SS リトルエデン重要産業
カナタが商人ギルドに行った日のルナサイドの話です。
元天使教の教会跡地では、いつものラビッツ燻製準備が進められていた。
リトルエデン印のラビッツ燻製は最近売れ行きが良いので、燻製室以外は全て部屋が解体用の準備室となっていた。
オーキッドのクランに所属する子供達や、新人や駆け出しの冒険者も昼ご飯を食べるついでに解体作業を手伝ってくれている。賃金は高めに設定してるとアヤカが言っていた。
朝からの仕込みは秘伝の製法もあるのでオーキッドのクラン員のみに任せていて、昼前後の解体作業は一般にも募集している。午後からは燻す作業があり、四度目の鐘が鳴る頃にはラビッツ燻製の完成やね。
朝からラビッツ燻製の完成まで働いているオーキッドのクラン員には平均で銀貨1枚を支給していた。これもアヤカが『日給は一万、能力により昇給有り! まかない付きでラビッツ肉の切れ端燻製はお土産可!』と叫んでいたのでそういう事になった。
うちの燻製工場では最近ラビッツ一匹半銅貨2枚で買い取っている。普通に冒険者ギルドにラビッツを一匹持って行くと、サイズにもよるけど半銅貨1枚と銅貨5枚くらいにはなる。もちろん狩り方が悪いとそこから値下げされてしまうので、多少の傷は解体するので気にならないうちの工場はお得やね。
今日のまかないはラビッツの端肉と畑で取れた新鮮野菜の切れ端を使った具沢山シチューってアリシアとアリスが言っていたので、朝から皆のテンションも上がりっぱなしだった。
街中で畑は本当は駄目らしいけど、洋館の後ろにできたリトルエデン共同生活区では交替の番を付けて畑を作っていた。
畑で主に取れるのは根菜と成長の早い葉物野菜がメインで、実験的にプテレアの蔓と茎だけを育てている。共同生活区ではカナタの魔力が足り無いのか、プテレアの蔓は伸びても実を付けないのでメアリーも許してくれていた。
「あれ? アンナいつのまにか血が出てるで?」
「あひゃんっ!?」
少し肌寒くなってきた午後の教会でラビッツを解体していると、アンナの腋の下に赤い丸を発見する。
人差し指で突くとアンナは変な声を上げて地面にへたり込んでしまった。
「あれ? 血じゃないで……」
「不意打ち過ぎますよ! 腋の下は弱いんですから」
指には血が付いて居ないけど、アンナの腋の下にはまだ赤い丸が付いていた。震えながらもラビッツの解体に戻るアンナ。
うちも黒バックからラビッツを取り出し解体の続きをする。
「このラビッツ……尻尾の付け根に赤い丸があるで?」
「何言ってるんですか? 何も無いですよ?」
アンナは溜息を吐きながら自分のノルマをこなすと解体室を出て行く。
アンナには見えてないらしい、こすっても赤い丸は取れないのでこれは何かあるとうちは思った。
「そろそろ皆のノルマも終わるみたいですわ。ルナは先に言って燻す用意をお願いしますの」
「分かったで! キャロルにもコレ見えない?」
「コレって何です? 筋?」
指差しながらキャロルに見せても分からないみたいで、首を傾げながら肉を突いている。
周りで解体作業をしていた新人達も興味深そうに近づいてくるも、キャロルと同じ反応をして戻っていく。どうやら見えているのはうちだけらしい。
とりあえず多少の違いはあっても他のラビッツ肉にも同じような位置に赤い丸が見えたので、気にしないようにして燻製室へと向う。
「あっ、ルナ遅いですよ。もう串いれと温めはやっておきました」
「ありがとうやで! フェリが串入れすると良い感じに肉に煙が当たるから最高の出来になるんやで!」
「それは褒め過ぎですよ~♪ コツがあるんです。この尻尾の付けて付近にはラビッツの弱点があるので、そこから入れると自然に良い感じに肉が広がるんですよ?」
フェリが指差しながら言った位置には赤い丸が見える。モジモジしながら話すフェリの首筋の横側にも赤い丸が見える。
「コレ、もしかしたら弱点が見えてるんかな?」
「あ、あっん♪ いきなりなにするんですか!? 駄目ですよ!」
フェリの首筋横を後ろからペロリと舐めると、顔面を真っ赤に染めたフェリに怒られてしまった。
フェリは駄目と言いながらも逃げずにチラチラこちらを見てくるので、もう一度反対側をペロリと舐める。
「キャロラインが見てます」
「ナニしてるんですの。遊ぶなら先に燻煙してからですわ」
「分かったで!」
「あっ、ちょっと、待ってください!」
入り口からこちらを見ながら愛桜の木チップを指差すキャロル。
キャロルは笑いながらフェリに近づくと、両手で首筋の横を擦り擦りしてフェリを身悶えさせていた。
「うちも燻製を作るコツを言うで! 煙が当たり過ぎない様に、絶妙な量で当たるように結界で肉を覆うと良いんやで! 肉それぞれ形が違うからこれは経験やね」
「この燻製室を見てそれが言えるのはルナだけだと思うわ……」
キャロルが苦笑いしながら天井を指差している。うちは燻製室の天井から段々と隙間ギリギリで並べられたラビッツの肉を見て首を傾げた。
「もう一度に作れる量も頭打ちやね……隣に繋げて増築した方が良いかもしれんで」
「売り上げ凄いですけど、まだ儲ける気です?」
「売る為に作るんやない! うちが作りたいから作るんや!」
「ルナ、口調が戻ってる」
「えっと、その……ごめんなさい」
フェリは儲けの事を気にしていたけど、うちに言わせるとそれは二の次やね。
謝るフェリと笑いながら頭を撫でて来るキャロル。
「ボス! あのっ! 端肉の燻製をセットしても良いですか!」
「あぁ、ごめんやで。中央の変な像の周りだけやから、注意して並べるんやで?」
入り口から顔を覗かせて様子を窺っていたのはオーキッドの所の短い耳の兎獣人姉妹――胸がペッタンコの方が姉のファイ、カナタの目がチラチラと吸い寄せられる大きな胸の方が妹のティアやね。
うちももう少し胸が欲しい。アヤカは好きな人に揉んで貰うと大きくなると言っていたので、眠る前にキャロルに頼んでみようかな?
「あのね? そんな怯えなくてもルナは噛み付いたりしないよ?」
「ファイ姉が、ここまで怯えるのを見ているのは楽しいです♪」
キャロルが怯えるファイの背中を撫でながら燻製室中央へと案内する。
この教会の礼拝堂には中央に羽の生えた少女の像が立っている。燻煙するのに邪魔なので取り払ってしまいたかったけど、壊すと呪われそうとファイが言うのでそのままにしてあった。
像があるため微妙なスペースとなった中央は、燻製作りに光る才能を持っていそうな一部の子供に任せて端肉で燻製を作って良い事にしてある。ただし、端肉の燻製はお土産限定で売る事は許していない。
出来の良い物が有ればラビッツ燻製を卸している一部のお店にも時々差し入れに持って行っている。
「あの事はうちも悪かったから、そろそろ機嫌直してや?」
「滅相も無いです! お姉とうちは世の中の摂理と言うモノを知らなかっただけです!」
背筋を伸ばしてこちらを向いたファイは、お尻を隠す様にしてティアの横に並ぶ。ティアはクスクス笑いながらファイのお尻を擦っていた。ここまで怯えられる原因は昨日のアレやと思う。
うちとカナタとメアリーが秋の特別初心者講習会に参加している間も、通常のラビッツ燻製作りはフェリによって行われていて工場は稼動を続けていた。
普段なら端肉しか燻製する事を許していないファイが、うちが居ない事を良い事にこっそり自前のラビッツ肉で燻製を行っていたらしい。
ここまでは上を目指す心意気としてうちも許す事はできる。解体後の仕込みの違いや、使った調味料の品質の差などで美味い燻製は出来なかったらしい。
うちが使ってる塩はおばちゃんのお店で買った上質の塩がメインなので、そこらで買える安物では差が出るのは当たり前やね。
問題はその後、ファイは出来損なった燻製を燃やして処分していた。丁度うち達が戻ってきた時にその現場を目撃したうちは、ラビッツの必要性と食の重要性をファイが泣いてごめんなさいするまでひたすら言い聞かせた……お尻をペンペンしながら。
失敗した燻製でも煮ると食べる事はできるし、フェリにアドバイスを貰えば失敗する事は無かった可能性もある。
最後に根回しは大事とファイに言い聞かせたうちは、翌日からファイに何故かボス扱いされていた。
「むむ、その肉の艶……アックスラビッツ?」
「さすがボス! 一目で分かるんですね! お姉が狩って来てくれたので挑戦してみます!」
「美味しそうやね……」
ファイが持って来た自前のラビッツは、丁寧に仕込みされているアックスラビッツだった。
ファイにはまだ早いかと一瞬考えるも、うちの中で答えはもう決まっていた。
「ファイには像の周囲、一番下の段の燻製を任せるで! その仕込みなら通用する」
「ボス!? う、うちも作って良いんですか?」
「その仕込みならいける。その代わり、うちが居ない時はフェリの下に付いて一緒に頼むで?」
「サーイエッサーボス!」
涙を目尻に溜めたファイはティアに抱き付くと両耳をピコピコ動かしながら喜んでいた。
そんなファイの頭を撫でるティアも嬉しそうに耳をピコピコさせている。
「さー、ソレ並べたら愛桜チップに火付けるからな~」
「了解しましたボス!」
微笑ましそうにファイとティアのやり取りを見守るキャロルとフェリ。
うち達は今日も平和な日常を過ごしていた。
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ラビッツ燻製ができるまでの間は自由時間だ。具沢山シチューをお腹いっぱい食べた子供達は燻製工場(元教会)の庭で遊んでいる。庭は古い井戸が一つあるだけでただ広い野原になっていた。ここの野原は何故かラビッツが生えないので石片タイルは必要無いらしい。一応アヤカがラビイチに掘ってもらって調査したところ、何も出てこなかったのでただ土地の魔力が低過ぎるだけだとアヤカは言っていた。
今流行の遊びは三種類で、メアリー考案の矢尻が無い弓矢での的当て、アヤカ考案の盾押し相撲、うち考案のラビッツ毛皮の早なめし、と色々な遊びがあった。
何故かうちの遊びだけは人気が無い、完成したラビッツの毛皮はお土産に持って帰っても良いと言っているのに不思議やね。
「ラビッツの毛皮なんて、汚れたら新しいのに交換すれば良いじゃん。ラビッツ一匹くらいなら僕一人でも倒せるし!」
「丹念になめすと洗うだけで綺麗になる。何度でも使えるしフワフワになるんやで?」
「えー、ラビッツ毛皮なら沢山あるし、最近値崩れして銅貨1枚になってるよ? 使い捨てたら良いじゃん」
「それは……悪いやつの思惑やで! 皆は悪いやつに騙されてるんや! 物は大切にしないと駄目やね」
「それにその液体ナニ? 黒いし臭いし……体に悪そうじゃん!」
「これはプテレアに用意して貰った渋い液体やで? たんにん? がいっぱいでなめすのに良いってアヤカが言ってたんや。
うちが昔、村で使ってた渋ヨモギの絞り汁より渋いねんで? これ使うと一回で綺麗になめせるから売れば凄いってアヤカは言ってたけど……メアリーが許可してくれなかったんやで?」
うちが何度説得しても毛皮をなめすのを手伝ってくれる子供は少ない。完成品から一番出来の良いやつをあげてるのに何でかな?
「それに……ルナの毛皮は多すぎてヤル気無くす。みんな、盾押し相撲しようぜー!」
「「いくいく~」」
また逃げられてしまった。今手伝ってくれているのは外から燻製作りを手伝いに着てくれている女の子の姉妹で、文句一つ言わずに山の様に積み上げたラビッツ毛皮をなめしてくれている。
ラビッツ毛皮は売る予定が無いので、お金を出して作業員を募集するのも気がひける。うちの味方はこの二人だけやね。
「うちの事を分かってくれるのは二人だけや、ラビッツ毛皮が無いと凍えて寒いんやで?」
「私達の家は衣類屋だから。もともと古着屋だったけど、この毛皮貰えるようになって何とか毛皮服も売れるようになったの」
「家の為なら頑張れるの。それに、自分達で稼げれば、お金が無くても売られる心配は無いし……」
「良い子や……うちは感動したで!」
二人に話を聞いた感じだと、スラム街に子供が少ないのはこの街の中央に建っている城の主がお金で人身売買したかららしい。たどたどしい言葉使いだったので多少違いはあるかもしれん。
「もっと頑張るから、出来が程々なやつは持って帰っても良いよね?」
「二人は手馴れてるからな~。毛皮一〇枚で良いやつが六枚に普通のが四枚……まぁ、いっぱい有るし良いで!」
「「ありがとう。ルナ姉」」
「ふむふむ、ルナ姉……なかなか良い響やで!」
二人はうちの両手に抱きつくと頬を腕に擦り付けるようにして甘えてくる。うちを姉と呼んでくれる二人には少し甘くなってしまう。
「ルナ……」
「ち、違うんやで!? これはうちがお姉ちゃんやからで――」
「――まぁ、良いけど」
キャロルが近寄ってくると二人は逃げるようにして作業に戻ってしまった。
モテルうちはキャロルに嫉妬されてしまうんやね。
「あの子達の腕なら、もっと良いやつの割合増やせると思うんですの……」
「体調やその日の気分もあると思うで? 大丈夫、うちはカナタとキャロル二筋やから」
「ルナが良いのなら良いけど……あの子達の腕なら……十枚中九枚は――」
キャロルはブツブツと呟きながら巡回の用意に行ってしまう。呟きは、うちの耳でも最後の方は聞き取れなかった。
「そろそろ巡回の時間やね。いつも通り完成した燻製はフェリに任せるとして、今日は縄張りを広げてもいいかもしれん」
もうすぐ四回目の鐘が鳴る。燻製の完成と、ラビッツうどん屋のおばちゃんがお菓子の差し入れを持ってきてくれる時間や。
差し入れの代わりに渡す燻され過ぎた端肉燻製の準備は、お菓子を楽しみに待っている子供達に任せているので心配無い。燻され過ぎた燻製も良い出汁が出るらしいので、ウィンウィンの関係やってアヤカが言っていた。
おばちゃんが持って来てくれるお菓子は、もちもちした不思議な弾力の少しべたべたした物で、お好みで蟻蜜かビックWARビーの蜜をかけて食べる。
蟻蜜はアルフが蟻塚に調査に行って持って帰ってきた物やね。もうすぐ遠征に出るって言ってたからいっぱいお土産を頼んである。代わりにラビッツ燻製の塩分多目を作って持たせてあるのでこっちもウィンウィンやね。
塩分多目のラビッツ燻製は、日持ちが長くなる代わりにしょっぱいのでそのまま食べるのは少し辛くなる。身体を動かして塩分補給が必要な時には最適だとか言っていた。
「ルナー。そろそろ巡回の時間ですの」
「「ルナ姉行ってらっしゃい~」」
「怪しい人が居たら事前に見つけておかないと駄目やからね。みんなの平和はうち達が守るで!」
うちとキャロルはこうして巡回に向う。
サーベラスも巡回してくれているので大丈夫やとは思うけど……お店のおばちゃんにも顔を見せておかないと、寂しがってしまうかもしれんしね!




