第126話 天元解放! スライム(核)はワンパンされました。
「さぁ、終わりにしよう。これで止めだ! 天元翼!?」
かけ声と共に杖をスライムへと向けて力を込めると、音声反応式だったようでちゃんと攻撃が発動した。問題はドリルの様に回転する翼が完全に開く事は無く、黒い羽根が飛んでいく事も無く、何故か黒い極太のレーザーが出た事だ。黒い稲光を帯びたレーザーは空気を焦がしながら天井をぶち抜いて行く。
ついでのようにレーザーはスライムを巻き込み一瞬で肉体を消滅させる。残った羽の生えた黒い玉状の核をそのまま押し上げていった。
天井を貫通して天へと上っていくレーザーの行方を追わないといけない。あの核も壊さないと駄目だしね。
それにしても、前にルーアンが使った時の天元翼とは見た目も威力も段違いだ。
「よし、俺は何も見ていない。カナタ、これからも仲良くしようぜ」
「そうですね、丁度瞬きしていたので。結果、スライムが消滅した事しか僕も見ていません。今後とも仲良くしましょう」
擦り手に揉み手、気持ち悪いくらい笑顔のジークフリードとアルバートが手を伸ばしてくる。
「スライムの核がまだ上だ! 油断するな、追いかけるぞ! あと、髭のアレをまた頼みたいんだが……」
「何やっとるのじゃ……」
チリチリになった髭を手で弄りながら揉み手で近づいてくるヘズ。
その男達三人の尻を蹴り飛ばすエウア。下から上へと思いっきり蹴り上げられた男三人は悶絶して言葉も出ない様子だ。
「よし、レーザーも途切れたし上へ向うよ! ルナとメアリーは一緒に来て。キャロラインとジャンヌとルーアンはお留守番で、扉が開いたらすぐに出てきてね? サーベラスはルナの召喚待ちで」
周りのマグマは大方冷えて固まっている。ここはジークフリードとアルバートとヘズに任せても大丈夫だろう。
万が一を想定して滑空で自力飛行が出来る二人には一緒に来て貰う。
「「「「了解!」」」」
「はぁ……痛い! 女神ジャンヌ! 先っぽが千切れます! ごめんなさい! 了解しました!」
元気に返事をする四人。一人だけ溜息を吐いていたルーアンの胸へとジャンヌが手を伸ばす。無言でおこなわれた攻撃はクリーンヒットしたようでルーアンが悲鳴を上げて謝って来た。
天井へと放たれたレーザーが通った道は表面が煤けた大穴となっており、溶けたとも削れたとも違う謎の断面を晒している。ダンジョンの外殻やら岩盤やら色々な物をぶち抜いて出来た出口へと翼をはばたかせて向う。
「ん~これ目立つよね。翼は収納しておこう。ルナ、メアリー抱っこするから両手を上に上げて?」
「うちは右が良いで!」
「それなら私は左だね!」
仲良く両手を上げて待つルナとメアリーの太股を後ろから抱えるようにして持つと、両肩に抱きつくようにしてしがみ付く二人。停止飛行を使い静かに穴を上がっていく。
「これでヤツが死んでおれば良いのじゃが……」
「ヤツって!? スライムが狙いだからね!」
後ろから蝙蝠の羽をはばたかせて付いてくるエウアは物騒な事を言っていた。
――∵――∴――∵――∴――∵――
一時的に人が退避した冒険者ギルドの訓練用広場。そこにデカデカと開いた穴から飛び出すと周囲の様子を窺う。日が落ち薄暗い闇に覆われた広場は静まり返っていた。
予想以上に被害は少ないようで、綺麗にくり貫かれたこの大穴と冒険者ギルド前に立っている食堂の倉庫が唯一の被害だと言えるかもしれない。
「やっばい……あの倉庫ってどう見ても食料保管庫だよね?」
「弁償はギルドがしてくれると思うかな!」
「うちらは関係無いと思うで?」
「あの、オッサンがこっち見てるけど……カナタの知り合い?」
一斉に違う事を言う三人にどう答えて良いモノか……三人?
「ぬおぉぉぉぉぉ!!」
上空にオッサンが居る……情報通りだ。
黒瞳に毛先だけ銀色の黒髪、剥き出しの上半身は筋肉ムキムキで、タコの足にも似た白い半透明の触手が身体に巻きつき鎧の様に体を覆っている。何故か兎の耳が付いたマントを羽織っているのが謎だ。
下半身には毛皮のマントを腰に巻いた感じの今時風腰巻をしており、覗いて見える足は女性の胴体ほどの太さを誇っている。
抱える様にして元レーザーだと思われる黒い玉状のエネルギー体を抱き締め、雄叫びを上げるオッサン。見上げていると、エウアが飛び上がりオッサンのすぐ側まで移動した。
「ここであったが五年目……元気そうで残念じゃのう!」
「ふん!! 俺を殺したければこの十倍は持って来い」
心底残念そうな顔のエウアがそう言うと、オッサンは黒い球体状のレーザーを放り投げ、髪の毛をかき上げエウアを指差す。放り投げられた球体状のレーザーは天空に浮かぶ城の下部を削り取ってどこかへ飛んで行った。
「お主がそう言うのなら、次は全力で撃たせようぞ? それよりこの異常はどういう事じゃ?」
「ふん……今回の異変に、この鎧は関係無い」
エウアと謎のオッサンはシリアスな雰囲気でお話しを始めてしまう。
「ファイとティアを下ろしたいから地面に下りて欲しいかな」
声は下から聞こえてくる。どう聞いてもオーキッドの声だった。
先ほどアヤカの宝物庫で外に輸送されたはずのオーキッドが何故?
「あたいは穴の淵で秘密兵器を持って構えてたかな!」
「お姉がいきなり飛びつくから……」
「この袋渡すだけで良いのに……」
不満げな顔のファイとティアを両腕に抱えたオーキッドが、何故か縄にぶら下がっていた。縄はボクの足に巻きつきベトベトした餅のような物でベットリとくっ付いている。
ファイとティアの両手には白い粉の入った紙袋が抱えられていた。
ユックリ飛び地上へと下りていく。オーキッド達は地面に足がつくと袋を前に差し出し小さく頷いた。
「これ何?」
袋を受け取り中身を確認すると、粗い挽きの白っぽい粉が入っていた。ちょっと香ばしいシリアルのような香りがする。
予想外の質問だったのか、オーキッド達は顔を引きつらせてこちらを見ている?
「全てのスライムに共通する弱点。知らなかったのかな!?」
「知るも何も、闇属性が弱点なら天元で撃てば良いんじゃないの?」
オーキッドは右手で左手の平をポンと叩くとファイとティアの手を取り離れていった。
残された紙袋四つを二人で抱えるルナとメアリー。今度は忘れずにサーベラスを呼べたようで、ルナの足元でひっくり返って伸びている。
「先ほどの攻撃、悪くは無かったぞ? 新しい魔法か?」
「誰がお主なんぞに教えるものか! それよりスライムの核はどこじゃ! 早く手を打たんと大変な事になるのじゃぞ!」
「ほう……あれがスライムの核か。蝿が飛んでいると思って落としてしまったではないか。案外脆いのだな」
空飛ぶオッサンにイヤそうな顔で問いかけるエウア。オッサンは壊れた食堂の倉庫を指差しふんぞり返る。
幸い住民は退避した後なので被害は出ていないようだが、どう見ても食堂の食料保管倉庫はお世辞に言っても半壊――中身の被害を考えるとほぼ全壊していた。
不意に突き刺さるような視線を感じて冒険者ギルドへと視線を向けると、ギルド1Fの窓から食堂のおばちゃんがこちらを見ている?
おばちゃんはボクと目が合うと謎のオッサンを指さし首をかき切る仕草をする。
「アカンで……おばちゃん本気やで! でも矛先はあのオッサンやから、うちら大丈夫やんな?」
「多分、直すの手伝わされるか出禁になると思うよ……」
ルナの希望的観測は、青ざめたメアリーの一言で脆くも崩れ去る。洋館から一番近いお店と言えばラビッツうどん屋だが、毎日うどんを食べるわけにもいかない。そしておばちゃんの料理を食べれなくなると言う事実がルナの膝を折ってしまう。
倉庫から転がり出たスライムの核は、中に吊るされていたであろう巨大なモウモウの半身を溶かしながら、手当たり次第周りの食材を取り込んでいる。
「カナター! その袋の中身をスライムの核に撒くと良いかな! 中身はローストしたライ麦かな!」
「何か甘い匂いがするで! 結構いけるかもしれん……」
オーキッドが撤退しながら大声で叫ぶと、膝を屈していたルナが飛び起き袋の中身を一舐めする。
鳴り響くルナのお腹の音に、袋の中身が危機を迎えている事に気が付いたメアリーは咄嗟に袋をスライムの核へと投げつけた。さらに空中でメアリーが投げた石が袋を貫通して中身をぶちまける。
粉を浴びたスライムの核は見る見るうちに小さくなり、核を残して干乾びて行った。
「むむむ、粉が足りない!」
核だけに戻ったスライムは、転がりながら次の獲物を探して逃げようとしている。
「カナタ! そんなナメクジコンガリ焼いて料理しちゃえば良いのよ!」
「アヤカ! 皆は無事? それと、ナメクジは食べれないからね! 似ているけど食べれるのはエスカルゴ――カタツムリだから、ってもしかして!」
スライムの核を結界で覆うとスマホから方伯の塩を一袋取り出す。振りかけようと一歩近づいた瞬間結界を壊してスライムがこちらへと転がってきた。3mほどの距離を開け対峙する。
「そのスライムは対カナタ用に改造された神仕様です。主な能力は結界の破壊と暴食、つまり結界では封じ込めれませんよ?」
いきなり肩越しに顔を出したジャンヌ=ダルクは、一通りの事を言うとまた戻って行った。心臓に悪いので出る時はワンアクション欲しいよね。
結界の破壊とかピンポイント過ぎていやらしい。仕方ないので先ほどジークフリードを乗せていた盾を取り出しスライムの核を押さえつける事にした。案外大人しく反撃も無かったので今のうちに処理しよう。
塩の袋を開けて中身を右手に出し、転がるスライムに投げかけると、白い煙を出しながらスライムの核は小さくなっていく。
「ちょっと勿体無いけど、塩だし良いよね~」
「なんだって!? 何馬鹿な事してるんだい!」
冒険者ギルドの窓から飛び出してきた食堂のおばちゃんが、鬼の形相で駆け寄って来る。思わず二歩下がって後ろ向きになり、全力で逃げそうになってしまった。
おばちゃんはボクの手から方伯の塩業務用25Kgの袋を奪うと、消滅しかけているスライムの核に、懐から出した小麦粉っぽい粉が入った瓶を投げつける。
地面に当たって割れた瓶からは上手い具合に粉が飛び出しスライムの核へと降りかかる。水分が失われていくようにカサカサになった核は小さな悲鳴を上げて砕け散っていった。
「えっと……塩?」
「塩! これで許してあげないことも無いんだけどねぇ。チラッ」
満面の笑みで塩の袋を懐に仕舞い始めたおばちゃん。チラリと壊れた倉庫を見るも笑顔のままだ。先ほど鬼の形相を浮かべていた人とは思えない。
勢いに押されて小さく頷いたボクを見て、小さくガッツポーズしたおばちゃんは冒険者ギルドへと戻って行った。
25Kgの塩袋が入る懐……ベヒモス袋でも縫い付けてあるのかもしれない。
「五月蝿いのじゃ! カナタは誰にも渡さん。こんな所で油売ってる暇があるのなら、帰って嫁の機嫌でも取るのじゃな!」
「ぬぅ……。だがしかし! 我が国を脅かす脅威を放っておくわけにはいかん! 通らせて貰うぞ?」
空に浮かぶエウアとオッサンの話も付いた様で、唸るエウアは渋々と高度を落としていく。オッサンは巨大な穴の中へとユックリ下りて行った。
入れ替わるように地下への入り口からジャンヌとルーアンとキャロラインが上がって来る。何故か先頭に立っているのは受付嬢のシルキーだ、手に持った巨大な鍵の束を誇らしげに見せびらかしながらこちらへと歩いてくる?
「「「「あっ」」」」
空から急降下してきたエウアがシルキーの持つ鍵の束を奪い取ると、その光景を見ていた四人の声が丁度重なる。鍵を奪われた勢いで地面に転がったシルキーは動かない。
鍵の束を懐にしまったエウアはキョロキョロと辺りを見回し、一目で分かるほど挙動不審になり冒険者ギルドへと向かって行った。
「相当ヤバイ鍵だったのか……」
「シルキー動かへんで……」
一瞬の出来事で反応出来なかったジャンヌとルーアンとキャロラインは、地面に転がるシルキーの側で立ちすくんでいた。三人が手当てを始めたので、そちらは任せる事にする。
エウアと謎のオッサンの間にどんな話があったのかは不明だが、スライムの核はもう居ないし講師陣も居なくなっているので、秋の特別初心者講習会は終了で良いのかな?
「もう夜やね。うちお腹空いた」
「ふむ。食堂があんな事になってるし、冒険者ギルドに顔出して今日は洋館に戻ろうか?」
「ワンワン」
ルナのお腹が鳴り、サーベラスが小さく二回吠える。結局あのスライムの核は謎のまま討伐が完了した?
避難していた住人がちらほらと戻ってくる中、秋の特別初心者講習会に参加した者達が冒険者ギルドへと入って行くのが見える。
「カ……ナタ……」
「ん?」
「どうしたのカナタ? 早く戻らないとルナが飢えてるよ?」
「いや……何か空から降ってきたような?」
視界の端に黒い二つの影を捉えた気がして足を止める。二つの影は巨大な穴の中へ――オッサンを追う様にして下りて行ったように見えた。
ルナがヨダレを垂らしそうな顔でこちらを見ている。止めた足は無理やりに動かされ、前を歩きこちらの手を引っ張るルナによってその話は打ち切りとなった。
「何か名前呼ばれた気がしたんだけどね~。まぁ良いか」
「すぐに店は再開するからね! また来ておくれよ!」
「ラビッツステーキまたよろしくやで!」
大声で叫ぶ食堂のおばちゃんに手を振ると、引きずられるようにして冒険者ギルドへと入る。
確かに聞こえた気がした誰かの声、懐かしい音色。
用事があるなら何かしらのアクションがあるはずなのでこの場は放置する事にした。
「不完全燃焼気味だけど、まぁ皆無事だし問題無いよね? 明日からは少し休むよ! 王都でショッピングするからね!」
「明日の事は後にすれば良い。取り合えずご飯やで!」
一人気合を入れているとヨダレを垂らしたルナに睨まれる。まずい気配を感じたので大人しく受付に向う事にする。
1F受付では秋の特別初心者講習会の報酬説明が始まっており、普段の様子に戻ったエウアも居る。
全員無事に生還――あの時見た未来は変わった。いつか、あの時の女の子にまた合えたらお礼をしよう。
心に刻み込むと、念の為にスマホのメモ帳に書き込んでおく。
「皆の笑顔が最高の報酬だね!」
こうして秋の特別初心者講習会は終わりと向かえるのだった。




