幕間 曲者揃いの支配者達
薄暗い室内を照らすのは蝋燭の淡い明かりだけ。その部屋には一つのテーブルと四つの椅子が用意されていた。椅子に座る者は三人、皆苛立ち気に空いた椅子を眺めて静かに時を待つ者達。
黒銀色の長い髪を持つ少女が不意に立ち上がると、誰も座って居ない椅子を蹴り飛ばす。
「もういいじゃろ! どうせあの女は来ないのじゃ!」
「そう……ですね。始めてしまいましょう」
「……チッ」
手持ち無沙汰に黒銀色の長い髪を人差し指でクルクルと巻いていた妙齢の女性は、おっとりとした優しい口調で開会を宣言した。肯定なのか、腕を組んで舌打ちをする初老の女性は目を伏せて椅子に座り直す。皆合わせたかのように同じ髪型で長髪、初老の女性の髪の色も黒銀色であった。
空いた席に座るはずの者は来ないようで、三人のテーブルにだけ温かい液体が並々注がれた湯飲みが配られる。
突然現れたかのように見えた湯飲みは、少女の足元に隠れているブラウニーが用意した物だった。
「大体、何でお前がそこに座る。いつも眠そうにテーブルに突っ伏していたあのマオウとかいう女はどこに行ったの!」
「ふぅ、やる事ができたから隠居すると言っておったのう……」
「ふぅ、あの人らしいですね……あ、これ美味しいですね」
怒気を含んだ初老の女性の言葉を涼しい顔で受け、湯飲みに注がれたほうじ茶を飲み答える少女。
同じくお茶を飲み、いつの間にかテーブルの真ん中に出現した茶請けを食べて答える妙齢の女性。
茶請けとして用意された物は形が不揃いなカナタクッキーやカナタ芋スイートポテトで、販売ルートには乗せられない規格外品のお菓子。メアリーが洋館用のおやつとして専用の黒バックを作り、ブラウニーに預けていた物だ。
「サブマスターからギルドマスターに昇格したからといって偉そうにねぇ……」
少女を睨み付けると指先でテーブルと叩く初老の女性。
「はいはい、東支部を実質運営していたのはエウアとヘズじゃないですか。いつも居眠りして連れて来たエウアに全て任せていたのと……変わりませんね? アシュールこれ美味しいですよ? あ、お茶お願いします」
「んぐっ!? アーネスト、無理やり口に突っ込むんじゃないよ! ふん……味は良い、何故形が不揃いなんだい?」
妙齢の女性――アーネストはお菓子を一つ初老の女性――アシュールの口に放り込むと、湯飲みをテーブルの下に持っていきお代わりを要求する。苛立ち気に見えたアシュールもお菓子を食べると落ち着きを取り戻して腕を組みなおす。まるで長年繰り返されてきた挨拶のように、一連の絡みが終わるとそこで仕切りなおしに入った。
「アシュール? この中で……王都で一番おば――年功を積んでいるのはエウアじゃないですか、偉いんですよ?」
「ふん。似たり寄ったりのアーネストが何を言う……化物どもめ」
「アーネスト? 今何か、言い違えなかったかのう……」
両手を広げてエウアは偉いをアピールするアーネスト。二人を指差し吐き捨てるように化物と呼ぶアシュール。オホホホと笑うアーネストにジト目を向けるエウア。ここでは見た目がその者の年齢を現しているとは限らないようで、一番初老に見えるアシュールが最年少であった。
「で、来ない小娘の方は放っておいて。何の為の会合なのじゃ?」
「エウアおばあちゃんから見れば、王都に住む者達は皆子供ですよね。あ、違います。言ってみたかっただけですから」
「毎度毎度……何が楽しくてこんな会合開く事になったのかね。今はありがたい話だけども」
話を進めようとするエウアに、話をそらそうとするアーネスト。
アシュールはアーネストの人差し指を掴んで指が外れるマジックを披露しようとしているエウアを見て溜息を吐いた。
年長者がこれだから、とお茶を飲み干したアシュールは意を決して会合の議題を告げる事にする。
「ここ最近、王都冒険者ギルド西支部管轄の私の街でスラム街が拡大している。それも、冒険者の雛鳥になるはずだった流れや移民の子供達は姿を消し、柄の悪い犯罪者が多数流入してだ。
初めは潰しあって少しでも治安が良くなればと静観していたのだがねぇ……。結果を見れば西スラム街を牛耳るどこぞのクランの盟主は、犯罪者を受け入れてさらに規模を大きくしている。現状の打破も大事な案件だよ……それ以上に、この件を東支部・北支部のギルドマスターとしてどう見る? 先人の意見を聞きたくてねぇ」
「それは確かに心配じゃのう……」
アシュールの本気の声に耳を傾けたエウアは、お茶請けに伸びていた手を引っ込めて椅子に座り直すと、目を瞑り静かに現状打破の方法を模索する。同じく目を瞑って色々と考えていたアーネストは、不意に最近聞いた噂話を思い出した。
「あ、そう言えば。東支部にえらく期待の冒険者が現れたと噂になっていましたね。その冒険者のクランには【絶壁】の称号で呼ばれるほどの強力無双な冒険者が所属しているとかですよね?
それなりの報酬を用意して依頼でも出せば、犯罪者の集団くらいチャッチャと片付けてくれますかね?」
「アーネスト……いい加減その物騒な考え方は止めるのじゃ。我が眷属に迎え入れる条件を忘れたわけじゃないよのう?」
明るく楽しく話すアーネストだったが、その内容は物騒極まりなく、もし仮にその依頼が遂行されれば冒険者ギルド西支部の管轄する街に甚大な被害を残す事間違いなしであった。
エウアはアーネストを嗜めると、顎を右手で掴んで自らの顔を近づける。その妙齢な女性のまま老いる事の無くなった美しい顔を眺めて数秒、エウアはアーネストの口に無遠慮に指を突っ込むと長く伸びだ牙に優しく触る。
「あ、んんあ、んー」
「もう一度自らの意志で言ってみるのじゃ」
そう言ったエウアは手をアーネストの口元から離し、再び椅子に座ると挑発するように笑みを送る。頬を少し赤く染めたアーネストは、右手で口元を覆うと静かに席から立ち上がった。
「私は、エウア様の眷属にして王都を守護する刃。全てに――平等に物事を見て、自らの手を下さずに平和を維持します」
「そうじゃ、例え王都に闇が有ろうとも。魚は清い水だけでは生きて行けないものなのじゃ。そのために冒険者ギルド北支部のマスターを任せたのじゃからのう……」
エウアは答えに満足したのか、そっとカナタクッキーを掴んでアーネストの口元に運ぶ。母親に褒めて貰った子供のように嬉しそうにそのクッキーを頬張るアーネスト。
「乳繰り合うなら余所でやんな。私は、嬉しい事にエウアの眷属じゃないからねぇ。最悪は実力行使も選択肢には上げているよ」
一人取り残されていたアシュールは甘ったるい雰囲気に胃がひっくり返る思いだった。
アシュールに言われて飛び跳ねるように椅子に座りなおしたアーネストは、いつの間にか湯飲みに注がれた温かいお茶で全てを飲み込むと考える。
「王都で何かが起こっていますね、それも普段ではありえないような何かが……。
先日のスライム騒動で、王に借りを作ってしまったのもいただけなかったですね。有事の際に一部の冒険者を貸し出す事を約束させられてしまいました」
「あの小僧は――冒険者は王の私兵では無いと言うのにのう……」
王は有事の際、冒険者ギルドに緊急依頼という形でお願いを出す。それは命令ではなく、願いを乞う形。冒険者ギルドとこの国はあくまで対等な隣人関係にあった。
全ての大陸の全ての国にある冒険者ギルドが、お互いの国に行き来できる理由はそこにある。例え隣の国と戦争をしようとも、戦いが終われば冒険者は普段の生活に戻る。依頼をこなした者は報酬を得、失敗した者は死ぬか身請け金――借金を負う、ただその違いだけで、怨み辛みはそこでお終いだ。
冒険者ギルドとは数多の支部が集まった巨大な国のような存在なのである。
「まぁ、なる様になるのじゃ! もしもの時はアシュールの思う様にすれば良いからのう」
「はっ? マオウの代理がそんな事決めて良いのかい? それと……やっぱりアーネストのギルドマスター就任には裏があったんだねぇ! マオウは可愛い女に弱すぎるよ」
一瞬、下り坂が見え始めた自らの肌に触れてすぐさま頭をふったアシュール。
「なんじゃ? 口では化物と罵っていても、若さには未練があると見えるのう……その時が来れば、アシュールも眷属に迎え入れてやらん事もないぞ?」
「馬鹿にするんじゃ無いよ!」
ニヤニヤと笑みを作りながらアシュールの頬を突くエウア。アシュールは乱暴にその手を振りのけると、茶請けのカナタ芋スイートポテトを鷲づかみにしてエウアの口に突っ込んだ。
「もふもふもふんもふん(照れ隠しも可愛いやつめ)」
「お茶をどうぞ」
口の中身を咀嚼し、お茶で全てを流し込んだエウアは、席を立つと出口へ向い歩いていく。
「どこに行こうって言うんだい? スラム街の問題はどこも大小あれ同じようなモノじゃないかい?」
慌ててエウアを挽きとめるアシュール。エウアは立ち止まると振り向き様に右手を伸ばして手の平をアシュールに向ける。
「東支部にはもうスラム街は無いのじゃ! 整備も進んで小さいながら市場もでき始めておる、リトルエデン経済効果はさすがじゃのう♪」
不敵な笑みを浮かべたエウアが胸を張って言う内容は、全て他人任せの棚ボタ効果だった。
「あぁ、あのお菓子と燻製ラビッツで有名な……東支部のクランだったんですね」
「んむ、知らなかったのか? おかしいのう……でも、いや、まさかのう――」
意図的に情報規制してきたエウアだったが、予想を上回る効果に首を傾げて考え込んでしまう。影で動くマオウの存在が頭をかすめるが、たかがクランの一つに冒険者ギルド創設メンバーであるマオウが関与するのは……有り得なくも無いと思いつつも否定する自分が居た。
「おい、謎は全て解けたようだねぇ。全てお前の――東支部がやらかした事じゃないのかい!!」
「ぐえっ、なんじゃ! 首を絞めるでない!」
両手に本気の力を込めてエウアを首吊りに締め上げるアシュール。
「あっ、そうですね。東支部の管轄にあったスラム街が開発されて、行き場を失った犯罪者は東へ、新天地を求めた西の雛鳥達は東へ――やったねエウア♪ 冒険者が増えるよ?」
「こっちは減って行ってるんだよ! エウア、いっぺん死んでみな!」
「死ななくとも苦しいのは嫌じゃ! 力が、手を放さんかっ!」
首吊り状態でエウアを左右に揺すり始めたアシュール。アーネストは必死に悶えるエウアを肴にお茶のお代わりを飲む。
本気でエウアが拒めばたとえ冒険者ギルドのマスターだとは言え、アシュールの力で絞め続ける事などできるはずも無く、結果として西支部に迷惑をかけた事による後ろめたさがエウアを縛り付けていた。
「失礼しますっ! あっ、あのぉぉぉっ!!」
「なんじゃ、落ち着いて喋らんか」
扉を殴るようなノックの後、部屋の扉が開くと一枚の上等な紙を持った冒険者ギルド職員が言葉遣いも怪しいほど緊張しガチガチに固まりながら部屋へと入って来る。
「これ、これをっ!」
「はぁ……貸しな」
アシュールはエウアの首から手を放すと、固まって動けなくなっていた西支部サブマスターから紙を奪い取る。
「なになに……愚者の王墓に遊びに行って来ます。byミネルヴァ……なんだってぇ!?」
「あ、痛たたた……偏頭痛がするのう、今日はお開きじゃ!」
書かれた文字を読んだアシュールは絶句し、エウアは頭を押さえて部屋から飛び出して行った。
一人椅子に座っているアーネストは、楽しい事が起こりそう、と期待に胸を膨らませて童女の様に笑う。
「さぁ、今回はどんな楽しい事をしでかしてくれるんですかね。冒険者ミネルヴァ……」
足を組んで椅子に座ったアーネストが呟く。
この国の――ヘラクトスの第一皇女ミネルヴァと同じ名前を持つ冒険者の存在。実際は本人であり、素性がばれていないと思っているのも本人だけなのだが……。
色々な無茶をして、王都冒険者ギルド南支部のギルドマスターにまで成り上がったミネルヴァを止めれる者など居ない。
「オホホホ♪」
組んだ足を組みなおし、今の私カッコよくない? と自分で思っていたアーネストだったが、お菓子の欠片がボロボロとこぼれて汚れたメイド服を着たその姿は、お世辞にもカッコ良いとはかけ離れた何かだった。
「まぁ、良いさ……この部屋に入った事は不問にするよ。ここで見た事、聞いた事、見た事は絶対に漏らすんじゃないよ? 良いね」
「この目が潰れて口が開かなくなっても決して!」
アシュールの足元に平伏して顔を上げようとしない西支部のサブマスター。そのすぐ側に立つアシュールは大事な事を二度言った。
平均寿命がそれほど高くないこの世界で、初老に見える年齢の女性であるアシュール。普段は落ち着いた色のロングドレスを着ているアシュールだったが、会合の間は最古参であるマオウの意志が尊重される。
つまり、他の冒険者ギルドの職員と同じ男は執事服……女はメイド服だった。
「良いかい? 見た事は全部、忘れるんだよ……」
「はぃぃぃ!」
フリフリのメイド服を着た初老の女性――アシュールは、大事な事なので三度言っていた。
時間的にはカナタが愚者の王墓に向う当日です。
結界石を壊した犯人が明らかに!
 




