第123話 脅威を迎え撃つ! 連戦
「開く……開きます、開いて良いんですね?」
「開いたらすぐ飛びのくのじゃ!」
地下ダンジョンへと進む道を遮っている巨大な扉。
扉の中央には巨大な閂がかかっており、その端をアルバートが握っていた。
さきほどから繰り返される押し問答。アルバートの第六感が悲鳴を上げて扉を開ける事を拒否している。
エウアも開ける事を躊躇っており、その奥にいかなる脅威が待ちうけているのかと他の者を心配させていた。
「おいおい、さっさと行こうぜ。動かないと体が鈍ってしかたないぜ~♪」
「「……」」
巨大なアダマンタイト製の大剣を右手で軽々掲げて余裕のジークフリード。非常に機嫌が良く、鼻歌すら歌いそうな雰囲気である。
エウアとアルバートの視線がジークフリードの大剣へと固定されていた。
「こ、これは違うからな! 純粋に報酬として渡された物でだな。カナタの肩を持つとかそういう事は無いからな! 絶対だぜ?」
「はぁ……。本当に開けて良いのじゃな? 言っておいてなんじゃが、開けない方が良い気がするのじゃ……」
「ジークフリード先輩、見損ないました……これはもうロングソードサイズで僕も一本貰わないと、傷ついた心が粉々に砕け散って再起不能になってしまいます。チラッ」
大剣を背中に隠して言い訳たらたらなジークフリード。竜人をガン無視したエウアとアルバートは、話しながらも一応準備を進めてくれる。
閂が外され、エウアとアルバートが巨大な扉の左右に立ち、後は引くだけで道が開かれる。
アルバートの物欲しげな視線が時折送られてくるが、気が付かない振りをしておこう。
「たっだいま~♪ 外は結構凄い事になってたわ! あとこれ新作?」
「うちは味にはうるさいで? これは!?」
新人達を外へと輸送していたアヤカは、遅れて合流すると両手に持ったラビッツ串のコップをルナに渡す。
コップからラビッツ串を一本取ると、一口頬張って固まるルナ。
「お帰りアヤカ。凄い事? これは!?」
「ん~、お祭りの準備?」
アヤカに問いかけながら固まるルナの手からラビッツ串を一本貰う。一口頬張ると仄かに香る香辛料のスパイシーな匂いが口いっぱいに広がった。ここにきてカレー味のラビッツ串を食べる事になるとは思わなかったよ!
「出店が地上の広場にも出てたから買ってみたの。結構当たりじゃない?」
「上に戻ったら店の人を勧誘しないといけないね……もしかすると、カレーが食べれるようになるかもしれない!」
「くっちゃべって無いでさっさと行くぜ!」
ジークフリードの怒鳴り声が扉の方から聞こえてくる。尻尾を元気に振るジークフリードは、試し切りがしたくて仕方が無い様子だった。呆れ顔のエウアは見なかった事にして門に手をかける。
「了解! アヤカも後方支援ね? メアリーとジャンヌとルーアンの四人で抜けて来そうな魔物を全部封じ込めてね」
「いざという時には、皆回収して逃げるからね?」
「命大事にだよ!」
閂がはずされた門が開いていく様子を見守る皆。
「うちはこのラビッツ串を作った人に言いたい事があるで!」
「急にどうしたの?」
コップに入っていたラビッツ串はいつの間にか一本も残っておらず、口の周りを黄色く汚したルナが満足気に頷いていた。
全員の視線がこちらを向く……若干睨まれている気がするがルナはお構いなしだ。
「レアラビッツの肉で作った方が、油が乗ってて美味しいと思うで!」
「う~ん……そうだと思うけど、コスト面で無理が出てくるからねぇ……。
一本で銅貨1枚のラビッツ串が1本半銅貨1枚になったら売れるかな?」
「難しい問題やね……」
門が開かれると内側に空気が流れていくのを肌で感じる。髪の毛を揺らすほどの風が門へと向って吹き始めた。ダンジョンの中で気圧差が生まれている?
ジークフリードが先陣を切り一歩前に進もうとした時、大事な事を思い出した。
「あっ!」
「「「「「「何だ!?」」」」」」
ジークフリードとエウアとアルバートは一斉に振り向き武器を構える。今門の奥から敵が出てきたら絶好のバックアタックをもらう気がする。
「えっと……ルナ?」
口の周りをキャロラインに拭って貰っていたルナが振り向く。小首を傾げて尻尾フリフリである。
「ラビッツの姿をした魔物が出てきても素手で触らないように。接触感染系の猛毒持ってるし、そもそもラビッツじゃない魔物だからね?」
「うちはラビッツなら見分けれるから平気やで!」
自信満々に言うルナ。あの時ルナは気が付かずにラビッツを捕まえていた。つまりルナの感すら騙しきる擬態能力を備えたスライムと言う事だ。
「とりあえず素手は不味いから、ルナスペシャルで遠距離攻撃してね?」
「分かったで……。それなら! サーベラスフレイムの出番が来るかもしれんで!」
「ワンワンー!」
爪による斬撃を飛ばす【月の魔爪】は原理な謎だが有用なスキルだ。ルナとサーベラスは必殺技を使う機会が生まれた事を知ると尻尾フリフリで喜んでいた。
「もう良いか? 他に言い残す事は無いな?」
「う~ん……他に? 何かあったかな……敵が聖属性とか?」
「アッー!? それです! 大事な事は先にお願いします!」
問いかけてくるジークフリードの質問に答えると、何故かアルバートが急いで鎧を脱ぎ始める。
漆黒の鎧はパーツが多く非常に脱ぎにくそうだった。溜息を吐くエウアと、首を横に振っているジークフリード。
「何か問題でも?」
「大有りだ馬鹿やろう!!」
「聖属性の魔物相手に闇属性の魔法の鎧を装備してた日には――月まで吹っ飛ぶのう……」
「聖は闇に強く、闇は聖に強いって事? 軽減するなら聖は聖、闇は闇か~」
「常識ですから! 僕を殺す気ですか!」
「これはこれは……ぐふっ♪」
鎧を脱ぐとベヒモス袋へと収納して予備の鎧を取り出すアルバート。取り出された鎧は前にも見た金ピカの豪華な鎧だ。どうやらあの鎧が聖属性の魔法の鎧なのかもしれない。
素肌の上に編み込みの鎧下を着たアルバートの、引き締まったギリシャ彫刻のような美しい肉体に目を取られるアヤカ。
視線に気が付いたのかアルバートも髪の毛をかき上げる仕草をして、髪が無い事を思い出し笑顔を返す。
アルバートは気が付いていないようだけど、アヤカの腐った視線はアルバートとジークフリードを往復していた。
「駄目だ……アヤカの中ではアル×ジークになってる!?」
「リバ可!」
ジークフリードとエウアは後方から聞こえてくるアヤカの叫びに首を傾げると、ダンジョンの奥に視線を戻した。ルナが何か見つけたのかソワソワし始める。
「ん? 何か居るぜ、注意しろ!」
ジークフリードの静止を振り切る様に前に出るルナ。
「レアラビッツやで! この気配はブレードラビッツやで!」
「ルナ! 灯火シュート!」
暗いダンジョンの奥へと生活魔法の灯火を蹴り飛ばす。巨大な影が壁に映し出され、皆の視線が魔物に釘付けになる。立ち止まったルナの顔から笑顔が消えていた。
「何だアレは……?」
ジークフリードの呟き、誰もが首を傾げたくなる容姿の魔物が蠢いている。
オークの巨体に繋がったブレードラビッツモドキがオークを食べている?
「擬態中じゃ! あのスライム、オークからブレードラビッツに変態する気じゃぞ! 今のうちに――」
「――あ゛あ゛あ゛あ゛ー!」
ルナが絶叫を上げて擬態中のスライムへと飛び掛る。いつの間にかその手にはジークフリードの大剣が握られていた。
「あっ?」
いつの間に大剣が奪われたのか気が付かなかったジークフリードは、両手を握りルナを見て固まっていた。
半狂乱になったルナの大剣による切り付け、太刀筋などお構いなしに振り下ろされる大剣。
上段から振り下ろされたと思った瞬間、切り上げられ、薙ぎ払われ、突き、叩き潰されるスライム。
大剣が振るわれる度に滴る液体の音が聞こえてくる。ものの数秒でただの液体になったスライム。
大きく息を吐いたルナはこちらを振り向いた。
「ラビッツなんか居なかったで♪」
「お、おう。大剣返してくれよな?」
笑顔のルナは大剣をジークフリードに手渡すと、サーベラスの背中に抱きついて顔を伏せる。沈黙がこの場を支配する。
全員の視線がボクとルナの隣に居たキャロラインに集中し、無言でジークフリードがルナへと顎をしゃくる。すがる様なキャロラインの視線がボクへと向けられた。
ボクはそっとルナの背後に近づき背中を撫でる。
「ルナ、お疲れ様。第一弾のスライムは今の一匹だけだから、次に備えようね?」
「……うちは――」
「ワンワン~」
何か言いかけたルナはサーベラスに顔を舐められると口を紡ぎ前を見る。キャロラインはルナの手を握り小さく頷いた。
「待て! 何か猛スピードで近づいてくるのじゃ!」
「チッ。風上じゃ匂いも判らねえぜ……」
エウアは巨大な鎌を取り出し構えた。続くジークフリードも大剣を中段に構えると門の側から離れる。
風上……? 先ほどルナは匂いがすると言った。ルナが魔物を感知しているのは嗅覚では無い?
ダンジョンの奥から何か聞こえてくる。地響き?
「何です? 地響き……待って下さい! オーキッドです!」
慌てたアルバートの叫びを聞いて武器を下げるエウアとジークフリード。ダンジョンの奥から姿を現したのは小脇に荷物を2つ抱えたオーキッドであった。
「あー! アーヤーカー♪」
「「ふぎゃっ」」
「おっと」
ダンジョンから飛び出したオーキッドは、小脇に抱えたティアとファイをこちらに放り投げると後方にいたアヤカに向かって猛ダッシュする。
一瞬で逃げようと背後を振り返ったアヤカだったが、アル×ジークで妄想していた為か逃げるのが遅れる。
獲物は逃がさないとばかりに舌なめずりしたオーキッドがアヤカへと飛び掛った。
「ちょ、止めなさい! オーキッド! あっ、何処触ってるの!」
「アヤカ! アヤカ! アヤカ! アヤカ♪」
地面にアヤカを押し倒したオーキッドは、名前を連呼しながら全身をアヤカへと擦り付けていた。
「ま、ちょっと! オーキッド!」
「きゅ~ん」
一通り擦り付け終わったオーキッドは、アヤカの胸元に顔を突っ込んで可愛い声で鳴く。まるで離れ離れになっていた母娘が再開した時のような、暖かな雰囲気が感じられる。落ち着いたのか静かになったオーキッドの頭を撫でるアヤカは、一息吐くと小さく『ただいま』と呟いた。
感動の再開中で悪いのだけど、オーキッドに投げて寄越されたティアとファイの様子がマズイ事になっている。抱き止めたままのファイとティアは、顔をボクの胸に突っ伏したまま歯軋りを始めた。
ファイの右肩から先が無かったので先に治療すると、一応解毒もかけておく。
尻尾フリフリのオーキッドとは対照に、全身の毛が逆立ち今にも唸り声を上げ始めそうなティアとファイをどう宥めるか……。
スマホからいつもの加熱蜜結晶を三個取り出すと一つを食べ、残りをティアとファイの口に捻じ込む事にする。
「むぐっ? ん~!? ティアこれ美味しいな♪」
「ん~♪」
一瞬で尻尾フリフリモードへと以降したファイとティアの頭を撫でると、追加で蜜結晶を取り出し、指で摘んで目の前に差し出す。
「食べて良いのか?」
「ファイ姉、これは高級品。そんなに甘い事は……」
手を伸ばして蜜結晶を取ろうとするファイ。口の端からヨダレを垂らしているティアがファイの手を握り引きとめる。二人とも尻尾フリフリで視線が蜜結晶に釘付けになっていた。
「前から思ってたんだけど、オーキッドってアヤカの仲間だよね? これは情報に対する報酬って事で」
「はむ! あれだ。アヤカの奴隷がお姉で、うちらはオーキッドの妹分だな!」
一瞬で指にしゃぶりついたファイが話し始めると、ティアもオズオズと指から直接蜜結晶を頬張る。
「お姉さまはアヤカの魔の手から自力で逃げ出したと思ったのに。奴隷の腕輪も首輪も全て捨ててもアヤカと一緒に行くって……」
前アヤカが言っていたオーキッドは隷属魔法すら解除出来るって話かな?
「悪いが、今は緊急事態の真っ最中だぜ? そろそろ戻ってくれ」
「ヘズは! あやつはどうしたのじゃ!」
焦るエウアと落ち着いて大剣を構え直すジークフリード。
ファイとティアがお互い顔を見合わせるとエウアの方を向く。
「「髭は振り切ってきた」」
「何しておるのじゃ!」
首を傾げて言う双子に逆上するエウア。普段素っ気無い態度をしているけど、案外ヘズの事を大事に思っているのかもしれない?
「待って下さい! 足音が一つと……粘着音多数。ヘズとスライムですね」
門の側に立つアルバートがそう言うと、禍々しい妖気を放っている大剣を構えて息を潜める。
『鮮血の夜桜』
夜風に散る桜の如く刹那の美しさと夜闇の力を秘めた魔剣。所持者の斬撃加速・思考速度加速、切った対象に出血効果。
:【吸血F】
:生命力強化
:精神汚染
左目に映し出される魔剣のステータス。無意識に見たって事は何か引っかかる事でもあったのかな?
「アルバート、その精神汚染って大丈夫なの?」
「平常時なら問題無いですね」
「そう……」
ニコリと笑うアルバートと苦笑いするエウア。ジークフリードが通路に向けて炎を吐きかける。
炎によって照らし出された通路の奥にヘズの姿が見えた。
「来たぜ! 全員気張れよ!」
「一番手いっきまーす! 天元翼――あれ?」
間一髪だった。ルーアンが掲げる天元の杖を奪い取りその身柄をジャンヌに投げ渡す。
「聖属性攻撃駄目! 絶対! ジャンヌも光りの槍とか投げないでね! めっちゃ増えるから!」
「あ、はい。分かりました……」
「僕の出番が来たようですね」
アルバートは不敵に笑うと魔剣を腰に構えて抜刀の構えに入る。
「剣で抜刀だと……鞘も無いのにどうするのかな?」
「秘剣【夜桜千駆】!」
腰だめから放たれた斬撃がダンジョンの通路へと吸い込まれていく。目に見える黒い斬撃……どう見てもざんげ――いや、アルバートの斬撃は通路を進み遠くに見えるヘズへと迫る。
こちらを見て驚愕の表情を見せたヘズは、地面ギリギリを滑り込む様にして【夜桜千駆】を回避する。
背後に迫るスライムに当たった斬撃は無数に分かれてその肉体を粉微塵に変えていった。
際限無く増え続ける斬撃は通路を占めていた魔物を次々と巻き込み、通路の最奥で何かに当たって消え失せる。
「こ、こ、ここここ――」
「コッコケコー?」
「殺す気かー!?」
半泣きになったヘズの絶叫が門の外に響くと同時に、通路の奥から重い振動音が響いてくるのだった。




