幕間 赤木の棍棒は装飾品
「このままじゃ駄目です!」
洋館の食堂では毎朝無料で食事が提供されている。ブラウニー達が用意するその食事を作っているのは、アリシアとアリスの姉妹だと言う事はあまり知られて居ない。
いつの間にか総勢一〇〇人を超える大所帯へと成長していたオーキッドのクラン『林檎の園』と、少数精鋭ながらオストモーエアの街の基盤にまで根を下ろし始めているカナタのクラン『小さな楽園』の全員分の食事を作るのだから、途方も無い労力と食材が必要になる。
洋館の食事に使われる食材は、日々の買出しと狩りで賄われていた。
人数分を何とか作り終えたアリシアとアリスは、一緒に狩りに行くメディアとミンティが起きて来るまで、モウモウのミルクを飲みながら休憩に入るのだった。
「聞いてるんですか!?」
現在食堂で朝食を食べているのは、フェルティ・アズリー・レオーネ・メリルの四人。先ほどから声を荒げて叫んでいるのはフェルティだ。
「朝食は静かに食べるべき」
「メ~リルちゃん、あ~んして?」
「レオーネは自分で食べるべき」
「フェルティ、これは多分しかたの無い事なんです……」
諦めた声のアズリーは、皿に乗った焼きたての田舎パンに自前のラビッツ燻製を挟んで食べていた。
隣でメリルの口に甲斐甲斐しく料理を運ぶレオーネの皿には、バナの実の蜂蜜炒めと焼きたての田舎パンが乗っている。
フォアグラの鴨の様に食事を詰め込まれているメリルの皿には、バナの実の蜂蜜炒めと焼きたての田舎パンと季節の野菜を使ったサラダにデザートとして甘い匂いのする卵焼きが乗っている。
「だって! だって……この格差は酷いんじゃないですか?」
大声で叫ぶフェルティを厨房から覗き見る目が二つ、二頭身の茶色いヌイグルミの容姿を持つブラウニーだ。視線に気が付いたフェルティは大人しく椅子に座ると、自分のお皿にのった焼きたての田舎パンを二つに割りラビッツ燻製を挟んだ。
厨房からフェルティを覗き見ていたブラウニーは、手に持った赤木の棍棒をクルリと一回転させると厨房の中へと姿を消す。
「ふぅ……危ないところです」
「さっき大変な目に遭いそうになったしね……」
「レオーネ、もう無理――太るからもう無理!」
「あの赤木の棍棒は結構硬いですよ~?」
メリルがギブアップを告げて、残った皿の料理をフェルティとアズリーの皿に移す。
レオーネは自らの皿に残った朝食を食べながら赤木の棍棒について説明を始めた。
「ブラウニーの見た目に何か足り無いと思って作ってみたら、予想以上にマッチしててビックリです♪ 見た目重視で武器では無いですけどね~」
「レオーネのおかげで私達がビックリする目にあったんだけどね……」
「アレは死を覚悟しました……」
朝一番に朝食の量について文句を言ってやろうと、意気揚々と厨房に乗り込んだフェルティとアズリー。
二人は厨房入り口で赤木の棍棒を振り上げたブラウニーを見て腰を抜かす。
ブラウニーの無機質な目には怒りの色が宿っており、文句を言いに来た二人を返り討ちにしようとしていたと、フェルティとアズリーは言う。二人の想像は間違っており、ブラウニーは厨房に手を洗わずに入ろうとした二人を追い返そうとしただけなのだが。
「間違いなくレオーネとメリルは贔屓されてると思うんです……」
「私は赤木の棍棒をブラウニーの数分作ったからです?」
フェルティの問いにすぐに理由が出てくるレオーネ。隣でお腹を擦りながら食後のデザートを食べているメリルは普段から一緒にいたはずなので、二人にはメリルが優遇される理由がわからなかった。
「メリルはっ? 本来メリルもこっち側のはず!」
「ブラウニーに精霊魔法を教えた。なかなか筋が良い」
「精霊に精霊魔法を教えるとか……メリル恐ろしい子」
フェルティが両手を広げてメリルに問うと、恐ろしい答えが返ってきたのでアズリーと二人で震えて肩を抱き合う。
本来精霊に意思は無く、ただ空間に漂う存在。メリルは何かしらの要因で意思を持った精霊に、ただ漂う存在である他の精霊の使役の仕方を教えてしまった事になる。
本来なら精霊達の力の差などさほど無いので、他の精霊を使役しようが問題は無いはずだったが、ブラウニー達は長年洋館に憑いていた事でレベルが上がっている。
この屋敷にはカナタの魔力と言う最高の食料があった。ただ漂うだけの精霊は魔力に引かれてやってくる。やって来た精霊はブラウニー達に使役され、洋館の小さな住人へと姿を変えていくのだった。
「それにしても、オーキッドのとこのクラン員は皆、普通に朝食出されてるんですけど……」
「働きに応じて配ってるんじゃない? 朝食の量には限りがあるみたいだし」
ラビッツ燻製を挟んだパンを食べながらフェルティは考える。自分はここに来て何をしてきたのかを。
そして特に目立つ戦果や労働などしてこなかった事に気付き唖然とするフェルティ。
アズリーはある程度理解しているのか、黙々と朝食を食べると最近売られ始めた冒険者新聞を取り出し読み始める。
「これ……ルナ達がコソコソやってるやつですよね?」
「んー? フライングラビッツ狩り? ふーん、結構目立って……値崩れしてないところを見るとレオーネみたいなのが裏に居るんじゃないです?」
アズリーが紙面を指差し隣にいたフェルティに見せると、フェルティは興味なさげに生返事を返す。
名前を呼ばれたレオーネは、アズリーの手から冒険者新聞を奪い取ると綺麗に畳んでテーブルの上に置く。
「私みたいなのってどんなの?」
「冗談ですって、何本気にしてるんですか! ちょ、変なとこ触らないでください!」
ニコニコと笑顔でフェルティの椅子の後ろに立ったレオーネは、両手を服の間から滑り込ませるとフェルティのお腹の上で指を絡めて動けないように捕まえる。
「何で服の中に手を突っ込んだんですか! 服の上からで良いじゃない! メリル狙いだと思ってたら違ってた!?」
「良い気味、たまには私の苦労を知るべき」
「そろそろ出かけないと、ブラウニーが見てますしね……」
無言でお腹を揉むレオーネは、フェルティを抱え上げるとそのまま移動を開始する。
デザートを食べ終えたメリルと、ブラウニーの目に怯えるアズリーもその二人の後を追った。
――∵――∴――∵――∴――∵――
フェルティとアズリーとレオーネとメリルの四人組みは、依頼を受ける為に久しぶりに冒険者ギルドへと足を運んでいた。
冒険者ギルドの新調された扉を開けて中に入ると、朝から酒気が漂うバーに厳しい目を向けるレオーネ。
一番年上のレオーネが先頭を歩き、後ろにメリルとフェルティとアズリーが続く。
カナタとは違い、雰囲気だけならそこそこの冒険者PTに見える四人組みに絡んでくる者は居ない。
「い、依頼って、この紙を剥がしてカウンターに持っていけば、良いんですよね?」
「多分……そう? 王都でもラーズグリーズの町でも変わらないはずだから、落ち着いてフェルティ」
レオーネの背中に隠れる様にして依頼の張られた板を盗み見るフェルティ。
フェルティ達が依頼を受けていなかった理由は、知らない冒険者が沢山居る王都の冒険者ギルドに尻込みしていたからのようだ。挙動不審に依頼の紙を眺める三人、レオーネだけは冷静に依頼を吟味している。
「これで良いんじゃ無いですか?」
「アズリー……こんな朝からナイトヴァイパーがウロウロしてると思っているの?」
「そ、それならこれ!」
「論外です。依頼書に何で星マークがいっぱい付いてるか考えてみて? それに大分前から張られていたみたい、依頼書が黄ばんで堅くなってるでしょ?」
早くギルドを出たいのか、アズリーとフェルティは適当に依頼書を取ってくるとレオーネに叱られている。
何か良い依頼でも見つけたのか、メリルが依頼書に飛びつきレオーネの眼前にかざした。
「これ! 名前がカッコイイ、これじゃダメ?」
「メリルちゃんの受けたい依頼なら仕方ないわね~♪」
メリルの頭をナデナデするとレオーネは依頼書を手に取り、碌に内容も見ずにカウンターへと向おうとした。慌てて依頼書をひったくるフェルティ。
「カイザーアント討伐依頼!? 紙がバリバリになるほど昔から張られている依頼じゃないですか!」
「星がいっぱい付いてる……居場所は、ダンジョン『玉蟻の巣』最下層!?」
震える手で依頼書を元に戻すとフェルティとアズリーはレオーネを睨む。睨まれたレオーネは視線をそらして手近な依頼書を手に取った。
「嬢ちゃん達、ソコソコやるようだがカイザーアントは無理だぜ? 俺ら冒険者が毎日の様に蜜を奪いに来るから相当頭にきてるらしく、時々中層まで下りてくるが……アレは人間が戦える魔物じゃないぜ」
「そうそう、コイツのPTの魔法士様が遠距離から特大の火精霊魔法をぶつけたらしいが、触覚一つ燃えなかったらしいぜ? アンチゃんマジッかるクろす……なんだっけ?」
「さぁな~ようは魔法が効き難いんだろ? まぁ、飲め飲め」
お酒が入った冒険者達は大声で笑いながら言うと酒杯を掲げて飲み干す。
酔っ払った冒険者を見るレオーネの目は、道端に落ちている石を見るように冷めていた。
「ご忠告、ありがとうございます」
「良いって事よ、嬢ちゃん達依頼が無いのなら、俺達が出してやろうか? 隣に座って酒を注ぐだけで半銅貨出してやるぜ~」
酔っ払い達は笑いながらそう言うと、下卑た視線をレオーネの身体に向ける。
「ストーップ! レオーネストップ。私はあっちに用事がある」
「ゴミはゴミ箱に入れないとダメですよ?」
「「!?」」
メリルが慌ててレオーネの両手を握ったのを見て、フェルティとアズリーはその両手に視線を向ける。
冒険者からは見えない角度で、赤木の棍棒が逆手に握られていた。慌てて武器を取り上げると2Fへ上がる階段の後ろへレオーネを引きずって行く三人。
「いつも冷静沈着なレオーネが……」
「赤木の棍棒は、見た目重視で武器じゃないって言ってましたよね!」
「レオーネは……酔っ払いが嫌い」
青ざめるフェルティの横では、アズリーが『どうどう、落ち着いてレオーネ』と言って、笑顔のレオーネにお腹を揉まれていた。
「先ほどから見ていました。お姉さん達、暇なら私達と玉蟻の蜜取りに行きませんか?」
「ん。依頼書?」
「それです! さぁ、受けて出発ですよ!」
いつの間にか階段裏でたむろしていた新人冒険者達に囲まれている。メリルは『これはフラグ』と言って一歩下がったが、早めにこの場から離れたいフェルティは一考する間も無く答えを出す。
「やったー! 皆行くよ!」
「ん。皆?」
メリルが首を傾げるのと同時に、新人冒険者PTのリーダーと思われる女の子が声を張り上げて叫ぶ。
この場に居る皆に言ったにしては大き過ぎる叫び、メリルは扉が外れた資料室へと視線を向けた。
「さっすがリーダー! だてに貴族語が喋れるわけじゃねーな!」
「き、貴族様のPTに付いて行って大丈夫なの?」
「貴族語で喋ってるけど、違うらしいぜ? スタン先輩がPTの事、自慢してたし」
「蜜を入れる皮袋、これで足りるかな?」
ぞろぞろと扉から出てくるのは隣の資料室で玉蟻の事を調べていた新人達。メリルがその人数に頭を抱えているのも知らずに、フェルティは依頼を受けて戻ってきた。
「アレ? 増えました?」
「もう……良い。アズリー行くよ」
「へるぷ! レオーネが揉み揉みを止めてくれないの!」
額から汗を一筋流したフェルティは、揉まれ続けるアズリーに片手で謝るとメリルの手を取りギルドから出て行く。後ろには新人達が列を成して付いて来ていた。
「レオーネ行くよ。もたもたしてたら、もう一緒に眠らない」
「今行きます~♪」
入り口で振り返ったメリルが一言呟くと、レオーネはアズリーを放り出して後を追う。
「何か釈然としない……」
放り出されたアズリーは服装を正すと三人と新人達の後を追う。
アズリーの呟きは、厄介事には関わりたくないとの姿勢を貫く冒険者ギルドの受付嬢にしか届いていなかった。
「面倒見が良い、実力も有って将来有望、有力クランの幹部クラス――女の子じゃなかったら唾付けるんだけどさぁ……」
「止めときなって、リトルエデン盟主カナタの嫁らしいわよ?」
「お菓子をくれた女の子よね? 見た感じそれほど強そうにも見えなかったのよねぇ……匂いも殆どしなかったし」
「【測量の魔眼】で見ても?」
同僚の呟きに律儀に応答する受付嬢達。真っ赤な目を持つ兎獣人は小さく頷いて目頭を押さえると、目の色が赤から黒へと戻って行った。
兎獣人の受付嬢が持つスキル【測量の魔眼】、対象が持つ『世界に存在する力』を量るだけの魔眼。対照のレベルに関係なく、『世界に存在する力』が量れる為、新人のうちから有力株を見つけてコネを作っておくなどに有効な魔眼。
「でもさぁ? 貴女の目で見える力って素質のような物なんでしょ? 前アルバート様を見た時そんなに多く無かったって言ってなかったっけ?」
「素質があまり無くても、努力で成功できるって事じゃないの?」
一人の言った言葉に全員は頷くと、冒険者がカウンターにやってきたので仕事に戻る受付嬢達。
「でもまったくのゼロなんて不思議よねぇ~」
「「「「「え゛?」」」」」
兎獣人の受付嬢の呟いた一言は他の受付嬢を動揺させるには十分の言葉だった。
無言で己の仕事へと戻る他の受付嬢達は同じ事を考えていた。あの子は馬鹿だから、と。素質がゼロな冒険者が、あんな急成長をする有力クランの盟主を務めているはずがないと。
その事を兎獣人の受付嬢に伝える者は居ない、ここは戦場なのだから。
将来有望な冒険者を見つける為の女の戦場。ライバルは蹴落とすモノ。
「「「「「いらっしゃいませ、冒険者ギルドオストモーエア支店へようこそ!」」」」」
冒険者ギルド東支部には、今日も元気の良い受付嬢達の声が響いていた。




