第131話 変態×変態×変態
「ん……ん? ここどこ? クリス~」
目を開けると見知らぬベットの天蓋が目に入り、体が沈みこむほどフワフワのベットの上で眠っていた。側で眠っていたはずのクリスが居ない。広い部屋にはベット以外何も置かれておらず、窓からは朝日が差し込んでいた。
「クリス~? 居ない?」
開け放たれた天蓋のカーテンから部屋を覗き見るも誰も居ない。
クリスが眠っていた場所に手を当てると温もりは無くなっており、少し前にベットから出て行ったのだとわかった。
甘い薔薇の香りが漂う真っ白な毛布を胸元に引き寄せるともう一度ベットに横になる。
クリスの使っていたマシュマロのように柔らかい枕が視界に入り、無意識に手が伸びて枕を抱え上げてしまう。
「クリス……」
甘い匂いに誘われるかのごとく、枕を抱き締めて微笑む。ゴロゴロと寝返りを打っていると部屋の扉が少し開いているのに気が付いた。
外から冷たい空気が部屋に流れ込んできて思わず天蓋のカーテンを閉じる。
不意に物音が聞こえた気がして入り口の反対にある窓を見るが何も変化は無い。
「この、泥棒猫!」
「キャーッ!?」
もう一眠りしようとベットに横になったボクの視界の隅に、天蓋のカーテンから顔を覗かせるガーベラの能面のように無表情の顔が映った。
ガーベラは充血した目の下に大きなくまを作り、自らの銀髪を一房口に咥えてこちらを凝視している。
「昨日、ギャーァ!? とか叫んでいた人物とは思えませんね……雌猫に成り下がって」
「雌猫!? ガーベラ、目が真っ赤だよ? 眠った方が良いんじゃない?」
天蓋のカーテンを開けてベットに膝をかけて上がって来るガーベラ。ボクは身の危険を感じて毛布に包まり反対側から逃げ出す事にする。
「待ちなさい!」
「ちょ、何で足首掴むの? 何で足をナデナデするの!?」
ガーベラの伸ばした手に足首を掴まれてベットの中央へと引きずられる。何故か両足を撫でて口元を三日月に歪めるガーベラ。
「クリスー! 助けて!」
「クリスティナ様なら残念ながらこの城には居ませんよ? 今朝早く王様からの召集があったので、今は王城に向う途中の馬車だと思います。
私はクリスティナ様が帰ってくるまでカナタ様をこの城に閉じ込めておくように申し付かっております」
「逃げないから! ちょっと止めてよ!」
ガーベラの手は太股を撫で、脇腹を撫で上げるようにして胸元をかすりお腹へと滑っていく。その手の動きが昨日のクリスとの行為を思い起こさせて身体に力が入らない。
「ちょっとお散歩に城を出て行くか、クリスティナ様が戻ってくるまで私とここに残るか選んでください」
「やぁっ、止めて――ん? 外に出て良いの?」
身体から手を離して飛び退くようにベットを下りたガーベラは、入り口の扉の横まで歩いていくと片手を扉へと向けて深くお辞儀をしている。まるで早く出て行ってください、とでも言わんばかりに綺麗なお辞儀だ。
「本日は天気もよろしいので、お散歩に行かれるカナタ様をお止めする事はできません」
「逃げるかもしれないのに?」
「私はカナタ様のクリスティナ様への愛を知っております。よもやクリスティナ様が帰ってくる明々後日の夕方までに戻られないとは思いません。
それとも、この城に残って私の躾けをお受けになりたいと申されるのなら……道具を色々用意いたしますので、少々お待ちいただけますでしょうか?」
手を更に扉へと近づけて満面の笑みで答えるガーベラ。どうやら外に出してくれるようだ。出ても良いと言うより出て行け、と言いたげな雰囲気なのは気のせいだろうか?
着替えは全部スマホに突っ込んであるのでとりあえずこの部屋から出たい、ガーベラ怖い。
裸のまま靴だけを履くと部屋の入り口から出て行く。何故かすれ違う瞬間に左手首をガーベラに掴まれた。
「な、何するの!?」
「城を出る前に、湯浴みをして行かれた方がよろしいかとぞんじます。クリスティナ様ご自慢の屋内湯治場へとご案内いたします」
何故か丁寧な言葉で話すガーベラに手を引かれて城の廊下を歩く事になった。
服くらい着させて欲しいけど、すぐにお風呂に入るのなら良いかな? 誰も見てないし。
通路を歩いていて一つ気がついた事があった。
「ガーベラ、ここの城って……何て言うか、お城って言うより砦だよね? アレ? こっちじゃないの?」
昨日はシャワーを浴びて城の最上階にあるクリスの部屋へと直行した。シャワーを浴びた広めの浴場に向う通路の前を素通りして進むガーベラ。無言で手を引っ張るのでそのまま付いて行く事にする。
「この城の元は、この地にあったダンジョン【欲望の坩堝】を監視する為に作られた砦です。今は攻略され冒険者ギルド東支部へと姿を変えていますが……」
「ふむふむ? この街の地下には昔ダンジョンが二個あったのか~」
「なっ!? 何故その事を……」
何かまずい事を言ったらしい、ガーベラが左手をメイド服のスカートのポケットに入れたかと思うと、ナイフを鞘から抜くような金属の擦れる音が聞こえた。
「えっと、ほら、愚者の王墓って近いじゃない?」
「あ、あぁ、そうですね……」
左ポケットから手を抜いたガーベラは、作り笑いを浮かべると右手を少し強く握ってきた。
暫く廊下を進むと白い石造りの大きな扉が通路の奥に見えてくる。
「それではごゆっくり、お寛ぎくださいませ」
「何か寒気がする」
屋内湯治場への扉は石造りの扉のわりに簡単に開いた。ニコニコと気持ち悪いくらい微笑むガーベラは扉を閉めると入り口外にある椅子に座って待つようだ。
もう湯が張ってあるのか入り口からは見えないが湯気が視界を遮る様に浴室内に充満している。
脱衣所は無いタイプのお風呂らしく、入り口付近の壁際に大理石で作られたような大きなベットが置かれており、その側に大きめなタオルの類と手桶に入った液体が置かれている。
「ふむ、普段は脱いだ服どうするんだろう? この液体は……ヌル蔦の液か! こんな所までラーズグリーズの特産品が。なかなか嬉しいモノがあるね~♪」
入り口の側を見ると、衣類をひっかける棒に大きめな薄いガウンの様な着衣がかけられてあった。脳裏に湯上りガウンを来たクリスの姿を妄想する。
「ふむ、コレは良いモノだ。湯上りに羽織って冷たいモウモウのミルクでも飲みたいところ」
湯気がなかなか晴れてこないので、足元を確認しながらそっと浴室の奥へと進む。床は綺麗な白黒模様の大理石のタイルが敷かれており、キチンと掃除されているようでまったく滑る様子は無い。
「ん? この樽シャワーは誰が考えたのかな~」
浴室の中央に大きな樽を上部に乗せた石柱が立っており、ぶら下がっている皮製の紐を引っ張ると樽からお湯が振ってくる原始的なシャワーが設置してある。
「ふむ、ちょっとぬるいな~」
樽の上めがけて生活魔法で温めた水を作り出し補充すると、丁度良い温度のシャワーになった。ヌル蔦の液体を手に取り身体の隅々まで洗う事にする。
「ら~♪ ららら~♪ ら~♪ ららら~♪」
浴室内に反響した音が心地よい響となって鼓膜を震わせる。ヌル蔦の液のヌルヌル感が寝ぼけていた頭を沸騰させていく。
「はぁ、色々な世界ってあるんだね~。クリス……」
自分の肩を抱き締める様にして思いを馳せていると、入り口の扉が外から力いっぱい叩かれた。
「ガーベラ……もう、分かったからちょっとくらいユックリさせてよね」
ヌル蔦の液を綺麗に流し終えると浴槽を探して更に奥へと進む。
「常識はずれな広さ……さすが王族の娘の城? アレ? 王女様って自分の城とか持ってて、従者を連れてダンジョンに潜るような戦闘民族じゃなかったはず……?」
自分の常識の中の王女様像にヒビが入っていくのが分かった。
昨日再会したクリスは前のクリスとは違う何かを持っていたような雰囲気だった。肌に感じる威圧感と言うか、存在の大きさと言うか……何か逆らえない強さを持っていた。
「ボクが居ない間も冒険してたのかな? お、おお? おおお!」
湯気をかき分ける様にして進んでいると、真っ白な大理石をふんだんに使った浴槽の縁が見えてくる。
湯気の量が半端ないので、恐る恐る足を湯に伸ばしていく。
「ちょっとヌルイ? 半身浴するくらいの温度かな? もう少し熱い方が好みだけど、まぁ良いや~♪」
人の気配が無いのを良い事に、お湯に浸かると奥へと泳いで進む。平泳ぎで両手両足をしっかり伸ばしても何も遮る物は何も無かった。
「ん~、広すぎないかな? 掃除大変そう。おっ、窓が見えてきた!」
お湯の中を泳いでいると、窓から差し込む朝日が湯気に反射して白い光りの柱を作り出しているのを発見する。
そっと窓に近づき外を見ると、街を一望できるパノラマ光景の景色が目に映る。
左手にスマホ画面を映し出し時間を見ると、もうすぐ六時――一日の始まりの鐘が鳴る時間だ。
壁一面の窓の前で大きく伸びをして空を見上げると、巨大な城が浮かんでいるのを発見する。
「あの空飛ぶラ○タどうやって行くのかな? あ、動いてる?」
街の遥か上空を浮かぶ巨大な城は朝日を浴びて白色に輝いて見えた。
少しずつ風に流されるようにして動いている城をボーっと眺めていると、窓に取っ手があるのを発見してしまう。
「こ、これは! 開けちゃって良いのかな? ボク一人だし良いよね? 開けちゃおう!」
謎に上がったテンションが、この城の上層に作られた大浴場にある窓を開けろと訴えかけて来る。
火照った身体に冷たい風を浴びたくなり取っ手を引っ張る。
「ん~? 引いても押しても開かない? 見せ掛けの取っ手?」
引いても開かないのなら押してみる、ちょっと外に飛び出したら怖いので恐る恐る取っ手を押すも窓は開く様子が無い。
「開かない……こうなったらどうしても風を浴びたい! 壊したら怒られそうだし……どうしよう?」
「横に引っ張ると良い」
言われたとおりに取っ手を横にひっぱると、窓が真横にスライドして冷たい風が浴室内に吹き込んでくる。
思わず両肩を抱いて閉め様かと思ったが、お湯に浸かれば問題無いと思いなおし、開いた窓から外を眺める。
「ふんふふ~♪ ふふふ~♪ ふ~……ん!?」
誰も居ないはずの浴室内から声がかかった。窓の外を向いたまま気配を探るも、この場にある気配は外で待つガーベラのモノだけしか引っかからない。
ゆっくり振り返ると同時に窓の外から強めの風が吹き、浴室内の湯気が一気に流されて行った。
「な……なな、な――なんで?」
湯気が晴れて一望できる様になった浴室には、本来自分以外居ないはずだった。
眼前には裸で触手鎧を身にまとったギリシャ彫刻のような美しい男が立っていた。
黒瞳に長い黒髪は毛先だけ銀色で、顔だけ見ると性別の判断を一瞬誤らせるほどの美男子顔。筋肉ムキムキの上半身を覆うタコの足に似た半透明の触手鎧。下半身を覆う装備は何も無い。
「キャァァァァーーーー!?」
「子供かと思えば、存外中々……眼福である」
無意識のうちに右手の平に結界で圧縮した空気の塊を作り出し、リミッターが外れた魔力で男へと放った。
「ほぅ、面白い力を使うな……どれ、一つ見てやろう」
「い、いやぁ! ガーベラ! 助けて、変な人が居るの!」
男の両目が赤黒い光りを放つと、全身に寒気が走り咄嗟にお湯に浸かり【EMC】を発動させる。
これで近くに誰か居たら……来れる分けが無い、ここは街の中心の城の最上階だ。
混乱して何をして良いのか分からなくなったボクは、身を守る為に全力で結界を張り外へと逃げる算段を練る。
「くっくくく……何だこのステータスは? 面白い。面白いぞ娘! 俺のモノにしてやろう」
鑑定系のスキルを受けたようだ。
笑みを浮かべて両手を広げ、こちらへと近寄ってくる男は、男の部分を元気にさせていた。ガーベラは来ない。
恐怖に染まる思考、無垢なる混沌を使い排除しようという考えが思い浮かぶ。
「来ないで! 来たら殺すよっ!」
「ぷっ、ハッハッハッ! こんな結界一つで拒めると思っているのか?」
男の手が一番外側の結界に触れ、軋み音を立てて結界を歪めていく。
「ふん! ほぉ、また結界か。拒まれるのも中々良いモノだな……滾るはっ!」
「ひぃぃぃぃ!?」
一番外側の結界を壊され、その内側の結界へと手がかかる。息の荒い男の声に力が篭り、浴室内を反響した音が身体を震わせる。ますます元気になっていくモノを見てしまった。
「それ以上、私のカナタにチョッカイをかけるのは止めて欲しいね!」
「あ、愛姉?」
「気配が無かっただと……?」
男の視界からボクを守るかのように突如愛姉が姿を現す。愛姉の出現に驚く男。
思わずすがりつきたくなるくらい嬉しくなり、お湯から立ち上がって一歩近づくが、足が止まる。
何かがおかしい、麻痺しかけた思考が違和感を訴えてくる。何故、愛姉がこの場に現れたのか? 何故……愛姉は裸なのか?
「何で?」
全ての疑問を込めた問いを愛姉にかけると、振り返った愛姉は笑顔でイカの干物を差し出してきた。
「ちょっと近くに寄ったから、お土産をね?」
「……大きいイカだね、ありがとう」
突如現れた3M級のイカの干物をスマホに収納する。
こいつは……アウトな気がする。鼻の下が伸びきった愛姉を見ていると、アウラにどうにかスマホを渡せないか本気で考えてしまう。
「何故だ――絶世の美女を前にして、この俺が……」
元気が無くなっていく男を愛姉に任せる事にして、遠回りに浴室を出口へと向う。
「あれ? 窮地に陥った時に颯爽を現れた私に対する、ご褒美的な何かは? ほら、泣いてすがり付いてくれても良いんだよ?」
「そういうの間に合ってますから」
こちらが移動するのに合わせて、男の視線を遮る様に一緒に付いてくる愛姉。
「おい女、そこをどけ!」
「カナタは私が守る!」
男と対峙する愛姉を放置してお湯から上がる。
「第一、美少女が入浴中なのを知っていて、合図も無しに浴室に入るとか常識はずれだよ!」
「ぬぅ、ノックは一応したのだが……ガーベラは誰も入っていないと言っておったぞ?」
愛姉の怒声が浴室に木霊し、少しばつの悪そうな男の言い訳が聞こえてくる。答えは出た――犯人はガーベラだ。
浴室の扉を勢い良く外へと開けると、鈍い音と共に廊下に転がるガーベラが居た。
聞き耳でも立てていたのだろう、残念そうな顔でぶつけたオデコを撫でている。
「何か言いたい事は?」
「護衛が付いていたとは気が付きませんでした……。罰は甘んじて受け入れます、さぁ!」
ガーベラは鼻息荒くニヘラと気持ち悪い笑みを浮かべ、廊下を這いつくばっていた。
「この変態ども!!」
「あれ? その変態に私も入ってる? ねぇ、私は窮地に訪れた愛姉ちゃんだよ? あれれ?」
「ぬぅ……いつものガーベラの嫉妬か。今回は身を引こう。だが! 次会った時には……」
勢い良く扉を閉めると、ガーベラの横を素通りしてクリスの部屋へと向う。
「紙が無い」
「羊皮紙ならここに」
書置きを書こうにもこの部屋にはベットしかなく、紙は愚か座る椅子すらなかった。
後から付いてきたガーベラが懐から羊皮紙と羽ペンを出してくる。
「触手鎧の男とガーベラに身の危険を感じたので、洋館に帰らせていただきます。御用の最は直接洋館にお越しください。っと、コレを戻ってきたクリスに渡しといて貰える?」
「かしこまりました」
一筆したためた羊皮紙をガーベラに渡すとスマホから着替えを出し服装を整える。
「じゃあね!」
「またのお越しをお待ちしております、カナタ様」
「もう来ないよ!」
深々と頭を下げるガーベラに言い放つと扉を閉めて廊下を走り、階段を下りる。
階と階を繋ぐ階段は一箇所には無く、階段を下りては廊下を歩き、階段を下りてはまた廊下を歩くを繰り返して出入り口を目指す。
敵に攻め込まれた場合を想定して立てられた砦なのだと改めて実感する。
「あ、お帰りですかカナタ様!」
「ん? な! なんだと……」
階段を下りている途中で外を飛んだ方が早いと思いかけていると、昨日は見なかった城のメイドさん達を発見する。
ふっさふさだ。クラシックスタイルのメイド服を着た獣人の子供達が扉からワラワラと出てきた。
「なんと言う……至高の姿!」
「「「「「またのお越しをお待ちしております」」」」」
「そうだね……ふっさふさのモフモフに罪は無い。今度来る時はお土産持って来るよ♪」
声を揃えて一斉にお辞儀をするメイド達。整列したメイド達の前を歩いて外を目指す。
もう来ないと言って一刻も経たないうちに考えを変えてしまった。
ボクは可愛いメイド達に見送られて城を後にした。




