第136話 謎の精霊魔法
エウアの依頼に明確な期限が無かったので今日は夕食を取って休み、明日の昼までダンジョン探索との事になった。
血の雨が降った大広間から移動して、オーキッドオススメの休憩所へとやってきたボク達は楽しいお食事タイム中だ。
広間を横断するように横たわった巨大なゴーレムの残骸が丁度良い具合に広間を分断しており、入り口を見張りやすく、奥に行けば安全に休めるようになっている。
地面がタイル張りの坑道状では無く、程々に柔らかい土なのもポイントが高い。いくら毛皮に包まって眠るとは言え、地面が硬いと体が痛い。寝返りを打つ度に目を覚ましそうだ。
「死ぬかと思った……」
「この料理なかなかいけるわね! 普段のも良いけど、この調味料がまた――そっちの容器も取ってくれる?」
「ミネルヴァ様、この容器の中身も刺激的でいけますよ?」
チューブに入った練りワサビや和カラシをラビッツ串焼きにつけて食べるミネルヴァとアテナは、とても熟練の冒険者とは思えない。子供みたいにはしゃいで楽しそうだ。
休憩所に移動中、いきなり追加の物資が転送されてきた時は誤魔化すのに苦労した。
スマホを見ると、飴くれ。のメールがカーナから届いていた。
皆の疑惑の視線を受けながらも、事前にメールお願いしますとメールを送り、交換であちらの世界に送る加熱蜜結晶をいつもより多目に送っておいたので、暫くはこんな事は無いはず?
「これは胡椒……こんな高級品――私達が食べて良いんでしょうか……」
「チェリー、考えるのはもうよそう……ん!? 辛い!」
「この白いヌルヌルした液体は至高かな!」
チェリーは恐る恐る塩胡椒を振りかけてラビッツ串焼きを食べている。隣で七味唐辛子を振りかけて食べていたチェスターはかけすぎた七味にむせ返っていた。一人異色を放つ食べ方をしている者が居る。
「これもっと欲しいかな! まよねーず?」
「いや、それ飲み物じゃないからね?」
「ちゃんとラビッツ串焼きにかけて食べてるかな?」
不思議そうに首を傾げているオーキッドの手元には、マヨネーズでコーティングされた串がお皿に盛られている。あまりにも多量にマヨネーズがかけられているため、その見た目では何の串か判別するのは難しそうだ。チュルチュルと液体をすする音を鳴らしながら串を食べるオーキッド。
「ふぅ……日帰りの予定が泊まりになるとはね。一応メールは出しておいたけど、皆心配してないと良いな~」
自分で食べる分は最初に避難させておいたので、硬いダンジョンの壁を背にうどんをすする。
ラビッツの燻製の切れ端で取った出汁が効いたうどんは、熱々のままスマホ内部に保管されていたので出来立ての美味しさそのままだ。
「これ入れたらもっと美味しくなるかな~♪」
「NO!? 何て事をしでかすの! 透き通った黄金色の出汁が……乳白色になっちゃったYO!」
オーキッドは自分が食べていたうどんにマヨネーズを入れた後、こちらの器目掛けて容器の中身を噴射した。狙い違わずボクのうどんに入ったマヨネーズは、出汁の熱で溶けて独特な酸味と匂いを放ち始める。
マヨネーズ入りのうどんを尻尾フリフリで食べるオーキッドは、マヨネーズの500g容器をしっかり自分用に確保していた。
「なんと言うか、美味しいけど……これじゃない感が凄い。他の人は真似しない方が良いよ?」
「べ、べつに真似なんてしないわ。ねぇ――アテナ?」
「違います――これは……そう! どこの仕入れの物かと……」
マヨネーズの容器を両手で弄って遊んでいたミネルヴァは、隣で容器をクルクル回して表面を撫で回しているアテナを見て疑惑の視線を投げかける。
静かにご飯を食べるチェリーとチェスターを見ると、心が癒される。
「二人ともいっぱい食べるんだよ? 食べたら寝床作るからシャワーでも浴びて今日は休もうね?」
「十分いただいてます! あの……本当にお金は要らないんですか?」
「チェリー、SSランクとSランクとBランクの冒険者の方々にそれを言うのは逆に失礼ってものだ。お礼を言って料理を美味しくいただこう」
心配そうに懐を探るチェリーの肩を両手で掴んだチェスターは、首を横に振ってこちらに頭を下げてきた。
今朝会った時と違って、キチンと礼儀をわきまえてくれるチェスターは今までボクの周りに居なかったタイプの人間だと思う。ついつい先輩風を吹かせてしまいそうで怖い。
「先に寝床の準備をしようかな~」
「手伝いましょう」
「いや、多分一人でやった方が早いから後ろで見てて」
オーキッドオススメの休憩場は、元々大きな広間だった場所に巨大なゴーレムが湧いて、当時その場に居合わせた冒険者全員で倒して確保された部屋で、倒れたゴーレムの巨体によって部屋が分断されたようになっている。こちら側は休憩所で、ゴーレムを挟んだ反対側は別のルートから回りこめるが魔物が巣くっていて誰も近寄らない魔物部屋になっているらしい。
穴を掘る場所を探して壁を叩いていると、跳ね返ってくる手応えと音が通常の壁より遥かに高い事に気が付いた。
カナタナイフで表面を削ると金属の破片が抉り取れる。見た感じただの錆びた鉄?
どうやらこの部屋に湧いたとされるゴーレムはアイアンゴーレムだったようだ。
「ふむ……普通にダンジョン側の壁に穴を開けた方が簡単で、貫通の心配しなくても良いから安全かもしれないね~」
「何か面白い事するのね!」
目を輝かせて走り寄ってくるミネルヴァを片手で制止すると、スマホのMAPを見る。
丁度壁にめり込んだゴーレムの頭を思わしき場所の3Mほど上の壁が、分厚くて通路に隣接していない。
壁に手を当てて生活魔法のイメージを作る。前に愚者の王墓で壁を堀広げた要領に少しアレンジを加える事にする。
「イメージするのは入り口がS字カウンターになっている部屋。魔物がもし入ってきてもS字カウンターで足を止めるからすぐに応戦できる……はず!」
「何かやるの? ねぇ、何をするの? 壁を掘るなら結構大変だから手伝うわ」
「ちょっと静かにしててくれませんか?」
ミネルヴァの言葉を聞いて思い出す。確か誰かがダンジョンの壁は結構固いと言っていた。壊せば脆く崩れるので資材として使うには向いてないとも言っていた気がする。
一瞬でダンジョンの壁を掘り進み部屋を作ったら違和感があるかもしれない。
魔力を調整してゆっくり壁を掘り進むようなイメージを構築する。部屋を横断するゴーレムのような自動で掘り進める人形を作っても良いかもしれない。
「おっと、詠唱詠唱~♪ 小さき大地の精霊よ。我が願いを聞き届け、その力を示せ!」
「何が起こるの? ねぇ、そろそろ教えてくれても良いんじゃない? ねぇ!」
イジケ気味にゴーレムの残骸をつま先で蹴っていたミネルヴァは、興味津々でこちらを見ている。蹴られたゴーレムはその場所だけ凹んでおり、無残にも残骸が足元に散らばっていた。
壁に着いた両手から確かな手応えを感じ魔力の供給を止めると、壁の一部が盛り上がり小さな人型を取り始めた。
「イヨウ。久しぶりダナ、あーあー、ウォホン」
「アレ? どこかで見た事があるような……小さなおっさん?」
どう見ても愚者の王墓で出てきた大地の精霊だ。何も言わずに見守っていると、小さなおっさんは壁を素手で掘り始めた。体のサイズからは考えられないほど掘り進むスピードが速く、見る見るうちに奥行き10M以上高さ2Mは有りそうな横穴が完成していく。
「主殿の願いと有らばこの大地繋がる限り、地の果てまでも――ぐおぉっ!?」
「何これ! 何よこれ! ちょっとアテナ! この精霊素手で触れるわ。外見はいまいちだけど、一匹欲しいわね!」
一通り完成したのか得意げに胸を張って歩いてくる小さなおっさんは、壁を3Mほどよじ登って来たミネルヴァに捕獲されていた。
「ここからじゃ見えません。大地の精霊に力の差こそあれ、さほど違いなど……何それ?」
「可哀相なので放して上げなさい」
アテナは壁をよじ登ってくると、ミネルヴァの手に捕まった小さなおっさんを見て目をパチクリさせていた。残念そうに小さなおっさんを放したミネルヴァは、地面に溶けるようにして消えて行ったおっさんを名残惜しそうに見ている。
「カナタ、これはクリスティナと将来を誓った貴女だから言う忠告よ? 今の魔法? スキル? 人の目の前で使うのは止めなさい」
「はぁ、何でです? 生活魔法なんて大抵の人は普通に使ってるし、精霊魔法もそこそこ使える人居ますよ?」
ミネルヴァはこちらを見て目を大きく開くと、何かを言いかけて止め、アテナに人差し指を向けて小さく頷いた。指で指されたアテナは、心底めんどくさそうな顔をすると溜息を吐いて近寄ってくる。
「幸いあの冒険者二人には見られていないようです。オーキッドは……まぁ、貴女の身内だと言う事なので良いでしょうが」
「ひゃいっ!?」
耳元で囁かれると背筋がビクビクしてきた。その様子を見たミネルヴァが面白がって反対側から首元に息を吹きかけてくる。変な気分になるので止めて欲しい。
「続けます。精霊魔法とは、周囲に漂っている精霊に魔力と言う報酬を先払いで渡して、術者のイメージを具現化する手伝をして貰う魔法です」
「いや、知ってるけど? 少しなら精霊の気配も感じ取れるよ?」
何故か二人とも目を見開いてこちらを凝視している? 精霊の気配は普通感じ取れないものなのかな?
「何の精霊も居ない場所に――無から精霊を作り出す事など普通はできません。できない事を知らずにやってのける。ギルドからマークされるわけですね……」
「私が言うのもなんだけど、要領良くやっていかないとクラン員に不自由させるわね」
「でも、ここに土があるし。土には大地の精霊が宿ってるよね? 魔力あげたら手伝ってくれたし。どこもおかしくないんじゃ?」
よっぽと変な事をボクが言ったのか、ミネルヴァとアテナは二人して頭を抱えてしゃがみ込んでしまった。
「良い? ダンジョンは成長する為に大地の精霊を食べるの。多少は土にも残ってるけど、あれほど濃く具現化できるほど強い精霊は居ないの! 王宮にある大地の神殿の土に匹敵する精霊濃度よ!? ちょっと聞いてるの?」
「地が出てるわね」
「その話し方の方が楽で良いんじゃない?」
「何の事です。ミネルヴァ様も笑わない!」
顔を真っ赤にしたアテナは、ミネルヴァの肩を結構強めに叩くとまた元の口調に戻ってしまった。
「何か来るかな! 複数……三人、人間の匂いかな?」
「すぐ行く。チェリー、チェルシーこっちの壁をよじ登って来て!」
オーキッドの叫び声が広間に木霊する。特殊な発声方法を行ったのか、高く遠くにまで聞こえる声だ。
お腹がいっぱいになってウトウトしていた二人は慌てて壁をよじ登ってきた。
部屋に上がるには階段でも付けた方が便利そうなので、この後で考えてみよう。
「おーい、ちょっと待ってくれ! 敵じゃねえよ。おっさんが一人と南支部の戦士二人と盗賊一人だ。俺らも休ませてくれ」
「その声……オルランド?」
「あぁん?」
「駆け寄って来る足音が三人から急に四人に増えたかな!」
オーキッドも驚くほど足音を消していた者が居る?
小さなランタンの火が通路を照らし、駆け寄って来る足音。
広間に現れた集団には、何故か見知った顔が混じっていた。
真っ白に少し銀髪が混じった髪に、灰色の瞳の堀深い顔をしたチンピラ風大男――どう見てもオルランドだ。
「何か久しぶり? オルランドは元気してた?」
「おっとカナタ久しぶりか? まぁ、これはついてる。野郎ども、ご馳走にありつけるぜ!」
「「「あっ! ミネルヴァ様」」」
「げぇ……」
片手を上げて挨拶してくるオルランド。すぐにお腹を押さえて凄い音を鳴らし始める。
後ろから付いて着ていた南支部の冒険者三人はミネルヴァを見ると声を揃えて名前を呼んだ。呼ばれたミネルヴァは素で嫌な顔をしてアテナの後ろに隠れてしまう。
「ミネルヴァ様! 王都にお戻りください、サブマスターだけではさすがに業務が回りません」
「無い無い。あの机の虫が居て回らない業務なら、私が居ても無駄なだけだわ」
「居るだけで効率が上がるんです!」
「嫌! 久しぶりに地上に下りて来たのよ? 何が悲しくてあの変態に会わないといけないの」
「そこを何とか! ただ居るだけで作業効率が上がるんです。お願いします!」
「良く分からない、とりあえずもうすぐオネムな子達もいるから適当に話して決めてね?」
ミネルヴァに土下座し始めた三人の冒険者を見る限りミネルヴァはなかなかの重要人物らしい。
それほどSSランクとは凄いものなのかな? 確かにクリスティナを知ってるって事は王族にも伝手があるって事だ。
「今更だけど、ミネルヴァって偉い人?」
「「「なっ!? 南支部のギルドマスター様です!」」」
「マジで? えっ? ちょっと、本気?」
「冒険者ミネルヴァはSSランクで南支部のギルドマスター様です」
こちらに背中を向けて顔を背けているミネルヴァに代わって、壁穴から降りてきたアテナが答えた。
無言の広間にオルランドの腹の鳴る音が木霊する。
「まぁ、アレだ。飯作ってくれ。積もる話も腹を満たした後でな!」
「もう眠りれす……」
土下座する冒険者三人。テキパキと大きな鉄鍋を用意し始めるオルランド。背後ではチェリーが大あくびをしてチェスターにもたれかかっていた。
色々カオスな状況になってきたので一度仕切りなおしをした方が良さそうだね。
「簡単な物を作るから、チェリーとチェスターは先に上で眠ってて良いよ。残念ながらシャワーはお預けね?」
「はぃ……」
「ほら、しっかりしろ。先に上がるから引っ張りあげてやる」
二人の若手冒険者が壁横穴へと消えると、そそくさと毛皮を抱えたオーキッドも壁をよじ登って行った。
「あたいも先に休ませてもらうかな~」
壁の横穴から覗いた尻尾が左右に振られてすぐにオーキッドの寝息が聞こえ始める。
「眠るのはっや」
続くようにチェリーとチェスターの寝息も聞こえ始めてきたので、念の為に横穴の内部を結界で覆う。
ボクはスマホから食材を出し、オルランド達の為に調理を開始するのだった。




