると放り投げた。
黒い煙を出して燃えていくリビングデットを見たオルランドは少し悲しそうな顔をしていた。
冒険者三人によって倒された他の死体も薪の火によって燃やされていく。
「己の力を過信した者の末路よ。見ておきなさい」
「貴女とは無縁の世界かもしれないけど……貴女にはいっぱい家族が居るのでしょ? 泣かないで?」
「二人ともまだ起きてたの? ――えっ、泣く?」
背中に添えられた二人の手が暖かい。ふと液体が頬を伝う感覚を覚えて右手で触ると、何故か涙が流れていた。
二人の手を取り横穴の奥へと歩いていく。スマホからタイガーベアの毛皮を二枚取り出すと、一枚は地面に敷き、もう一枚を掛け布団変わりにする。
「クリスティナに悪いわ。――今日だけよ?」
「やっぱり添い寝が必要だったんですね」
「アテナは、硬い喋り方よりそっちの方が良いと思うよ?」
靴を脱いでスマホに放り込むと先に毛皮に入る。ミネルヴァとアテナが呆れ顔でこちらを見ている?
「何で眠る時に靴を脱ぐのよ……ここダンジョンの中よ?」
「あー、本当だ……皆靴履いてる」
「この結界の中なら大丈夫。たまには良いじゃない、ミネルヴァも普段は全裸で眠るしね?」
「ちょ!? 何言い出すのアテナ! 違います! 私はちゃんと服着ますわ!」
靴を脱ぎ捨てた二人が毛皮の中に入って来る。横穴は少し狭いけど、三人並んで川の字で眠る。
「一緒に眠る誰かが居るって良いね」
「ん? 何か言った?」
人の体温は心を落ち着かせてくれる。初めて愚者の王墓に来た時を思い出し、悲しくなっていた気持ちも二人の体温が温めてくれた。
「ひゃーはー! ゴブリン一〇匹追加だぜ!」
「ちょま、待てよ! オルランドさん必死になってるって!」
「ゴブリン如き何匹来ても相手にならねぇ、ぜ! 発言いただきました!」
「まだまだこいやー! 朝までオールナイトふぃーばーだぜぇぇぇぇ!」
消音の結界を張っているから静かだ。
オルランド達は楽しく狩りしてるかな?




