表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ボクが異世界?で魔王?の嫁?で!  作者: らず&らず
第5章 カナタズブートキャンプ
166/224

第127話 その洋館にはブラウニーが住んでいる

「ん、んん……朝か」


 皆出かけて自分一人となったベットで目を覚ます。あれだけ忙しかったのだ――少しくらいユックリしても罰は当たらないはず。

 秋の特別初心者講習会から数日が過ぎ、ボクは休養と言う名の怠惰な日々を送っていた。


「んぁっ!? 痛った……」


 ベットのシーツが無理やり引き抜かれて床に落ちる。床に転がってシーツの行方を目で追うと、茶色い小さなヌイグルミ――ブラウニーがシーツを畳んで洗濯かごへと放り込んでいた。ブラウニーは無機質な人形のような瞳でこちらを一瞬見つめると踵を返して部屋を出て行く。何故か分からないけど背筋がゾクゾクした。


「ふぅ、そろそろ働かないと駄目だよね! 今日はカーナに送って貰った物資を現金に換えに行こうかな!」


 左腕のスマホを見ると現在五時五五分、ギリギリ一度目の鐘より前に起きれた事になる。

 早起きな皆は、もう朝ご飯を済ませて依頼や店番や情報収集など各自の出来る仕事を行っている頃だろう。

 気分を入れ替える為にも、新品の下着を着用し新しい天使御用達の服に着替えて部屋を出る。

 ほっとけば汚れが綺麗になり、破れも自動で元通りになる天使御用達の服を着替える意味は無い。これは気持ちの問題なのだ。


 大きな欠伸をしながら1Fへと階段を下りていく。オーキッド達も出かけたのか人の気配は無い。

 晩餐会が開けそうなほど巨大な食堂へと入ると、テーブルの上にザラザラとした粗い紙に印刷された新聞モドキが置いてあるのを発見する。

 椅子に座ると手触りの悪い紙を開いて内容を確認する事にした。


「ふむふむ、情報求)空飛ぶディープブラック? 巨大な黒豹っぽいこの動物が空飛ぶの? 異世界マジぱない……」


 第一面の記事は、ディープブラックと言う名前の巨大な黒豹に似た魔物が空を飛んでいるのを目撃したとかの話だった。版で刷られたその記事には手書きと思われる黒豹の絵が載っている。


「ふむふむ、情報求)巨大フライングラビッツ? ほぉ……フライングラビッツの耳が金貨に変わるのは知ってたけど、巨大なのも居るのか……いくらになるのかな?」


 第二面の記事は、王都で時々見かけられるようになった巨大なフライングラビッツについて書いてあった。

 出現時間は主に早朝と夕方の短い時間、姿を現す日も有れば表さない日もあるらしい。

 どちらの時間帯も決まって何かを追うような様子を見せていたとの情報が上がっている。

 フライングラビッツの耳が金貨になるのなら、巨大な方は大金貨になる可能性すらある。


「フライングラビッツの耳が100万円か、巨大な方は5000万になる可能性すらあるとか――この世界物価おかしすぎじゃ……需要と供給の極地かな?」


 コトリと音を立ててテーブルにコップが置かれる。手に取ると温かいモウモウのミルクが入っていた。

 テーブルの端からブラウニーの頭が覗いている? コップに入っているミルクを飲みながら続きのページをめくる。


「ふむふむ? 昨日の事が載ってるけど……このSSランク冒険者って誰?」


 見開きで紹介されていたのは昨日の騒動の顛末だ。あの後コモンさんなるSSランク冒険者がダンジョンの内部を掃除して非常事態宣言は解除されたらしい。もしかするとあの飛んでたオッサンが件のSSランク冒険者なのかもしれない。


「世の中分からないな~。あの半裸に触手鎧のオッサンがSSランクとは……ん?」


 次のページを捲ると、騒動を治めた功労者の枠に知り合いの名前を発見する。冒険者ミネルヴァと冒険者クリスティナが参戦していたと書かれていた。クリスとは長い間会っていない気がするが、あのスライム相手に戦える程強くなっている?


「おぉぅ……ニアミスしてた可能性があるのか。いざ王都に来たとなると、何か会いずらいのは気のせい……?」


 決して会いたくなかった訳ではない、ただ色々と忙しかったのと相手の所在が分からなかったからだ。王城に行けば会えるかもしれない? でも、そこら辺の一冒険者がいきなり王城に出向いて王様の娘に会いたいと言っても話を聞いてもらえるはずがなかった。


「そう、タイミングが悪かっただけだ。決して顔を見たくないとかじゃないし、むしろ会いたいし! あ、すいません。ん? 紙?」


 ブラウニーがコップを下げるとお皿を差し出してきた。お皿には食べ物は乗っておらず、一枚の粗い木紙が乗っている。何やら文字が書かれているので読めと言う事なのかな?


「働かざる者食うべからず? ……ちょっ、待って! 違うよ、今からちゃんと出かけるし、稼いでくるんだよ!」


 ブラウニーはひったくる様にしてお皿を奪うと厨房へと消えていく。伸ばした手は空を切り、一人取り残されたボクは急いで食堂を出て商人ギルドへと向う用意をする。

 洋館の扉を開けて外に出ると、離れの小屋が目に入った。ラビッツ達を撫でてから仕事に向おうかな?

 離れに作られたラビッツ達の巣の入り口小屋に歩いて行くと、お出かけ中と大きく書かれた看板が立てかけられていた。どうやらラビッツ達も狩りに出かけて居ないようだった。


「まさか……この洋館に居るのはボク一人? 無用心だな……」


 看板の立てかけられている扉を少し開くと中を覗き込む。隙間から入った光りが何かに反射してキラリと輝いて見えた。

 目だ……中を覗き込んでいるボクの目を、中から覗き込むブラウニーの目だ。

 手には防犯用と思われる赤木製の棍棒が握られており、作り物のような目でこちらを見上げていた。


「……行って来ます。お留守番よろしくお願いします……」


 それだけ言うとそっと扉を閉める。震える足を両手で叩くと洋館の門を目指して歩く。怖過ぎる、正直漏らすかと思った。

 考えてみればこの洋館にはレベル99のブラウニーが沢山住んでいる。よっぽどの事が無い限り空き巣や流れの荒くれ者も何とかなるはずだ。それに地下にはラミアのレイミーも居るしね!


 洋館の門から出ると大通りを目指す。行き先は取り合えず商人ギルドかな?

 塩や胡椒やその他諸々の香辛料を換金したいので、販売する伝手か買い取ってくれそうな所を探して貰う予定だ。


「あんた。顔色が悪いよ? これでも食ってきな! 器はそこの桶へ、残したら許さないよ?」

「ありがとうございます? あっ、お金は?」


 ラビッツうどん屋のおばちゃんは大声でまくし立てると、目の前にうどんが並々注がれたどんぶりを差し出してきた。器を受け取り銅貨を取り出そうとすると、おばちゃんは一瞬考える素振りをしてニコリと笑う。


「あんたー! いつもリトルエデンには世話になってるよ。貰う分けにはいかないね!」

「?? ありがとうございます」


 何故か背中をバンバン叩かれながらうどんをすする。皆が色々頑張っているおかげで、この美味しいうどんを食べる事が出来た――そう思っておく事にする。うどんには七味だよね!

 おばちゃんはボクが食べ終わるまで燻製の切れ端を掲げてニヤニヤしていた。


「ふぅ、うどんは熱々が一番だね! あっ、これもし良かったら使って見て下さい。今度販売予定の七味です」

「ほぉほぉ、唐辛子かい? 珍しい香辛料が混じってるねぇ……この容器は?」

「詰め替え用に中身のストックも置いていくので、好評だったら買ってくださいね?」


 おばちゃんに手渡したのは赤いキャップのあちらの世界で有名な七味だ。H社とS社で中身の違いが分からなかったので両方入れ物入りを三本ずつと詰め替え用の大袋(業務用)を一袋ずつ、ついでに袋の口を止めるステンレス製のクリップも付けておく。


「湿気に弱いので注意してくださいね? それでは仕事に行って来ます!」


 食べ終わったどんぶりに清掃をかけると桶の中に浮かべる。お腹が満たされたので元気が湧いてきた!

 小走り気味で出発すると、後ろからおばちゃんの声が聞こえてくる。


「あぁ、ありがとよ! あんたのギルドの【絶壁】って冒険者を見かけたら、是非うちのうどんを食べに来てって言っといて貰えるかい? 頼んだよー」


 背後に大きく手を振ると大通りまで走り出て立ち止まる。

 どうやら誰にも【絶壁】だとばれていないらしい。おばちゃんも本人が目の前でうどんを食べていたと聞いたらビックリするだろう。

 ちょっとした悪戯が成功した時のようなワクワク感を胸に、気配を消しながら商人ギルドへと向う。今日は何か良い事がありそうだ。




 ――∵――∴――∵――∴――∵―― 




 大通りを走り始めて一時間が過ぎた頃に不思議な事に気が付いた。

 左手のスマホを確認すると確かに商人ギルドの文字が見える。が、ひたすら大通りを走るも一向に見えてこ無い。

 大通りに面した建物の壁際では多種多様な物が売られている。どこかで情報を仕入れた方が良いかもしれない。

 おなじみとなったラビッツ串の露天を発見したので銅貨を片手に情報収集といこう。


「おっちゃん、ラビッツ串一本。ん? 一本銅貨2枚!? 高くない?」

「良く見てくれよ嬢ちゃん。ここは串は串でも大串だよっ! 塩と胡椒で味付けしてある一つ上のランクの串さ! まぁ……胡椒の量は少ないけどな! アッハッハッ!」

「ほうほう、確かに大きい。香ばしい香りが食欲をそそる! 一本貰うよ!」

「あいよ! 嬢ちゃん可愛いから一個お肉オマケね!」


 複雑な気分でラビッツ串を受け取ると銅貨2枚を手渡す。一口頬張るとラビッツ特有の淡白な味の肉に良い塩梅で塩が振ってあり、少し胡椒の風味がして美味しい。

 前から思っていた事だが、ラビッツは上位種になるほど油が乗って美味しいのでもう少しタレにパンチが欲しい。塩も美味しいけど味噌タレが欲しくなる。


「美味しかった~。っと忘れるところだった。おっちゃん、商人ギルドってこっちであってるよね?」

「あー? 嬢ちゃんは商人ギルドに用事かい? ここからだとまだまだ遠いからな……そろそろ乗り合い馬車が通るはずだから、乗った方が良いね。何か商売の話でも? 見たところ商人には見えないね」


 客が居ないので暇なのか店番のおっちゃんが絡んでくる。人の良さそうなおっちゃんの目の前に、塩と胡椒が良い感じにブレンドされた有名な塩コショウの入れ物を取り出す。こちらは色々な会社から出ているので一番安いやつをサンプルに出してみた。

 おっちゃんに手の平を出すようにジェスチャーをして、自分の手の平に塩コショウを振って舐める。

 恐る恐る手の平を出してきたおっちゃんにも同じように塩コショウを振る。

 ゴクリと生唾を飲んだおっちゃんは、まるで毒見するかのように恐る恐る塩コショウを舐めた。


「美味い……それに何だこの粒の小ささ、混ざり具合も丁度良い……これを売りに行くのかな?

 値段次第だけど売って欲しい。それに、その容器もまた良い! 片手で蓋が開け閉め出来るし量の調整も楽だ……。

 そうだね、これを売りに行くのは良いと思う。けれど注意した方が良い」

「ちょっと待って、顔近いですから! あとおっちゃん気をつけないとそこ串焼く網の上だから!」


 興奮気味のおっちゃんを肩を押して下がらせる。おっちゃんの腕の毛は火に炙られてチリチリになっていた。


「ごめんごめん、これは親切心で言うんだよ? これを食べてみて感想を言って見てくれるかな?」

「ただの塩――ですよね?」


 おっちゃんは先ほどボクがやったように手の平に塩を乗せてくれる。一舐めするとマイルドな塩味が……粒がなかなか溶けない? 味も薄い気がする?


「分かったろ? その塩胡椒は美味過ぎるんだよ。普通岩塩は溶けにくいし、海の塩はべらぼうに高い。それにそんな小さな粒に精製するのは骨だね。そして、一番の問題はプライドかな?」

「近いですって! プライド?」


 またおっちゃんの顔が近づいてきたので肩を押して戻す。

 おっちゃんの話は為になりそうなのでちゃんと聞いておきたい。質問し返すとおっちゃんは一瞬難しい苦笑いを作る。意を決したのか両手を横に広げて話し始めた。


「塩、胡椒だけじゃない、様々な香辛料は料理人が自前で用意する。そこには秘伝もあれば他人には言えない色々もある。仕入れ方法とかね?

 さぁ美味しい塩胡椒を持ってきました。貴方のブレンドする物よりはるかに美味しいですよ! ……ここまで言ったら分かるよね?」


 おっちゃんは自らが手塩にかけて作ってきたブレンド塩胡椒の壺を片手で叩くと、少し悲しそうに笑う。

 つまりプライドとは長年かけて作ってきた料理人それぞれの秘伝調味料の事かな?


「確かに、後からポッと出て来た物が、自分が長年かけて作り上げてきた物より上と言われたら――内心穏やかじゃ居られないですね……」

「まぁ、伝手が有れば何とでもなるんだけどね? 売る時は買わせて貰うから頼むよ?」

「あれ? 買うんですか?」

「それはそれ、こっちはこっちって言うだろ? ようは自分の中で折り合いが付けば良いのさ! 後は値段かな? さぁ、そろそろ行った行った! あっ、忘れ物だよ嬢ちゃん!」


 客はまだ居ないがもうすぐお昼時だ。おっちゃんに背中を押される様にして店の前から離れる。

 おっちゃんの屋台に塩コショウを置いてきた。良い話を聞けたので情報料としては安いくらいだ。250gで300円しないくらいだしね!


「情報料として差し上げます。あと気に入ったら今度売り出す時にでも知り合いに勧めてください~」

「ありがとよー! 嬢ちゃん名前はー!」


 屋台から大声を張り上げるおっちゃん。少し恥ずかしくなったけどちゃんと名乗っておかないと宣伝にならない。


「カナタです! リトルエデンのカナタ! それではー」


 周りの目が気になり始めたので全力で走り去る事にする。ちょうど乗り合い馬車が通っていたので飛び乗って一番後ろの席に座る。


「ふぅ、ちょっと恥ずかしかったね」


 乗り合い馬車に乗っていた老夫婦が驚いた顔でこちらを見ていたが、ニコリと笑顔を作り手を振ると笑顔で手を振り返してくれた。


「あちらの世界の営業さんもこんな感じなのかな? 大変だ~」


 ボクは一人的外れな予想をしながら、背後に流れていく街並みを眺めるのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ